モンスターテイマー、激戦に備える
再びハリスが目を開けると、酒場の灯りは消えていた。
さらに彼は、並べられた椅子の上で横になっていた。
掛けられた毛布をずらして起き上がるハリス。
酒場には彼の他に誰の姿もなかったが、そのときちょうど、外からマスターが入ってくる。
「おっと、起きていたのかハリス」
「ちょうど今起きた……というか、いつ俺は寝た?」
「敵の到達予測時間を話したあとだ。目を閉じるなりぐったりしたから、何かあったのかと心配したのだがね」
呆れ笑いするマスターは、カウンターに入り紅茶を淹れる。
未だぼーっとするハリスがそれを見ていると、マスターは彼に淹れたての紅茶を手渡して告げる。
「最近この町にずっといる研究員の女がいるのだが、彼女いわく紅茶は目覚ましに丁度良いらしい」
「そうなのか、なら戴こう」
味わい慣れない紅茶をすすり、意識を覚醒させるハリス。
すると彼は、周囲の状況にやっと気づき、彼に尋ねる。
「酒場を閉める時間なんて、そんなに眠ってしまったか?」
「いいや、いつもなら開いている時間帯だよ」
マスターの返答と共に、酒場の外から聞こえる声が、ハリスの耳へと届く。
大勢からなる人々の声は、何かを急ぐように必死でありながら、時折笑い声も聞こえてくるような明るさがあった。
夜とは思えない賑やかさに、不思議そうな表情を浮かべるハリス。
「ちょうどよかった。疲れていなければ、キミも見に行くかね?」
「見に行く……一体どこへ?」
「来ればわかるさ。キミの仲間も向こうにいる」
要領のつかめないマスターの話を聞き、ハリスは気になって毛布をどけ、並べられた椅子のベッドから立ち上がる。
彼を案内しようとするマスターの手には、小さな水筒が握られていた。
*
ハリスが案内されたのは、世界樹の町から北に少し歩いた草原。
つまりは彼が半月前に旅立ち、数時間前に返ってくる際にも通り過ぎた場所である。
だがそこにある景色は、彼の知るものではなかった。
「この壁は、いったい……?」
世界樹と町を守るように聳える巨大な石壁。
それは未だ作成途中で、多くの冒険者が汗水を流し、働いている。
帰還から数時間でできたとは思えない堅牢そうな壁に、ハリスは思わず息を飲み、その瞳を見開く。
そして彼はマスターへ振り向き、力強い声で告げる。
「俺にできることはないか? すぐにでも手伝いたい」
「フ……プ、クククッ……!」
マスターは彼の決意に、なぜか笑いをこらえる。
いちいち様子のおかしい彼に、ハリスは少しムスッとする。
マスターは彼の表情を見てすぐに謝罪し、こぼれる笑みを何とか抑えて語りだす。
「いやぁ、キミの前に同じことを言う人物が、ちょうど三人いてだね」
その説明だけで、ハリスはなんとなく察する。
同時にマスターは親指で冒険者たちが集う休憩所をさす。
仮設テントや配給の食事などが並ぶ中、三人は研究員と共に、一つの机をかこんで談笑している。
ハリスが彼女たちを見つめると、マスターは説明を付け加える。
「最初はレナが、次にリンゴが、それからだいぶ遅れて勇者のポーラが順番にここへ来た。それでこの壁を見た途端、協力したいと言ってきた」
「……なるほど、それは笑ってしまっても仕方ないな」
ハリスは誇らしげに呟きつつ、同時に恥ずかしそうに鼻をこする。
四人の座る席を見るマスターは、腕を組んで付け加える。
「キミ達は仲間でありながら、兄妹のようでもあるね」
「それは言いすぎだ。一番古い付き合いのレナですら、まだ会って二ヶ月程度だ」
「時間など関係ないのだよ。人はどれだけ関わったかより、誰と関わったかのほうがより影響を受ける」
ハリスより少し年上のマスターは、わずかな歳の功を生かして答える。
二人が語り合っていると、研究員がそれに気づく。
それと時を同じくし、レナ達もハリスに気づいて手を振る。
「ハリス様も、よろしければこちらに」
「凄いですよ! この壁、ただの障壁じゃないんです!」
「やっぱブレーンがいないと、作戦会議もできないっしょ」
かしましく呼ぶ三人の声に、ハリスはマスターと共に歩み寄る。
