11話 悪役令嬢との顔合わせ(あれ?良い娘?)
ミリアが商会で倒れ、離れに運ばれた夜も遅い時間。静まり返った本邸から三人の人影が現れ、離れへと入って行った。
ナタリーが三人を迎え入れ、一階のリビングへと案内する。
ナタリーはそのまま台所に向かい、お茶の準備を始めた。
ソファーに座るのは、アーノルドとサリー。その側に控えるのは執事長のルドガー。
ナタリーが紅茶を淹れ始めると、
「ナタリー、紅茶は四つ用意しなさい」
アーノルドの指示で、紅茶を四つ用意する。
「ルドガーとサリーも座って欲しい。一緒にミリアの事について考えを聞かせて貰いたい」
当主の指示に従いルドガーとナタリーは礼をし、対面のソファーに座る。
「ミリアを暫くゆっくり過ごさせたい。だが、離れにずっといるとなるとマリアンネに気が付かれてしまう。今のマリアンネはミリアに何をするか解らないからな」
アーノルドが深い溜め息を吐くと、サリーの表情も渋くなる。
「マリアンネの気持ちも理解出来ます。ですが、幼い頃ならまだしも淑女教育を受け、貴族である事を学んでも何も変わらないマリアンネには……正直残念に思うばかりです」
お腹を痛め産んだ我が子はとても可愛く愛しく思う。
幼い頃は娘の不安な気持ちにサリーはずっと寄り添い、慰め励まし続けたのだから。
(ミリア様はマリアンネ様は元々気が強い子供だったらしい。と、仰っしゃた。
義母と義妹は邸に来たヒロインを徹底的に虐め抜いたとか。数年もの間ヒロインは我慢したが、亡くなった母を侮辱したのでやり返しとしてこの離れに閉じ込め、義妹を虐め返した。義妹は内気な性格になり、大人しくなった。物語では、学園に入る頃にはマリアンネ様は内向的な性格になった。
と、以前仰っしゃっていたわ。
となると、ヒロインであるミリア様の介入が無かったのであれば、元々あの意地悪で我儘な性格を持っていたのだわ)
ナタリーはミリアが語ったマリアンネの性格について色々と考えていた。
「…リー、ナタリー?」
アーノルドが呼ぶ声にハッとなり、思考に意識を向け過ぎていた事に気が付いた。
「ナタリー、どうかしたのか?マリアンネとミリアが顔を合わせさせない為にどうするか、何か考えがあるだろうか?」
「そうてすね。中等科はもう直ぐ長期休暇に入ってしまいます。数日はマリアンネ様は中等科に通うので何とか避けれますが、長期休暇に入れば邸に日中もいらっしゃいますので……」
「旦那様、よろしければ私の提案を話しても?」
ルドガーがアーノルドに許可を取る。
「マリアンネお嬢様が長期休暇に入った際、以前お願いされていた隣国への旅行をさせてはいかがでしょうか。2週間くらい時間を取れるはずです」
アーノルドとサリーは名案だと、了承した。
「ミリアを領地に送る事も出来ますが、あちらの邸の使用人がミリアの存在をどう捉えるのか解りかねる以上、領地に送る事も出来ませんから」
サリーがミリアに何かあってはならないと、気遣っている事がナタリーは嬉しかった。サリーはミリアの存在を疎う事なく心配してくれる、有難い存在だった。
「マリアンネが羽目を外しすぎない様に、同行させる者はルドガーに任せる。マリアンネの侍女達は休暇を出すように。邸に残り、ミリアの療養を知られるのは後々厄介だ。
ミリアに悪意を持つ使用人は、休暇の名目で邸に入れないように差配してくれ」
アーノルドとサリーは徹底してミリアを守るつもりらしい。
ナタリーは主人の前で感情を出さぬように必死に泣くのを堪えたが、涙を止める事が出来なかった。
ナタリーは俯き、握りしめる手にポタポタと雫が落ちる。
サリーがそれに気が付き、ナタリーの隣に移動し背中を擦る。
主人に心配をかけるなど使用人として失格である。ナタリーは涙を拭いアーノルドとサリーに謝罪をした。
「謝罪をする必死はない。ミリアを大事に思ってくれている証しだ。私は親でありながら何もしてやれない。不甲斐ないばかりだ。こんな私を頼れと言う言葉はミリアへの負担になるだろうな……」
アーノルドは肩を落としてそう呟いた。
「旦那様!それは違います。ミリア様は旦那様をきちんと好いております」
ナタリーの言葉に、三人が驚いた。
「以前、ミリア様と恋のお話になった事がありま……」
話の途中でアーノルドが立ち上がっていきなり叫んだ。
