13話 王太子殿下はミリアに厳しく叱責される
キャサリーヌには直ぐに影がついた。
影がつくようになり、キャサリーヌは自身を守る御守りを手に入れた安心感からか笑顔を見せるようになった。
「婚約者である殿下には影の話をした方が良いかと。キャサリーヌ様の周囲で不可解な言動や行動が見られ、身の危険を感じて影が付けられたと。殿下が知る事はキャサリーヌ様を守る盾にもなります。
キャサリーヌ様には影が付いている。虐めや暴言をしていない事実を殿下がきちんと知る機会になりますので」
キャサリーヌは自分に影が付けられるた意味は理解出来る。未来の王太子妃に害を成す者を放置してはならない。
でも、王太子殿下にそれを伝える意味を正確に把握出来ずにいる。
「影を付けていただけたのは有り難く思います。私の証人となって頂けますし。ですが、殿下にその事を伝える必要があるのでしょうか……。自分で対処出来ない者など、王太子妃に相応しくないと判断されるのではないでしょうか」
キャサリーヌの話もその通りではある。
「殿下に誰かしらがキャサリーヌ様の悪いお話を伝えたとします。今ある噂のようなお話を。
今、殿下とキャサリーヌ様には距離があります。婚約者であるのに、信頼すらしていない。そうなると、殿下に伝わる話が殿下の身近な人から伝えられたとしたら……。キャサリーヌ様はどうなると思われますか?」
キャサリーヌはハッとなり、ミリアを見つめて口を開いた。
「私の潔白よりも、殿下はそちらの話を鵜呑みにされる可能性がある。そして、私が悪者にされてしまうのてすね」
「キャサリーヌ様は殿下との婚約の継続はどちらでも良い。と、私には見えます。
ですが、キャサリーヌ様は公爵令嬢。貴女様の不名誉は家門の存続にも関わりますわ。私はお友達となったキャサリーヌ様を不利な立場に立たせるつもりはありません」
それに……。秘密ですよ?
と、人差し指を口元にあてるミリアの可愛らしい仕草に、キャサリーヌは頬を染める。
「はっきり言って、浮気をする男を私は許したくないのです。貴族社会は男性が優位で浮気してもなんだかんだで許される。でも、女性は命にも関わる程の罰が社交界により課されるのです。
浮気を擁護する気は一切ありません。浮気は嫌いですから。
ですが不平等が一番嫌いですので」
小声ではあるが、自分の意見をはっきりと伝えるミリアは年下とは思えないほどにしっかりとしていた。
「どちらが年上なのか、解らなくなりますわ。ミリアさんは素晴らしい考え方をされますのね」
キャサリーヌはミリアにそう伝えた。
「沢山の国の知識や常識を学んでいますし、書物も他国の歴史から娯楽まで目にします。変わった考え方をしてしまうのは、仕方ない事です」
「殿下にお話するのですよね……」
キャサリーヌはやはり殿下に伝える事に何やら思う事があるらしい。
「私は殿下が知っていようと、知らずにいようとどうでも良いのです。私の無実は影が証明してくださりますから、殿下が盾になる必要がはないのですし……」
「正直、話すことすら面倒くさいのですね?」
ミリアの指摘にキャサリーヌは苦笑いでそうだと返事を返した。
「それより、髪とお化粧を私がしたいのですが宜しいですか?」
「嫌いなのですよね?この姿が」
「嫌いとかではなく、似合わないからです。素材が良くても今のキャサリーヌ様には似合っていませんから」
今日は商会のお風呂が備わった部屋を借りている。
キャサリーヌにお風呂に入ってもらい、出かける準備をする。
お風呂から出て来たキャサリーヌをナタリーに任せ、ミリアもお風呂に入る。
ミリアがお風呂から出てくると、
ハーフアップにした髪は編み込まれ、流された髪を軽くふんわりと巻いている。
ナタリーにミリアがお願いしていた髪型は、キャサリーヌに似合っていた。
キャサリーヌは化粧を落としても綺麗な顔立ちのままだった。
