8話 ミリアとエアハルトの日常と初めてのお祭り
エアハルトの一日は午前中は剣や魔術に励み、午後からはミリアが働く商会へと足を運ぶ。
剣術を頑張れば痩せる。
そう耳にしてから鍛錬してはいるが、まだまだ痩せる気配はない。
ミリアはエアハルトの容姿など気にしてはいない。
エアハルトもミリアと接してそれは理解している。
容姿など関係ない。
そう理解していても、エアハルトの周囲の子息は貴族らしい整った容姿をしている。
エアハルトは自分の容姿に自身はない。
容姿で他家の令息に勝てないなら、勉学で。そう頑張ったのだがミリアを前にあっさり敗北。
今迄のエアハルトならば拗ねたに違いない。だが、エアハルトは相手がミリアだったのが幸いし良い方向に向かっている。
家族も使用人達もエアハルトの雰囲気の変化に気が付いている。
やる気に満ちたエアハルトを皆は温かく見守っていた。
エアハルトは商会に向かいミリアの仕事部屋に顔を出すと、ナタリーが紅茶を出しミリアと二人で紅茶を飲みながら午後中のお互いの話を伝え合う。
知り合ってから一年。
ほのぼのとした日々を二人は過ごしていた。
午後からは商会を出て二人で教会まで歩く。
エアハルトはこの時間が一番好きだ。
短い時間ではあるが街をミリアと歩きながら会話をする。
些細な事だが癒される時間だった。
ミリアもエアハルトに付けられる護衛のおかげで、馬車ではなく街を歩ける事が嬉しかった。
二人の空気はほのぼのとしている。
後ろを歩くナタリーと護衛も二人のほのぼのさに癒される時間である。
教会に着くと授業が直ぐに始まる。
今日から徹底的に他国の作法を学ぶ。
国によって礼儀作法に違いがある。
小さな違いを徹底的に教わる。
各国の大使館から講師が呼ばれ教育を施してくれる。
ミリアは学ぶ事が楽しいので先入観など微塵も持たずひたすら学ぶ事に集中している。
エアハルトは大使館から派遣される講師を見て顔が引き攣りそうになる。
ミリアを周りの大人はどうしたいのか……。利用する感じはとれないが、ここまで教育するのには理由があるはず。
周りの大人達からその先を考えさせてくれる隙はない。
エアハルトはミリアが遠くに行きそうで不安になってしまう。
エアハルトの持つ権力では到底太刀打ち出来ない権力を感じる。
エアハルトはミリアから離れたくない。ならば、同等の学力をつけ離されないように頑張るしか今は出来ない。
ミリアと一緒にいる事はエアハルトの幸せになっていた。
エアハルトは幸せな気持ちがミリアに対する「好意」であると自覚していた。
抗えない力に対処出来るように、自分を高める事に意識を向けた。
そんな毎日が半年を過ぎる頃、女神様のお祭りが近付いて来た。
「ミリア嬢はお祭りには行かないのですか?」
今日はお祭りも近く教会も忙しくなるため、勉学は暫くお休みとなる。
「私は行った事はないですね」
ミリアの休憩時間を見計らって顔を出したエアハルトは、ミリアをお祭りに誘いに来ていた。
「そうなのですか?なら、一緒にお祭りに行きませんか?」
「え?良いのですか?」
「はい。私も遠くからお祭りは見ていましたが、街に出たことは無かったので。護衛が少し増えますが是非一緒に行きましょう」
ミリアはナタリーの許可を求め、視線を向けた。
ナタリーは頷いてくれた。
「いつも頑張っているお嬢様には息抜きも必要です。ちゃんと付いていきますから楽しんで下さい」
笑顔で許可するナタリーに、ミリアは駆け寄り抱きついた。
「ありがとう。ナタリーさん」
ナタリーは上目遣いでお礼を伝えるミリアに
「ウグッ」っと変な声を出してしまう。
ナタリーは誤魔化すようにそっとミリアの頭を撫でた。
「お祭りは三日間開催されます。せっかくですので、全て行ってみましょう。カルロス様には私から許可を貰って来ますね」
ナタリーはミリアの髪から手を離し、カルロスの許可取りに向かった。
ミリアは嬉しさを隠す事なく楽しそうに笑みを浮かべながら、エアハルトの隣に腰を下ろした。
エアハルトは隣に座ったミリアを意識し過ぎて、心臓がバクバクしてきた。
「あ、明日は前夜祭だからお祭りは昼からが盛大になるんだ。だ、だからお昼から一緒に行こう。昼食は屋台巡りなんかどうかな?」
跳ね過ぎる心臓の鼓動がミリアに聞こえそうで、エアハルトは少し大きな声でミリアを誘う。
ミリアはそんなエアハルトの様子に驚くが、クスクスと笑い始めた。
お祭りがそんなに楽しみなのだろうか。
と、おかしくなったのだ。
「屋台巡りも初めてです。沢山楽しみましょうか」
ニッコリ微笑むミリアはやはり綺麗で可愛くて、エアハルトは恥ずかしさに俯いてしまった。
エアハルトの膝の上にはミリアが大切にする黒猫のレンが丸くなっている。
エアハルトは誤魔化すようにレンの背中を撫でていた。
(勇気を出して誘って良かった!お祭りも何の催しがあるのかも調べてある!抜かりはない!)
