握ったその手
そして次の日、帝国に行くはずだったのだけれど…。
「フィオラ準備いいー?」
「大丈夫よ」
「まさか王都に一回戻ることになるなんてねぇ」
「だって手紙でやり取りするより、私達が移動する方が早いじゃない」
「まぁそうなんだよねぇ」
私はフィレス公爵家の次女として引き取られるらしい。
レミアなら嬉しいわ。
そしてそのまま、ルイン殿下と婚約するとのことだ。
別にいつでもいいのでは? と思ったのだが、ルイン殿下が婚約しなければ帝国にはいかせないと折れないんだもの…。
別に逃げたりしないのに……。
そして準備を終えた私達は宿屋の外へ出ると、ルイン殿下が待っている。
「フィオラ嬢は俺の馬だ」
「え? 私達は馬車で行くわよ?」
「それだと時間がかかるであろう」
「問題ないわ。3日ほどで着くと思います。まぁ馬車を引っ張るのがアリオンだから」
私がそういうとルイン殿下は沈黙した。
「はぁ…ならば俺はまた夜通し馬を走らせねば、追いつかぬな…」
「そうね。頑張ってね殿下」
私がクスっと笑いつつ言うと、ルイン殿下は、
「あぁ、すごいな。頑張れそうだ」
そう言って私を抱きしめた。
「ちょ、ちょっと! やめてください!」
「なぜだ?」
「人がいっぱいいますから!」
「人がいなければいいのか?」
ルイン殿下はニヤッとしていった。
「なっ…! もう行きますよ!」
「あぁ、わかった。しかし辺境伯の人身売買を摘発しているとはな」
「暇つぶしです」
「運が悪かったな辺境伯…」
「ふふふ、では王都で」
「あぁ。ザッハすぐ行くぞ」
そう言ってルイン殿下とザッハさんは街の出入り口に向かった。
「それじゃ俺等も街の外の馬車まで荷物はこんで、行くとしますかー」
そうして私達は街の外に準備した馬車に荷物を載せて、私達も乗って、アリオンが引っ張って向かった。
途中の街で止まりつつ3日で王都には着いた。
「なんだか久しぶりな感じがするわ」
「そうだねー!」
馬車を降りて荷物を持って、入都の検問所に一緒に並ぶリリアが、楽しそうに話す。
「しかし、フィオラ今度は公爵令嬢になるんだねー!」
「そうなっちゃったわね…」
「でも今度はいいお家じゃない?」
「そうね…レミアの所ですものね」
「うんうん! でもこの後どこに行くの?」
「さぁ…?」
「フィレス公爵家だ」
後ろから声をかけられたので、驚いて後ろを見ると、再び目の下に隈を作ったルイン殿下が馬を引いて立っていた。
「早すぎるぞ…」
「アリオンだもの」
「本当に…こっちへ来い。他の皆も」
ルイン殿下はそう言うと、ひょいっと私を持ち上げて馬にのせた。
その馬を引いて、検問所の列が続く門の脇の扉に向かった。
そして扉の前まで来ると、
「ここは特別な方しか通れません! 列にお並びください!」
ルイン殿下はフードを外すと、
「ルイン・リオルダートだ。同行者は俺が保証する。通るぞ」
「る、ルイン殿下! 失礼しました!」
そういうと衛兵は扉の前からどいた。
「馬を頼む」
「はっ!」
「ではフィオラ嬢こちらへ」
「こちらってどちらよ…」
「こちらです」
そう言って手を広げるルイン殿下。
「い、嫌よ! なんでこんなところで!」
「ではどうするのだ?」
「アリオン!」
そういうと私はパッとアリオンに抱えられ馬から降ろされた。
「なぜ彼はいいのだ…」
「友達だからよ!」
「なぜ俺はダメなのだ…」
「そ、それは…! 早く行きましょう!」
私はルイン殿下を無視して扉の中に向かった。
だ、だって恥ずかしいじゃない!