(すっぴんでこれだけ顔が整っているなんて、羨ましいくらいね)
「似合わないかしら……」
ミリアがじっと見過ぎたせいで、不安からキャサリーヌはわたわたしていた。
「お化粧もせず髪型を変えただけなのに、こんなにも綺麗で驚いていたの。お化粧を始めるから目を閉じて」
キャサリーヌは不安なのか瞳が揺れたけれど、ゆっくりと瞼を閉じた。
キャサリーヌはミリアの手の動きを感じながら、ドキドキしていた。
ミリアの侍女のナタリーが結ってくれた髪型はとても素敵だった。
ミリアから教わったとキャサリーヌはナタリーから説明をされた。
ミリアの髪も化粧もナタリーが仕上げるが、全てミリアからの教えだとナタリーは嬉しそうに話をしていた。
キャサリーヌも自分に仕える侍女達に不満はない。
公爵令嬢として身形を整えてくれる優秀な侍女達。
でも、仕事として以外に関わりを持っていない。仲良くなりたいとは思う時期もあったが、主従関係から抜け出す事は無かった。
ミリアとナタリーのような関係を羨ましく思う。
「ミリア様とナタリーさんとはとても仲良くしていらっしゃいますが、秘訣はありますの?私と侍女達の関係とは違う親しみがあります。公爵家の侍女は素晴らしい仕事を勿論しますが、仲良くはなれませんでした」
目を閉じて問いかけるキャサリーヌは瞼は閉じていても、瞳が揺れているのが解る。
意を決してミリアに問うたのだ。
下手をすれば、公爵家の侍女は雇用主である令嬢に不備な想いをさせる無能と判断される。
「私は普通に接しているだけですので、秘訣と問われても……自分でも解りません。ただ、ナタリーの事は世界で一番信頼していますわ。私を裏切らない。私もナタリーを裏切らない。両思いだからかしら?」
ミリアの話はキャサリーヌも理解出来る。
でも、自分付きの侍女に対してそう思った事は一度も無い、
「ミリア様は私が何かをする度に、ありがとう。と、声をかけて下さります。初めの頃はミリア様に注意をした事があります。
その時ミリア様は
『私が有難いと思ったからお礼を伝えたの。気持ちは言葉にしなければ伝わらない。察してくれ!なんて、無理難題を押し付けてるのも同じよ?嫌な時は嫌だと言いたい。ありがとうと感じたらお礼を伝えたい。それだけよ』と。
何をしても、ありがとうと言葉を下さる。
そんな自分に誇りを持つことが出来るのも、ミリア様のおかげです」
ナタリーが語る話は日本では当たり前。でも、身分制度に縛られる異世界では愚かな行動となる。
格上の主人が下位に礼を言う事は、格を下げる行為と取られてしまう。
「そう……」
キャサリーヌはそう一言呟くと黙ってしまった。
「キャサリーヌ様。私の行動を真似する必要はありません。公爵令嬢としての立場もあります。ですが、気持ちを殺す事は間違っています。品がある事と気持ちを押し殺してまで行う礼儀は品がある事とは言えません。曖昧な言葉しかお伝え出来ませんが、自分らしさも大切ですわ」
よし!
と、ミリアの言葉が聞こえキャサリーヌはゆっくりと目を開いて鏡を眺める。
「誰でしょうか?」
キャサリーヌの呆けた呟きにミリアが笑い出した。
「キャサリーヌ様以外に鏡の前にはおりませんよ」
「………」
「では、王太子殿下のお茶会に乗り込みますよ!キャサリーヌ様を蔑ろにしてきたツケは存分に支払ってもらいましょう」
王太子殿下には負担を強いられたツケを倍にして返すつもりのミリア。
自分の容姿の変わりように、気持ちがついていけないキャサリーヌ。
公爵家の馬車に乗り込むミリアは、キャサリーヌの手を引いている。
呆けたままのキャサリーヌに笑いを堪えるのに必死なミリア。
解雇されなかった顔見知りの護衛騎士に会えた事に、笑いも引っ込んだ。
護衛騎士もキャサリーヌの容姿の変わりように驚いていたが、「とてもお似合いです」
と、賛辞を伝えていた。
さてさて、王太子殿下の反応はいかに?
