ミリアの限界
ミリアはいつも通りと言われた事を徹底し、ついてきた令息三人をここ数日は空気として扱ってきた。
三人の令息は自分達からミリアに声をかけることを許されていないらしく、時折ミリアに声をかけて欲しそうに視線を向けていた。
ナタリーは、令息三人がミリアに好意を持った事に気が付いたが鈍感なミリアには一切伝えるつもりはない。
ナタリーが王太子殿下の存在を知り、ミリアと話し合ったあの夜からナタリーは三人の令息を監視している。
初めて三人がミリアの前に現れたあの日の夜。伯爵家の離れではミリアとナタリーの緊急会議が開かれた。
教会でカルロスが令息達に話をしていた内容をミリアに全て伝え、物語の登場人物ではないかと話し合う。
「登場人物の名前は知っているけれど、こちらから名前を聞けないし、あっちも名乗れないでしょう?大人になった彼らと容姿が違って見えるから、魔道具を使っているのかもしれないし……」
ミリアがあの三人を気にしなかったのは、ミリアが知る登場人物に面影が一切無かったからだ。
【あの三人は逆ハーメンバーだよ】
レンの爆弾発言にミリアもナタリーも思考が止まる。
【知ってた方が良いでしょう?避けたいなら、知った上でどうするかを考えた方が逃げやすいし】
((確かに……))
「接触する必要がない事が救いでしょうか。ミリア様から話しかけなければ、あちらから声はかけられないようですし。
アドルフ様の言いつけ通りに、いつも通り過ごす事を徹底しましょう」
ナタリーの言葉にミリアが頷く。
だが、あ!っとミリアが何か思い出したようだ。
「カルロスさんが、婚約者でない令嬢を追いかけているって三人に言っていたのよね?相手は私ではないから、他にそのような令嬢がいるなんて……なんだろう、嫌な予感がするんだけど……気にし過ぎかな?」
ミリアが納得いかない顔をする事が気になり、ナタリーが問いかけた。
「ミリア様がその相手でない事が嫌なのですか?」
率直な気持ちを伝えただけのナタリーだが、ミリアに怒られてしまった。
「違うわよ!自分が選ばれたかったなんて思うわけないでしょう?!」
頬をプクリと膨らませ怒るミリアだが、可愛すぎるだけで迫力はない……。
「申し訳ありません。ですが、気になさる理由が私には解りません」
ナタリーは失言したことには謝罪をしたが、ミリアが令息達が構っていた女性を気にする事が不思議に思い気になったからだ。
「多分、物語は私がいないのに進行しているのかな?って。街に繰り出してヒロインと遊ぶ事も、沢山の宝飾品を贈られる事もお話の中にあるのよ。だから、誰かがヒロインの役をしているのかな?って思うのと、その人も同じ転生者なら本来のヒロインである私を排除しにかかるかもしれない。そうしたら厄介でしょう?」
ふむふむと、ナタリーはミリアの話の内容を考える。
「ミリア様の立場を横取りした令嬢が誰か解ると良いのでしょうが、調べる中で令息達や相手の令嬢にミリアが見つけられるのもよろしくないのですよね……」
「私の容姿は目立つでしょう?でもカルロスさんや伯爵家の人達は私の気持ちを汲んでくれるから、他者に言わない。
商会と教会だけの生活なら社交界で話は上がりにくい。義妹のマリアンネ様は私の話を絶対にしないから、私は貴族社会で認知されてない」
ミリアが社交界に顔を出さないから知られていないと本人は思っているが、アドルフの権力の圧によりミリアの話をする事は一切禁止されていた。
書面で記されている訳では無い。
ミリアを気にかけているのは、高位貴族が多数である。アドルフと妻のサシャがほんの少し他言無用を口にするだけで誰一人として語れないのだ。
ミリアは前世の本に書いてあった「成り代わり」をナタリーに説明する。
「ミリア様の逆ハーの立場を他の人が演じて、ミリア様は別にそれを気にしていないと。それで合ってますか?」
「合っているわ。誰かが代わりに逆ハーしてくれるなら、勝手にやれば良いけれど……。逆ハーは物語やゲームの中だから成立するだけで、現実の世界ではあり得ない話じゃない?色々な高位貴族の男性と恋をする。当然相手の男性には婚約者がいる。
それを知ってて近付くとなると、頭がおかしいとしか言えないわ。貴族としても、人としても最低です。
それに、そんな女性を好きになる男性も目も性根も腐ってます」
(手厳しいです!お嬢様!本人達とはこれから毎日会うのですよ?)
