4話 可愛い神獣さん
ミリアは週に5日商会で働き、午後は教会で勉強に励んだ。
スタンリー伯爵家に引き取られ四年が過ぎ、ミリアは12歳になっていた。
ミリアは離れでナタリーと二人で住んでいる。
伯爵一家とはこの四年で少しだけ進歩した事があった。
夫人のサリーがミリアを見かけると挨拶を交わし一言二言だが会話をするようになっていた。
父のアーノルドは隙あらばミリアを構おうとするが、それはミリアが断固拒否し逃げている。
妹のマリアンネとは何もない。
全く顔を合わせないからだ。
四年で姉妹が顔を合わせたのは片手で数える程度であり、挨拶も会話もない。
そんな四年を過ごしてきた。
ミリアはいつものように邸から商会にナタリーと手を繋ぎ出勤していた。
すると突然ミリアがナタリーから手を抜いて走り始めた。
ナタリーは後を追い、道の端にしゃがみ込むミリアに声をかけた。
「ミリア様。どうかしましたか?」
ナタリーの問いかけにミリアは振り返ると
「小さなふわふわが倒れてるの」
そう言うと、ミリアが地面の隅を指差した。
しかしナタリーがどれだけ目を凝らしても
ミリアが指をさす場所には何も見えない⋯⋯。
「何かいるのですか?私には何も見えないのですが⋯⋯」
ミリアがナタリーの言葉に驚き、何も無いと言われた場所とナタリーに視線を行ったり来たりさせる。
(ミリア様は嘘はつかない。となると、見えない何かが見えている?)
「ミリア様。そのふわふわ?は、生き物ですか?息はしていますか?」
ナタリーの言葉に、ミリアは急いでふわふわの様子を見た。
水を掬うように両手をくっつけ手にふわふわを乗せたようで、ナタリーの前に両手を差し出した。
「ふわふわって動いてるから、生きてるみたい」
ミリアの言葉に、ナタリーは手にしていたお昼ご飯の籠を地面に置き中に隙間を作る。
生き物は小さいはず。
ナタリーがミリアに、
「私の手のひらに、ふわふわを乗せてもらえますか?」
ナタリーは水を掬うように両手をくっつけたまま、ミリアの前に出した。
ミリアはゆっくりと、慎重にナタリーの手の中に何かを置く動作をした。
(温かい⋯⋯)
ナタリーはふわふわを手に置かれたであろう事が解った。
手のひらに確かにある温もりは、ミリアが言うふわふわがいるという事だからだ。
ナタリーは急いで籠の隙間にふわふわを置くと、ミリアに手を伸ばす。
「商会まで急ぎましょう」
そう言うと、ミリアの手を引き籠を揺らさない様に商会へと急いだ。
商会にミリア専用の部屋がある。
翻訳の仕事をする為に、カルロスが用意してくれたのだ。
部屋に入ると鍵をかけ、籠をテーブルの上に置く。
ナタリーは急いで小さなクッションをテーブルに起き、籠の蓋をゆっくりと開けた。
籠を覗くナタリーが固まったまま動かない。
ミリアも隙間から籠を覗いてみると、ハムスターに似ている生き物が、お腹をポッコリさせて仰向けで寝ていた。
真っ白なでふわふわなお腹を上下させ、熟睡している。
ミリアは籠から視線をナタリーに向けた。
「ナタリーさんにも見える?」
ミリアの問いかけに我に返ったナタリーが、ふわふわに視線を向けたままコクコク頷いた。
「真っ白で綺麗なふわふわですね⋯⋯。今日の私達の昼食が食べられてしまいましたね」
ナタリーとミリアは、ふわふわを眺めながらクスクス笑った。
笑い声に気が付いたふわふわが目覚めた。
【あ!ミリアだ!!】
ミリアの名前を呼ぶと、ふわふわがミリアに飛びつき抱きついた。
ミリアがそっと胸から剥がし、手のひらに乗せた。
「ふわふわさんは、私を知ってるの?」
ミリアがコテンと首を傾げた。
【やっぱり可愛いよね!ミリアに転生させて正解だったなー】
ミリアはふわふわの言葉に、ピシリと固まる。
その横で、ナタリーもピシリと固まる。
【ミリアに転生出来るように、僕が神様にお願いしたんだよ】
((⋯⋯⋯。))
ミリアは転生者である事を隠していた。
ナタリーは聞いてはいけない話を聞いた。
理由は異なるが、二人は固まってしまっていた。
【えっと⋯⋯。聞いてる?】
ふわふわが手のひらの上で慌て始めた。
「とりあえず、私はお昼ご飯を買いに行って来ます。ミリア様はお仕事を始めて下さい。
