モンスターテイマー、外道に引導を渡す
世界樹の切り株から煙がくすぶる中、目を丸くして呆然とするのは、ヴァイスのほうであった。
「は……? 君、いまなんて?」
「そうだねぇハリスくん、こうなっちゃったら仕方ない」
「き、君まで!?」
続くポーラの言葉に、ヴァイスは思わず声を荒げる。
ヴァイスが見たかった、予想していた光景は、世界樹の倒木に絶望する人々の姿。
しかしそれを最前線で見た二人が、まるで醒めた反応である。
「な、なんでそんなに余裕なんだい? 君たちはこの樹を守るんじゃなかったのかい?」
「守れるならな」
「でも私達には、世界樹より優先してたことがあったから」
屈託のない笑みを浮かべて告げるポーラ。
彼女の隣でハリスも「そうだな」と明るい声を上げる。
あきらかに場違いな彼等の様子にたじろぐヴァイス。
彼女はとまどいつつ、ギリギリで平常心を繕う。
「樹があったから生きてこれた人たちもいるのに、それを見捨てたんだね?」
「一応聞くが、煽っているつもりか?」
「……なに?」
余裕を保てなくなり、ヴァイスはギリっと歯噛みする。
対するハリスは顔を伏せると、明るかった表情を引き締め、困惑する彼女を睨みつける。
「貴様の目的を知った俺は、町の人々にも話した。そうしたら、彼等は覚悟を決めて答えた――今ある命を優先する。と」
「ど、どういうことか、わからないよ……!」
「簡単なこと。町や世界樹を失うことを受け入れたんだよ」
「じゃあどうやって暮らすのさ! 世界樹がなくなれば、この町にお金は落ちないんだよ!?」
「ああ、それなら対策はある」
そう語るハリスに、ヴァイスは訝しんだ表情を浮かべる。
すると彼はおもむろに、倒れた世界樹を指さした。
「街を支援する研究者曰く〝世界樹は地上に数あれど、倒されサンプルも回収できるものはこの世に一つだけだ〟とな」
彼の説明に、ヴァイスもその真意に気づく。
そして彼女は、町に住まう人々のしぶとさに顔をしかめた。
世界樹と町を失う覚悟どころか、こうして作られた状況すら好転的に捉える人々の意思に、彼女は完全に敗北したのだ。
「と言ってもこれは半永久的に存在したはずの世界樹を、消費する資源に置き換えた延命にすぎない。生態系も変わるだろうし、仕事に困るのはまず冒険者だ」
「それでも命は繋げられる……本当だったら、世界樹を守れるのが一番良かったんだけどね」
困ったように微笑み、ポーラは悲しげな瞳をする。
彼等の意思を聞き届け、自身の見たかった光景と真逆の答えに、ヴァイスはわなわなと身を震わす。
しかしそれもやがて止むと、重々しくため息を吐いた。
「もういいよ。わかったよ」
猫背のように体を丸め、頭だけをハリス達に向ける。
髪の中から覗く瞳は、虚ろながら殺意を帯びてぼんやりと輝く。
諦めたような言葉だが、二人は警戒を解かず、逆に武器を構えて待つ。
すると案の定――彼女は恐ろしい速度で、二人に突っ込んできた。
「なら……ボクがみんな殺すよ」
淡々とした言葉とともに振るわれる刃。
咄嗟にポーラは受け止めるが、重々しい一撃に身を押される。
怒りに放たれた攻撃を意地で受け止め、両者が鋭い視線で睨み合っていた……その時だった。
「ポーラ、跳べ!」
背後から聞こえたハリスの声に、彼女は咄嗟に反応する。
剣戟を避け跳躍するポーラ、その影響でヴァイスは刃を空振りする。
何か仕掛けられたと気づき、頭を上げるヴァイス。
だが時すでに遅く、彼女の胸に硬鞭の先端が突き刺さる。
「お前に付き合うのも懲り懲りだ。ここで終わらせてもらう」
「……フ、フフ、ハハハハハ!」
生気を取り戻したように笑い、瞳に輝きを取り戻す彼女。
