まだ知らない道
市場の朝。
肉屋では開店準備が進んでいた。
床を掃いて、店先へ肉を運んだりと、リアムは忙しく動いていた。
店の奥から肉を切り分ける音が響く。
「リアム」
「なに?」
「そっち終わったら店先の箱も出しといてくれ」
「うん」
箱を抱えて店先へ運ぶ。
市場にも少しずつ人が増え始め、店主達が声を掛け合う。
「おはようございます」
声のした方へ振り返ると、パン屋のハンナだった。
ガレスも顔を上げる。
「よう、ハンナ。用意できてるぞ」
ガレスは作業台の上に置いてあった包みを持ち上げ、ハンナへ差し出す。
「ありがとうございます」
「薄く切ってみた」
「試してみます」
嬉しそうな顔だった。
「店の方はどうだ」
「おかげさまで忙しくさせてもらってます」
「配達先を増やしたんだってな」
ハンナは頷いた。
「最近はそっちにも手が取られていて」
「大変そうだな」
「でも助かってます。アルビー君が頑張ってくれているので」
「あの銀髪の坊主か」
「はい」
「最近よく見かけるな」
「頼んだことはちゃんとやってくれますし、働き者です」
ガレスは頷いた。
「らしいな」
「本当に助かってます」
ハンナは包みを抱え直した。
「それじゃあ、また来ます」
「おう」
ハンナは軽く頭を下げて店を出ていった。
入れ替わるように客が店へやって来た。
「朝から賑やかだな」
「そうか?」
「パン屋の嬢ちゃんか」
「ああ、最近忙しいらしい」
「配達先を増やしたんだろ」
「みたいだな」
「景気がいいのは良いことだ」
「違いねえ」
ガレスが肉を切り分ける。
客はふと思い出したように言った。
「そういや配達してる銀髪の坊主、うちにも来たぞ」
リアムは何となく耳を傾ける。
「礼儀正しい子だったな」
「らしいな」
「教会の子って感じはするんだがな」
「ほう」
ガレスは顔を上げた。
客は首を傾げる。
「なんだろうな。ずっと教会にいる感じもしない」
「まだ子供だぞ」
「そうなんだがな」
ガレスは小さく笑った。客も笑う。
「まあ、働き者なのは間違いなさそうだ」
「それはそうだな」
客は代金を置いて、肉を受け取る。
「最近はあちこちで見かけるしな」
「忙しくしてるんだろう」
ガレスは肩を竦めた。
客は手を振って店を出ていった。
リアムは店先からその背中を見送った。
最近は市場でもアルビーの話をよく耳にした。
◇
昼の忙しさが一段落した市場では、子供達が広場へ集まり始めていた。
肉屋の手伝いを終えたリアムも広場へ向かう。
荷車の陰や、木箱の上。
子供達は思い思いの場所に腰を下ろしていた。
リリーの姿もある。
「リアム!」
子供の一人が手を振り、リアムも手を上げて応えた。
◇
「今日は忙しかった」
「うちも」
「宿場の客が多かったんだって」
家の手伝い。
最近あった出来事。
兄や姉の話。
話題は次々と変わっていく。
「兄ちゃん、来月から工房区なんだ」
「本当か?」
「うん」
少し誇らしそうだった。
「鍛冶師の見習いになるんだって」
「すごいな」
「職人か」
子供達が声を上げる。
「うちの姉ちゃんは宿で働くらしい」
「宿場の方か?」
「たぶん」
「いいな」
「いろんな人が来るんだろ」
話は広がる。
第五環。
工房区。
宿場。
子供達にとってはまだ遠い世界だった。
それでも兄や姉の話を聞くうちに、少しずつ未来を意識し始めていた。
「あっ」
リリーが通りの方を見て、子供達も振り返る。
木箱を抱えたアルビーが通りを歩いていた。
「アルビー!」
声に気付いたアルビーが顔を上げ、足を止めた。
リリーは嬉しそうに駆け寄る。
「仕事?」
「ああ」
「重そう」
「大丈夫だ」
リリーは楽しそうに笑った。
「最近よく見かけるね」
「ああ。仕事が増えたんだ」
「頑張ってるね」
「そうか?」
「うん」
「じゃあ行く」
アルビーは木箱を持ち直した。
「またね」
「ああ」
アルビーはそのまま通りを歩いていった。
「あいつ、よく見かけるな」
「そうだな」
「共同倉庫の仕事してるんだろ」
「パンの配達もしてるぞ」
「工房区でも見た」
子供達は話している。
リアムは黙っていた。
何となく面白くなかった。
一人が思い出したように言った。
「この前さ、冒険者が貴族になったらしいぞ」
子供達が顔を上げる。
「本当か?」
「すげえな」
「何したんだ?」
「よく知らない。なんか大きな手柄を立てたんだって」
「冒険者ってそんなことあるんだな」
「あるんだろ」
「貴族か」
子供達はざわつく。
それは自分達とは遠い世界の話だった。
「ライル兄ちゃんならなれるかな」
「棒振ってるの見たことあるぞ」
「冒険者になるのかな」
「この辺じゃ一番強いし」
「足も速いしな」
「木登りも一番だ」
子供達は口々に言う。
「ライル兄ちゃんならすごい冒険者になれるかも」
「貴族にもなれるかもな」
リアムは何も言わなかった。
ライル。
冒険者。
外の世界。
何となく頭から離れなかった。
◇
夕方。
リアムは眉間にシワを寄せながら、店の片付けを手伝っていた。
「なあ」
「なんだ」
「剣ってどこで習うんだ?」
ガレスは手を止めた。
「急にどうした」
「別に」
リアムは視線を逸らす。
「喧嘩とかじゃねえだろうな」
「違う」
リアムはすぐに答えた。
少しだけ沈黙が流れた。
「門の近く行けば、たまに門兵が訓練してるぞ」
「そうなのか」
「ああ。見てるだけでも面白いかもしれん」
「ふーん」
「やりたきゃやればいい」
ガレスは肉を運びながら続ける。
「ただし仕事はちゃんとしろよ」
「わかってる」
「ならいい」
ガレスはそのまま奥へ消えた。
リアムはしばらくその場に立っていた。




