告白……
カラオケ店を出て時刻を確認すると、19時30分だった。
「流狩流君、少し休んでもいいでしょうか?」
久しぶりに誰かと外出して疲れたのだろう。
兎は公園のベンチを見つけると俺にそう言ってきた。
「ああ、休みたいと思ってたからちょうど良かったよ」
誰もいない公園のベンチに腰掛けた。
4月の夜はまだ冷えるな。
ベンチもひんやりしててお尻が冷たい。
兎は大丈夫かな。
隣を見ると、顔を赤くした兎が空を見ていた。
俺も誘われるように空を見ると、かなり欠けた三日月があった。
俺は出かける時よく空を見る。
その時間だけは何も考えなくていいから。
今のこと、将来のこと、そういうことを忘れられる唯一の時間。
「月が綺麗だな」
思わずそう口にした。
兎はどうだろう。
あの月を見てて、何を思っているのだろう。
それとも、俺と同じように月を見ている間だけは何も考えていないのだろうか。
もう一度兎の方を見ると、顔がさらに赤くなっていた。
『流狩流、月を見て綺麗と言うのはさすがに……』
呆れたアイの言葉に俺は疑問を覚えた。
月を見て綺麗?
その言動に昔本で目にした記憶が蘇った。
月が綺麗だと言うのは相手に愛情を伝えるという意味が含まれることもあることを。
……やっべ、ミスった。
一瞬で血の気が引いた。
アイからは告白判定と認識されなかったからいいものの、まさか俺から告白してしまうことになるとは。
迂闊だった。
月を褒めただけなのに。
「あの……」
兎がゆっくりと口を開いた。
「実は、私、好きな人がいて……」
んん?
あれ、なんだろう。
嫌な予感がする。
無意識とはいえ告白して、相手に好きな人がいるとなると……。
「私、不死木雲君のことが好きなんです」
「……」
その男の名を聞いた瞬間、時間が止まった気がした。
兎は、不死木雲のことが好き?
その事実を認識した時、俺は兎から告白されない安心感ではなく、焦りを感じた。
兎が遠くに輝く月のように見えた。
何かアプローチしないと、兎が不死木雲の手に渡ってしまうと思ってしまった。
何故だ?
今日ずっと考えてただろ。
兎から告白されなければ俺と結ばれることはないと。
そのためにいろいろ対策してたのに。
なんでこんなに胸が締め付けられる。
なんで兎のことを求めてしまっている。
俺は少しでも己の欲求を抑えようと、兎と不死木雲が家庭を築いている光景を想像した。
子供がいて、笑顔で、良い家庭だった。幸せそうだった。
……嫌だな。
『流狩流?』
兎の隣が俺じゃないことが嫌だ。
幸せにするのが俺じゃないのが嫌だ。
バカだ俺は……。
自分の愚かさに心底嫌気がさす。
目の前の月が手に入らないと分かった途端に、それを求めるようになるなんて。
「そっか……」
それしか答えられなかった。
「兎なら恋が実る」とエールを送ることができなかった。
この話から、早くそらしたかった。
「今日の俺、どうだった?」
「え?」
変なことを聞いてしまった。
いきなりこんなこと言っても困惑させるだけ。
もっと冷静にならなきゃいけないのに、口が止まらない。
「失望とかしなかったか? 財布の中レシートびっしりだったりで、だらしないと思わなかったか?」
後悔のように出てくるそれは、今日俺が兎に告白されないためにやったこと。
今さら、訂正でもしようというのか。
「た、確かにレシートを見た時はびっくりしましたけど、別に失望なんてしませんよ。みんなもよくやることだと、思いますし」
「そ、そうかぁ」
なんでホッとしてんだろ俺。
自分でやったことなのに。
「それに、その、今日の流狩流君は、かっこいいと思いました」
「え?」
驚きつつも、兎から褒められて嬉しかった。
「えっと、道路歩く時は常に車道側でしたし、階段でもずっと下側にいてくれて、歩く速度だって、私に合わせてくれましたよね」
「え、いや、それは……」
俺そんなことしてたのか。
昔から母さんが危なっかしくて見てられなかったからだろうか。
父さんと離婚した後は俺が守らないとって神経質になってたから、その時の行動が今回も出てきたのかもしれない。
「その、私はそういう小さな気遣いができる人の方が、かっこいいと思います。だってそういうのがその人の性格だと、私は思いますから」
「……それを言ったら、兎の方が毎日みんなに気を遣ってるだろ。そっちの方が凄いと思うぞ」
「私はただ、怖いだけですから。目をつけられないようにしてるだけです」
いじめられないように畏まる。
それが古江兎、か。
「……ちょっと、コンビニ寄ってかないか」
俺たちはコンビニに入って肉まんを買った。
「温かいですね」
肉まんを口いっぱいに頬張る兎の顔は可愛かった。
『臆病ですね。そこは手を握って温めてあげるべきでしょう』
うるさい。
もう遅いんだからいいんだよ。
そう、もう手遅れなのだ。
今さら何をしても。
だったら、もう何もしない。
「あの……」
「ん?」
「また、一緒にお出かけ、してくれますか?」
