モンスターテイマー、世界樹の町へ帰還する
ハリスが旅立ち、半月以上が経った世界樹の町。
その町に研究者として残った眼鏡の女性は、以前纏っていた白衣とは真逆のラフな格好で、酒場の机に大量の本を持ち込み入り浸っていた。
時間は昼。酒場の中にはギルド目当ての冒険者もいない。
静かな場所で情報収集へ明け暮れる彼女に、マスターは一杯の紅茶を出す。
「……ありがとう」
「本当に感謝をしてくれたまえ。君のせいで、今まで淹れたことも無かった茶が相当上手くなってしまった」
長々と嫌味をこぼしながらも、口角を上げるマスター。
彼から貰った紅茶を啜り、研究員は息をつく。
熱心に本を読んでいた彼女の反対側に、イスを引いてマスターは座る。
頬杖をついた彼は研究員の前に積まれた本をとり、フッと笑う。
「ウチの先祖がわざわざ引き継いできたこの古本が、そんなに貴重なものなのかね?」
「ああ、この特別な地を研究する私にとっては、これほどの宝もない」
「そうなのか……今までガラクタだとばかり思っていたよ」
「まあ研究者のほとんどは、世界樹しか見ていないからな」
得意げに語る研究員は、今しがた読んでいた本を彼に開いてみせる。
そこには彼が読むことのできない古の文字、もしくは読めても意味が解らない注釈により、挿絵と共に長々と文章が記されていた。
絵には二体の龍と世界樹、そして多くの人々が描かれている。
だが結局はマスターには理解できない謎の本どまり。
それでも研究員は理解していたようで、口頭で彼に教える。
「『二体の龍が衝突した時、我々は先祖からの言い伝えに従い、世界樹へ潜って難を逃れた』ここにはそう書いてある」
「二体の龍……『破壊龍伝説』ってやつかね?」
「その通りだとも」
対面から彼の横へ移った研究員は、指を組んで彼を覗き込む。
いっぽうで彼女の話と本を、マスターは何気なく脳に入れていく。
その時、彼は巨人との闘いの跡を思い出してハッとする。
「『世界樹へ潜る』というのは、まさかあの、地下空間のことかね……?」
「キミも鋭いな。私もそう睨んでいるのだ」
ニヤリと笑う研究員に、クイズに正解したように小さく喜ぶマスター。
文章としておかしくはないが、何も知らない状況だと不可思議な文章。
だが地下空間の存在を知ったうえだと、意味合いもそれに沿って解釈できる。
だが研究員は、そこまで話したうえで別のページを開いてみせる。
「これは?」
「二体の龍の戦闘後だ。世界樹から出た人々は、それまで積み上げた文明が一つ残らず滅んでいることに絶望したと書いてある」
「それが例のドラゴンの伝説か。俺でも聞いたことがあるね」
「恐らくな。でもこの続きが、な……」
該当箇所を指でなそりつつ、研究者は話を続ける。
相変わらずマスターにはその文章が理解できなかったが、彼女はそれをうまく解釈し、伝える。
「『戦闘した二体のドラゴンのうち、勝ち残った一体の力を恐れた我々は、疲労した怪物を世界樹の中へ封じた』……と書いてある」
「この〝中〟というのは、地下空間で合っているのか?」
「ああ、そのはずなのだがな」
そこまで軽快に解説と考察を述べてきた研究員が、ピタリと止まる。
流れだす奇妙な空気に、彼女の顔を覗き込むマスター。
すると彼女は背伸びをしつつ、不満げに語る。
「いなかったんだよ、ドラゴンが。何かが暴れた形跡はあったがそれだけだ」
「ここまで情報は一本筋が通っているのに、そこだけ何もないというのはおかしくないか……?」
「その通りだが、ドラゴンがいない事実には変わりない」
はぁ、とため息を吐いた研究員が、ズレたメガネをなおす。
どこか寂しげな顔をした彼女は、天井を見上げて呟く。