エアハルトはナタリーが帰ってくるのを、今か今かと待っていた。
扉がノックされ「ナタリーです」エアハルトはバッと扉に視線を向けた。
ミリアが「どうぞ」と返事をするとナタリーが入って来た。
「カルロス様が明日からお祭りが終わった次の日までの四日間、お休みを下さりました。良かったですね」
エアハルトは許可がおりホッと息を吐いたが、ミリアは違った。
「お祭りは三日間でしょう?四日間だと、休み過ぎるわ」
申し訳なさそうにナタリーに問いかける。
「普段遊び回らないお嬢様は、多分疲れ果てるだろうから一日は休息日。だそうです」
ナタリーはクスリと笑い、良かったですね。と、ミリアに声をかけた。
「じゃあその分今日は仕事を頑張らないとね」
ミリアは紅茶を飲み終えると机へと座った。
「エアハルト様。今日は仕事を出来るだけしたいので、明日の昼食前に商会に来ます。お時間はそれでよろしいでしょか」
翻訳の準備をするものの、器用に顔と視線だけはエアハルトに向いている。
「その時間で大丈夫です。明日、楽しみにしていますね。」
ミリアは翻訳の仕事に。
エアハルトは明日から始まるお祭りの下調べに。
二人の午後は忙しく過ぎた。
翌朝、ミリアはいつもより早く目が覚めた。
「お嬢様、おはようございます。今日は随分早起きですね」
「おはよう。ナタリーさん。初めてのお祭りが楽しみだったみたい。前世もお祭りはあったけれど、通り過ぎるだけだったから。前世と今世で初めての事なの」
ミリアはナタリーと朝食をとりながら今日のお祭りを楽しみにしていた事を伝えた。
【孤児院のお祭りにも来なかったもんね。お祭りは嫌いだと思っていたよ】
レンはミリアの膝の上に座り、ミリアに問いかけた。
「お祭りって親子連れが多いから、なんとなく避けてたのかもしれない。楽しむ気分も無かったから」
ミリアの話す内容は寂しいはずなのに、当の本人は淡々と話している。
ナタリーはミリアの前世は寂しい人生だと話を聞く限りそう思っていた。
けれど……。
本人からしてみれば、寂しいが当たり前であればそれが「普通」だったとしたら……。
ナタリーがミリアの前世を可哀想だと思う事は失礼なのかもしれない。
「ミリア様。今日は沢山回りましょうね。私も女神様のお祭りは久し振りですので」
「はい。一緒に楽しみましょう」
にこりと笑うミリアは、今日も可愛らしさ満点。
今日はレンは商会に連れて行けないので、お留守番である。
ナタリーを連れて離れを出ると、アーノルドがミリアを待っていた。
「おはようございます。伯爵様」
「おはよう。ミリア。今日からお祭りに行くと聞いた。お小遣いを渡そうかと思って待っていた」
お小遣いを貰うのが初めてのミリアは一瞬戸惑うが、ナタリーがアーノルドの後ろで頷くのが見えたミリアは、アーノルドが出す小さな布袋を両手で受け取った。
「ありがとうございます。伯爵様。お小遣いは初めてなので、とても嬉しいです」
ぎこちない笑顔だが、戸惑っている事がわかる。
「今日はレンは連れていないのかい?」
アーノルドはナタリーもミリアも籠を持っていない事に気が付いた。
「商会に置いておけないので、お留守番です」
アーノルドは顎に手をあて考えると、
「レンを見に離れに入っても良いだろうか。部屋には入らない。リビングでならどうだろう」
「レンも一人でお留守番は退屈かもしれないので、遊んであげてください」
ミリアが許可を出すと、アーノルドは嬉しそうに笑顔を向け本邸に戻って行った。
立ち去るアーノルドは、心の中で叫んでいた。
(ミリアはお小遣いが初めてだと言っていた!ミリアの初めてを一つ貰ったぞっ!!)