ミリアは自分が腹黒である事を初めて自覚したが、気落ちする事ばかり続いていたので、そんな自分も悪くない!と、楽しむかのように腹黒を受け入れていた。
(そろそろお茶会だな……)
時計を確認した王太子殿下は背中に悪寒を感じた。
嫌な予感がするが、婚約者との関係を良くする為のお茶会。
失敗は出来ないと、頭を振り執務室を出て行った。
悪い予感は当たるのです。
王太子殿下が中庭に用意されたお茶会の席に向かうと、心惹かれた女性が婚約者と同席していた。
ミリアとキャサリーヌの表情はまだ見えない。
でも、ミリアの容姿は遠目でも良く解る。
殿下は気持ちがフワフワして落ち着かない。
気持ちを落ち着かせ、いつも通りに歩を進める。
「待たせた……ね……」
(誰だ?この美少女は!)
ミリアの隣に立つ美少女に目が釘付けになる。
金の髪はふわりと巻かれ、ハーフアップのよく似合う美しい顔立ちに妖艶さを漂わせる豊満な体。
「お久しぶりです。殿下」
「キ…キャサ…リーヌ……なのか?」
「そうでございますが、何か?」
(この淡々とした話し方にこの聞き慣れた声は、確かにキャサリーヌ……嘘だろう!)
殿下が頬を薄っすら染め、慌てているのは見る者からすれば解ってしまう。
ミリアは内心笑っていた。
(キャサリーヌの美しさにようやく気が付いたようね。でも駄目よ。勝手に距離は詰めさせない)
「本日はお時間を頂き、感謝致します」
キャサリーヌが殿下に声をかけた。
「い、いや、婚約者との時間を優先するのは、あ、当たり前の事だからな」
そう告げる殿下だけれど、キャサリーヌの表情は変わらない。それに隣に座るミリアからは冷めた視線を向けられている。
((今更なんなのだ、その台詞は))
ミリアとキャサリーヌの心の声は一致した。
居たたまれない空気の中、殿下がキャサリーヌに本題を告げる。
「そうだった。大事な話があるとの事」
「私に王家から影がつきました。、殿下にはお伝えしておいた方が良いかと思いまして、報告の為にお時間を頂きました」
「え?影?なぜキャサリーヌに?」
(この男、許すまじ!)
ミリアは殿下の言葉に苛立ち、キャサリーヌは何も思う事がないのか黙り。
「お久しぶりです、殿下。アドルフ様に連れて来られて依頼ですね」
「気が付いていたのか?」
(変装の魔道具をつけていたし、名も名乗る事は無かったのに……)
「人間関係を見れば解りますよ」
ミリアは短く殿下が考えているだろう疑問に答えた。
「殿下は婚約者がいながら他の女性に侍り街に出かけ、贈り物をし続けた。いわゆる不貞行為を続けていた。それをアドルフ様が咎め、罰として商会で私に会わせて自分達の今の立場を理解させた。
私を罰に使うのは納得しませんが、私と殿下達の知識や能力の差を見せつけられる結果となりましたね。
二歳も歳上の殿下達の知識のなさに、正直に申しまして呆れた事は事実ですけれど」
不敬な発言を連発するミリアに、殿下は開いた口を閉じる事を忘れている。
「殿下達が令嬢と不貞をする間でも、キャサリーヌ様は殿下の後始末の執務を片付け王太子妃教育を受けていたと聞いています。
婚約とは契約です。一方が不貞を犯したところで、キャサリーヌ様は婚約者の立場を降りたくともそれすら出来ない。
蔑ろにされ、学園では真実の恋を邪魔する令嬢と謂れない噂を立てられ孤立させられる。
殿下は楽しく浮気に花を咲かせる一方、キャサリーヌ様は地獄の日々。理不尽としか言い表せないと思うのは、私だけではないはず。
だからこそ殿下達は私のところに連れて来られたのですよ?」
