諦める……そして、逃げてやる
ミリアはカルス帝国から帰国していた。
フェリクス皇太子が率先して特許庁を作りあげた。
ミリアが提案した申請者の魔力登録をし特許庁と先ず契約をする。
登録をし、それを使用したい者と契約する時の報酬や期間を特許庁に記録し、不正がないように仕組みをつくった。
ミリアは結局一年近くカルス帝国に滞在していた。
帰国する時はフェリクス皇太子から側近のお誘いを受けた。勿論、サリーリアからも。
でもミリアは断りを入れた。
スタンリー伯爵家との事もあるから……。
曖昧なまま、他国に移るような不義理はしたくなかった。
カルス帝国に未練がないわけではない。
自分に好意を寄せてくれる人々がいるカルス帝国は居心地がとても良かった。
(いつかカルス帝国に来る事になるかもしれないもの……)
心の隅に、もしもの時のためにカルス帝国の名前を刻んだ。
エアハルトと最後にあった日から、二年が過ぎていた。
最初の二月は、治癒を頑張っているのだろうと回復を毎日祈っていた。
四月経つと流石に気になり、アドルフにエアハルトの様子を聞いてみた。
「治癒が効いて、今は体を慣らしている。大丈夫だよ」
そう教えて貰った。
六月目、ミリアの手元にエアハルトから髪飾りが贈られてきた。
手紙には 『待ってて』
そう記されていた。
手紙と髪飾りを大切にしミリアはエアハルトと再会する時がくるまで待つことに決めた。
手紙をアドルフに渡すも、返事がない。
ペンを持つのも辛いのか……。
心配になるミリアがアドルフに尋ねると、何故か苦笑いで「大丈夫」
そう言われるだけだった。
八月目からはミリアは手紙を書くのを止めた。
勉学に身が入らないのが自身でも解っていた。
自分がやるべき事は伯爵家からの自立。
その為に勉学に励み、商会で仕事をしているのに。
いい加減、待つことに疲れた……。
アドルフからエアハルトは社交界に復帰出来るほどに回復していると聞かされた。
胸の中に溢れてくるモヤモヤした気持ちが、エアハルトの心配ではなく「嫉妬」と「怒り」だと気が付いた。
社交界は沢山の貴族令嬢と出会う。
手紙を書く暇がないわけではなく、書かない事をエアハルトは選んだのだと。
『待ってて』
その言葉を信じた自分が可哀想で惨めで泣きたくなる。
アドルフから手紙を書くなら届けると言われ、手紙を書いた。
この手紙に返事がなければ、気持ちに蓋をすると決めた。
待つのはもう辛い。
カルロスからの提案を受けた。
もう、待たないと決めたから。
帰国し、いつもの翻訳をしていると。
アドルフが商会の仕事部屋を訪ねてきた。
「エアハルトに手紙を渡さなくて良いのか?」そう尋ねられた。
ミリアは顔を上げるものの表情は変わらないまま、
「もう送る事はないです」
そう口にすると、仕事の続きを始めた。
アドルフは顔を青褪めさせ、急いで出て行った。
ミリアは何も気に留めず、黙々と仕事を続ける。
そんな淡々な日々を過ごすなか、スタンリー伯爵夫妻が商会に話があると訪ねてきた。
初めての事に驚いたが、ミリアの仕事部屋に案内してもらうように伝えた。
伯爵夫妻がミリアの部屋をそっと覗くと、真剣な表情で机に向かい仕事をしているミリアの姿を目にする。
ミリアは邸に来てから直ぐに働き始めていた。
理由がスタンリー伯爵家からの自立だと聞いた時には、アーノルドはショックで倒れそうになった。
だが、目の前でミリアの熱心な働く姿を見て見守り続けた事が正解だったと感じた。
ミリアが扉から視線を向けられる気配に気が付き顔をあげると、伯爵夫妻がこっそり顔を出しこちらを見ていた。
目が合うと、何事もなかったように姿勢を正し中へと入ってきた。
その様子にミリアの胸が温かくなる。
ミリアは翻訳の仕事を一旦止めて、伯爵夫妻をソファーに座るように案内した。
ナタリーがお茶の準備をする中、ミリアと伯爵夫妻が対面をする。
レンはミリアの膝の上に飛び乗り、撫でて?と、ミリアの手にすりすりしていた。
ミリアは伯爵夫妻の要件に検討がつかないため、ほんの少し緊張していた。
レンの甘えは、そんなミリアの気持ちを落ち着かせた。
