汚れた手
そうして洞窟の入口から腰をかがめて現れたのは、
「フィオラ嬢…全くこんなところまで…」
目の下にすごい隈が出来てるルイン殿下だった。
「あー! フィオラの王子様!」
リリアが大きな声でそう言うので、私は慌ててリリアの口をふさぐ。
「り、リリア! そんなんじゃないから!」
「フィオラさんのお迎えですかー?」
とセリスが横からニコニコしてルイン殿下に話しかける。
「ちょ、ちょっと! セリスまで!」
「ふぅ、そうであればよいのだがな。迎えに来たところで、帰ってこぬだろう」
と、ルイン殿下は少し呆れたように言った。
「よくご存じで。一体どうやってここが?」
「寝ずに馬を変えて王都から1日短縮させてルクセンまで来てみたら、山の方に向かったと宿屋の主人から聞いてな」
「そうでしたの。お待ちいただければ今日は帰りましたのに」
「そのまま、帝国まで行ってしまうという可能性もあるだろ?」
「ふふふ、流石にここまで待ったら7日間は待ちますよ」
私がそういうとルイン殿下は泉のほとりに座った。
「セリスー! 私達はお邪魔みたいだから出ようかー?」
「そうですね! そうですね!!」
「ちょ、ちょっと!」
リリアとセリスはそんな私の言葉は無視して洞窟から出ていった。
「はぁ…ちょっと予想外の動きになりましたね」
私は諦めてルイン殿下に話しかけた。
「あぁ。フィオラ嬢のお陰だ」
「どうやって解毒したのです?」
「状態異常耐性のイメージを持ったまま、俺の血を錬成して、その血を飲ませた」
ルイン殿下はそう言うと、包帯の巻かれた手首を見せた。
人に飲ますほど血を流すってものすごい決断ね…。
「なるほど。そういう使い方ができるのですね」
「そうみたいだ。流石に血をそこまで流すことは出来ないがな」
「そうでしょうね」
私はそういうと、ルイン殿下から少し距離を置いたところに座った。
「フィオラ嬢、帝国には行くのか?」
「えぇ。天眼の導いた国を見てみたいのです」
「フィオラ嬢の生活を蝕むやつらは排除したぞ」
「拝見しましたわ。奥様とアマレーヌまで」
「あぁ。ちょっと強引だが、修道院に行ってもらう」
「まぁでも、それがこの国の為にはいいかもしれませんね」
「あぁ。しかしやはり帝国に行くのか」
「はい」
私がそう言うとルイン殿下は私の方を見て、
「俺も行くぞ」
「はい?」
「俺も行く。直ぐには無理だが、ひと月ほどこちらで執務の引継ぎをしたら、俺も帝国に行く」
「ええ?」
「言っただろ? 守らせてくれと」
そう言ったルイン殿下の目は真剣だ。
「本気で言っているのですが?」
「あぁ。既にカイエン兄上と母上には許可をもらっている。母上も行くと言っているのだがな…」
「そんなことできるのです?」
「できるかできないかではなくやるのだ。最悪王籍を抜いてもいいと言ったのだが、それは認められなそうだ」
「ええ?!」
驚いた。
王籍を抜くことになったとしてでも行くというその覚悟に。
「だから、帝国で待っていてくれフィオラ嬢」
「本気ですか?」
「あぁ。俺は君を好いている。君の側にいたいし、出来ることならば側にいて欲しい。その為なら王籍などいらぬ」
ルイン殿下は立ち上がると、座っている私の横まで来て、騎士の挨拶をする。
「フィオラ嬢。改めて言おう。王国を変える準備はした。俺にあなたを守らせてほしい。そして願わくば、ずっと側にいて欲しい」
そう言って手を差し出すルイン殿下。
「その手は握れません」
「何故だ?」
あぁ。
私ややはりルイン殿下に惹かれているんだわ。
だって、手を握れないって言っただけで、なんだか胸が苦しいもの…。
「私の手はもうすでに汚れています。国を導く、あなたの美しい手に私はもう触れる資格がないんです」
私はうつむきながら言った。
「なるほど。そういうことか」
「はい。ですから、お気持ちは嬉しいのですが、出来ないのです」
「ちなみに聞くが、俺のことはどこまで知っている?」
「はい? 第3王子様で王太子に興味ないことぐらいしか知りませんよ。別に調べる必要もないかったですし」
「なるほど。ザッハ!」
ルイン殿下が大きな声でそういうと、音もなく洞窟の壁の上から人が降りてきた。
「お呼びでしょうかルイン様」
この前家にルイン殿下の伝言を伝えに来た、ライールさんのご友人で暗部の人だわ。
って、いやいや待って?!
人が普通に降りれる高さじゃないわよ?
一体どうなってるのこの人??
そんなスキルなかったわよ?!
「ザッハ、フィオラ嬢とは会ったことがあるよな?」
「はい」
「お前の仕事は?」
「ライールより伝わっていると思います」
「そうか」
ルイン殿下はそう話すと、唖然としている私の方を見て、
「フィオラ嬢。私が王国暗部の指揮官だ。ルイン・リオルダート。幼少期より暗部としての教育を受け、10歳過ぎから私が指揮を執っている」
ええ?
王子様が暗部の指揮官?!
そんなことあるの?