本邸に帰りサリーに自慢気に伝えた事で、ミリアと距離を縮める事に悩んでいるサリーを怒らせてしまった。
ミリアが心配する逆の要因で夫婦喧嘩が始まってしまった。
少しだけ。
ほんの少しだけではあるが、アーノルドとミリアの距離は最初の頃よりは近付いてはいた。
商会の前には既にエアハルトが待っていた。
ミリアを見つけると嬉しそうに手を振る。
「お待たせしました」
「大丈夫。そんなに待っていないから。早速だけど、今から広場の噴水に行こう!」
「噴水ですか?」
エアハルトがミリアに手を差し出すと、ミリアは抵抗もなく手を繋ぐ。
「早く行かないと時間がないから、歩きながら話すね」
少しだけ急ぎ足になるエアハルト。
ミリアはそれについて行く。
「お祭りの前夜祭として噴水で催しものがあるんだ。とても綺麗みたいだからミリア嬢と一緒に見たいんだ」
ミリアは綺麗なものとは何か解らないけれど「ミリアと一緒に見たい」その言葉が嬉しかった。
広場が近付くと、人集りで前にある噴水が見えない。
「こっちだよ」
エアハルトに案内されたのは飲食店の二階の個室だった。
エアハルトとミリア。
それに、ナタリーと護衛も個室に入る。
「こっちに来て」
窓辺に直ぐに向かったエアハルトがミリアに手招きする。
窓から外を眺めると、広場の噴水を見渡せた。
広場には舞台が用意され、そこに女神様に扮した綺麗な女性が上がった。
花籠を抱え、風魔法で花を広場に舞い踊らせる。
花籠からは次々と花が溢れてくる。
風魔法で舞う花に、噴水の飛沫で作られた虹は幻想的で女神様のお祭りに相応しい光景だった。
「綺麗……」
ミリア達のいる窓にも花が届いた。
「クレマチスの花だね。しかも濃い赤だ」
「クレマチス?」
「知らない?」
「私は勉強ばかりで花に興味がなかったから、お花の名前は知らないわ。でも、お花って綺麗なのね」
勉強以外に興味が無かったミリアだったが、綺麗な光景を見て舞い踊る花の美しさは心に響いたようだ。
(花言葉は、甘い束縛。女神様は僕の気持ちを代弁してくれたみたいだ。ミリア嬢が知らないのは好都合かな)
「ミリア嬢の手に落ちてきた花だから、ミリア嬢へ贈り物をする時にはクレマチスの花を模した物にするね!」
エアハルトは嬉しそうにミリアにそう告げる。
ミリアはキョトンとしている。
「ミリア様。この花舞の儀式で舞った花が手元に落ちてきます。その花がその人を表す花となります。ミリア様にはクレマチスの花がお似合いになると、女神様が決められたのでしょうね。
花言葉は、美しい精神。ミリア様によくお似合いですよ」
(甘い束縛の別の花言葉がありますが、今はお伝えせずエアハルト様が自らお伝えする日を待ちましょう)
ナタリーはエアハルトが別の花言葉を知っていると確信している。
ミリアの手にクレマチスが落ちた時に、エアハルトの瞳に怪しい光が見えたから。
「ミリア嬢の花も決まったし、屋台を食べに行こう。お腹空いてるでしょう?」
屋台と聞いたミリアは、クレマチスの花を握りしめながら期待の眼差しをエアハルトに向けた。
その姿はとても可愛らしく、エアハルトの胸をドキリと跳ねさせた。
ドキドキしたままミリアに魅入られていると、
「コホン」
護衛が壁を見ながら咳払いをした。
エアハルトはハッとなりミリアへと手を差し出す。
「色んな物を沢山食べましょう」
二人は手を繋いでお店を後にした。
屋台を巡ると初めて見る食べ物で溢れていた。
「明日も明後日もありますし、夕食も外にしましょう。そうすれば沢山の種類を堪能出来ますよ?」
エアハルトからの嬉しい提案に、ミリアは瞳を輝かせコクコク頷いた。
お祭りは始まったばかり。
ミリアは初めての事ばかりで驚かされ、心地良い疲れを初めて経験する事になる。