「証拠がなければ御伽話と何も変わらん。死んでいたとしても、せめて亡骸の一つでも残っていてくれたなら、あの伝説が本当かもしれないといえるのだがな」
寂しげに告げて、頭を上げて机にだらける研究員。
彼女の与太話を聞き、マスターは空になっていたティーカップを手にカウンターへ戻り、そこにミルクを注いで持ってくる。
頭を冷やすよう言いながら研究員にそれを渡しつつ、彼はなんとなく口を開く。
「ドラゴンがいないのは、この話がウソとかそういうのではなく、単にどこかへ行ってしまったからではないかね?」
「どこかへ?」
「ああ。例えば誰かに封印を解かれ、どこかに潜んでいるとか――」
彼がそう話していた時だった。
とつぜん酒場の扉が開かれ、数名の冒険者が飛び込んでくる。
マスターは渋い顔をし、彼らの乱暴さをたしなめる。
「扉も消耗品なのだ。もう少し優しく開いてくれたまえ」
「す、すまねぇ。いやそうじゃなくて大変なんだ!」
要領を掴めない彼等のセリフ。
しかし冒険者たちの熱量に、何かを感じたマスターは、態度を一変して彼らへ歩み寄る。
「どうした、何があった?」
彼が尋ねた瞬間、その返答とばかりに、もう一度扉が開く。
マスターがそちらを向くと、扉の向こうに立っていたのは、体力を使い果たしたと一目でわかるハリスと、まだまだ元気なレナの姿。
ポーラとリンゴは、レナに俵のように抱えられている。
目の下にクマを作り、フラフラと入ってきたハリスは、ギリギリで余裕を装って告げる。
「……久しぶりだな、マスター」
「久しぶりって、お前一体なにがあった!?」
傷一つなく、ただ体力の限界を迎えているであろう彼に、マスターは驚く。
しかしハリスは、そんな彼の心配をよそに振り向いて告げる。
「レナ、二人を連れて二階へ行け。先に休んでいてくれ」
「わ、私はまだ……ハリス様のほうがお休みになられるべきでは?」
「俺も休む、あの話を終えたらな」
「……畏まりました」
ハリスに一礼し、マスターたちの隣を歩いていくレナ。
彼等はリンゴの首を見て、目的が完遂されたことを知り、一応安堵する。
だが彼女に担がれる二人には、目の下が落ちくぼむほどのクマが浮かぶ。
そして二人以上に疲労したハリスは、徐に口を開く。
「頼みたいことがある。まる三日ほど寝ずにここまで来たから、足を借りた馬も疲労困憊だ。安静にできる場所へ運んでくれ」
「三日!? それは良いが、何があったんだね?」
ハリスの背後に立つ冒険者たちに馬の指示をだし、彼は研究者と共に話を聞く。
するとハリスは、これまでの旅をすべて話し、町の危機を語る。
異常な戦力を抱えたアンデッド軍団が、この町に迫っている。
すでにこの場所と伝説の地を結ぶ補給地点の街は、彼等の手で壊滅した。
補給地点の街も、物資を求めていると。
全てを聞いたマスターは、再び残る冒険者に、物資の運搬をクエストとして使わせる。
彼の話を聞いた研究者は、深刻な顔で質問する。
「その者たちの目的はなんだ? 敵がこちらに向かっているなら、なぜ鉢合わせずに済んだ?」
「目的は不明だ。だが途中で足跡を見つけ、ルートを導き出して迂回した」
単純だが理解できる回答に、研究者は腕を組んでうなずく。
対してマスターは、彼の体調を気遣ったうえで問いかける。
「その敵は、いつこの町に到着する計算だい?」
彼の質問に、疲れきった顔へ一瞬の覇気を宿したハリスは、重い口を開いて告げる。
「一日もない……長くて、二十一時間後だ」
差し迫った戦況を告げると、ハリスはその場で目を閉じた。
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