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アルビー  作者: アオハル
7/7

目に映るもの

昼前の市場は慌ただしかった。


ハンナは焼き上がったパンを籠へ並べている。


一つ一つ確認し、最後に布を掛けた。


約束の時間になると、アルビーが店へやって来た。


ハンナは布を掛けた籠を持ち上げる。


「これ、門兵詰所まで届けてほしいんだ」


ハンナが差し出した籠をアルビーは受け取る。


「今日は新しいのを入れてみたんだけど」


ハンナは少しだけ笑った。


「お試しで少しだけね。感想を聞けたら教えて」


「分かりました」


アルビーは籠を抱え直した。


「行ってきます」


「お願いね」


ハンナはうなずいた。



アルビーは市場の喧騒の中へ歩き出した。


市場から共同倉庫を抜け、工房区を通り過ぎる。


さらに進むと、石造りの詰所が見えてきた。


門兵詰所だった。


入口の近くにいた門兵がアルビーへ気付く。


「お、パン屋か」


「届けに来ました」


門兵は籠を受け取る。


近くにいた別の門兵も覗き込んだ。


「いつも悪いな。ん?」


「なんだこれ」


「肉か?」


「うまそうだな」


「小さいのしかないぜ」


「お試しってことだろう」


アルビーはその様子を少し見ていた。


だがすぐに別の音が耳へ入る。


乾いた音だった。


木と木がぶつかる音。


詰所の奥へ視線を向ける。


門の脇では数人の門兵が訓練を見ていた。


その少し先で、若い門兵二人が木剣と木盾を構えている。


少し離れた場所では、年配の門兵が腕を組んで見ていた。


「そこだ」


若い門兵の一人が踏み込み、木剣を振った。


相手は盾を上げる。


鈍い音が響いた。


受けた勢いのまま盾を押し出す。


攻めた門兵が一歩下がった。


すぐに踏み込み直し、今度は力を込めて木剣を振り下ろした。


相手は正面で受けず、体をずらした。


盾を滑らせるようにして剣を横へ流し、そのまま横を抜ける。


「遅い! 正面ばかり見るな」


年配の門兵が声を飛ばす。


若い門兵は構えを直した。


「逃がしたらどうなる」


若い門兵は口を閉ざした。


年配の門兵は小さく息を吐く。


「賊を逃がしたら誰かが被害にあうかもしれん。次!」


若い門兵達は再び向かい合った。


アルビーは黙って見ていた。


剣よりも先に目に入ったのは足だった。


踏み出す。


止まる。


下がる。


向きを変える。


同じように見える動きが少しずつ違う。


一人が動けば、もう一人も動く。


その繰り返しだった。


やがて門兵達が木剣を下ろす。


アルビーはその先にある大きな門へ視線を向けた。


大きな門だった。


アルビーの背丈より何倍も高い。


厚い木材と黒い鉄で作られている。


門は開いていた。


人が行き来している。


荷車を引く男。


大きな袋を背負った女。


工房の職人らしい男達。


門兵達は一人ずつ確認していた。


身分証を見せる者もいる。


紙を見せる者もいる。


その様子をアルビーは眺めていた。


やがて一人の男が呼び止められる。


男は慣れた様子で紙を差し出した。


門兵は紙に目を通した。


「もうすぐ期限だったな」


「はい」


「更新所は時期によって混むからな」


「余裕があるうちに済ませとけ」


「ありがとうございます」


門兵から紙を受け取った男は頭を下げた。


「気を付けてな」


男は笑って門をくぐっていった。


アルビーはその背中を見送りながら門の向こう側へ目を向けた。


「おい」


不意に声がした。


振り返ると、先ほど検問をしていた門兵だった。


「二つしか残ってないぞ」


詰所の中から声が返ってきた。


「え?」


「四つあっただろ」


少し間が空く。


「あ」


「お前らか」


門兵達の視線が二人へ集まった。


「いや、うまかったから……」


「一口だけのつもりだったんです」


「馬鹿野郎」


「試食だとしても勝手に食うな」