王子様に抱っこされるなんて、どこのお姫様よ!
そして、私達はルイン殿下を迎えに来た王族専用の馬車にのってフィレス公爵家に向かった。
「フィオラーー!!!」
フィレス公爵家の玄関前で馬車を降りると、外で待っていたレミアが駆け寄ってきた。
「レミア!」
「もう本当、いきなりなんだから!」
「ごめんね。ちょっと急ぐ必要があったの」
「でも、うちの娘になるんでしょ?」
「そうみたい…。いいのかしら?」
「いいわよ! 皆大歓迎だよ!」
と両手を広げてレミアは言った。
そしてフィレス公爵家の方々も皆ニコニコして頷いている。
するとフィレス公爵が、
「フィオラ嬢、本当にいいのかい?」
「はい。ルイン殿下と、婚約することになりましたから…」
私がうつむき加減に恥ずかしそうにいうと、馬車からルイン殿下が降りてきて、
「そういうことです、サシェル義兄様。直ぐに王家と手続きをお願いします!」
と言った。
フィレス公爵家の方々は皆唖然としている。
そして暫くするとレミアが、
「ほ、本当なの…?」
「え、えぇ…。押し負けた感じ…」
私がそう言うと、フィレス公爵が、
「えー! 折角娘がもう一人増えると思ったのにー! 直ぐに婚約だなんてひどいじゃないかルイン!」
「ひどいもなにも、フィオラ嬢には快諾していただいております」
快諾???
そうだっけ…。
「まぁいいや…。それじゃあ、フィレス公爵家へようこそフィオラ」
フィレス公爵はニコッとして言った。
「よ、よろしくお願いします…」
それから荷物を運びこみ、婚約の手続きが終わるまで、公爵家で全員お世話になることになった。
帝国を見てみたいから帝国に行くということを伝えると、最初は驚かれたが許可してくれた。
そして、アニールさんとカミラさんから、化粧肌専用水の備蓄が欲しいと言われたので、アルバの泉の水を取り寄せ、セリスに樽ごと化粧肌専用水と髪の毛専用美容水を作ってもらった。
美味しい食事を、公爵家の皆さんの配慮で、ライールさん達もいれて全員で食べている。
貴族の家の晩餐に、平民が一緒に座る等あり得ないのだけれど、レミアもカミラさん達も楽しそうにしている。
本当フィレス公爵家は、あんまりそういうのにこだわりがないのね…。
そして晩餐が終わると、一人ひとり部屋が与えられた。
どれだけ大きいのこの屋敷…。
部屋なんて何部屋あるかわからない。
私は自分の部屋として与えられた部屋でろうそくの明かりを消して、空の月明かりを眺めていた。
お母さん。
私、王子様と婚約することになったわ。
凄く賢くて誠実な人よ。
すぐ勘違いしちゃうけれど。
子爵の打ち首はもう終わってるみたいだから、あっちで会えたかな?
幸せにね。
私も幸せになるから。
そんなことを思っていると、音もなく窓枠にルイン殿下が座った。
「あの、女性の部屋に忍び込むのはよくないのでは?」
「何、これ以上は入らないよ」
「どうしたの?」
「婚約パーティーはしないと言ってきたが良かったか?」
「えぇ、もちろん! 私にお姫様のような立ち振る舞いを期待されても困るもの!」
「ふはは、だと思った」
「むしろ王子と婚約するのに、すぐに帝国に行くなんていいの?」
「普通は絶対ダメだが、いいことにした」
「なんでもありね…」
「まぁ別に悪いことではないからいいだろ?」
「そうね…」
「一応それを伝えようと思ってな。あと、一目見たかったってのもある」
ルイン殿下は窓枠に腰かけながらこっちを見た。
は、恥ずかしい!!