殿下はミリアの話を聞き、青褪める。
自分の執務を片付けていた事。
学園で孤立していた事。
婚約者を降りたいと思っていた事。
全てが初めて聞く話だった。
「その顔は、知らなかった。と言いたげですが、知らなかったから何なのです?知ろうとしなかった事が全てです」
キッパリと言い切られ、殿下は何も言い返せない。
「殿下が浮気相手の令嬢から距離を置いたのは当たり前の行動です。婚約者がいながら蔑ろにし、浮気する事事態があり得ないのですから。
殿下の愚行の話が薄れ始めると、キャサリーヌ様は、更に謂れない噂をたてられています。そして、身の危険を感じたからこそキャサリーヌ様の周辺を安全にするため、私がアドルフ様にお願いして影を付けるように進言しました」
「キャサリーヌの噂とは……」
「婚約者ならばキャサリーヌ様の身辺を気にかけるのは当たり前なのですが、それすらしていない。ご自分で調べると良いのでは?私からは教える事はありません」
「キャサリーヌは、私と婚約を……その…解消したいのか?」
しどろもどろの殿下がキャサリーヌに問いかけた。
「解消したいか、したくないかを問われるのならば、解消をしたいですわ。ですが、ミリア様も仰っしゃた通りこの婚約は王命であり契約です。逃げる事は私の立場では出来ません」
あっさりと解消をしたいと告げるキャサリーヌを呆然と殿下は見続けた。
キャサリーヌは紅茶に口を付けたので、これ以上の会話はしないと決めたようだ。
「殿下がキャサリーヌ様にした仕打ちはとても残酷な行為だったのです。
なぜキャサリーヌ様を大切にしなかったのです?王命だから仕方なく?それはキャサリーヌ様も同じ。いえ、一臣下にしかないキャサリーヌ様は拒否出来ないのですから、殿下より辛い立場です。
相手は王族、キャサリーヌ様は諦めるしかなかったのですよ?」
「………」
「キャサリーヌ様の立場を追い落とそうとする者がいます。キャサリーヌ様がこの婚約でこれ以上犠牲になってはなりません。不穏因子がいる以上、影を付けるのは当然です。そして、キャサリーヌ様の身の潔白を証明出来るのは、この世界で影しかいないのですから」
ミリアは態とキャサリーヌが孤立し、危険な立場にある事を強調した。
そして、婚約者の殿下はキャサリーヌを護るに値しない信用しないと伝えたのだ。
「話は以上です。殿下の貴重な時間を私ごときにお使い頂き感謝致します」
キャサリーヌは丁寧に礼をとると、席を立ちミリアとお茶会の会場を後にした。
一人残された殿下は、自分の婚約者としての立場がない事に気が付いた。
浮気と言われたが、ただ贈り物をし楽しく会話をしていただけだ。
愛の言葉を伝えた事など一度もない。
ただ、明るく笑う彼女といるのが楽で楽しかった。
いつも口煩い執事長にそう告げる。
「それは婚約者様も同じです。
誰かと街に出て、贈り物も頂きたかったでしょう。愛の言葉を伝えられ、笑顔をむけてもらい楽しく笑い合う事を願うでしょう。
殿下は何も負担を強いられず、気持ちのままに行動なさりました。
しかし、婚約者様は自身を貶められようと公爵家を守る為に我慢をなさいました。
殿下への執務の尻拭いまでされて。
私から見ましても、婚約者様と同席なされたご令嬢のお言葉は正しいかと」
執事長は一礼をすると、そのまま下がった。
その日暫く、殿下はお茶会の席を立つ事が出来ずにいた。
と、後日訪ねてきたアドルフから聞かされた。
ミリアはどうでもよい殿下の立場の事よりも、キャサリーヌの立場を守れたことに安堵していた。




