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じいちゃんの設計図

 

 第十五話 じいちゃんの設計図


 納屋の床に座り込んだまま、朝陽はしばらく写真を眺めていた。


 窓から差し込む午後の日差しが古い写真の表面を優しく照らしていて、

 まるで写真の中の時間まで温めているようだった。


 若い頃の祖父と祖母。


 まだ生まれていない父。


 小学生だった頃の朝陽。


 写真ごとに違う季節があって、違う思い出があって、

 その一枚一枚の中に家族の時間が詰まっていた。


 朝陽は写真をめくるたびに自然と笑顔になっていた。


「あぁ、この時のだぁ……」


 思わず声が漏れる。


 泥だらけの顔で祖父の隣に立っている写真だった。


 確か畑仕事を手伝うと言って飛び出したものの、

 十分後には畑ではなく水路で遊び始めてしまい、祖父に苦笑された日だ。


 叱られると思ったのに、祖父は笑いながら写真だけ撮っていた。


 祖母には呆れられていた気がする。


 思い出すと可笑しくて、朝陽は小さく吹き出した。


 木箱の中にはまだ写真が残っている。


 何気なく一番下へ手を伸ばした時だった。


 指先に紙の感触が触れた。


 写真ではない。


 少し厚みのある紙だった。


「あれ?」


 朝陽は首を傾げながら引き出した。


 折り畳まれた大きな紙だった。


 端が少し黄ばんでいる。


 何度も開いた跡がある。


 朝陽は慎重に広げた。


 そして思わず目を丸くした。


「設計図……?」


 そこには細かな線で描かれた建物の図面があった。


 寸法まで丁寧に書かれている。


 屋根の角度。


 柱の位置。


 窓の配置。


 素人の落書きではない。


 祖父らしい、きっちりとした図面だった。


 朝陽は床へ広げたまま見つめる。


 しばらくして、あることに気付いた。


「あ……」


 見覚えがある。


 いや。


 見覚えがあるというより。


 知っている。


 毎日見ている。


 この形。


 この間取り。


 この屋根。


 これは――


「今の家だ」


 朝陽が暮らしている家だった。


 祖父母の家。


 今は朝陽の家になった場所。


 その設計図だった。


 思わず膝を抱えるように座り直し、じっくり見つめる。


 祖父は大工ではなかった。


 けれど昔から物作りが好きだった。


 物置も。


 薪棚も。


 畑の柵も。


 何でも自分で作ってしまう人だった。


 そういえば幼い頃に聞いたことがある。


 この家を建て直した時も、かなりの部分を祖父自身が手伝ったのだと。


 その時は何となく聞き流していた。


 けれど今こうして図面を見ると、本当にこの家を大切にしていたことが伝わってくる。


 一本一本の線が丁寧だった。


 まるで家族の未来を描くみたいに。


 朝陽は図面の端に書かれた文字を見つけた。


 小さなメモだった。


『縁側は広めに』


『朝日が入るように』


『庭が見えるように』


 その文字を見た瞬間、胸の奥がじんわり温かくなる。


 祖父らしいと思った。


 豪華な家が欲しかったわけじゃない。


 便利な家が欲しかったわけでもない。


 家族が笑って暮らせる場所を作りたかったのだ。


 だから縁側を広くした。


 だから庭が見えるようにした。


 だから朝日が入るようにした。


 朝陽は自然と微笑んだ。


 今、自分が一番好きな場所は縁側だった。


 朝ご飯を食べるのも。


 お茶を飲むのも。


 星を見るのも。


 全部縁側だった。


 祖父の考えた通りになっている。


「じいちゃん、すごいなぁ」


 小さく呟く。


 納屋の中は静かだった。


 返事はない。


 けれど不思議と寂しくはなかった。


 写真を見つけてからずっと感じていた。


 祖父母はもういない。


 それは変わらない。


 会いたいと思うこともある。


 声を聞きたいと思うこともある。


 でも、この土地には二人が生きた跡がたくさん残っている。


 果樹園にも。


 畑にも。


 納屋にも。


 家にも。


 毎日の暮らしの中に。


 だから時々、本当に近くにいる気がするのだ。


 ───


 その時だった。


 外から元気な鳴き声が聞こえてきた。


「めぇぇぇー!」


 続いて。


「わふっ!?」


 麦の慌てた声。


 朝陽は思わず笑った。


 どうやらまた小春が暴れているらしい。


 図面を丁寧に畳み、木箱へ戻す。


 けれどその時、もう一枚紙が目に入った。


 今度は図面ではない。


 手書きの走り書きだった。


 祖父の字でこう書かれている。


『朝陽が帰ってきたら、裏の空き地に小屋を建ててもいいかもしれん』


 朝陽の手が止まる。


 目を見開く。


 裏の空き地。


 それは今まさに小春の小屋を建てようとしている場所だった。


「え……」


 偶然だろうか。


 それとも。


 祖父も同じことを考えていたのだろうか。


 もちろん分からない。


 分からないけれど。


 朝陽はなんだか嬉しくなった。


 まるで祖父が背中を押してくれたみたいだった。


 ───


 納屋を出ると、夕方の柔らかな光が庭を包んでいた。


 そして予想通り、小春が麦を追い回していた。


 麦は庭を全力で逃げ回っている。


 小春は楽しそうに追いかけている。


 朝陽は思わず声を上げて笑った。


「何してるのぉ」


 二匹は同時に振り返る。


 そして次の瞬間。


 なぜか二匹とも朝陽へ向かって走り出した。


「うわっ」


 逃げる暇もなかった。


 麦と小春が同時に飛びついてくる。


 朝陽はその場に尻もちをついた。


 暖かな毛並みが腕に触れる。


 楽しそうな鳴き声が耳元で響く。


 夕暮れの風が吹く。


 庭の向こうでは果樹園の桃の葉が揺れていた。


 祖父母が残してくれた土地。


 その中で少しずつ増えていく新しい思い出。


 朝陽は二匹を抱きしめながら、幸せそうに目を細めた。


 小春の小屋作りは、明日から本格的に始まる。


 そしてその小屋作りには、思ってもみなかった協力者が現れることになるのだった。



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