みんなで小屋づくり
第十六話 みんなで小屋づくり
翌朝、朝陽はいつもより少し早く目を覚ました。
障子越しに差し込む朝の光は柔らかく、部屋の中を淡い金色に染めている。
しばらく布団の中でぼんやり天井を眺めながら、昨夜見つけた祖父の設計図のことを思い出していた。
まるで偶然みたいに見つけた一枚の紙だった。
けれど、あの走り書きを読んでからというもの、不思議と胸の奥が温かい。
『朝陽が帰ってきたら』
その言葉が何度も頭の中に浮かぶ。
祖父は本当にそう思っていたのだろうか。
いつか自分が戻ってくる日を想像していたのだろうか。
答えはもう聞けない。
それでも、その可能性を考えるだけで少し嬉しくなる。
朝陽はゆっくり起き上がった。
障子を開ける。
ひんやりした朝の空気が部屋へ流れ込んできた。
山の朝は気持ちがいい。
遠くで鳥が鳴いている。
庭の草は朝露で光っている。
そして縁側の向こうでは、小春がすでに起きていた。
朝陽の姿を見つけた瞬間、元気よく鳴きながら駆け寄ってくる。
「めぇぇー!」
「おはよう」
朝陽は笑いながら頭を撫でた。
ふわふわの毛は朝露で少し湿っている。
小春は気持ちよさそうに目を細めた。
その少し後ろでは麦が大きな欠伸をしている。
まだ眠そうだった。
子犬らしい寝癖のついた毛並みがなんだか可笑しい。
「麦もおはよう」
わふ。
眠そうな返事が返ってくる。
朝陽は思わず笑った。
───
朝ご飯を食べ終えると、さっそく小屋作りの準備を始めた。
納屋から木材を運ぶ。
使えそうな板を選ぶ。
寸法を測る。
作業は思ったより大変だった。
祖父は簡単そうにやっていた記憶があるのに、自分でやると全然違う。
木材一本運ぶだけでも意外と重い。
慣れない作業に何度も汗を拭う。
それでも嫌ではなかった。
むしろ楽しい。
少しずつ形になっていくのを見るのが嬉しかった。
小春も気になるらしく、ずっと近くをうろうろしている。
時々木材を齧ろうとして朝陽に止められていた。
「それは食べちゃ駄目だよぉ」
めぇ。
全然反省していない顔だった。
───
そんなやり取りを繰り返しているうちに、庭の向こうから軽トラックの音が聞こえてきた。
聞き慣れたエンジン音だった。
朝陽は顔を上げる。
坂道を上ってくる軽トラックを見て、自然と笑顔になった。
「源じいだ」
案の定だった。
車を停めるなり、源じいが降りてくる。
帽子を被り、いつもの作業着姿である。
そして庭の様子を見るなり、眉を上げた。
「ほう」
朝陽の足元には木材。
設計図。
工具。
完全に作業中の光景だった。
「始めたんか」
「はい」
朝陽は少し照れながら頷いた。
「小春のおうち作ろうかなって」
源じいはしばらく黙っていた。
そして木材を見る。
設計図を見る。
朝陽を見る。
最後に小春を見る。
小春は元気に鳴いた。
「めぇ!」
まるで挨拶だった。
源じいは吹き出した。
「お前の家作っとるんか」
「めぇ!」
「返事しとる」
朝陽も笑う。
こういう時間が好きだった。
急ぐ必要もない。
誰かと話しながら、のんびり作業する時間。
祖父と過ごした時間によく似ている。
その時だった。
源じいが朝陽の描いた簡単な設計図を覗き込んだ。
数秒後。
深いため息をつく。
「あー……」
朝陽の胸が少しざわつく。
「あの」
「朝陽」
「はい」
「お前な」
源じいは真面目な顔をして言った。
「これ屋根落ちるぞ」
朝陽は固まった。
「え」
「たぶん雨の日に崩れる」
「えぇ」
「あと風の日も危ない」
「えぇぇ」
源じいは笑いを堪えている。
朝陽は設計図を見つめた。
全然気付かなかった。
なんだか急に不安になる。
祖父ならどうしただろう。
そんなことを考えていると、源じいが肩を叩いた。
「まあ安心せい」
そう言って笑う。
「今日は暇じゃ」
朝陽が顔を上げる。
源じいはニヤリとしていた。
「手伝ったる」
その言葉を聞いた瞬間、朝陽の顔がぱっと明るくなった。
まるで子どもみたいに。
「本当ですか」
「本当じゃ」
「ありがとうございます」
朝陽は嬉しそうに何度も頭を下げた。
───
そんな様子を見て、源じいは苦笑する。
「お前は昔から素直じゃな」
その言葉に朝陽は少し照れたように笑った。
昔。
その言葉が嬉しかった。
祖父もよく同じことを言っていたからだ。
春の終わりの風が庭を吹き抜ける。
果樹園の若葉が揺れる。
畑では野菜たちが少しずつ育っている。
その中で、小春のための小屋作りが始まった。
朝陽にとっては初めての大工仕事。
そして祖父が残した道具と、祖父の親友と一緒に作る初めての家だった。
まだ柱一本立っていない。
けれど朝陽の胸は、不思議なくらいわくわくしていた。
まるで新しい思い出が生まれる音が、もう聞こえているようだった。