「ミリアを嫁にはやらん!誰だ!相手はだれだ!ナタリー!」
ナタリーは目を見開き絶句する。
見た事もない怒りの形相でナタリーを睨みつけるアーノルドに驚いていた。
「貴方!いい加減にしてください!」
サリーがナタリーから離れ、アーノルドの腕を掴みソファーに座らせた。
「ミリア様が翻訳される本に書いてあった話をしていたのです」
(嘘ですが……)
「ミリア様はどんな方が好きか尋ねると『伯爵様のように相手を大切にし、他者にも優しい伯爵様のような方が理想』だと、ミリア様が仰っしゃっていたのです。ミリア様は旦那様をきちんと好いてらっしゃいます」
アーノルドは口を開けたまま固まっていた。次にボロボロと涙を流した。
サリーは「良かったですね」そう言いながらアーノルドの背に手を添えた。
「サリー様を不愉快にさせる、よその女の子供。ミリア様はその枷にずっと縛られておいでです。奥様の優しさにもミリア様は気が付いていらっしゃいます。ですが、だからこそミリア様は悩まれるのです。
私から旦那様や奥様のお気持ちをお話する事は簡単ですが、それではミリア様の枷を外す事は出来ません。
ミリア様自身が気が付き、旦那様や奥様の気持ちを受け入れない限り、本当の家族としての関係は築けないと思うからです」
サリーもアーノルドも涙を流し、ナタリーからミリアの心の葛藤を聞かされる。
アーノルドは自分の過去を悔いるが、悔いてはミリアを否定する事になる。
ミリアを大切に思う気持ちは本物だからだ。
「時間は掛かりましたが、少しずつミリア様の伯爵家への枷は外されつつあります。ですが……今のマリアンネお嬢様の事だけは無理かと思います。マリアンネお嬢様も受け入れて、初めて家族として一緒に過ごせるかと。ですから、ミリア様の全てを否定されるマリアンネお嬢様と過ごされては、振り出しに戻ってしまいます」
マリアンネはミリアの存在を口実に我儘ばかりをし続ける。
「マリアンネお嬢様は自分の我儘を聞き入れてくれる旦那様と奥様を試していらっしゃいます。我儘を聞き入れてくれる事で愛されていると確認していらっしゃる。ですが、最近はそればかりではない振る舞いが目立ちます」
ルドガーはマリアンネをずっと観察して来た。
いつか旦那様や奥様のお気持ちが伝わると。
だが、それも限界を超え始めていた。
「そうか……覚悟を決めずに済むようにマリアンネを何とかしなければな」
アーノルドとサリーも悩ましげに溜め息を吐いた。
「明日、マリアンネには学園が休みになった翌日から隣国に行ってもらう話をしよう。使用人の事はルドガーが全て差配する。それまでミリアの事はナタリーに任せる。マリアンネが邸から出るまでミリアの存在を隠してくれ」
その日の話し合いはこうして終わった。
ミリアとレンの眠る寝台の横に、ナタリーは簡易ベッドを並べて眠りに就いた。
次の日、目覚めたミリアはベッドの寝台でボォーっとしながらもレンを撫でていた。
「ミリア様、おはようございます。昨日倒れたのは記憶にありますか?」
ミリアに問いかけながら、ナタリーは額に手をあてる。
「まだお熱が高いようです。何か食べれそうな食事を用意しましたので少しお待ち下さい」
ナタリーはカートをベッドの側に置くと、柔らかく煮た野菜スープを手にした。
スプーンで掬い、ミリアに「あーん」とスプーンを差し出した。
ミリアは働かない頭の中、野菜スープの香りに惹かれて「あーん」とスプーンを口にした。
「美味しい」
ミリアのふにゃりとした笑みに、ナタリーは必死に悶絶する自分を抑え込む。
すると、扉の方から「ガシャン」と音がした。
ナタリーとミリアが視線を向けると、顔を赤くしたサリーが立っていた。
サリーの足元には、リンゴやオレンジが転がっていた。
「わ、私もミリアにあーんしたいですわ」
ミリアはキョトンとするが、ナタリーは理解出来た。
ミリアのふにゃりとした笑顔が見たいのだと。
「では、奥様にミリア様のお食事の介助をお願いいたします。私は果物を剥いてきます」
ナタリーはサリーにスプーンを渡すと、ミリアに「奥様の要望ですから、拒否は出来ません」
そう囁き、ミリアが断る事を封じた。
サリーはウキウキとスプーンをミリアに差し出し、「あーん」をしている。
強張ったミリアの顔も、スープを口にするとふにゃりと綻ぶ。
サリーは何度も「あーん」をし、スープを完食させていた。