それは好意からではなく、少ない友達としての誘いなのだと、わかった。
「……ああ、楽しいからな」
今日はバカをするばかりだったが、これだけは本音だ。
会話が弾まなかったり、ぎこちないところがあったりもしたが、そういう時間が心地良いと思ったのはこれが人生初だ。
何度でもしたいと思った。
「ふふ……」
俺の回答に満足したのか、兎は今日一番の笑みを俺に向けてきた。
こういうことが毎日起これば、なんて考えてしまったがすぐに振り払った。
兎には幸せになってほしい、でもその幸せの中に俺はいないでほしい。
それが今までの考えだった。
でも今は、笑う兎の周りに自分がいないことを想像して、そうはならないでほしいと考えてしまっていた。
完全に、兎を求めてしまっていた。
外見だけじゃない、兎の全てが魅力的に見えてしまっていた。
これが、本当の恋なのだろうか。
そうだとしたら、これほど手遅れな恋はない。
「あのさ……」
兎と見つめ合う。
もし、もし俺がここで告白したら、俺はこの焦りから、胸の苦しみから、解放されるのだろうか……。
「えっと……美味しいな」
何を考えてるんだ俺は。
ダメに決まってるだろ。
好きな人がいる相手に2回も告白するなんて。
俺だってアイのことが好きなのに。
やっぱり俺はクズだ。
後悔してるのは俺自身のせいなのに、それを否定しようとしている。
「流狩流君、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ」
これは性欲の強い独身派として背負わなければいけない運命なのだと思い込もう。
女を焦がれても契りを結んではならないという運命なのだと。
「美味しかったですね」
「そうだな。今日はもう遅いし、帰ろうか。家まで送るよ」
俺ができるのは、吹っ切れることしかないのかもしれない。
空元気で立ち上がって、兎に対して笑顔を向けた。
「そんな、悪いですよ」
「気にするな。なあ、波月も送るぞ」
遠くで隠れてた波月に声をかけた。
「バカ⁉ なんで——⁉」
「え⁉ 亜瑠楽ちゃん、いつから——⁉」
2人がお互いの存在を認識し合う。
同時に2人の顔が赤くなっていった。
「3人とも同じ町に住んでるんだ。仲良く帰ろうぜ」
不満げな波月と困惑している兎を置いて先に帰路についた。
2人も状況に整理がつかないまま俺の隣に来た。
「同じ町って、アンタなんでそんなこと知ってんの」
「前に波月から中学のこと聞いただろ。それで気づいたんだよ」
「え、知りませんでした。亜瑠楽ちゃん、知ってた?」
「いや、全然。あれ、じゃあもしかしてアンタの家って、あの割烹煮っていう風呂屋?」
「正解。よくわかったな」
俺ができることは、この中で一番明るく振る舞うこと。
それが後悔から目を背ける方法。
「ウチの町にはあれしか温泉がないんだから当然でしょ? アンタがイケメンな理由もこれでわかったわ」
「どうして?」
「あそこの女将さん超美人で有名なのよ。だから女将さん目当てで訪れる男が多いの。そういえばたまにイケメンが受付にいるって噂をママから聞いたっけ。まさかアンタだったとはね」
「ああ。金土日は人が増えるから手伝ってるんだ。ていうかそんな噂が立ってたんだな」
レアものみたいな扱いで少し嬉しい。
「再婚したのかって噂にもなってたよ」
「ウケるなそれ」
「う、ウケませんよ。親子でそんなの」
兎がちょっと怒った。
「まあ、お前らもいつか来いよ。経営厳しくてサービスはできないけど、ジェットバスとかあって良いとこだとは思うからさ」
「……私小さい頃に行ったことあるけど、大きな風呂と水風呂しかないところじゃなかったっけ?」
「バレたか。客寄せのための嘘だ」
「行く前から足が遠のくようなことしてどうすんのよ」
「はは、2人来ないぐらいじゃ何も変わらないって」
笑う余裕はないのに無理やり笑っていた。
「あの、私今夜行ってみてもいいですか?」
意外にも兎の方は興味津々だった。
告白を断って気まずいから絶対に来ないと思っていたのに。
「お、来てくれるのか。サンキュー。牛乳冷やさないとな」
本当は叫びたいほど嬉しいのにビジネスの対応をした。
「……アタシも、フルーツ牛乳があるなら、行く」
……そういえば帰るまで俺に協力するって約束をしてたな。
でももう大丈夫だぞ波月。
兎が俺に告白することはない。
「波月はフルーツ派か。俺はコーヒーだな。兎は?」
「私は、普通が好きです」
「おお、同い年で初めて見たかも」
大抵はフルーツかコーヒーなのに。
「へ、変でしょうか?」
「いいや、むしろ大人な感じがする。正直コーヒーも甘くて子供の飲み物だからな」
「じゃあフルーツの私はもっと子供ってことになるじゃん」
「そういうことだな」
「やっぱ行くのやめるわ」
「ええ、一緒に行こうよ亜瑠楽ちゃん」
「俺も来てくれよぉん!」
「キモイんだけど」
そのまま俺は虚ろに雑談をしながら2人と家に向かった。