二人はそろって肩をすくめた。


「すみません」


詰所の中から情けない声が返ってくる。


検問の門兵は呆れたように息を吐いた。


それからアルビーへ視線を向ける。


「ハンナによろしくな」


アルビーはうなずいて踵を返した。



昼過ぎの広場は賑やかだった。


子供達が走り回り、井戸の近くでは住民達が立ち話をしている。


リアムは広場を横切った。


手には一本の棒を持っている。


「リアム!」


よく遊んでいる子供達がこちらへ駆け寄ってきた。


「どこ行くんだ?」


「別に」


「門のとこ行くんだろ」


「なんで分かった」


子供はリアムの持つ棒を指差した。


「それ」


周囲から笑い声が上がる。


リアムは目を逸らし頬をかいた。


「訓練やってるかもしれないし」


「俺も行く」


「俺も」


子供達が口々に言う。


「じゃあ行こうぜ」


子供達は連れ立って広場を後にした。


向かう先は第八区との境界門だった。


門兵詰所の脇では、二人の門兵が向かい合っていた。


木剣を横薙ぎに振るう。


相手は後ろへ下がってかわした。


さらに下がろうとしたが、後ろへ逃げる場所がない。


今度は盾で受けて押し返した。


攻めた門兵が一歩下がる。


すぐに踏み込み直した。


押し返されないよう足を踏ん張り、木剣を大きく振り下ろす。


相手は体をずらしながら剣を流した。


そのまま横を抜けようとする。


だが、攻めた門兵の蹴りが横へ抜けようとした相手の進路を塞いだ。


「うおっ」


相手は慌てて飛び退いた。


「すげえ!」


子供達から歓声が上がる。


「悪くない」


年配の門兵から褒められた若い門兵の口元が緩む。


「あぶねぇなこの野郎……今度はこっちの番だ!」


「ひぃ」


逃げ出そうとした門兵へ年配の門兵が怒鳴った。


「こら! 逃げてどうする!」


笑い声が上がる。


リアムはその様子を見つめながら、手に持った棒を強く握っていた。



やがて訓練は終わり、子供達は門兵詰所を後にした。


リアムの頭の中には、さっきの訓練が残っていた。


受け止めた相手を下がらせる剣撃。


その剣を受け止め押し返す盾捌き。


よく分からなかったが、足も使っていた。


気付けば、何度も手の棒を握り直していた。


広場へ戻ると、子供達は訓練の真似をし始めた。


「あの蹴り見たか?」


「見た見た」


「俺もやる」


拾った枝で木剣を振る真似をする。


「こうだって」


子供達は思い思いに門兵の真似を始めた。


リアムも棒を構える。


横に薙ぐ。


振り下ろす。


受けて、押し返す。


さっき見た訓練を思い出しながら動く。


その時だった。


「すきあり!」


「うおっ」


後ろから足を軽く蹴られる。


振り返ると、蹴った子供は腕を組んで笑っている。


「まえばかりみるな、ばかもの」


そう言うと逃げ出す。


「待てこの野郎!」


笑い声が上がる。


「このまま鬼ごっこしようぜ!」


「賛成!」


子供達は一斉に駆け出した。


リアムもその後を追いかける。


広場に笑い声が響いた。



夕食後、アルビーは孤児院の中庭にいた。


手には一本の棒がある。


昼間見た門兵達の訓練を思い出しながら振る。


踏み込んで振る。


向きを変えて振る。


風を切る音が響いた。


だが棒は思ったより遅かった。


さらに強く振る。


その瞬間、棒が手の中で滑った。


危うく落としかけ握り直す。


もう一度、踏み込んで振る。


今度は最後まで振り切ったが遅かった。


少し離れた場所ではマルクが憂鬱そうにその様子を見ていた。


(……剣も使えたのか……)


小さく息を吐く。


(……もうすぐ祈りの日か……)


視線の先でアルビーは黙々と棒を振り続けている。


踏み込みを浅くし、握る位置も少しずつ変えていた。


先ほどより自然に振り抜けたが、まだ遅い。


アルビーは棒を構える。


そしてもう一度、棒を振った。

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