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元主婦、異世界で暗殺者となり世界を救う ~裏切られたので暗殺ギルドごと王国を乗っ取りました~  作者: 凪塩 未来


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第4話:王城の乳母

第3話をお読みいただきありがとうございます!


地獄のような訓練を耐え抜き、暗殺者として覚醒した茜。いよいよ第二章、クタバレ王国内の王城潜入編が幕を開けます。乳母として潜り込んだ彼女を待ち受けるものとは――?(

暗殺ギルド『カナリア』での地獄のような訓練を終えてから、さらに一年が経過していた。

二十歳の若々しい肉体は、無駄な脂肪が削ぎ落とされ、全身にしなやかな筋肉と鋼のような瞬発力を宿している。だが、その内面にある本質――「家族の元へ帰りたい」「夕飯の支度に戻らなければならない」という、ある種の狂気的なまでの主婦の執念は、少しも薄れていなかった。


むしろ、月日を経るごとにその執念は純度を増していた。


「――今日から、あなたはこの王城で働く乳母、『セーラ』よ」


暗殺ギルドの薄暗い地下室で、ミリアンダが冷徹な声で告げた。

手渡されたのは、上質な麻で作られたメイド服のような衣服と、王城の出入りが許可される身分証だった。

クタバレ王国の中枢――王城。そこは厳重な警備と複雑な権謀術数が渦巻く、国の一番華やかでありながら最も澱んだ場所だ。


「ターゲットのアルス王子は、まもなく生後数ヶ月を迎える。王妃の母乳が出なくなったという名目で、外部から乳母を雇う手はずはすべて整えてある。あなたは自然に王城へ溶け込み、王子の懐に潜り込みなさい」

「……わかったわ」


茜は無言で頷き、支給された衣服を受け取った。

自分の武器である短刀をコルセットの裏側に巧妙に隠し、髪をきっちりとシニヨンにまとめる。鏡に映るのは、影のある美貌を持ちながらも、どこか落ち着いた物腰の若い乳母の姿だった。

もはや、昨日の今日まで普通の主婦をやっていた人間の面影はない。瞳の奥には、任務を完遂するための絶対的な冷徹さが宿っていた。


数日後。

茜は厳重な門をくぐり、クタバレ王国の王城へと足を踏み入た。


広大な大理石の廊下、きらびやかなシャンデリア、至るところに配置された近衛騎士たちの姿。外から見れば栄華を極める王国だが、茜の暗殺者としての直感は、この城の根底がすでに腐り始めていることを告げていた。

案内されたのは、王城の奥深くにある静寂に包まれた育児室だった。


「今日からアルス様のお世話をお願いしますね、セーラさん」

主任の老女官が穏やかな笑みを浮かべてそう言い残し、部屋から去っていく。

静まり返った部屋の中、揺りかごの中からふと、か細い泣き声が聞こえた。


茜は足音を立てずに歩み寄り、揺りかごを覗き込んだ。

そこには、赤ん坊が眠そうに小さな手を宙に放り出しながら、ぐずったように顔を歪めていた。

――クタバレ王国の王子、アルス。

予言において世界を滅ぼし、悪魔へと変貌すると言われている未来の元凶。茜が、二年後にその手で葬らなければならないターゲットだった。


(……こんな小さな赤ん坊が、世界を滅ぼす悪魔に?)


信じられないという思いが胸をよぎる。

だが、暗殺者としての冷徹な思考がすぐにそれを打ち消した。赤ん坊だからと油断すれば、それこそ命取りになる。ミリアンダの言葉が正しければ、この無垢に見える肉体の奥底に、いつか底知れぬ闇が芽生えるのだ。


その時、アルスが急に激しく泣き出した。

お腹が空いたのか、それともおむつが濡れているのか。

普通の人間であれば慌てふためくところだが、茜には「三十六年間、一児を育て上げた母親」としての圧倒的な経験値があった。


「よしよし、泣かないの」


茜は迷いのない手つきでアルスを抱き上げ、慣れた手つきであやす。

その抱き心地、体の支え方、トントンと背中を叩くリズム。それは長年、我が子・健太を育ててきた中で染みついた、完全無欠の母の技だった。

不思議なことに、茜の腕の中に抱かれた瞬間、アルスの泣き声ピタリと止まった。

彼は大きな瞳をぱちくりとさせ、自分を抱く茜の顔をじっと見つめる。そして、ふにゃりと愛らしい笑みを見せた。


「……ふっ」


茜は思わず小さく息を漏らした。

どんなに冷酷な暗殺者に仕立て上げられようとも、目の前で無心に笑う赤ん坊を前にして、母の本能が完全に消え去ることはなかった。

(……可愛いじゃない。こんな子が、本当に悪魔になんてなるの……?)


しかし、その穏やかな時間は長くは続かなかった。


アルスをあやしながら、茜はその小さな額にそっと手を触れたときだった。

ピリッ、と指先に走る異様な静電気のような痛み。

赤ん坊の体温とは思えない冷たさと、微かに指先を焦がすような、ぞっとするほどの黒い殺気が茜の皮膚を掠めた。


――幻覚ではない。

確かに、この赤ん坊の魂の奥底には、禍々しい何かがうねりを上げて眠っている。

ミリアンダの予言は嘘偽りのない真実なのだと、茜の身体が本能で理解した。


(ごめんね、アルス。――あなたがどれだけ愛らしくても、私は私の家族を守らなきゃならないのよ)


茜は我が子をあやすような優しい笑みを浮かべたまま、その瞳の奥に、凍てつくような殺意の光を宿した。

王城の乳母としての潜伏生活はこうして始まった。

それは、偽りの優しさと本物の母性が交錯する、静かで残酷なカウントダウンの始まりでもあった。

第4話「王城の乳母」をお読みいただきありがとうございました!


ついに王城へ潜入し、ターゲットである赤ん坊のアルス王子と出会った茜。母親としての本能と、家族を守るための冷酷な殺意が入り交じる複雑な心境を描いてみました。

次回、第5話「黒い影」では、育児の裏でアルスに忍び寄る異変と茜のさらなる葛藤に迫ります。よろしければブックマークや評価、感想をよろしくお願いいたします!

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