ナタリーは口には出さないが、苦笑いをしてしまう。
「本人を前に言わないわよ?」
ナタリーの心の声を察してミリアがそうナタリーに告げた。
「明日からはミリア様は令息達を無視。私は令息達を監視しますわ」
と、言う事で私ナタリーは、毎日令息達の動きを監視しているのです。
そうして、令息達がようやくミリアから離れる事になった。
アドルフが初日以降初めてミリアの仕事部屋にやってくると、令息達三人はアドルフに対して深く頭を下げた。
「ほぉー」
アドルフの右眉が上がり、不敵な笑みを浮かべる。
「ご迷惑をおかけいたしました」
三人は言い訳もせず、ただ頭を下げていた。
ミリアはそれすら無視して仕事を続ける。
早く帰って欲しくて、無視し続けていた。
アドルフはチラリとミリアの様子を伺い、ナタリーに視線を向けた。
ナタリーは静かに首を振るだけ、何も告げない。
ミリアもナタリーも、これ以上関わりたくない事をアドルフに示したのだ。
「ミリア、今いいかい?」
アドルフがミリアの机に近付き声をかけた。
カリカリと動かしていた羽ペンを置くと、アドルフに視線を向けた。
いつもは可愛らしく笑いかけてくれるが、今日のミリアに表情はない。
(負担だったのだな……。それでも最後まで付き合ってくれていたのか)
ミリアの内心を正確にアドルフは把握した。
「迷惑をかけた。だが、ミリアのおかげで三人も成長できた。感謝する」
お礼を言われてようやく、ミリアは小さな笑みを浮かべてくれた。
「お役に立てたなら良かったです」
そう伝えると、ミリアは羽ペンを動かし始めた。
アドルフは珍しいミリアの拒否の態度に驚くも、邪魔はしたくないと静かに側を離れた。
アドルフは三人を引き連れてミリアの部屋から退出した。
ナタリーが扉を閉め、外の気配を探っている。
ミリアはそんなナタリーの様子をしばらく眺めた。
ナタリーは扉から離れると、紅茶を淹れ始めミリアにソファーに座るように伝える。
「今日までお疲れ様でした」
ナタリーはミリアに労いの言葉をかけ紅茶を置いた。
レンは籠から出てきて大きな伸びをすると、ミリアの膝の上に飛び乗った。
「そうね。やっと帰ってくれたわ」
大きな溜息を吐くと、紅茶をゆっくり味わう。
「気が張ってしまって疲れたわ。絶対に接触したくないから何とか頑張ったけれど」
首を左右に傾けながら固まった体をほぐしていく。
「アドルフ様もミリア様のご様子で色々思われた様子でしたので、あの三人の令息は連れてこられないと思います」
そうならいいなぁ。と、二度と会わないで済むことを祈った。
攻略対象がさってから、5日ほど過ぎた。
アドルフからミリアのもとへ依頼の仕事は届くが、アドルフ本人が会いに来る事はなかった。
ミリアもナタリーも、まぁいいか。
と、気にすることなく仕事と教会の行き来で毎日は過ぎていった。
今日は街で何かのお祭りがあるらしく、ここ数日街全体が賑やかだった。
「ミリア様、今日は豊穣祭です。お祭りに行かれませんか?」
時折ふさぎ込むミリアを気遣い、ナタリーが気分転換を勧めた。
「お祭りには行かない」
力ない小さな声で返事をする。
お祭りの言葉はエアハルトとの楽しかった記憶を思い出す。
ナタリーは力なくソファーに凭れるミリアの隣に腰を下ろした。
一介の侍女が主人と同じ椅子に座ることは不敬であるけれど、今はそんなことを言っている場合ではなかった。
ミリア自身気が付いていないのだろう。
頬を伝う涙を、うつろな瞳を。
ミリアは精神的に限界を迎えていた。
ナタリーはミリアをそっと抱きしめ、髪を優しく撫で続ける。
ミリアはその手の温かさに身を委ねていた。
【ナタリー、ミリアがやばいぞ】
「カルロス様に許可を貰いに行きます。レン様、ミリア様を頼みます」
ミリアをゆっくりとソファーにもたれさせ、すぐに戻ることを伝え、急いで部屋を出て行った。
【ミリア?わかるか?】
レンの問いかけに視線だけ動かし頷くミリアだが、頷いたままソファーに倒れこんでしまった。
【ミリア?ミリア!】
