12話 悪役令嬢とお友達になってしまいました
キャサリーヌとの初対面から三日過ぎた今日。医師からの外出の許可が降りた。
明日からは商会に行っても良いと言われて、ミリアは安堵した。
「ナタリー?明日なんだけど、キャサリーヌ様に商会に来てもらえるように伝えたいの。カルロスさんにお願いしてもらえるかしら」
ミリアは一通の封書をナタリーに渡す。
「畏まりました。これから商会に行ってまいります」
「お願いね」
ナタリーは一礼すると部屋を出て行った。
ミリアは机の引き出しから小箱を出した。
その中には クレマチスの花をモチーフにした髪飾りが入っている。
【気に入ってるね】
レンが髪飾りを眺めるミリアの膝に乗り声をかけた。
ミリアはレンを撫で、少しだけ頬を染め頷いた。
「ハルト自身が作ってくれた髪飾りなんですって。この花の花びら一枚一枚を作ってくれたって」
お見舞いの髪飾りを次に会う時に着けて欲しいと手紙に書かれていた。
そして『待ってて』そう書かれていた。
今はまだ体調が悪く、外に出られる状態ではないらしい。
元気になったら一番に会いに来ると、約束をしてくれた。
【早く会えるといいな】
レンを撫でながらミリアは嬉しそうに微笑んでいた。
この時、エアハルトと最後にあった日から六月が経っていた。
翌日、離れにアーノルドとサリーがやってきた。
「ミリア、今日から復帰すると聞いた。無理はしないように」
アーノルドは内心まだまだ療養をして欲しかった。ミリアの体も心配ではあるが、ただ娘と過ごしたかったのだ。
「はい。無理はしません。ありがとうございます。伯爵様」
僅かではあるが距離が近づいたはずだが、ミリアは一線引いた立場を崩すことはなかった。
もう直ぐマリアンネが隣国から帰って来る。早く復帰して接触を避けたかったミリアは、復帰を心待ちにしていた。
アーノルドとサリーに見送られ、ミリアは軽い足取りで商会へと向かった。
商会に入ると受付のお姉さんがカウンターから出てきてくれた。
「ミリアちゃん。もう大丈夫なの?心配したのよ?」
お姉さんは体を屈めて視線を合わせてくれる。いつも優しいお姉さん。
「もう大丈夫です。ご心配をおかけしました」
「良かったわ。そうそう、お客様がミリアちゃんを訪ねて来たから、お部屋に通してあるわ。会長の許可証を持っていたから、良かったかしら?」
「はい。大丈夫です。ありがとうございます」
お姉さんに手を振り、ナタリーと二階の仕事部屋へと向かう。
部屋に入るとシンプルな衣装のキャサリーヌが座って待っていた。
(衣装はシンプルなのに、化粧と髪は悪役令嬢なのね……)
「おはようございます。キャサリーヌ様、お待たせいたしました」
軽く礼をとり、対面のソファーに座る。
心の声は口にしない。
「おはようございます。ミリア様」
キャサリーヌは緊張しているのか、顔色が悪く笑顔が少し強張っている。
キャサリーヌはミリアの存在に少しだけ怯えているのだった。
話をしたカルロスからは「貴女様の未来にミリアがいる事で利を必ず得ます。ミリアと一緒に過ごされれば、その意味も理解できます」
カルロスからは公爵である両親に話をした方が良いとも言われていた。
両親にその日ミリアと会い長期休暇中は一緒に過ごすこと、またクアドラ商会のカルロスから両親に話をするように言われたこと。
そして、ミリアとキャサリーヌとの関りは極秘だと言うこと。全てを話した。
政でも社交界でも影響力を持つザハル公爵家の当主夫妻が神妙な顔で、キャサリーヌに聞こえないように話し合いをしている。
(こんなに重苦しい話し合いは見たことがないわ。ミリア様が関係あるのかしら。それならば、ミリア様は何者なのでしょうか)
「解った。長期休暇中はクアドラ商会に行くように。カルロス殿には私からもお願いをしておこう。ミリア嬢との縁は大事にするように」
キャサリーヌは先日の両親との会話を思い出していた。
目の前に座る少女は飾り気もなく簡素な衣装を着ている。しかし、紅茶を口にするその所作を見るだけで、ただ者ではないことが解る。今まで見てきた人の中で最も美しい姿勢と所作である。
(両親は私がクアドラ商会に行く事を優先なさった。クアドラ商会もミリア様も両親にとって重要なのは確かね)
