初めての小屋づくり
第十四話 初めての小屋づくり
小春が家へやって来てから三日が過ぎた。
最初は少し緊張していた小春も、今ではすっかりこの家の暮らしに慣れ始めていた。
朝になると元気よく鳴き、庭を走り回り、麦を追いかける。
畑へ行けば朝陽の後ろをついて歩き、休憩していれば隣へ座る。
人懐っこくて甘えん坊で、そして驚くほど好奇心旺盛だった。
一方の麦も、最初こそ戸惑っていたものの、少しずつ小春の存在を受け入れ始めていた。
相変わらず頭突きされると逃げるけれど、それでも以前のように距離を取ることはなくなっている。
朝陽はそんな二匹を見ているだけで幸せな気持ちになった。
この家には、自分一人しかいなかった。
祖父母が亡くなってからの四年間、この広い家はずっと静かだった。
静かすぎるくらいに。
だからこそ、庭を駆け回る足音や鳴き声が嬉しかった。
賑やかな音が家に戻ってきた気がするのだ。
────
その日の朝も、朝陽は縁側でお茶を飲みながら庭を眺めていた。
柔らかな日差しが差し込み、風は心地良い。
遠くではウグイスが鳴いている。
庭では麦と小春が追いかけっこをしていた。
正確には、小春が一方的に麦を追いかけている。
「めぇぇぇ!」
元気いっぱいに駆け出す小春。
「わふっ!?」
慌てて逃げる麦。
完全に立場が逆だった。
身体は麦の方が大きい。
それなのに、なぜか小春には強く出られないらしい。
朝陽は湯飲みを持ちながらくすくす笑った。
「麦、お兄ちゃん頑張ってるねぇ」
その言葉に反応したのか、麦がちらりとこちらを見る。
助けてほしそうな顔だった。
しかし朝陽は助けない。
頑張れ、と心の中で応援するだけである。
そんな平和な時間を過ごしているうちに、朝陽はふと大事なことを思い出した。
小春の小屋だ。
今は納屋の一角を片付けて寝床にしているが、本格的に暮らすなら専用の小屋が必要になる。
「そうだ」
朝陽は立ち上がった。
「小春のおうち作らなきゃ」
その言葉を聞いた瞬間、麦が反応した。
わふっ!
勢いよく返事をする。
小春も負けじと鳴く。
めぇ!
二匹ともやる気だけは十分だった。
朝陽は笑いながら帽子を被る。
「手伝ってくれるの?」
もちろん返事はない。
けれど二匹とも朝陽の後ろをついてくる。
それだけで十分だった。
───
まずは場所決めから始めた。
庭を歩き回りながら考える。
どこなら風通しが良いだろう。
雨が降っても大丈夫だろうか。
家から近い方が安心だ。
冬のことも考えたい。
祖父ならどうしただろう。
そんなことを思いながら歩いていると、自然と足が止まった。
そこは庭の端。
昔、薪小屋が建っていた場所だった。
今はもう土台しか残っていない。
けれど朝陽はこの場所が好きだった。
幼い頃、祖父の後ろをついて薪運びをした思い出がある。
小さな腕で一本抱えるだけでも大変だったのに、祖父は毎回大袈裟なくらい褒めてくれた。
『朝陽は力持ちじゃなぁ』
その言葉が嬉しくて。
褒めてほしくて。
何度も何度も往復したことを覚えている。
今思えば戦力にはなっていなかったはずなのに。
祖父はいつも本気で喜んでくれた。
朝陽は少しだけ微笑んだ。
「ここがいいかな」
小春もその場所を気に入ったらしい。
草をむしゃむしゃ食べ始めた。
麦は隣で寝転がっている。
二匹とも自由だった。
朝陽は苦笑しながら納屋へ向かった。
納屋は祖父の城みたいな場所だった。
子どもの頃は勝手に入ると怒られた。
危ない道具がたくさんあったからだ。
それでも祖父が作業している姿を見るのが好きで、よく入口から覗いていた。
木の扉を開く。
ぎぃ、と懐かしい音が響く。
中には昔と変わらない空気が残っていた。
木材の香り。
油の匂い。
古い工具の匂い。
全部が祖父を思い出させる。
朝陽はゆっくりと中へ入った。
壁には工具が整然と並んでいる。
鋸。
金槌。
鉋。
スコップ。
祖父は片付けが上手だった。
使った場所へ必ず戻す人だった。
だから何年経っても、どこに何があるのか分かる。
朝陽は棚から金槌を手に取った。
少し重い。
けれど不思議と手に馴染む。
祖父が何度も握った道具だからだろうか。
「借りるねぇ」
誰もいない納屋でそう呟く。
返事はない。
けれど何となく。
「おう」
と祖父が笑った気がした。
木材を探しながら奥へ進む。
すると棚の下に古い木箱を見つけた。
埃を被っている。
今まで見た記憶がない。
朝陽は首を傾げながら持ち上げた。
思ったより軽い。
蓋を開ける。
その瞬間、朝陽の動きが止まった。
中に入っていたのは写真だった。
たくさんの写真。
古いものから新しいものまで。
色々な時代の写真がぎっしり詰まっている。
朝陽はそっと一枚取り上げた。
そこには若い頃の祖父と祖母が写っていた。
今よりずっと若くて。
けれど笑顔は変わらない。
果樹園の前で肩を並べて笑っている。
次の写真には父がいた。
さらに次には、まだ小さな朝陽がいた。
祖父の肩車をされながら満面の笑みを浮かべている。
頬がふっくらしていて、今よりずっと幼い。
朝陽はその場にしゃがみ込んだ。
自然と笑みが零れる。
懐かしかった。
本当に。
会いたくなるくらいに。
納屋へ吹き込んだ風が写真を揺らした。
その風はどこか優しくて。
まるで祖母が縁側から呼んでいるみたいだった。
『朝陽、ご飯できたよ』
そんな声が聞こえた気がして、朝陽は少しだけ目を細めた。
そしてその写真箱のさらに奥に、まだ朝陽が気付いていないものが眠っていた。
それは祖父が何年も前に描いた一枚の設計図。
朝陽の未来に繋がる、小さな秘密だった。