「あ、ありがとうございます。サリー様」
照れた顔でお礼を言うミリアに、サリーは鼻を急いで押さえた。
(鼻血、出ちゃいますよね。解ります)
ナタリーはサリーの気持ちが理解出来る。
「リンゴの良い香りがするわ」
ミリアはナタリーとサリーにもリンゴを勧め、三人でリンゴを食べミリアを寝かし付けた。
ミリアの寝顔を見ながらサリーは後悔を口にした。
「最初にきちんとミリアと話が出来ていればと、後悔ばかりです」
サリーはじっと寝顔を見続ける。
「奥様。あの日もし話し合いをされても、ミリア様は表面上受け入れただけだと思います。ミリア様は人の気持ちに鈍感です。興味がありません。
ですが、自分が関わる人の心の機敏にはとても鋭く敏感で深く観察をなさいます。だからこそ、ミリア様はちゃんと気が付いていらっしゃいます。心の棘が抜ける日は近いと私は感じています」
ナタリーの言葉にサリーは肩の力を抜いた。
「ありがとう、ナタリー。貴女をミリア付きにして良かった」
サリーは本邸に戻りナタリーはミリアの看病に戻った。
ミリアにはカルロスからの伝言を伝え、医師の許可なく仕事は出来ないと言ってある。
ミリアは元気そうに振る舞うが、時折見せる寂しそうな表情にナタリーは我慢ならず行動に出た。
医師は毎日裏口から離れに診察に訪れる。医師の帰り際にナタリーはカルロスへの手紙をお願いした。
二日後、ナタリーの願いが届いた。
「ミリア様!お手紙です!」
ナタリーはミリアに一通の封筒を渡した。
ミリアはレンを撫でる手を止め手紙を受け取った。
ミリアは差出人を確認すると、直ぐに開封し何度も何度も読み返している。
手紙を胸に抱きしめ、泣き始めた。
「良かったですね。ミリア様」
ミリアは何度も頷き、また手紙を読み返していた。
「早く元気にならなければ、エアハルト様にお手紙の返事を書く許可がおりませんよ?」
その日から、ミリアとエアハルトの文通が始まったのだ。
二週間に一度返事を書くとお互いで決め、日々それぞれ頑張る事を手紙で約束した。
予定通りマリアンネは隣国へと旅行に出かけた。遊びではなく、隣国へは勉強も兼ねている事を念を押し、アーノルドとサリーはマリアンネを送り出した。
マリアンネは隣国の言葉が苦手だが、旅行として隣国の言葉を使い学ぶ事を約束させた。勿論、教師も同行させた。
何か変化がある事をアーノルドとサリーは祈っていた。
ミリアはアーノルドとサリーが入れ替わり離れに来る事を受け入れていた。
二人がミリアをとても心配してくれている事が解るからだ。
「こんなに穏やかな生活をしていいのかな」
ミリアの小さな呟きに、ナタリーはミリアの手を取り優しく告げる。
「幸せだと、穏やかだと思えるのはミリア様のお心が満たされているからです。伯爵様達はミリア様を大切に思われています。ミリア様はそれを少しずつ受け入れていらっしゃる。お互いが満たされていなければ、その気持ちにはなりません。伯爵様もミリア様も同じ気持ちですよ」
「そうなのかな……。そうかもしれない」
こうしてミリアは穏やかな生活を過ごしていた。
療養も10日ほど過ぎる頃、カルロスが離れへとお見舞いにやってきた。忙しいカルロスだが、ミリアの見舞いは二日に一度は訪れている。
「元気になって来たようだな。もう少しで仕事に復帰出来るらしい。だが、復帰しても仕事は少しだけだ。教会はまだ行けないからな」
暫くの沈黙の後、カルロスは少し申し訳なさそうにミリアにある話を告げる。
「それと復帰してからになるが、とある令嬢がミリアに会いたいと……その…毎日商会に尋ねてくるのだ」
ミリアとナタリーはドキリと心臓が跳ね上がった。
((もしかして、成り代わり令嬢にバレた))
「名前を聞いても良いですか?」
「あぁ。キャサリーヌ・ザハル公爵令嬢だ」
(悪役令嬢がなぜ私に……)
「商会より、こちらに来ていただけるなら明日にでも会います。仕事場では人に会いたくありません」
「解った。明日の昼前にこちらに連れてくる」
そう約束すると、ミリアが好きなマカロンを置いて帰って行った。
「ミリア様?ザハル公爵令嬢と面識が?」
「ないわ。キャサリーヌ様は悪役令嬢よ。てっきり成り代わり令嬢に私の存在がバレたかと心配したけれど……とりあえず、会ってみようかと」
「畏まりました。ですが、ご無理なさいませんように」