ふわふわさんは⋯⋯。籠の中に居てください。絶対に出て来てはいけませんよ!」
ミリアとふわふわは、ナタリーの勢いに押されコクコクと頷くだけだった。
ミリアが仕事を始めるのを確認して、ナタリーは街に出た。
(ふわふわさんは喋ったわよね?そして、ミリア様を転生者と言われた⋯⋯。転生者って、あの転生者よね⋯⋯)
転生者はこの世界ではどの国も、「偉人様」と呼び国をあげて大切に囲い込む存在。
(ミリア様は秘密にされていた。ふわふわさんは神様の使いか何かなのかしら⋯⋯)
考えても答えは出ない為、急いでお昼ご飯を買い商会へと戻って行った。
一方ミリアもふわふわさんが喋ってしまった事にどう対応しようか悩んでいた。
(転生者ってナタリーさんにはバレたわよね。それに、ふわふわさんって何者だろう⋯⋯)
翻訳に集中出来ないミリアは、
「よし!ナタリーさんに話そう!」
ナタリーに全て話す結論を出したので、翻訳に集中出来るようになった。
今日のノルマを熟す為に、翻訳に集中する事にした。
ナタリーは買い物から戻り静かに扉を開けると、ミリアに視線を向けた。
(集中出来てますね)
ナタリーはテーブルにある籠を静かに開き、口元に人差し指をあて「静かに⋯」
ふわふわさんに小さな声で伝えた。
ふわふわさんはコクコク頷くと、差し出したナタリーの手に乗る。
ナタリーは手のひらに乗せたふわふわを慎重に手で包み込み、扉の近くにある自分の机へと向かう。
椅子に座ると、ふわふわを机の上にそっと降ろした。
「ふわふわさん。このくらいの声ならミリア様には聞こえません。幾つか質問しても?」
ナタリーの問いに、ふわふわはコクリと頷いた。
「まず、ミリア様は転生者なのですね?」
ふわふわはコクリと頷く。
「ミリア様をこの世界に呼んだのは、ふわふわさんですか?」
コクリと頷く。
「ミリア様は転生者である事を隠しているのを知っていますか?」
ふわふわは横にフルフルとする。
「ミリア様の事情はミリア様が話してくださるまで話さないで下さいね」
ふわふわさんは、ナタリーをじっと見つめコクリと頷いた。
【ミリアに会えて嬉しかったんだ。余計な事を話して、ごめんなさい】
ふわふわさんが頭をペコリと下げた。
ナタリーは人差し指でふわふわさんの頭を撫でた。
「ごめんなさいは、ミリア様に言いましょうね。私には謝罪は必要ありませんよ」
優しく微笑み、ふわふわさんを撫でた。
「ナタリーさん。帰ってたのね」
ミリアの声に、ナタリーがミリアの方に顔を向けた。
「申し訳ありません。煩かったですよね」
ナタリーは自分の声のせいで、ミリアの手を止めさせた事に謝罪をした。
「違うわ。今日の翻訳のお仕事が簡単だったから、そろそろ終わりそうだったの」
ミリアが椅子から降り、ソファーに座った。
「ナタリーさんもこっちに来て!」
ソファーの対面を指さし、ナタリーを呼んだ。
ナタリーはふわふわさんを手に包み、ソファーに腰掛ける。
ナタリーはふわふわさんをテーブルに降ろすと、ふわふわさんは嬉しそうにミリアの膝に飛び乗った。
【ミリア!色々喋ってしまって、ごめんなさい】
ふわふわさんはミリアに頭を下げて謝っている。
「良いの。ナタリーさんだから大丈夫。でも、もう転生者の言葉は言わないでね?」
ミリアはなでなでしながら、ふわふわさんに伝える。
【解った】
ふわふわさんはミリアのなでなでを堪能し始めた。
ミリアは覚悟を決めて、ナタリーへと顔を向けた。
ナタリーはミリアの雰囲気にハッとなり、姿勢を正した。
「ナタリーさん。私は転生者です。でも、誰にも知られたくなくて隠していました。
でも、ナタリーさんになら話しても良いと思ったの」
ナタリーはミリアを見つめ、ゆっくりと頷いた。
「お聞かせいただけるなら、お聞きしたく思います」
ミリアは前世を語る。
日本という国で28歳まで生きた事。
今と同じ翻訳の仕事をしていた事。
生まれた時に病院の前に捨て置かれていた事。
こちらの教会の孤児院のような施設で育った事。
前世の記憶が戻ったのは、母親が死んだ時だと。
ナタリーは涙を溜めてミリアの話を聞いていた。
(一人で頑張って生きたミリア様なのに、この世界でもなお辛い思いをされている⋯⋯。
幸せになる為に転生させたのではなかったの?)
