配達人
朝食の後。
エレノアがアルビーを呼んだ。
「今日は配達のお手伝いをしてください」
「はい」
アルビーが立ち上がる。
ミアが顔を上げた。
「そうだった」
マルクが少し笑う。
「夕方には戻るだろ」
「うん」
ミアはアルビーを見る。
「気をつけてね」
「行ってくる」
◇
市場の裏手には、大きな倉庫が並んでいた。
列をなす荷馬車。
積み上げられた木箱。
行き交う人影。
響く怒声。
表の通りとは違う匂いがした。
エレノアは一つの倉庫の前で足を止める。
「ベイル」
木箱を仕分けていた青年が顔を上げた。
黒髪に引き締まった体。
青年は手にしていた木札を木箱へ括り付ける。
「その子か」
「はい。アルビーです」
ベイルはアルビーを見る。
「ベイルだ」
それだけ言うと、ベイルは足元を指差した。
「持てるか」
アルビーは両手で持ち上げる。
「持てます」
ベイルは頷き、荷札へ目を落とした。
「雑貨屋だ」
「店に着いたら荷札を見せろ」
「控えをもらえ」
「受け取ったら戻れ」
アルビーは頷く。
「行け」
アルビーは木箱を抱えて歩き出した。
◇
市場の通りへ出る。
抱えた木箱は思ったよりも大きい。
人の流れを避けながら進む。
東通り二番。
やがて目的の店を見つけた。
店先には縄や布、木桶が並んでいる。
アルビーは店へ入った。
「荷物です」
「ご苦労さん」
アルビーは小さな木札を受け取った。
「ありがとうございました」
男は軽く手を振った。
アルビーは店を出て、来た道を引き返した。
「戻りました」
ベイルはアルビーから受け取った木札を確かめた。
「次だ」
◇
午前の間に何度も市場を往復した。
東通り。
西通り。
広場の近く。
歩き回るうち、市場の道も少し覚えていた。
◇
「昼だ」
倉庫のあちこちで手が止まり始める。
しばらくして、パンの入った大きな籠が運ばれてきた。
運んでいたのはエレノアと同じくらいの年齢に見える女性だった。
慣れた様子で籠を下ろす。
エレノアとは対照的に、活発そうな雰囲気だった。
女性は倉庫の男たちへ声をかけ、軽く手を振った。
何人かが嬉しそうに応じた。
ベイルは籠からパンを二つ取って、片方をアルビーへ渡した。
「受け取ってこい」
近くで配られている木椀には、薄い野菜のスープが入っていた。
倉庫のあちこちで昼食が始まり、午前中の慌ただしさが少しだけ和らいだ。
アルビーはパンをちぎり、スープと一緒に口へ運びながら周囲を眺めていた。
◇
昼休憩が終わる。
倉庫のあちこちで人が立ち上がり、ベイルも腰を上げた。
木箱を運ぶ音が戻ってくる。
「工房区だ」
「西通り三番」
アルビーが言った。
「読めるのか」
「はい」
ベイルは荷札を見直した。
「ノルド鍛冶工房だ」
◇
市場を抜けて南へ向かう。
喧騒は遠ざかっていった。
鍛冶屋。
木工所。
革細工の店。
職人たちの店が並び、市場とは違う活気を感じた。
アルビーは足を止めずに歩く。
西通り三番。
やがて目的の建物を見つけた。
ノルド鍛冶工房。
炉の熱気が外まで流れていた。
アルビーは扉を押した。
熱気が流れ出る。
奥では男たちが忙しく動いていた。
赤く熱した鉄。
打ち下ろされる槌。
響く金属音。
アルビーは木箱を抱えたまま工房の中を見回した。
誰も手を止める様子はない。
しばらく様子を窺う。
やがて近くにいた男へ歩み寄った。
「配達です」
男は顔を上げ、視線を木箱へ向けた。
「おう、こっちだ」
◇
「早かったな」
ベイルはアルビーから受け取った木札を確かめ、
懐へしまった。
その後も配達は続いた。
気付けば日は傾き始めていた。
「終わりだ」
ベイルは一枚の木札を差し出した。
「エレノアに渡せ」
「わかりました」
アルビーは無くさないよう握りしめ、共同倉庫を後にした。
◇
木札を受け取ったエレノアは微笑んだ。
「お疲れ様です、アルビー。無事に終わったようですね」
アルビーは少しだけ眠そうに頷く。
「さぁ夕食の時間ですよ。たくさん歩いたので、お腹が空いているでしょう?」
食堂には既に子供たちが集まっていた。
マルクがアルビーに気付いた。
「おかえり」
「ただいま」
「配達どうだった?」
「忙しかった」
マルクの横でミアが笑う。
「だよね、すっごく眠そうだよ」
子供たちが席に着く。
エレノアが食前の祈りを始めた。
食堂に静かな声が響く。
やがて祈りが終わって、夕食が始まる。
孤児院には穏やかな時間が流れていた。
◇
市場では片付けが始まっていた。
ガレスは店先の大きな台を持ち上げ、店の奥へ運び入れる。
「そういえばさ」
「なんだ」
「今日見たよ、教会の新入り」
「どこでだ」
「広場の近くだったかな」
「お前、仕事はどうした」
「してたって」
「サボってたんじゃねぇだろうな」
「違うって。配達してたよ」
ガレスは手を止めた。
「そうか」
「ああ、ちゃんとやってた」
ガレスは小さく鼻を鳴らす。
「ならいい」




