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剪定大騒動


第十話 剪定大騒動


「お前ぇぇぇ!!」


突然の大声に、朝陽は肩を跳ねさせた。


「ひゃっ」


振り返る。


果樹園の入り口に立っていたのは源じいだった。


顔が真剣である。


かなり真剣である。


朝陽は思わず背筋を伸ばした。


「お、おはようございます……?」


「おはようじゃない!」


源じいはずんずん歩いてくる。


そのまま桃の木の前で立ち止まった。


そして一本の枝を指差す。


「なんで切ったんじゃ!」


「え?」


朝陽は目を瞬かせる。


その枝を見る。


昨日切った枝だった。


果樹ノートを読んで。


見よう見まねで剪定した成果である。


「だって伸びすぎてたので……」


「それは実がなる枝じゃ!」


「えぇっ!?」


朝陽の顔色が変わった。



源じいは額を押さえた。


「お前なぁ……」


深いため息。


朝陽は小さくなる。


怒られている小学生みたいだった。


「すみません……」


「謝らんでええ」


源じいは枝を撫でる。


「誰でも最初はやる」


「本当ですか?」


「わしもやった」


少し安心した。


でも。


源じいは続ける。


「お前のじいさんもやった」


「じいちゃんも?」


「若い頃にな」


それを聞いて朝陽は少し笑った。


何だか嬉しい。


祖父も失敗したことがあるのだ。


完璧な人じゃなかった。


ちゃんと失敗して。


学んで。


あんな風になった。


そう思うと少し勇気が出た。



「よし」


源じいは腕まくりした。


「今日は特別授業じゃ」


「授業?」


「剪定講座」


朝陽は素直に頷く。


正直ありがたい。


本だけでは分からないことが多すぎた。



二人で果樹園を歩く。


源じいは一本一本の木を見て回る。


「これは切る」


ぱちん。


「これは残す」


「なんでですか?」


「来年のためじゃ」


朝陽は真剣に聞く。


頷く。


メモを取る。


まるで学生だった。


源じいも嬉しそうだった。


教え甲斐があるらしい。



しかし。


問題児がいた。


麦である。



最初は大人しくしていた。


源じいの後ろを歩き。


朝陽の横を歩き。


いい子だった。


だが。


飽きた。


子犬とはそういう生き物である。



突然。


麦が走り出した。


「わっ」


草むらへ突撃。


ばさばさばさっ!


鳥が飛び立つ。


「麦ー!」


朝陽が呼ぶ。


戻ってくる。


しかし。


途中で何かを発見した。


今度は反対方向へ走る。


「待って待って!」


全然待たない。



数分後。


もっと大変なことが起きた。


麦が剪定した枝を発見したのである。


お気に入りになった。



「わんっ!」


枝を咥える。


振り回す。


ぶんぶんぶん。


「おお」


朝陽は感心した。


「楽しそう」


「感心しとる場合か!」


源じいが怒る。



麦はさらに加速した。


枝を持ったまま果樹園を駆け回る。


落ち葉が舞う。


土が飛ぶ。


朝陽が追いかける。


源じいも追いかける。


完全に運動会だった。



「麦ー!」


「わんっ!」


「止まってー!」


「わんっ!」


止まらない。


むしろ速い。



果樹園中を走り回った末。


麦はようやく捕まった。


縁側だった。


疲れたらしい。


枝を抱えて寝転がっている。


「はぁ……」


朝陽はその場に座り込んだ。


源じいも息を切らしていた。


「元気じゃな……」


「元気ですねぇ……」


二人で同じ方向を見る。


麦だけが満足そうだった。



昼になる頃には作業を終えた。


朝陽はお茶を淹れる。


源じいは縁側に座る。


麦は二人の足元で眠っていた。


ぽかぽかの春の日差し。


風が心地いい。


静かな時間だった。



「朝陽」


源じいがぽつりと言った。


「はい?」


「お前、向いとるな」


朝陽は首を傾げた。


「何がですか?」


「この暮らしじゃ」


風が吹く。


庭の木々が揺れる。


源じいは麦を見る。


畑を見る。


果樹園を見る。


そして朝陽を見る。


「楽しそうじゃ」


朝陽は少し考えた。


確かに。


毎日忙しい。


朝も早い。


体も疲れる。


失敗もする。


でも。


楽しい。


とても。



「そうかもしれないです」


朝陽は笑った。


「毎日あっという間なんです」


本心だった。


都会で暮らしていた頃より。


時間がゆっくりなのに。


一日は早い。


不思議な感覚だった。



源じいは満足そうに頷いた。


「それが一番じゃ」


短い言葉だった。


けれど。


朝陽の胸に深く残った。



その日の夕方。


果樹園を見回る朝陽は気付かなかった。


畑の隅で。


植えた覚えのない小さな芽が出ていることに。


そして。


その正体が数週間後、大騒動を引き起こすことになることも。


原因はもちろん――


麦だった。



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