ナタリーは紅茶を三人の前に置くと、少し離れて待機した。
「今日はどうされた…っ「ミリア!申し訳ない!」……」
「ミリア、ごめんなさい」
伯爵夫妻が揃って頭を下げるのだが、深く深く頭を下げ何度も謝罪の言葉を口にした。
「は、伯爵様!サリー様も、頭を上げてください!一体何に対する謝罪なのですか?」
ミリアは突然の謝罪に驚くしかない。
父であるアーノルドは唇を噛んで、泣くのを堪えているように見える。
アーノルドは両手をグッと組み、ミリアに話をしようとするが怒りなのか悲しみなのか……。
感情が先に出てしまい、言葉を発せない。
「ミリア、貴女がこの商会で働き、教会で学び必死に生きてきた事を私もアーノルドも理解しています。
私達は伯爵家に残って欲しい思いが一番だけれど、ミリアの気持ちを優先しようと決めていました」
言葉を発せないアーノルドの代わりに、サリーが説明を続ける。
「伯爵家を出て行っても、私達二人の娘にはかわりない。ずっと、そう伝えたかったのよ」
頬を伝う涙を拭う事なく、サリーがミリアへの思いを伝える。
「私達がその事をミリアに伝えようと決めていた矢先に……」
サリーが封筒をミリアの前にスッと差し出した。
「中を見て」
ミリアが封を開け書面を一枚一枚と目を通す。
書面をギュッと握りしめ。
「わかりました」
ミリアのたった一言の返事に、とうとうアーノルドが声をあげて泣き出した。
「すまない!この縁談を跳ね除ける事は許されない。
ミリアは貴族から離れたがっていたのに……。私達では……どうする事も……」
ミリアはただ空を見て呆然としていた。
(物語なんかクソくらえ)
ミリアは心の中で悪態しかつけない自分が情けなく、歯痒かった……。
手紙には、カーソン公爵子息との婚約が「決定」と記されていた。
婚約を拒否出来ない理由……。
書面に記された人物の名に、エルドラ王国の陛下の名が記されていたからだ。
王命であった。
(カーソン公爵家は物語の攻略対象の一人。結局逃げられないのかしら……)
「明日カーソン公爵家で顔合わせがある……。私達とサリーもついて行くつもりだ。申し訳ないが、一緒に行ってもらいたい」
「大丈夫です。一人で向かいます」
「だが……」
「大丈夫です。ちゃんと卒なく振る舞ってきますし、伯爵家に報告はしますので」
ミリアはニッコリ笑みを見せた。
(二人は私を心配して、ここまで態々来てくれた。泣いて謝罪してくれるこの方たちを、私は無下にしていたのよね……)
ミリアは笑顔のまま、二人を見つめた。
「お……お父さま、お義母さま。今まで我儘ばかりを言って申し訳ありませんでした。
私は大丈夫ですから、心配なさらないで下さい」
ミリアは勇気を振り絞って、お父さま、お義母さま……そう口にした。
アーノルドとサリーは目を大きく見開いたまま固まった。
次には、二人で抱き合って泣いてしまった……。
時間はかかった。
いつかミリアが心を開いてくれたらと、アーノルドもサリーもミリアを見守り続けた。
ようやく心を開いてくれたきっかけが、王命での婚約とは……。
あまりにも理不尽過ぎる。
「ミリア……。お父さま、お義母さまと呼んでくれるのか?こんな話を持ち込んだ私達を……そう呼んでくれるのかっ……。」
アーノルドは泣いていることを隠す事なく、ミリアを真っ直ぐに見つめ問いかけた。
「こんな話を。と、泣いて許しを請うお二人を、父と母と呼ぶ事が出来る幸せを、私は手放してはならないと気が付きました。
どちらにせよ私は伯爵家に迷惑をかける存在にしかならなかった。
それなのに、私を娘と呼んで下さるお二人を私は長く無下にし続けててきました。お許しください」
ミリアはアーノルドとサリーに頭を下げ、顔をあげると泣きながら微笑んでいた。
「私の幸せはこの婚約にはないかもしれません。ですが、私はお父様とお義母様がいます。私は私なりの幸せを見付けます。心配なさらないで下さい」
この日初めて家族としての情が繋がったのだった。
(大丈夫。この幸せな気持ちだけで十分。いずれ物語から逃げてやる)
ミリアは全力で物語のヒロインの立ち場から逃げる事を誓った。