四角い机の空いているお誕生日席にすわり、卓上へ地図のように広げられた設計図を拝見する。
その間にマスターは、水筒内の紅茶を研究員へ注いだ。
「無人砲台に魔術による強度変化、軽微な自己再生まで。確かに一朝一夕で作れるようなものではないな」
「それでもあの壁の中には、この機能を何としてでも詰め込んだのだ」
研究員へティーカップを渡しつつ、返答するマスター。
一口啜った彼女は、そのまま解説を引き継ぐ。
「前回の巨人事件を踏まえて、研究者たちも対策に頭を突き合わせたのさ」
彼女を含む研究者、つまりこの町にお金と興味を注ぐ者たち。
一見奇跡に思える壁の建造は、彼等の助力もあった。
できる限り迅速に、最低限の日数で作成できるよう、建材もほぼ全てが町かその近くで採取できるものを使っている。
だが決して、それだけが理由ではない。
「いくら詰めても、作成には最低三日かかる予定だった」
「なぁに、ローテーションは組んで三分の一は休んでいる」
研究員の言葉に親指を立て、ギリギリのホワイトぶりを示すマスター。
実際は十分にブラックだが、町へ迫る大きな危機に、もともとの着工日すらすっ飛ばして彼等は作業を開始した。
そして冒険者達も嫌な顔一つせず、巨大な壁を作り上げていく。
人々の底力を目の当たりにし、ハリスは真剣な眼差しをすると、もう一度マスターに視線を向ける。
「話はわかった。俺たち協力できることを早く教えてくれ」
するとレナ達も、ハリスとそっくりな表情でマスターを見る。
本当によく似た面構えに、彼は頼もしくも、少し愉快に感じてしまう。
だがそれでも彼は、前々から決めていたように告げる。
「そうだね……なら今は、何もしないでいただこうか」
「ど、どうしてですか!? 私たちにも協力させてください!」
マスターの指示に納得がいかず、椅子から立ち上がるリンゴ。
やりきれない彼女の憤りを、レナは先んじて立ち、食い止める。
凛と立つ彼女は、すぐにマスターの意思を汲み、ゆっくりと礼をする。
「では私たちも、戦いに備えて今は休ませていただきます」
レナが示す答え合わせに、リンゴは遅れて気がつく。
するとポーラも、マスターにドヤ顔を向け、声をかける。
「ハリス達はともかく、私の実力まで買ってくれるとか。嬉しいじゃん」
「勇者という肩書の時点で、一般人の強さは超えていると判断させてもらったよ。キミ達四人は、並みの冒険者の強さではないからね」
真意を告げるマスター。
切り札となる四人を、可能な限り最高の体調で戦わせたい。
それが彼らに〝今は〟何もさせない理由であった。
しかしその時、四人の中から鼻をすする涙声が聞こえだす。
いち早く気付いたハリスが視線を落とすと、声の主はリンゴだった。
「う……ぐずっ……」
服の袖で涙を拭き、幼さを溢れさせる彼女。
かなり本気目に泣く少女に、ハリスが呆れるように笑うと、彼はしゃがみ込んで質問する。
「何で今の話で泣くんだお前は」
「ごべんなざい……でも、嬉じぐっで……っ!」
涙のからむリンゴに、ハリスは鼻をかませる。
すると彼女は少し落ち着き、おもむろにマスターを見上げる。
「だって昔は……マスターも、私の強さを認めてくれなくて……」
その瞳は意外にも鋭く、彼は気まずそうに頭をかく。
実際にかつては、彼もリンゴを冷遇している節があった。
ちょっとだけ恨めしそうなリンゴだが、ハリスは表情を暖かくして告げる。
「それはこの町の命運を任せられるほど、リンゴ自身が成長して、強くなったからだ」
一番近くでリンゴを見守ってきたハリスの言葉。
それは彼女にも深く刺さり、目を赤くしながら納得し、うんと頷く。
涙を流しても頼もしさの変わらないリンゴに、マスターは感慨深く目を細めては、最後に彼等へ話す。
「だから、この仕事は俺達に任せてもらおう」
「……ああ、代わりに実戦では暴れさせてもらうぞ」
「フフッ、楽しみにしているよ」
迫る激戦を前に、彼等は互いの信頼を確かめるように笑いあう。
勇ましく動き回る冒険者達の、活気ある声に飲まれながら。
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