私は下を向く。
「ふはは。いつもは毅然としてるのに、こういう時は一人の少女みたいだな」
「こ、こういうのは慣れていません!」
「ふはは。ではこれで行く」
私はルイン殿下を見た。
私今、もう行っちゃうの? って思ってしまった…。
なんてこと…。
「なんだ、まだ一緒にいたいのか?」
「そ、そんなことありません! おやすみなさい!」
「あぁ、おやすみフィオラ」
そういうとルイン殿下は消えた。
全く。
呆れちゃうわ。
こんなすぐに浮かれちゃう自分だったなんて…。
そして、次の日まずは公爵家の次女として引き取られる手続きをし、その次の日にはルイン殿下と婚約する手続きをした。
「レミア、元気でね」
「手紙待ってるわ!」
「えぇもちろん」
私達は今日帝国に向けて出発する。
「危ないことはしちゃだめだよフィオラ?」
フィレス公爵じゃなかった、お父様がそう言った。
「はい、気をつけます」
「本当かな~」
するとルイン殿下が、
「ひと月以内に私も向かいます。ご心配には及びませんサシェル義兄様」
「ルインは留学ねぇ。そんで引率がティエラ様と…」
「どうしても行くと言って聞かないものですから…」
「王子と姫としていくのかい?」
「私だけならともかく母上は流石にあり得ないので、貴族の母と息子と言うことで行きます」
「いいなぁ楽しそうだなぁ。私も魔法師団が無かったら行ったのにー」
「お父様はフィオラ達の分までキリキリ働いてください! ディアッハも!」
「レミアー…もう俺はキリキリ過ぎてそのうち骸骨になりそうだよぉ」
「心配ないわ! ご飯は食べてるもの!」
レミアがそう言うと、みんな笑った。
「それではルイン殿下。しばしお別れね」
「あぁ、待っていてくれ」
「えぇ、お待ちしてますわ」
「あとルイン殿下ではなくルインでいい」
「そう、ルイン。ではまた」
私はそう言って振り返り皆が乗り込んでるフィレス公爵家の馬車に向かおうとした。
その時、ルイン殿下に抱きしめられた。
「フィオラ。愛している」
「ちょ…」
そして、キスされた。
「ちょ、ちょっと!!! 人のいるところではしないでって言ったでしょ!」
「今そういう雰囲気かと思ったのだが?」
「人のいるところでそんな雰囲気になることはありません!」
私が顔を赤くしながらそう言うと、皆微笑ましそうにこっちを見ていた。
私は急激に恥ずかしくなり、下を向いて、
「じゃあ、行くから!」
「あぁ、待っていてくれ」
そして私は真っ赤な顔のまま小走りで馬車に乗り込んだ。
本当に色々あったわ。
なぜかわからないけどスキルの見えるこの目に気付いて、リリアと郵便屋さんを始めた。
そしてアリオンを仲間にして、その後ライールさんとセリスとオフィール。
義賊っぽいことやって生活費を稼いで、化粧品で大儲け。
儲けたお金で孤児の就業支援をして、そして次は帝国へ。
天眼。
ルインのお陰で知ることが出来たわ。
直ぐ勘違いして、先回りして動いてるはずが見当違いのルイン。
あなたのあの落胆する顔は可愛い。
そして王子とは思えない、あの身のこなし。その姿は本当に格好いい。
私、本物の王子様と婚約しちゃったわよ…。
まるで本みたい。
私はそう思い、膝の上に組んでる自分の手を見た。
今でも思い出せる。
夜会の時にダンスをリードしてくれて、私を迎えに来てくれたあの手。
少しごつごつしているけど、すごく鍛錬を積んでいるのであろうあの手。
私の意思と皆の後押しで握ったその手はもう離さない。
さぁ、帝国はどんなところかしら!
皆で色々やってみましょう!
皆に囲まれて、身分も家も何ら心配することなく、逃げ隠れもしなくていい。
ルイン、あなたのお陰で私は今幸せよ。
待ってるわね。
私はそんなことを思い、皆がギャーギャー話している声を聴きながら、馬車の外の暫くの間見納めとなる王都の景色を眺めた。