「え、え?」
「人を殺したこともある。殺させた数で言えば、もう数えきれない。俺の手はそういう手だ」
ルイン殿下はそう言って立ち上がると、自分の手を見た。
「フィオラ嬢。俺の手は国を導く手ではない。国を正す剣だ。フィオラ嬢が汚れていると言ったその手は、人を殺させたことを言っているのであろう?」
「え、えぇ」
「すまないな。その尺度で言えば、俺の手は汚れているどころかもう真っ黒だ。国はカイエン兄上とディアッハに導いてもらう。俺の手はこれまで、正す剣であり続けた」
それを聞いた私がルイン殿下を見あげると、
「ただ、俺は君と会って、この手は王国を正す剣ではなく、君を守る盾にしたいと今は思っている」
諦めていた。
普通の生活なんて。
ジョルト子爵家が取り崩しになったから私の身分は今多分平民だ。
年頃の女の子のように着飾って、美味しいご飯を食べる。
あの人格好いいわーなんて話しながら、好きな人と婚約して結婚して、旦那の愚痴を言いながらお茶をする。
そんな普通の生活。
もう随分前に諦めていた。
私は再びうつむいた。
「こんな汚れている手で申し訳ないのだが、どうかあなたと共にこの先を」
私はルイン殿下の方を見ると、ルイン殿下は立ったまま手を差し伸べてお辞儀をしている。
「む、無理です…。私は平民です…」
「その点は問題ない。サシェル義兄様にお願いしてある」
「レミア………。そ、それに、私は帝国を見に行きます…」
「一生帰らないというわけでもなかろう?」
「そ、そうですが…。私は姫になどなれません……」
「構わぬ。俺がなんとかしよう」
「しかし……」
「王国に戻ったら、ライール殿含め、全員が楽しく暮らせる環境も準備する。フィオラ嬢の行動も制限しない。俺はそれほど近くにいたいと思っている」
ルイン殿下…。
なんて真っ直ぐなの…。
どうしたらいいの。
決めれない。
私がそんなことを思っていると、洞窟の入口からリリア達が入ってきた。
一番最後に腰を曲げて入ってきたライールさんが、
「フィオラ。いいんじゃねーか? 少しぐらい自分が幸せになっても」
そう言った。
すると他の皆も、
「フィオラ! 私はずっと一緒だから心配しないで!」
「あー俺もそうだ。ルイン殿下が信用ならなくなったら、俺が暗殺してやる」
「フィオラさんを悲しませたら、状態異常耐性でも耐えれない毒を作ります!」
「そうだねぇ。フィオラはこれまで頑張ってきたんだし、少しぐらいいいんじゃない?」
と口々に言った。
オフィールを連れてきて聞いていたのね…。
しかし、そんな皆の顔を見たら、涙が流れてきた。
小さい頃から生きるために色んな事を一緒にやってきた仲間。
リリアなんて本当にもう長い付き合いだわ。
私自身は何もできないただの小娘にすぎないのに、皆ついてきてくれた。
満足に食べることもできずに、お肉屋さんでおまけにもらうソーセージをリリアと二人で食べてたっけ。
あれ、美味しかったなぁ。
お肉屋のおかみさんや、アジェリーさんは元気かしら…。
あの頃からは随分変わったけれど、変わらず皆と一緒にいる。
皆、ありがとう…。
これからもずっと一緒だから! それだけは変わらないから!
そして私は意を決してルイン殿下の差し出している手を握った。
「お、お願いします……」
私がそういうと、皆は「ヒューヒュー!」となぜか大喜び。
「フィオラ嬢。もう離さない」
そうルイン殿下は言うと、私を抱きしめた。
周りの声も音も何も聞こえない。
どれぐらいの時間かもわからない。
私は動くこともできずに目を閉じた。
そしてキスされた。
次第に周りの音が聞こえてきたので、
「ちょ、ちょっと!」
私はルイン殿下を離した。
「なんだ」
「なんでこんな皆いるところで、き、キスするのよ!」
「キスしていいよってことかと思ったぞ」
「そ、そんなわけないじゃない!」
私がそう言って怒っていると皆は笑い出した。
そして、暫くすると、
「フィオラ嬢、帝国に着いたら居場所を知らせてくれ。必ず向かう」
「本当にいらっしゃるんですか?」
「もちろんだ。後敬語じゃなくていいぞ」
「そう…」
「母上も行くと言っているのをどうするかが問題なのだが…」
「そんなことできるの?」
「普通ならできない」
「どうするの?」
「この後考える……」
「ふふ。お話ししてみたいわ。そのお母様」
「まぁ天真爛漫な感じだぞ。ただ、こう! と決めたら、行動してしまう行動力があるな」
「楽しそうな方ですね」
「まぁ、側妃としてはどうなのかと思うがな」
「いいじゃない」
「まぁな。ところでフィオラ嬢、俺は現状では王籍を抜けない。正式に婚約する為には、爵位が必要なのだが、サシェル義兄様にお願いしてよいのか?」
「ええ、構わないわ。レミアと姉妹になれるならそれも楽しそうだし」
「そうか」
私達がそうやって話しているとライールさんが、
「えー、お二人とも、イチャイチャしてるところ悪いが、そろそろ帰らないと夜になっちまう」
と頭を掻きながら話しかけてきた。
「い、イチャイチャなんてしてないわ!」
「俺はしたいぞ」
「なっ…!」
私は驚き、そして一歩後ずさり、自分の胸を隠した。
「アリオン! 獣がいるわ! 暗殺よ!」
「了解!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! そういう意味では…!」
話の途中でルイン殿下はアリオンに抱えられ壁の外にたぶん連れていかれた。
「んじゃ俺等も行こうか、我らが姫」
ライールさんがそう言った。
「えぇ。帰りましょう」
私がそう言うと全員洞窟から出て、山を下り、下に繋いでおいた馬に乗りルクセンの街に戻った。