キャサリーヌはミリアとの縁を繋ぐにはどうしたらいいのかをずっと考えていた。
「あれから何かありましたか?王太子殿下や噂など、何かあったならば教えていただけますか?」
「短い期間で色んなことが起きました……」
緊張して見えたのは、何やらお疲れもあったのかもしれない。ミリアはそう思い話を聞くことにした。
「ミリア様とお会いした次の日、王太子殿下にお茶会に誘われましたの」
学園に入るまでは定期的に婚約者との交流としてのお茶会があったけれど、学園に入り殿下が令嬢に現を抜かすようになり、お茶会は自然と無くなった。
学園に入るまでは王太子殿下とは可もなく不可もなくの関係であった。
王太子殿下は後ろ盾も含めてザハル公爵家と縁を繋がなければならない。
ザハル公爵家は王家との結びつきは家門の繫栄に繋がるため必要ではあった。
「ですが、両親は私がどうしてもこの婚約が嫌ならば断わっても良いと言われています。ですので、殿下を繋ぎとめる必要性はないのです……」
先を言い淀むキャサリーヌにミリアが先に答えた。
「公爵家の権力を使い婚約者として縋り付いている。殿下は愛する人がいるのにザハル公爵家が愛し合う二人の邪魔をしている。キャサリーヌ様は寵愛を受ける女性が憎く嫉妬に駆られて虐めている………とかでしょうか?」
ミリアの言う通りなので、キャサリーヌは驚いている。
「そうです。ミリア様が言われた通りなのです」
「定番な展開ですわね。幼稚すぎて、あほらしい」
ミリアの心底馬鹿にした最後の言葉に、キャサリーヌは口をポカーンと開いたままミリアを見つめた。
「私は他国の物語の翻訳もしています。この手の筋書きを何度も訳しました。そして、物語通りに無実の者が断罪された事が過去にあったことも知っています」
ミリアの言葉に、キャサリーヌはヒュッと息を吸った。
キャサリーヌの立場はその過去の断罪と同じなのだ。気にならないはずがなかった。
(そして私がプレイしていたゲームでは、キャサリーヌ様は処刑される。そして公爵家は王家に反逆者として連座で一門も処罰されてしまう)
「私といる事に利があると言いました。これからキャサリーヌ様の立場が危うくならないように策を練ります。ところで、殿下からお茶会に誘われたとおっしゃいましたが、何か言われたことがあるのならば出来る範囲で結構です、教えていただけますか?計画を立てるのに必要になりますので」
キャサリーヌは迷うことなくミリアに伝える。
(両親はミリア様を知っていた。公爵令嬢の自分に臆することなく会話をするミリア様は信じるに値する)
と、キャサリーヌは判断した。
「殿下は私が席に着くなり謝罪をなさいました。頭を深く下げられ、すまなかったと……。子爵令嬢は幼く自由だった頃のことを思い出させてくれる癒しだったと。そうお話をされました」
「キャサリーヌ様は殿下がそのご令嬢に好意を寄せる姿を見て嫉妬はなかったのですか?婚約者を盗られていたのですよね?」
「そうですね……確かに嫉妬はありました。男女のそれではなく、自由でいいなと。王太子妃教育は辛い事の方が多くて……。でも、それも国の為、民の為にと受け入れるしかありませんでした。それが高位貴族の務めであるならばなおさらです」
「殿下はやり直したいと、そう言われましたか?」
ミリアの問いかけにキャサリーヌは頷いた。
「殿下に対して王太子殿下としの立場でしか見れないのです。
やり直すって、何をやり直すのです?ただ定期的に顔を合わせるだけのお茶会。婚約者として最低限のやり取りはしておりました。どの部分をやり直すと言いたいのか、私には解らないのです」
ミリアはキャサリーヌの話を聞いて心の中で溜息を吐いた。
(殿下を男として全く意識していない。ましてや将来の伴侶として信頼たる者になる関係にすらなっていないのね……まぁー、浮気する男なんて信頼するわけないか)
「殿下の事はわかりました。ところで、キャサリーヌ様が嫉妬して虐めている噂は増えていますか?消えつつありますか?」
キャサリーヌは迷うことなく「増えています」そう答えた。
「解りました。では、明日少し出かけましょう。それから、私がする事を信じてください。キャサリーヌ様だけでなくザハル公爵家の未来にも関わってきます」
