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銀翼の竜便士 〜老竜と届ける、最後の未配達便〜  作者: 桔梗


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4.森で出会った少女

ベルは、少女の顔と手紙を交互に見た。


「……リューネ・ハルバート?」


「おじさん、おばあちゃんを知ってるの?」


「……おばあちゃんーーだと?」


「うん、私のおばあちゃん。この手紙を、リューネ・ハルバートーー私のおばあちゃんに届けてほしいの」


風が木々の梢を揺らした。

焚き火の中で、小枝がぱちりと弾ける。

ベルは革鞄から、先ほどの未配達便を取り出した。

二通の封筒を並べる。


片方は、十五年の歳月に黄ばみ、封蝋の縁が欠けている。

もう片方は、折り目ひとつない真新しい封筒。

だが、宛名は同じだった。


――”リューネ・ハルバート様へ”


「これは、誰から預かった?」


ベルが尋ねると、少女は封筒を胸元へ引き寄せた。


「……お父さん」


「父親の名前は?」


「ーーカルム。カルム・ハルバートだよ」


フィアの答えに、ベルとテラは顔を見合わせる。


「……なぁ、お嬢ちゃん」


「フィア!」


「何?」


「お嬢ちゃんじゃない。フィア・ハルバートだよ」


少女は泥のついた頬を少し膨らませた。

ベルはその姿を、可愛いなと素直に思った。


「私もう、十歳よ!お嬢ちゃんじゃないんだから!」


「十分、お嬢ちゃんだろうに」


「おじいちゃんに言われたくない!」


「おいおい、私はまだ五十九だ!」


『大人気ないな。来月で六十だろうが』


「お前は黙ってろ」


テラが鼻を鳴らした。


「いやいやーー、フィア。そんなことは今、どうでもいいんだ。フィア、この差出人はもしかしてーーフィアの父親か?」


ベルは古い手紙をフィアに見せた。

フィアは封筒を覗き込む。

裏に書かれた名を読み、フィアはその瞳を大きく見開く。


「あ、これーー、私のお父さんの字だよ」


『こんな偶然があるのだな』


テラは疲れたように前足に顔を乗せ、鼻を鳴らしている。


「……確かか?」


「うん。お父さんの字はわかるもん!それに、フィアが今持ってるお手紙の字と同じでしょう?」


そう言って、フィアは自分の持っていた手紙の裏面を指さした。

確かに、多少違いはあるが、同じように見える。


「なら、フィアの父親は十五年ぶりに、おばあさんに手紙を出したと言うわけか……」


「ううん。お父さんはね、何回も手紙を書いたんだけど、出せなかっただけだよ」


「……そうか。おばあさんは、地震で亡くなったのか?」


「ーーおばあちゃんは生きてるよ!きっと生きてる……」


ベルの手が止まった。


「だが、ロンダルの避難者名簿に、おばあさんの名前はなかったようだが……」


「ロンダルは、なくなってなんかないもん!」


あまりにもはっきりと言うので、ベルはしばらく返事ができなかった。


***


地図から消えた鉱山町ロンダル。

大地震によって山肌が崩れ、鉱山も町も地中に沈んだとされている。

死者と行方不明者は数百人を超え、生存者は周辺の都市へ移住したーーと、竜便局の公式記録にも、そう残されていた。


「どういうことだ?」


「お父さんが言ってたの。山の奥に、昔、坑道を掘る人たちが使っていた避難洞があって。地震のあと生き残った人たちはそこへ逃げたに違いないって」


「そこに、おばあさんがいると?」


「お父さんは、そう信じてる」


「確かめには行かなかったのか」


フィアの顔が曇った。


「地震のあと、お父さんは何度もロンダルへ行こうとしたんだって。でも、王都の役所の人たちに止められたの。山がまた崩れるかもしれないし、鉱山から毒の煙が出るかもしれないから、危ないからって」


「それは……まあ、間違いではないな」


「でも、お父さんは諦めなかった」


フィアは手紙を握りしめた。


「何年か前にも、一人で山道に入ったんだって。でもーー、途中で大怪我をして足を悪くしたの」


「今は歩けないのか?」


「杖がないと、歩けないの。ほとんど動かないから……」


「……そうか」


「だから、お父さんはもう行けないの」


フィアの声が震えた。


「でも、おばあちゃんに会いたいんだよ。きっと、謝りたいんだと思う」


ベルは何も言わなかった。

代わりに、もう一つ尋ねた。


「お前のおじいさんは?」


「おじいちゃんは、お父さんが小さい頃に、鉱山の事故で死んじゃったって聞いてる」


「そうか」


王立郵便局の新しい魔導端末は、登録された住所しか受け付けない。

地図にない場所は、そこに人が暮らしていようと、宛先不明として弾かれてしまう。


「だから、お父さんーーおばあちゃんに手紙を送れないの。おじさんが持ってるその手紙も……おばあちゃんはきっと待ってたのに……」


フィアは新しい封筒を握りしめた。


「フィアと父親は、今、どこに住んでいるんだ?」


「私とお父さんはね、この森の先にあるイシュラって町に住んでるの。お父さんはね、昔ーー、おばあちゃんと大喧嘩してロンダルを出たんだって」


「母親はどこに?」


「フィアのお母さんはね、三年前に死んじゃったの」


「……そうか」


ベルは、それ以上聞かなかった。


「それでーー、どうしてまだ子供のお前が、夕暮れ時にこんな森の中にいるんだ?」


「竜が飛んでるのが見えたから」


ベルはフィアの泥だらけの靴を見た。

外套の裾には木の枝で裂いた跡がある。

十歳の少女が一人で歩くには、この森は危険すぎる。


「お父さんが言ってたの。昔は、どんな場所にだって手紙を届けてくれる人たちがいたって。道がなくても、戦争中でも、竜に乗って飛んできたって」


その目が、真っ直ぐベルを見る。


「お父さんが昔、ロンダルへ薬を届けに来てくれた竜便士さんと、会ったことがあるって言ってた。銀色の竜と、いつも怖い顔をした竜便士さん」


『ククク。怖い顔だってよ。きっと、お前のことだな』


ベルはテラを睨んだ。

ベルは記憶を探る。


確か、北方鉱山で熱病が流行し、解熱薬を運んだことがあった。

そういえば、あの時ーー薬箱を抱えて駆けてきた、まだ十代半ばの少年がいたような……。


顔までは思い出せない。

けれど、もしかすると、あの少年かもしれない。

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