ナタリーが急いで部屋に戻ると、ソファーに倒れ込んだミリアを視界に入れた。
「ミリア様っ!」
名を呼びミリアに近付き必死に声をかける。その様子を見ていたカルロスが急いで使用人を呼び商会に常駐している医師を呼びに行かせた。ミリアが体調不良と聞いたカルロスは心配でついて来ていたのだ。
仕事部屋には仮眠室も用意されている。ミリアが使ったことは一度もない。
カルロスが急いで抱きかかえて仮眠室のベットへ寝かせた。
直ぐに医師来てくれたので診察を受ける。
ナタリーは後悔しかなかった。
ミリアはずっと元気がなかった。
ここ数日は疲労が見て取れた。
何度かお休みを進言したが、「大丈夫」と断られていた。
もっと強く止めていたら……。
早くカルロスに伝えていれば……。
(ミリア様を救って欲しい)と、必死に神に祈っていた。
「過労ですな。睡眠不足もあるようだ。限界に来てようやく眠れたのだろう。気絶に近いな」
医師の言葉にナタリーもカルロスも、ほんの少しだけホッとした。
「暫く休息することを勧める。沢山食べて、沢山寝る。ゆっくりと過ごすことを優先するように」
医師が帰り、カルロスからミリアとのこれからの話をする。
「当分仕事はさせない。ゆっくり休んでもらおう。医師の許可が出るまで、仕事も勉強も禁止だ」
馬車にカルロスも同乗し伯爵家へと帰る。
カルロスには驚かれたが、見つからないように裏口から入り離れにミリアを運んでもらう。
ベットに寝かせ、ナタリーが看病の準備を始め、カルロスはリビングで待つ事にした。
「申し訳ありません。伯爵様を呼んで参ります。少しお待ちください」
ナタリーは急ぎ本邸へと走り出した。
ガタガタっ!
ナタリーが本邸に向かったわずかな時間で誰かが離れに入って来た。
そのまま大きな物音をたてながら、二階へと走り向かったのが解った。
カルロスも慌ただしい音を追いかけ、二階のミリアの寝室へと向かう。
二階にあがると、ミリアの部屋の扉が大きく開かれたまま中からは悲痛な声が聞こえた。
「ミリア!ミリア!」
カルロスがそっと部屋を覗くと、伯爵がミリアの寝台に縋りつきながらミリアの頭を撫でている。
「旦那様……」
側に控えるナタリーがカルロスが訪れた事に気が付いた。
伯爵に視線で扉を見るように促してみる。
「カルロス…殿……」
部屋を覗く人物が誰であるか理解すると、アーノルドはカルロスに近付き胸ぐらを掴みあげた。
「なぜミリアがこのような姿なのだっ!」
今にも殴りそうなアーノルドを、ナタリーが二人の間に滑り込み必死に阻止する。
「旦那様!落ち着いて下さい!お嬢様が起きてしまいます!」
ナタリーの声がアーノルドに届き、カルロスの胸ぐらを放りやってようやくアーノルドの手が離れた。
「旦那様、お話をしせんか」
アーノルドがミリアの部屋から離れたくないと頑なに拒否するため、大きな声を出さない事を条件にミリアの部屋のソファーに座り話すことになった。
「先に謝罪を。ミリアが倒れるまで気が付かなかった責任は私にある」
カルロスがアーノルドに頭を下げた。
「旦那様。私はミリア様の疲労に気が付いていました。お休みする事を勧めましたが、受け入れて貰えずにいました。ですが、もっと強く強制的に商会に行く事を禁止していれば……」
ナタリーもアーノルドに頭を下げた。
アーノルドは二人に何も言えない。
ミリアが疲労を抱えていたなど知らない。
倒れて運ばれるまで、ミリアの状況など知らなかったからだ。
歯痒かった。
伯爵家で令嬢として娘として過ごしてくれれば、このような姿のミリアを見ることはなかったのだ。
しかし、その全てを拒否したのは他ならぬミリア本人。
アーノルドはベッドで眠り続けるミリアに顔を向ける。
(まだ幼さの残る、可愛く美しい我が娘……)
アーノルドは何も答えず、ただ悔し涙を流し続けた。
「私は何も手を貸すことが出来ない。可愛い娘の様子は、誰かが教えてくれるまで知る事が出来ない……」
アーノルドの絞り出す言葉に、カルロスもナタリーも何もこたえられない。