キャサリーヌはミリアが何をするのか解らない。でも、学園でも社交界でも味方の減った今は、自分の為に行動を起こしてくれるミリアの存在が有難く、そして嬉しかったのだった。
キャサリーヌを見送り、ナタリーと作戦会議を始めた。
「ミリア様は何か良い案をお持ちなのですか?」
「明日、キャサリーヌ様には暴漢に襲われてもらおうかと」
さらりと告げる言葉に、ナタリーは絶句する。
「違うわよ!振りよ。暴漢に襲われかけた振りをしてもらうの。そこから肝心な話が進むの。でも、暴漢をどうするのか、キャサリーヌ様の護衛をどう撒くかが悩みどころよね……」
【その役割を僕がやろうか?護衛は一瞬目を逸らさせればいいし、暴漢は僕が男達を操ればいいだけだし】
「うーん。それだと見失った護衛は咎を受けるし、暴漢に仕立てられた人も同じよね……罪のない人に罪を作るのは嫌かな……」
【そうだよね……ごめんなさい】
レンはしょんぼりと落ちこんでしまった。
「手伝おうとしてくれたのよね。ありがとう……そうよ!レンを使えばいいのよ!」
ミリアが閃いた案は、誰も咎を受ける事がないだろうと採用されたのだった。
そして、本日はキャサリーヌに暴漢に襲われてもらうため街に出かけることになった。
キャサリーヌの護衛とナタリーはミリア達の少し後ろを歩いている。
お店を見て回るのは楽しかった。ミリアは女の子同士で買い物をする事が前世でも経験がほとんどなかった。
あれ可愛いとか、これ気持ち悪いとか、くだらないことが楽しいことだと初めて知った。
それはミリアだけでなく、キャサリーヌも同じであった。はしゃぎながらも、ミリアは人の少なくなった道に自然と足を向ける。すぐ目の前に人通りのない路地が見えた。
「あ!レン!ダメよ!」
ミリアの慌てた声に反応した護衛騎士は、ミリアの抱いた猫が逃亡したのを目にした。
「お願い、追いかけて!」
キャサリーヌの指示に護衛は急いで追いかけた。
「こっちに来て」
ミリアがキャサリーヌを路地に連れ込み、キャサリーヌの衣装や髪を乱していく。
「こんな感じかな?」
いきなり路地に連れ込まれ、わしゃわしゃされたキャサリーヌはされるがまま。
「助けてー」
ミリアはキャサリーヌの手を引き全力で走り路地から出てきた。
レンを抱え走って戻って来た護衛は顔面蒼白である。
ナタリーは泣きながら探す振りをしていた。ミリアとキャサリーヌを心配した振りをして二人を抱きしめる。
「商会へ急ぎましょう」
ミリアとキャサリーヌを連れて急いで商会に戻った。
ミリアはこっそりとキャサリーヌに伝える。
「怯えて話せない振りをしていて。俯いててかまわないから」
そこに慌てて来たのはカルロスだった。
「どうしたのだっ!」
カルロスは、ミリアとキャサリーヌの乱れた姿に顔色を悪くする。
「とりあえず執務室に。護衛もナタリーもだ」
カルロスの執務室に入り、状況を説明する。
「護衛の方は飛び出したレンを追いかけてくれたの。ナタリーは私とキャサリーヌ様の前に立ち守ってくれていたの。
でも……、数人の男の人達に口を塞がれ引き込まれてしまったの……ナタリーが私達を探す声がして、私もキャサリーヌ様も暴れたから男達は逃げて行ったの……」
ミリアはか細い声で説明していく。キャサリーヌは自分は黙っていた方が良いと判断し、ミリアに言われた通り俯いていた。
「相手は見たか?」
カルロスがミリアに問いかける。
「いえ。後ろから羽交い締めされたので、顔は見てません。ですが、「どっちが王太子の婚約者だ?」とか、「顔に傷を付ければ良い」とか……そう話しているのを聞きました。私ではなく、キャサリーヌ様を狙っていたのだと……」
キャサリーヌはミリアの話の大きさに驚き、ビクッと肩を跳ねさせた。
「そうか…」
カルロスはキャサリーヌが怯えたと勘違いをした。
でも、効果はあるはず。
ミリアは賭けに出た。
「キャサリーヌ様から以前お話をして下さいました。王太子殿下の悪評が薄れるのと入れ替わるように、キャサリーヌ様が何かと貶められる噂を流されていると。
殿下の責任は重いはずです。不貞を犯したのですから。
