麦の秘密の畑
第十一話 麦の秘密の畑
五月の朝だった。
山の緑は日に日に濃くなり、吹く風も少しだけ暖かくなっている。
朝陽はいつものように畑へ向かっていた。
長靴を履いて。
帽子を被って。
麦を連れて。
すっかり毎朝の習慣だった。
「おはよう」
畑に着くなり声を掛ける。
野菜達へ。
ほうれん草は葉を広げていた。
玉ねぎも順調。
じゃがいもの芽も元気に育っている。
朝陽は満足そうに頷いた。
「偉いねぇ」
しゃがみ込む。
葉っぱをそっと撫でる。
その姿を見ていたら。
源じいならきっと言う。
「野菜と会話しとる変な奴じゃ」
と。
⸻
その時だった。
麦が突然走り出した。
「ん?」
わんっ!
庭の奥へ向かっていく。
何かを見つけたらしい。
朝陽はのんびり後を追う。
「どうしたの?」
麦は振り返る。
そしてまた走る。
まるでついて来いと言っているみたいだった。
家の裏手。
果樹園と畑の間。
あまり使っていない場所だった。
朝陽はそこへ来て足を止めた。
「……あれ?」
地面を見る。
緑がある。
小さな芽。
しかも一つじゃない。
十個以上。
もっとある。
まとまって生えている。
「なんだろう?」
しゃがみ込む。
見覚えがあった。
葉の形。
茎の色。
祖父のノートで見た。
「これ……」
朝陽は瞬きをする。
もう一度見る。
やっぱりそうだった。
「かぼちゃ?」
かぼちゃだった。
間違いない。
しかし。
植えた覚えがない。
今年は植えていない。
種も買っていない。
当然ここに植える予定もなかった。
「なんで?」
首を傾げる。
不思議だった。
⸻
その時。
麦が得意げに尻尾を振った。
ぶんぶんぶん。
やたら嬉しそうである。
「……?」
朝陽は麦を見る。
麦も朝陽を見る。
そして。
何故か地面を掘り始めた。
ざっざっざっ。
ざっざっざっ。
数分後。
朝陽は真相を知ることになる。
掘り返された土の中から出てきたのは。
かぼちゃの種だった。
しかも大量。
「あ」
朝陽は思い出した。
数週間前。
台所でかぼちゃを切った。
種を捨てた。
その後。
麦が生ゴミ袋を持ち去った。
慌てて回収した。
……はずだった。
⸻
「まさか」
麦を見る。
麦は満面の笑みだった。
「埋めたの?」
わんっ!
「ここに?」
わんっ!
「全部?」
わんっ!!
朝陽は吹き出した。
笑いが止まらない。
「そういうことだったの!?」
麦は誇らしかった。
完全に褒められると思っている。
「秘密の畑作ってたんだ」
朝陽は笑いながら頭を撫でた。
麦はさらに嬉しそうになる。
どうやら。
種を宝物だと思って埋めたらしい。
犬としては普通の行動だ。
問題は。
全部発芽したことだった。
⸻
その日の午後。
源じいがやって来た。
いつものように畑を見回る。
そして。
問題の場所を発見した。
「なんじゃこりゃ」
立ち止まる。
かぼちゃ畑。
突然現れた謎のかぼちゃ畑。
源じいは腕を組む。
「植えたんか?」
朝陽は笑いを堪えながら説明した。
数分後。
源じいは腹を抱えて笑っていた。
「はっはっはっ!」
大爆笑だった。
「犬が植えたんか!」
「たぶん」
「そんなことあるか!」
「でも生えてます」
「生えとるな!」
麦は二人の間で尻尾を振っていた。
何が面白いのか分かっていない。
ただ楽しいらしい。
⸻
「残しとけ」
ひとしきり笑った後。
源じいが言った。
「え?」
「せっかく育ったんじゃ」
朝陽は芽を見る。
小さな葉。
元気そうな緑色。
確かに抜くのは少し可哀想だった。
「そうですね」
朝陽は頷いた。
「育ててみようかな」
わんっ!
麦が跳ねる。
まるで理解したみたいだった。
⸻
その日から。
かぼちゃ畑は正式に認められた。
名前も付いた。
『麦農園』
源じいが勝手に命名した。
「なんでですか」
「犬が作ったからじゃ」
「そのままだぁ」
「分かりやすいじゃろ」
⸻
結局。
朝陽も気に入った。
木の札を作る。
祖父の真似だった。
小さな板に文字を書く。
丁寧に。
ゆっくり。
『麦農園』
完成した札を立てる。
その横で麦が尻尾を振る。
春風が吹く。
小さな葉が揺れる。
朝陽は思わず笑った。
⸻
祖父の果樹園。
朝陽の畑。
そして。
麦のかぼちゃ畑。
この土地には少しずつ新しい思い出が増えていく。
祖父母が残してくれた場所は。
もう過去の思い出だけの場所じゃなかった。
今も。
ちゃんと未来を育てている。
⸻
そして数日後。
朝陽は町で一頭の子ヤギと出会う。
その出会いが。
山暮らしをさらに賑やかにしていくことを、まだ知らなかった。




