第7話:主婦の手は血に染まる
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壮絶な死闘の末、未来の勇者アルスを討ち取った茜。しかし、暗殺を完遂した彼女を待っていたのは、さらなる残酷な現実でした。第7話「主婦の手は血イン染まる」――運命の歯車が狂い始めます。
静まり返った育児室に、茜の荒い息遣いだけが木霊していた。
目の前には、静かに横たわるアルスの小さな体。その胸元から流れる鮮血が、純白のシーツを無惨に染め上げていく。
「はぁ……はぁ……っ」
茜は膝をつき、自分の震える両手を見つめた。
かつては家族のために温かい料理を作り、健太の柔らかい頬を撫でていたその手は今、返り血にまみれ、生々しい熱を帯びている。初めての殺害。それが「世界を救うため」「家族を守るため」という大義名分があったとしても、人間を一人手にかけてしまったという事実が、重く冷たく茜の心を押し潰そうとした。
(……やったのよ。これで、世界も、私の家族も救われた……)
自分で自分に言い聞かせるように、茜はかすかに唇を震わせた。
任務は完了した。予言された破滅の未来は回避されたのだ。約束通りであれば、暗殺ギルド『カナリア』は彼女を元の世界へ、夫と息子の待つ平穏な食卓へと送り返してくれるはずだった。
ガチャン、と。
唐突に、背後の扉が開く音がした。
茜が血塗られた手でハッと振り返ると、そこに立っていたのは――暗殺ギルドの責任者であるミリアンダと、数名の黒ずくめの精鋭たちだった。
ミリアンダは冷徹な目を細め、床に横たわるアルスの亡骸と、血まみれになっている茜を一瞥した。
「見事ですね、セーラ。まさか本当に、あの覚醒しかけていた勇者を一人で仕留めるとは」
「ミリアンダ……」
茜は立ち上がり、警戒を露わにしながら睨みつける。
「約束通り、私を元の世界へ返しなさい。任務は完了したわ」
しかし、ミリアンダは冷ややかな笑みを浮かべるだけで、動こうとはしなかった。
「元の世界へ、ですか?」
「……どういうことよ。約束が違うわね」
ミリアンダはフッと鼻で笑うと、懐から短刀をゆっくりと抜き放った。その背後に控える暗殺者たちも、一斉に殺気を解き放ち、茜を取り囲むようにじりじりと歩み寄ってくる。
「おや、勘違いをなさっているようですね。私どもがあなたを元の世界へ送り返すなどと、いつ約束しましたか?」
「なっ……! 約束したはずよ! 私がこの任務をやり遂げたら、元の家族の元へ……!」
「ふっ、甘いですね。組織にとって、『世界の秘密』を知り、しかも王城の奥深くでターゲットを暗殺できるほどの化け物じみた力を持った人間を、野放しにできるとでも思っているのですか?」
ぞっとするような寒気が、茜の背筋を駆け抜けた。
――口封じ。
最初から、ギルドは彼女を生かして返すつもりなど微塵もなかったのだ。用済みとなった人間を、夜の闇に紛れて消し去る。それが暗殺者ギルドのやり方だった。
「……そう、ね」
茜の瞳から、先ほどまでの迷いや疲労の色がスッと消え去った。
代わりに宿ったのは、底知れぬ漆黒の怒りと、すべてをねじ伏せるための狂気的なまでの冷徹さだった。
「最初から、信用するべきじゃなかったわね」
「所詮、あなたは別の世界から召喚されただけの素人の主婦。ここで静かに、私たちの手で――」
ミリアンダが冷酷に命じようとした、その瞬間だった。
バッ! と、茜の体が驚異的な速度で弾けた。
それは華麗な剣術などではない。毎日、限られた時間で家事をこなし、家族を守るためにあらゆる修羅場を潜り抜けてきた、生還のための泥臭い暴力。
茜の手に握られた血まみれの短刀が、真っ先に飛びかかってきた暗殺者の喉元を容赦なく抉り抜いた。
「なっ……!?」
驚愕の声を上げるミリアンダを尻目に、茜は返り血を浴びたまま、静かに、しかし狂気に満ちた笑みを浮かべる。
「ナメるんじゃないわよ。
――主婦を敵に回したら、どうなるか教えてあげる」
血塗られた夜の王城で、元主婦による反逆の狼煙が、今まさに上がり始めた。
第7話「主婦の手は血に染まる」をお読みいただきありがとうございました!
ついに訪れたギルドからの裏切り。そして、騙されたと知った主婦・茜がブチギレて反撃を開始する最高にスカッとする展開でした!
次回、第8話「ただのお母さんよ」では、襲いかかる暗殺ギルドの精鋭たちを茜が圧倒していく無双劇をお届けします。よろしければブックマークや評価、感想をよろしくお願いいたします!