そのまま彼女は、見開いた目で眼前のハリスを捉える。
「不死のボクに、終わり!? いいよ、やってみせてよ! 世界樹を倒すよりずっと難しいんだから!」
狂喜しながらも、彼女は大剣を頭上高く振り上げる。
しかしその時……ハリスもまた、微かに笑った。
「ああ。ヒントはお前がくれたからな」
意味深な彼の言葉に、ヴァイスの動きがピタリと止まる。
同時に彼女は、肉体に生じる異変に気づく。
……リベイルケインを伝って、膨大な魔力が流れ込んでくる。
その感覚は、風船のように無理やり空気を詰め込まれているようなモノに近かった。
「ヒントは二つ。『肉体が切り離された場合は、接着しないと回復できない』。『ファブニルとの魔力のやり取りには、若干のタイムラグがある』」
そこまで言うと、彼は言葉にヴァイスを超える殺気を帯びさせて続ける。
「生物が許容範囲を超えた魔力を注がれたらどうなるか、お前は知っているか?」
「し、知らな――」
「俺は知っている。一度やったからな」
返答を待たずに告げるハリス。
確証を知る口調に、ヴァイスは無意識な『死の恐怖』を感じとる。
それは行動にも表れ、彼女は身を震わせながら、思いきり剣を振り上げた。
「うわああああぁぁぁぁぁっっ!」
叫びと共に振り下ろされる刃。
しかしその時、彼女の腕に一閃の光が通過する。
瞬間、ヴァイスの腕は再び断たれ、宙を舞う。
その足元には、指先に光を灯して彼女を見上げる、リンゴの姿があった。
「『ライトレイ・メス』」
遅れて術名を呟き、指先の光を消すリンゴ。
彼女はすぐさま立ち上がり、リベイルケインを握る彼の手に、自身の手を重ねる。
「私の魔力も使ってください!」
「大丈夫なのか?」
「はい! 道中で少し回復できたので!」
「……わかった、力を貸してくれ」
ハリスの言葉にうなずくと、リンゴはヴァイスを見つめ、自身の魔力を流し込む。
ヴァイスは抵抗するように、余剰魔力をファブニルに送り続けるが、注ぎ込まれる魔力量に間に合わない。
すると彼女の体は少しずつヒビ割れ、光を放ちだす。
「うぐ、うがああぁぁぁぁぁッッッ!!」
少しずつ近づく死に、ヴァイスは絶叫して牙を剥く。
彼女はありったけに首を伸ばし、自身の肉体へ逆に鞭を深く刺し、ハリスの喉元に食らいつこうとする。
しかしそれすらも、突如前方から飛ばされた刃に額を貫かれ、あっけなく妨害される。
ハリス達の背後から投擲したポーラは、ゆっくりと歩み寄る。
「活躍は聞いていましたから、少しは尊敬していたのですがね。先輩」
「あ、あ…………」
「あまりにも道を間違えてしまいましたね」
弔いに似たポーラの言葉。それは同じ勇者に向けたものだった。
そして彼女もハリスと手を重ね、自身の魔力を流し込む。
刹那――ヴァイスは初めて、後悔の涙を頬に流す。
全身に回ったヒビから光を放つ彼女は、消え入りそうな声で尋ねる。
「あ、はは……いい計画だと、思ったんだけどなぁ」
「ああ、おかげさまで苦戦させられた。町の惨状からしても、敗北と大差ない。だがな――」
言葉を続けながら、ハリスはリベイルケインを引き抜く。
ヴァイスの胸から、噴水のように光があふれ出す。
うつ伏せに倒れていく彼女から、三人は背後へ飛んで距離を取る。
リンゴたちが彼女の最期を見つめる中、ハリスは一人後ろを向き、リベイルケインを払いながら告げる。
「お前の見たかった光景は、ただの夢物語に過ぎなかったということだ」
瞬間、ヴァイスの肉体はまばゆく輝き、花火のように爆散した。
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