表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/20

じゃがいもを植えよう

 

 第六話 じゃがいもを植えよう


 朝陽が目を覚ますと、すぐ目の前に黒い鼻があった。


「うわっ」


 びくりと身体を起こす。


 すると鼻の主――麦が嬉しそうに尻尾を振った。


 ぶんぶんぶん。


 まるで扇風機だった。


「おはよう……」


 朝陽は半分眠ったまま笑う。


 麦は朝陽の顔をぺろりと舐めた。


「ふふっ、近い近い」


 どうやら起こしに来てくれたらしい。


 朝陽は麦の頭を撫でる。


 まだ小さな頭。


 柔らかな毛。


 撫でるたびに麦は気持ち良さそうに目を細めた。


「今日は畑の日だよ」


 そう言うと。


 麦は何故かやる気満々の顔になった。


 もちろん意味は分かっていない。


 でも朝陽にはそう見えた。


 ⸻


 朝ご飯を食べた後。


 朝陽は長靴を履き、軍手をはめた。


 祖父の畑ノートを脇に抱える。


 麦も後ろからついてくる。


「畑行くの?」


 わんっ。


 元気な返事。


 朝陽は笑った。


「じゃあ一緒に行こうか」


 その言葉を聞いた瞬間。


 麦は庭へ飛び出した。


 転びそうな勢いだった。


 ⸻


 春の畑はまだ少し肌寒い。


 土には朝露が残っている。


 太陽は高く昇り始めたばかりだった。


 朝陽は畑の端にしゃがみ込む。


 祖父のノートを開く。


『じゃがいもは春の主役』


 そう書いてあった。


 思わず笑う。


「主役かぁ」


 確かに。


 祖父は毎年じゃがいもを植えていた。


 カレー。


 肉じゃが。


 ポテトサラダ。


 収穫すると祖母が色々作ってくれた。


 思い出の味だ。


「じゃあ今年も植えようね」


 誰にともなく呟く。


 祖父に言ったのか。


 畑に言ったのか。


 自分でも分からない。


 ⸻


 まずは畝作り。


 土を耕す。


 鍬を振る。


 がつん。


 がつん。


 まだ慣れない。


 数回振っただけで腕が重くなる。


「はぁ……」


 息を吐く。


 祖父はこれを毎日やっていた。


 改めてすごいと思う。


「じいちゃん超人だったのかなぁ」


 そんなことを呟きながら鍬を振る。


 すると。


 後ろで何かが動いた。


 振り返る。


 麦だった。


 前足で一生懸命土を掘っている。


 ざっざっざっ。


 ざっざっざっ。


 すごい勢いだった。


「おお」


 朝陽は感心する。


「手伝ってくれてるの?」


 麦は誇らしげだった。


 尻尾が高速で揺れている。


 ⸻


 しかし。


 数秒後。


 問題が発生した。


「……あれ?」


 朝陽は目をぱちぱちさせる。


 麦が掘っていた場所。


 そこは。


 さっき朝陽が綺麗に均した場所だった。


「麦くん」


 ざっざっざっ。


「そこ掘っちゃだめだよ」


 ざっざっざっ。


「麦ー?」


 ざっざっざっ。


 土が盛大に飛ぶ。


 朝陽の服に飛ぶ。


 顔にも飛ぶ。


「ぶっ」


 思わず吹き出した。


 麦は悪気ゼロだった。


 むしろ得意げだった。


 こんなに頑張っているのだから褒められると思っている。


 朝陽は笑いながらしゃがみ込んだ。


「ありがとうね」


 頭を撫でる。


 麦は嬉しそうに尻尾を振る。


「でもそこはやり直しです」


 わんっ。


 全然伝わっていなかった。


 ⸻


 昼近くになる頃には、何とか畝が完成した。


 まっすぐとは言い難い。


 少し曲がっている。


 高さもばらばら。


 祖父が見たら笑うかもしれない。


 それでも朝陽は満足だった。


「できたぁ」


 額の汗を拭う。


 達成感があった。


 畑が少しずつ畑らしくなっていく。


 それが嬉しい。


 ⸻


 いよいよ種芋を植える。


 祖父のノートを読む。


『種芋は優しく置くこと』


 朝陽は少し首を傾げた。


「優しく?」


 野菜なのに。


 まるで赤ちゃんみたいだ。


 でも祖父らしい。


 朝陽は種芋を一つ手に取る。


 土の上に置く。


 そっと。


 優しく。


「よろしくね」


 自然と言葉が出る。


 麦が横で見ている。


「これはじゃがいもになるんだよ」


 麦は首を傾げた。


「数ヶ月後ね」


 首を傾げたまま。


「たぶん覚えてないよねぇ」


 ふふっと笑う。


 ⸻


 全部植え終わった頃には午後になっていた。


 春の日差しは暖かい。


 少し疲れた身体に心地良かった。


 朝陽は縁側に座り込む。


 麦も隣に座る。


 いや。


 正確には倒れ込んだ。


 全力で遊び疲れていた。


「お疲れ様」


 朝陽は麦のお腹を撫でる。


 麦はうとうとしている。


 朝陽も眠くなる。


 風が気持ちいい。


 鳥が鳴いている。


 畑には今植えたばかりのじゃがいも。


 まだ何もない土。


 けれど。


 朝陽にはもう芽が出ているように見えた。


 葉っぱが伸びて。


 花が咲いて。


 収穫して。


 祖母のレシピで料理を作る。


 そんな未来が想像できる。


「楽しみだなぁ」


 ぽつりと呟く。


 麦の耳がぴくりと動いた。


 ⸻


 その時だった。


 遠くから軽トラックの音が聞こえた。


 見知らぬ車ではない。


 朝陽は顔を上げる。


「あ」


 思わず声が漏れる。


 坂道をゆっくり登ってくる軽トラック。


 運転席には見覚えのある人物がいた。


 朝陽が子どもの頃から知っている人。


 祖父の親友だった近所のおじいさん。


「おお、朝陽坊か!」


 窓を開けた老人が大声で笑う。


「本当に帰ってきたんじゃな!」


 その出会いが。


 朝陽の山暮らしをさらに賑やかなものへ変えていくことになる。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