少し不安ではあるが会いたいと接触してくるのは、キャサリーヌが転生者でミリアを探している可能性を考えたからだ。
相手の出方を知るには良い機会だと。
翌日、約束通りにキャサリーヌを連れたカルロスがやってきた。
「初めまして。キャサリーヌ・ザハルです」
軽くカーテシーをし、挨拶をする気の強そうなメイクの美少女。悪役令嬢らしく、綺麗なドリルヘアー……。
「ベッドの上からのご挨拶、失礼します。ミリア・スタンリーです。ベッドの上からのご挨拶、ご容赦ください」
「無理に会いたいと申したのは私です。お時間を頂き、感謝します」
ナタリーがミリアのベッドの側に用意したソファーに案内する。
「カルロスさん、ナタリー。ザハル公爵令嬢と二人で話をしたいの」
ミリアがそう言うと、ナタリーがカルロスを連れて退出してくれた。
「率直に言います。貴族言葉を使わずに話をしたいと思いますが、宜しいでしょうか」
キャサリーヌはミリアの提案に一瞬驚くも、了承し頷いた。
「私の事は知っていますか?」
キャサリーヌがミリアに問いかけた。
「はい。王太子殿下の婚約者様だと認識しております」
「そうです。それで、最近の殿下の変わりように驚いていました。周りに問いかけても、誰も理由を知りません。ですが、ある日殿下と側近達の会話を聞いてしまいました。そこで出た言葉が、『ミリア』『クアドラ商会』の言葉でした。それを頼りに探すと、ミリア様の存在を見付けたのです。そこで、カルロス様に無理を言ってお会いしたいとお願いしたのです」
「そうですか……。それで、会ってどうしたいと?」
殿下からミリアの名前が出た事に、不快な気持ちが湧いてきたミリアはついついキツイ口調になっていた。
「ご、ごめんなさい。会ってどうこうしたい訳では無いのです!ただ、他の令嬢に現を抜かしていた殿下がその令嬢を避け始めるし、真面目に執務に取り組むので何かあるのかと疑ったのです。
ミリア様に会えば、その理由が解るかと。
それに……。殿下がまともになり不名誉な噂が薄れ始めると、なぜか私の噂が広がり始めたので……色々と不安になってしまい……」
キャサリーヌの話を聞いてミリアはある事に気が付いた。
「キャサリーヌ様が流されている噂は、もしかして殿下が贔屓にしていた令嬢を虐めている……とかではないでしょうか」
キャサリーヌはバッと俯いていた顔をあげ、ミリアに視線を向けた。
驚いているのがよく分かる。
「そうなのです。私はその様な事は致しませんしする意味もありません。そんな事をする時間もありませんもの」
しょんぼり落ち込むキャサリーヌは、普通の令嬢だった。
眉を下げ、泣きそうな美少女の顔は美しい。
「キャサリーヌ様、正直に答えて欲しいのです。キャサリーヌ様は殿下を異性として好いていますか?」
ミリアの質問に直ぐに答えた。
「いえ、婚約者としての立場でしか殿下を見てはいません。婚約者以外の女性に現を抜かす男性に好意はありません。ですが私は筆頭公爵であるザッハル家の娘です。
殿下との婚約は王家との大切な契約なのです。不履行にする事になる訳にはいかないのです」
ミリアはその答えに頷いた。
ミリアはキャサリーヌの実直さに好意を持ったのだった。
「では、キャサリーヌ様には私と暫く交流して頂きます。学園は長期休暇中ですよね?私の療養が明ける時に共に過ごせるように準備をお願いします。カルロスさんに聴けば何が必要か教えて下さります」
ミリアがキャサリーヌに伝えると。
「ミリア様、体調が悪く倒れたと聞いております。私事で手間を掛ける訳にはいきません。また倒れてしまいますわ!」
(この娘……めちゃ良い娘だわ。殿下、ムカつく)
「お気遣い感謝致しますが、私と過ごす事を勧めます。良い方に流れを変えてみせますわ」
ミリアは安心させるように、優しく微笑みを向けた。
キャサリーヌは間近でその美しい微笑みを見たため、心臓がバクバク騒がしくなっていた。
ミリアが鈴を鳴らすと、少ししてナタリーが部屋に入ってきた。
「ザハル公爵令嬢と復帰後、一緒に過ごす事になります。カルロスさんにザハル公爵令嬢と話をするようにお願いを伝えてくれる?」
ミリアの意図は解らないが、ナタリーは了承し部屋を出た。
「忙しくなりますからね」
ミリアはほんの少しだけ、ワクワクしていた。




