5.歩く竜
「お前の父親、もしかして、珍しい赤毛ではないか?」
ミナが目を見開いた。
「お父さんを知ってるの!?」
「知っているというほどじゃない」
ベルは煙草をくわえた。
もちろん火はつけない。
「懐かしいな。まだ俺が若かった頃ーー、ロンダルに薬草を運んだことがあってな。薬箱を受け取りに来た若造がいたんだよ。確か、あの少年が赤毛だったはずだ。珍しい色だったから覚えてるよ。テラーーこの竜を見て腰を抜かしたくせに、触らせろとうるさかったもんだ」
『あぁ、思い出したぞ。私の尻尾を踏んだ、あの小僧か』
どうやら、テラも思い出したらしい。
フィアはベルとテラを交互に見つめた。
「じゃあ、本当にお父さんの知ってる竜便士さんなんだ!」
「知っているというほどじゃない。顔も今、ようやく思い出したくらいだ」
『私は最初から覚えていたぞ』
「さっきまで何も言わなかっただろう」
『思い出すのに少し時間がかかっただけだ』
「それを、忘れていたと言うんだ」
テラは聞こえなかったふりをして、目を閉じた。
ベルは新しい封筒へ視線を戻す。
フィアは真新しい封筒を、両手で大切そうに抱えた。
「ねえ。おばあちゃんに手紙ーー届けてくれる?」
ベルはすぐには答えなかった。
テラの翼は傷ついている。
追手もいつまで追ってくるかわからない。
ーー何より、この少女を夜の森へ置いていくわけにはいかない。
「その前に、お前を家へ帰さないとな」
「でも――」
「十歳の子どもが、夜の森を一人で歩くんじゃない」
「もうすぐ十一歳だよ」
「ああ言えばこう言う……。少しは大人のいうことを聞け」
フィアは頬を膨らませた。
「父親には、ここへ来ると言ったのか?」
「……言ってない」
「そうだろうと思ったよ」
「だって、言ったら止めるもん」
「当たり前だ」
ベルは立ち上がった。
五年ぶりに竜へ乗った腰が、ぎしりと痛む。
「イシュラまでは、ここからどれくらいだ?」
フィアは後ろを振り返り、真っ直ぐ指をさす。
「この道を歩いて、一時間くらいかな」
「テラーー」
『歩けというのか?』
「翼を休めるにはちょうどいいだろ」
『私は竜だぞ』
「知ってるよ」
『竜は空を飛ぶものだ』
「その台詞は、きちんと飛べる時に言いな。それにーー今空を飛べば、追手に気づかれてしまうかもしれないしな」
テラは不満げに大きく鼻から息を吐いた。
***
フィアが焚き火の火を消すのを手伝い、三人は森の道を歩き始めた。
先頭は、手提げ灯を持ったフィア。
その後ろをベルが歩き、最後にテラが続く。
巨大な竜が歩くたび、落ち葉が舞い上がった。
「狭いな」
『私が太ったと言いたいのか』
「言ってない」
フィアが振り返る。
「二人は、いつも喧嘩してるの?」
「フィア、これは喧嘩じゃない」
『ベルが一方的に悪態をついているだけだ』
「それはお前だろうに」
「仲良しなんだね」
「違う」
『違う』
ベルとテラの声が重なった。
フィアが笑った。
その笑い声を聞きながら、ベルは思った。
こんなふうに子どもと歩くのは、いつ以来だろう。
エルナとの間に、子どもはいなかった。
二人とも仕事に追われ、いつか落ち着いたらと話しているうちに、いつかは来なくなった。
後悔しているのかと聞かれれば、わからない。
ただ、エルナに似た子供を見てみたかったーーとは思う。
「ベル」
フィアが呼んだ。
「今度はおじさんも付けないのか」
「ベルでいいんでしょう?」
「あぁ」
「テラも、テラでいい?」
『様を付けろ』
「テラ~」
『聞いていないな、この小娘』
やがて木々の向こうに、いくつもの明かりが見えてきた。
森の端に築かれた、小さな町だった。
木造の家々が坂に沿って並び、煙突から白い煙が昇っている。
あれがイシュラらしい。
町の入口へ近づくと、杖をついた男が足を引きずりながら走ってきた。
いや、走っているつもりなのだろう。
実際には、右足をかばいながら、必死に前へ進んでいるだけだった。
乱れた赤毛。
やつれた頬。
肩に羽織った上着は、ボタンも留まっていない。
「ーーフィア!」
「お父さん!」
フィアが駆け出した。
男は杖を投げ出すようにして、娘を抱きしめた。
「フィア!どこへ行っていた!どれだけ探したと思ってる!」
「ごめんなさい。でも、見て!本当に竜便士さんがいたの!」
「竜便士?」
男は顔を上げ、ベルを見た。
そして、その後ろにいるテラを見上げた。
角灯が、男の手から落ちた。
「まさか」
テラが長い首を近づけ、男の匂いを嗅いだ。
『あの時の小僧だな』
男は、その場に立ち尽くしていた。
「銀翼のベル……?」
「今はただの老いぼれだ」
ベルが答える。
男――カルム・ハルバートは、信じられないものを見るように、ベルとテラを交互に見た。