ナタリーはふわふわさんが転生させた事を思い出し、辛い仕打ちをされ生きているミリア様を思い苛立ちが先にきた。
「ふわふわさんは、ミリア様に再び辛い思いをさせる為に転生させたのですか?
前世、悲しまれたミリア様を幸せにしてあげたいと思わないのですか?」
突然怒られたふわふわさんは、ワタワタし始めた。
【幸せにしたいから、この物語を選んだんだよ!沢山の男性から愛を与えられるこの世界で、幸せになって貰いたかったんだもの!】
ふわふわさんは大慌てでナタリーに説明をする。
「物語⋯⋯ですか?」
ナタリーは首を傾げる。
ミリアはしまった!と、罰が悪そうな顔をする。
ナタリーへの説明は後にして、ふわふわさんに話をする。
「ふわふわさんには悪いけど、私はこの物語に転生した事は嬉しくないよ?」
ミリアのその言葉に、ふわふわさんはガーン⋯⋯と、衝撃を受けたようでパタリと倒れてしまった。
倒れたままの状態で、
【ミリアは前世、このゲームで楽しんでいたでしょ?だから好きなんだと⋯⋯】
ふわふわさんの言葉に、
「ゲームだから楽しめただけで、私はハーレムなんて嫌よ。好きな人は一人で良いし、夫も一人が良いわ」
(話が全く解らない)
ナタリーは、二人の会話についていけないでいる。
話を遮ってはならないと、黙って話の流れを聞く事にする。
でも⋯⋯ミリア様の言葉に衝撃を受けて倒れているいるふわふわさんを助けたいとは思うが、ミリア様が少し怒っているので放置する事を選んだ。
【ミリアが喜んでくれると思ったけど、違うなんて⋯⋯】
ふわふわさんは、絶望的な顔になってしまった⋯⋯。
「なぜ私を転生させたの?」
ミリアはふわふわさんを知らない。
会った事など一度もないはず。
幸せにされる理由も見当たらない。
【あ!そうだったね。ミリア改め、麻生亜由美さん。この姿なら解るかな?】
ふわふわさんが輝き始めた。
その眩しさに目を閉じる。
瞼の明るさもなくなり目を開けると、テーブルには黒猫がちょこんと座っていた。
首には赤い組み紐の首輪がついていた。
「もしかして⋯⋯。蓮さん?」
ミリアが震える声で、そう呼んだ。
【そうだよ!蓮だよ!!】
黒猫は嬉しそうに言うと、ミリアの胸に飛び込んだ。
ミリアは受け止めきれず、ソファーに倒れ込んでしまう。
だが、黒猫をしっかりと抱きしめていた。
「蓮さん、蓮さん⋯⋯」
ミリアは黒猫を、ギュッと抱きしめ泣いていた。
ナタリーは状況は解らないが、黒猫との再開に涙するミリアの背中を撫でた。
一頻り泣いたミリアは、笑顔を向けて話しかけた。
「会えて嬉しいよ!蓮さん!」
泣き笑いのその笑顔は、とても美しく輝いていた。
「ミリア?何があった?」
急に名前を呼ばれ声のする方に視線を向けると、カルロスさんがいた。
隣には頰を赤くした男の子もいる。
「昔仲良くしていた猫ちゃんと再会したから、嬉しかったの」
ミリアのその言葉にホッとするカルロス。
「カルロスさんは私に用事があったの?」
ミリアがカルロスに問いかけた。
「ミリアに会わせたかった子がいてな」
カルロスが隣に立つ男の子の背中を前に押した。
男の子はミリアを一瞬見たが、プイっと横を向いた。
ぽっちゃりより少しふくよかな男の子と、ミリアの運命がこの瞬間から始まった。