ミリアを尊重するにはそうするしかなかったアーノルドの苦しみを思うと、胸の奥底までツキリと痛みが走る。
「なぜこのような姿に?」
アーノルドの問いかけにカルロスが答えた。
「アドルフが令息三人をミリアに合わせた。令息は王太子殿下だ」
カルロスの言葉にアーノルドが顔を顰めた。
「その様子だと、アーノルド殿は王太子の悪い噂が流れている事は知っているようだ。その内容は全て事実だ。
だからこそ、ミリアに会わせた。年下の少女が大人顔負けの知識を持ち、他国の言語やマナーも使いこなす。自分達の幸運な環境に甘え、逃げる三人に現実を見せたかったようだ。
高位貴族や王族だからこそミリアの凄さはより一層理解出来るはずだと。
才能だけでは得られない、絶え間ない努力でしか身に着けられない才媛である事を。
それが理解出来ないのならば、あのまま切り捨てられていた」
アーノルドがカルロスの最後の言葉に顔を青ざめさせた。
切り捨てられるとは、廃嫡を意味する。
「学園に入り自堕落なままで過ごす者はいらない。自分達の責任を理解出来ない者に、家門や王族を名乗らせないと裏では既に動いていたからな。だからこそ、アドルフは最後の機会だとミリアに会わせてみたのだ」
アーノルドはミリアの全てを知らない。
どこまでの知識を持つのかすら知らない。
「アドルフはミリアを殊の外気に入っている。アーノルド殿には、ミリアの知識がどれほどか知らないのかもしれない。
そうだな……ミリアの全てを書面で届けよう。だが、機密事項にあたる。他言しないと誓約をしてもらう」
「誓約……それほどなのですね……」
アーノルドの囁きにカルロスが頷いた。
「旦那様、カルロス様。ミリア様は王太子殿下達と関わり合いたくなかったようです。王太子殿下達と関われば表舞台に出されてしまうかもしれないと。
その可能性を嫌っておりました。ずっと神経を張られておいででしたので、その疲労だと思われます」
本当は少し違うが、関わり合いたくなかったのは事実なため話をぼかしながらナタリーはアーノルドへ伝えた。
「カルロス殿、アドルフとは…あの、アドルフ殿であろうか?」
「そう。あの、アドルフだ」
(伯爵様はアドルフ様の正体を知ってらっしゃるのかしら)
ナタリーは社交界に出る事が殆どなく結婚したため、貴族の顔を知らない。
それに加え、アドルフは特殊な立場のため名前や顔を知る者は少ない。
アーノルドは悩ましげな顔のまま、頭を抱えた。
あの、アドルフ様に目をつけられ気に入られている。
不安しかなかった。
「とりあえず、暫く療養をさせなければならない。頼めるだろうか?」
「勿論です。ミリアの事は任せてください。ナタリーもおりますし、レンもいます。私も力の限りミリアを支えます」
カルロスとアーノルドの話し合いが終わる頃、カルロスがふと口にした。
「それにしても、ナタリーさんはアドルフが何者か聞かないが、気にはならないのか?」
カルロスがナタリーに問いかけた。
ナタリーは少し考え。
「気になるか、気にならないかでしたら、気にはなります。ですが、ミリア様に害があるかないかでしか私は人を見ません。ミリア様次第ですので、他事に興味が湧きません。ミリア様は私が生きる全てですので」
さらりと口にするナタリーに、カルロスの胸がトクリと音をたてた。
(美しいな……)
ナタリーは気が付いていないが、小さなその感情の機敏を拾ったのはアーノルドであった。
アーノルドはハラハラしてはいたが、顔に出さず気が付かない振りをした。
「今日はこれにて失礼する。またミリアの様子を見に来ます」
カルロスは一瞬ナタリーに視線を向けるが、ナタリーは挨拶かしら?と、ただ頭を下げた。
カルロスはクスリと笑い部屋を後にした。
(カルロス殿はナタリーに目をつけたのか?いや、忠実な侍女だとそういう意味だろう)
アーノルドは疲れ果て、ソファーにドサリと座り込んだ。
ナタリーはアーノルドの様子を見て、娘を心配する父親だな。と、心が温まっていた。
アーノルドの心配の中に、ナタリーがいるとは露ほども思っていなかったのである。




