17話 レンとの再会
カタン……
馬車が揺れる度にミリアの桃色の髪がふわりと揺れる。
馬車の中は静寂に包まれている。
ミリアはとても気不味い気持ちでいるが、表に出せずにいる。
ミリアの正面に座るサシャがミリアの姿を眺めてニコニコしていたかと思うと、真剣な表情で頭から足元まで何度も視線を往復させ、考え込んでしまう。
ミリアはどういう反応をして良いかわからず、ずっと困っていた。
ナタリーは馬車の扉近くに座り、サシャとミリアの様子をチラリと伺っていた。
(サシャ様はミリア様を頭の中で着せ替えなさっているわね。これから向かうのは衣装店な気がするわ。それにしても、ミリア様の困り顔も可愛らしいですね)
などと、ナタリーは呑気に考えながら座っている。
「ミリアは行きたい場所はありますか?」
サシャがせっかくならば、ミリアが行きたい場所にも一緒に行ってみたいと尋ねた。
「行きたい場所はありますが、明日にします」
「私が行けない場所なのかしら?」
断られた事が寂しかったのか、サシャはほんの少し眉を下げた。
「いえ、カルロスさんの滞在する邸に用があったので……」
「そう!では、ついでですから今から向かいましょう」
と、御者を呼ぶ小窓からサシャ様がカルロスの滞在する邸に向かうように指示をだした。
断わろうとしたミリアだが、サシャが既に行き先を告げていた。
「直ぐに用事を終わらせます」
「気にしなくて大丈夫よ」
カルロスの滞在する邸に到着すると、ミリアとサシャが馬車から降りてきた事に慌てて執事が邸の奥に使用人を走らせた。
「ごめんなさい。レンに会いに来たの」
出迎えた執事に謝罪をすると、執事は預かっていた猫を思い出した。
「寂しがっておいでです。お部屋にご案内致しますね」
サシャへと丁寧に礼をとると、ミリアを部屋に案内した。
執事が部屋を開けた瞬間、何かがミリアに飛んできた。
「レンっ」
ミリアはレンをギュッと抱きしめたまま、しゃがみ込んだ。
レンはミリア頬を舐め、ミリアはレンの背を優しく撫でる。
「猫?」
ミリアはサシャの存在を忘れていた。
「サシャ様もどうぞ中に」
執事に部屋に入るよう促され、サシャはソファーに腰を下ろした。
ミリアはレンを膝に乗せ、ずっと撫でている。レンも会えて嬉しいのか、ずっとミリアの手にすり寄っている。
「ミリアの猫ですか?」
「はい。お友達です」
レンと離れたくなくて一緒に来たけれど、皇城にいるため会えなかった事を伝えた。
「私達が皇城に引き留めたので会えなかったのですね……」
ミリアは違うとは言わなかった。皇城にレンを連れて行けるはずもなく、会えなかったのは事実だから。
「わかりました。宮に猫を連れて行きましょう。離ればなれは可哀想ですもの」
ミリアは撫でる手を止めた。
「いいのですか?ありがとうございます」
と、ニッコリ笑顔でお礼を伝えた。
「ミリアには無理な事ばかりお願いしているのです。それに大切なお友達と離れるのは辛いでしょう?」
サシャの話を聞いたナタリーは、レンの支度を始めていた。
籠をミリアに渡し、レンを入れてもらう。
「大人しい猫ね……」
「とても良い子なんです」
猫を前にしたミリアの柔らかい表情に、サシャは少し驚いていた。
いつも冷めた雰囲気で淡々としているミリアが、感情豊かな表情をしているのだから。
サシャはミリアの笑顔をもっと見たいと頑張るものの、貴族の笑みを浮かべるばかり。
「サシャ様、よろしければですが助言を一つ。レン様の遊び道具やおやつを贈られてはいかがでしょうか?」
ナタリーが小声で伝えた。
サシャはナタリーの肩バシバシ叩くと、ミリアとナタリーにカルロスの邸で待つように伝え、急いで部屋から出て行った。
キョトンとするミリアに、ナタリーが「用事を少し思い出されたようです」そう告げると、ナタリーは籠からレンを出した。
カルロスの邸でサシャが戻るまでレンとミリアはゆっくりと過ごしていた。
サシャが部屋を出て暫く過ぎた頃、静かな邸の中からバタバタと慌ただしく近付く足音が聞こえた。
ミリア達が待つ部屋の扉がノックされると、大きな袋を抱えたサシャが入って来た。
「遅くなりましたわね…戻りましたわっと」
大きな袋をミリアが座るテーブルに置き、サシャは「ふーっ」と、息を吐いた。
ミリアは目の前の大きな袋とサシャを何度も交互に見遣る。
「ミリアへのお詫びの贈り物よ。私達の都合でお友達と引き離してしまいましたから」
サシャが袋の中から棒の先に紐が付いたおもちゃをだした。紐の先には綺麗な羽根が付いている。
レンがお尻をフリフリっとした瞬間、羽根に飛びついた。
サシャが棒を動かし、レンと遊び始めた。
淑女然りなサシャが、必死に羽根を動かし猫と遊んでいる。
そのギャップの光景がおかしくて、ミリアはお腹を抱えて笑った。
口を開き、涙を流し笑うミリア。
サシャもナタリーも、レンでさえ驚いていた。
サシャはミリアの輝くような笑顔を見て、ポロポロと泣き始めた。
笑っていたミリアはサシャの涙に気が付き、笑う事をやめた。
(やってしまったわ……)
淑女として口を開いて笑うなどあってはならない。
顔を青褪めさせ俯くミリアを温かな腕が包み込む。
