じいちゃんの友達
第七話 じいちゃんの友達
軽トラックは畑の横で止まった。
運転席から降りてきたのは、日に焼けた大柄な老人だった。
背筋は少し曲がっている。
けれど足取りはしっかりしている。
白髪混じりの短い髪。
深く刻まれた皺。
そして大きな声。
朝陽が子どもの頃から知っている人だった。
「久しぶりじゃのぉ!」
老人は豪快に笑った。
朝陽も自然と笑顔になる。
「久しぶりです、源じい」
源じい。
本名は源三。
祖父の親友だった人だ。
幼い頃の朝陽は本当の祖父が二人いるような感覚だった。
祖父と源じい。
いつも二人で畑の話をしていた。
縁側でお茶を飲んでいた。
釣りにも行っていた。
とにかく仲が良かった。
「大きゅうなったなぁ」
「もう二十歳ですから」
「わしの中ではまだ鼻垂れ小僧じゃ」
源じいはがははと笑う。
朝陽もつられて笑った。
⸻
その時だった。
麦が源じいの足元へ駆けていく。
わんっ!
元気いっぱいの挨拶。
源じいは目を丸くした。
「おお?」
しゃがみ込む。
麦は尻尾を振りながら近付いていく。
人懐っこい。
警戒心というものがほとんどない。
源じいは大きな手で頭を撫でた。
「犬飼い始めたんか」
「はい」
朝陽は嬉しそうに頷く。
「麦って言います」
「ほう」
源じいは麦を見る。
麦も見上げる。
数秒。
そして。
「お前、賢そうな顔しとるな」
わんっ!
「そうでもなさそうじゃな」
わんっ!
朝陽は吹き出した。
麦は意味が分かっていない。
ただ嬉しそうだった。
⸻
源じいは畑へ目を向ける。
耕された場所。
植えたばかりのじゃがいも。
そして曲がった畝。
しばらく無言。
朝陽は少し緊張した。
祖父の親友だ。
畑のことも詳しい。
出来栄えを見れば色々分かるだろう。
「……どうですか?」
恐る恐る聞く。
源じいは腕を組んだ。
さらに無言。
朝陽の胃が少し痛くなる。
そして。
「下手じゃな」
即答だった。
「ですよねぇ」
朝陽は苦笑した。
予想通りだった。
⸻
しかし。
源じいは続ける。
「初めてなら上出来じゃ」
朝陽は顔を上げた。
源じいは畑を見つめている。
「お前のじいさんも最初から上手かったわけじゃない」
風が吹く。
畑の土が少し揺れる。
「何度も失敗しとった」
朝陽は少し驚いた。
祖父にもそんな時代があったのか。
自分の中の祖父は何でも出来る人だった。
野菜も。
果樹も。
料理も。
大工仕事も。
全部上手だった。
「そうなんですか?」
「当たり前じゃ」
源じいは鼻を鳴らす。
「失敗せん人間なんておらん」
その言葉は妙に胸に残った。
⸻
源じいは畑の中へ入る。
土を掴む。
指でほぐす。
匂いを嗅ぐ。
まるで医者の診察みたいだった。
「うむ」
頷く。
「土は悪くない」
朝陽の顔が明るくなる。
「本当ですか?」
「じいさんが長年育てた土じゃ」
源じいは笑った。
「そんな簡単に死なん」
その言葉に。
朝陽は胸が温かくなった。
土が生きている。
祖父が残したものが今もここにある。
そんな気がした。
⸻
気付けば二人は縁側に座っていた。
祖母が使っていた急須。
朝陽が淹れたお茶。
湯気がゆらゆら揺れている。
源じいは一口飲む。
「うまい」
「良かった」
朝陽はほっとする。
祖母に教わった淹れ方だ。
ちゃんと覚えていて良かった。
⸻
しばらく他愛もない話をした。
町のこと。
畑のこと。
天気のこと。
そして。
祖父母のこと。
源じいがぽつりと呟く。
「お前のばあさんは優しい人じゃったな」
朝陽は静かに頷く。
「はい」
「怒った顔を見たことがない」
それには少し笑った。
「俺はありますよ」
「なんじゃと?」
「小学生の時、畑のスイカ勝手に取って」
「あー」
源じいが吹き出した。
「そりゃ怒られるわ」
二人で笑う。
その笑い声が庭へ溶けていく。
⸻
ひとしきり笑った後。
源じいはふと真面目な顔になった。
遠くの山を見る。
夕方の光が横顔を照らしていた。
「朝陽」
「はい?」
「帰ってきてくれてありがとうな」
朝陽は目を瞬いた。
思わず言葉を失う。
源じいは少し照れくさそうに笑った。
「この家が無くなるのは寂しかった」
風が吹く。
果樹園が揺れる。
「お前のじいさんもばあさんも、この土地が大好きじゃったからな」
朝陽は何も言えなかった。
ただ胸がいっぱいだった。
自分が守りたかったもの。
それは思い出だけじゃなかったのだ。
この土地を好きだった人達の気持ち。
それも含まれていた。
⸻
帰り際。
源じいは軽トラックの荷台から大きな箱を下ろした。
どんっ。
朝陽は目を丸くする。
「これ」
中を見る。
大量の苗だった。
トマト。
きゅうり。
ナス。
枝豆。
色々入っている。
「えっ」
「余ったからやる」
絶対嘘だった。
余る量ではない。
朝陽にも分かる。
「でも」
「いいから貰っとけ」
源じいはぶっきらぼうに言った。
「育て方分からんかったら聞きに来い」
朝陽は思わず笑う。
祖父と同じだった。
優しい人ほど、こういう言い方をする。
「ありがとうございます」
深く頭を下げる。
源じいは照れ隠しのように手を振った。
「ほれ、頑張れ」
軽トラックが走り出す。
夕暮れの道をゆっくり下っていく。
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その背中を見送りながら。
朝陽は苗箱を抱えた。
重い。
でも不思議と嬉しかった。
麦も隣で尻尾を振っている。
「忙しくなるねぇ」
わんっ!
元気な返事。
夕陽に染まる畑。
新しい苗。
祖父のノート。
そして少しずつ繋がっていく人との縁。
春の暮らしは、まだまだ賑やかになっていく。