なのに、キャサリーヌ様が貶められ危害を加えられようとしています。
王族の婚約者ですよ?キャサリーヌ様を守るべき殿下は不貞を犯し、誠実に王太子妃教育を受け努力しているキャサリーヌ様は地獄を見ている。不平等です」
「不貞か……」
「婚約者でない者を侍らせ、贈り物をし街にも出かけ遊んでいる。婚約者であるキャサリーヌ様は放置。不貞では?」
「そう……だな……」
「カルロスさんは、たかがその程度と考えていますか?私達はまだ結婚もしていない清廉な身です。ただ側にいる。ただ街に行く。ただ贈り物をする。それは全て婚約者や恋人にする事です。大人の不貞とは違いますが、私達の年齢からしてみれば立派な不貞。浮気です」
「……」
「カルロスさん。アドルフ様が連れてきた令息は王太子殿下と側近ではありませんか?」
「っ!気が付いていたのか?」
「私を誰だと思っていますの?色々と観察していれば解ります。アドルフ様は大公様でしょう?ならば、全てが繋がるのです。
殿下を押し付けられたせいで私は倒れてしまいました。この借りは返して頂きます」
ミリアはレンに聞いた話をカルロスに自分の考えた答えとして伝えた。
アドルフが持って来る本や書面は、外交に関わる者としか考えられない。
ならば、答えは外交を担う大公はアドルフとなる。
カルロスは眉間にしわを寄せ、苦い顔をしている。
実際、ミリアは倒れてしまったのだから。
「ミリアは何を望んでいるのだ?」
「キャサリーヌ様に王家の影を付けて下さい。学園で理不尽な噂をたてられ、立場の苦しいキャサリーヌ様の絶対的な証人として、王家の影が必要だからです。
婚約者を守るとは、こう言う事なのですよ?」
最後の言葉は、キャサリーヌに向けたのだ。
ミリアは俯いたままのキャサリーヌの手を取り、そっと握りしめた。
ミリアの手に、ポツポツと雫が落ちる。
キャサリーヌは肩を震わせ声を殺して涙していた。
カルロスは公爵令嬢であるキャサリーヌが人前で涙するほど追い詰められているとは、考えが至らなかった。
「解った。ミリアの話ををアドルフに伝える。キャサリーヌ嬢、必ず影を付けさせるようにアドルフには伝える」
キャサリーヌは涙を拭い、顔をあげ頭を下げた。
「キャサリーヌ様?私は少し仕事をします。一緒に来ますか?レンもいますし」
ミリアがキャサリーヌを誘うと、笑顔で「いきます」と、返事を返した。
カルロスの執務室を出て、ミリアの仕事部屋に戻る。
ミリアとキャサリーヌはソファーに座り、ぐったりとしていた。
ナタリーはそんな二人に紅茶を淹れてくれ、奮発してチョコも添えてくれた。
チョコはミリアが文献から見つけ、カルロスの商会で作ってもらったものだ。
カルロスはチョコでまた儲けを出している。
色々と商会に尽くしてくれるミリアに、頭が上がらないのだ。
「ミリア様には驚きました。でも、とても嬉しかったです」
恥ずかしそうにモジモジするキャサリーヌは、悪役令嬢とは思えないほどに可愛らしい。
(ドリルヘアーさえなけれぱ……)
「あの……ミリア様?良ければですけれど……お友達になっていただけませんか?」
泣いていたせいもあるのか、うるうるした瞳で頬を赤らめお願いポーズをされて断れる人はいるのか?
無理でしょう……。
「こちらこそですわ。しかし、条件があります」
キャサリーヌは喜んだが、条件と聞き固まった。
「キャサリーヌ様の髪やお化粧を私に任せていただけますか?ドリルヘアーに厚化粧は、ちょっと嫌です」
ミリアの直球の言葉にショックを受けたキャサリーヌは、ソファーに沈み込んでしまった。
キョトンとするミリアに。
「ミリア様、直球過ぎます」
ナタリーが耳元で指摘してくれる。
口にしたのだから、仕方ない。と、キャサリーヌが落ち着くまでチョコを食べながらミリアは待つ事にした。
『私を無視する貴方 捨てる準備を始めました』この作品の予約ページがコミックシーモア様にて公開されました。
下記URLリンクにて公開中です。
キャナリーヌ先生に可愛い表紙を描いて頂けました。
応援していただいた読み手様のおかげです。
ありがとうございます❀
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