「ミリア、ようやく貴女の本当の笑顔が見れました。淑女としてずっと押さえ込んでいた感情を、初めて見れた事が渡すは嬉しいのです」
サシャは厚く大きな壁をミリアが作っていた事に気が付いていた。
生い立ちのせいもあるのかと、気にせずにいたけれど。
可愛い教え子の心の傷を癒したかった。
サシャはミリアの顔を両手で包み、顔を上げさせた。
「ミリア、貴女は感情をもう少しだけ出しなさい。公の場と個人の場を同じにしなくて良いのです。私にも、もっと感情をぶつけて良いのよ?」
頬を優しく撫で、ミリアと視線を合わせる。
サシャの瞳にはミリアへの愛情に満ちた優しい思いが見える。
「はい……」
ミリアは目を閉じて涙を流し、自分からそっと腕を伸ばしサシャを抱きしめた。
サシャはそれに応えるように、ミリアをギュッと抱きしめた。
レンを抱えたナタリーは涙を流しながら、
「良かったです……」と、何度も呟いていた。
ミリアが泣き止むと、目が真っ赤になっていた。
「可愛いい兎ちゃん?これから私の用事に付き合ってもらいますね?」
笑顔のサシャだが、何やら不適な色を瞳に宿しミリアを邸から連れ出した。
勿論、レンも連れて。
サシャが連れて行った場所は、ナタリーが予測していた通り服飾店であった。
お店に入ると、先に来ていたご夫人や令嬢達がサシャを視界に入れると慌てて壁へと退きサシャの邪魔にならないように前を譲る。
サシャが連れている令嬢を値踏みするように観察するのは忘れていない。
桃色の髪をツインテールにし、その瞳は紅い。ふわふわとした可愛いらしい容姿に、「可愛い」
「兎?」
と、令嬢達からは無意識に口から言葉が溢れる。
ミリアは同年代の令嬢からその様な言葉をかけられた事はなく、恥ずかしさからか頬を染めてしまう。
その可愛らしい姿がますます令嬢達がミリアの容姿に惚れ込む事になった。
各々が、どうやってミリアと接触出来るのかを算段し始めた。
その後は、やはりサシャがミリアを着せ替え人形にしていた。
全て購入すると言われ慌てるミリアに。
「王太子殿下と会われるのに相応しい装いは必要なのよ?」
口調は優しいが、瞳は拒否は許さない。
ミリアは断る事を諦め、笑顔で「ありがとうございます」と、お礼を伝えた。
その日からミリアはゆっくりではあるものの、サシャに立てた壁を崩して行った。
一方、慌てふためいているのはアドルフだった。
喧嘩をしサシャが祖国に帰ってしまい、迎えに行くために仕事を片付けていた。
もう少しで仕事が終わろうとしていた日。
カルロスが邸を訪ねてきた。
「サシャ様の国に商談で暫く行く事になった。ああ、ミリアも連れて行くよ。何やら精神的に滅入っているようだからな」
冷たい口調と視線でカルロスが何を言いたいのか、理解した。
「エアハルトはミリアに連絡していないのか?」
アドルフの問いかけに答えず、カルロスは冷めた視線のまま帰って行った。
「まずい……非常にまずいのではないか?」
サシャどころか、ミリアまで隣国に行ってしまう。
二人がこのまま祖国に戻らない可能性が出てきた。
特にミリアは高位の者に好かれ護られている。国としても手放せる存在ではない。
アドルフは原因であるエアハルトの元に急いで向かった。
アドルフは邸に到着すると断りもなく中に入って行った。
使用人達も「いつものこと」と、アドルフを放っておくのだが、今日のアドルフは雰囲気が違った。
エアハルトの部屋にノックもせずにアドルフは入って行った。
いきなり開いた扉にエアハルトは驚いたが、アドルフだと気が付くと小さなため息を吐いた。
「叔父上、ノックをきちんとして下さい」
背も伸び大人びた青年は礼儀をアドルフに問うた。
アドルフはそんな事には構わずエアハルトの胸元を掴んだ。
「以前渡したミリアからの手紙に返事を出したか?」
エアハルトはアドルフの怒りを含んだ言葉に、息を呑んだ。
「ミリアはお前からの手紙の返事を、ずっと待っているのだぞ!いつまでミリアを持たせるつもりだっ!」
「わかっています!ですが、王太子殿下に侍っていた子爵令嬢の思惑を調べ上げない事には、ミリアに危害が行くかもしれないのです。まだ私はミリアと接触するわけにはいかないのですっ」
悔しそうにエアハルトは唇を噛んだ。
「調べ上げるために、お前があの令嬢に謙遜していると思われても平気だと?ミリアが知って何を思うか考えないのか?」
「ミリアは話せばわかってくれます。親友であるキャサリーヌ公爵令嬢のためでもありますし、ミリアを守るためです」
(何を言っても今は無駄か……自分の正義感が正しいと勘違いする事は若い者の性だな……)
「ならぱ、さっさと調べ上げろ」
アドルフは掴んだシャツを離し、エアハルトの服装を見た。
「お前、出かけるのか?まさか、あの令嬢とじゃないよな?」
アドルフに言い当てられ、エアハルトは視線を外し苦い顔をする。
「はぁー」
アドルフはため息を吐くと、エアハルトに何も言わずに部屋から出て行った。
エアハルトは状況を軽く見ているが、社交界では子爵令嬢とは恋仲であり、深い関係だと噂されている事を知らない。
子爵令嬢が狙うのは逆ハーレム。
エアハルトはその一人として渦中にいる事を知らない。




