ラストラストラスト
20時30分ぐらいに風呂屋に着いた。
入ると、受付に母さんがいた。
「はーいいらっしゃいぃ。あ、ルガちゃん、おかえりぃ」
いつも通りエプロンでサイドポニーテールの母さんを見て、張りつめていた心が緩むのを感じた。
「ただいま。友達連れて来たよ。風呂に入りたいんだって」
「どうも」
「こ、こんばんは」
波月は浅く、兎は深くお辞儀をした。
「あらぁ、かわいらしい女の子が2人もぉ。いいのぉ? ウチあんまりいいお風呂じゃないわよぉ」
「経営者が言っちゃダメだろそれ」
「アンタもさっき似たようなこと言ってたでしょ」
そういえばさっき俺も言ったな。
何も考えずに言ってたから記憶があいまいだ。
「ん~、あらぁ? あなた最近見てなかったわね。一カ月ぶりかしら?」
母さんは波月を見てそう言った。
「波月、最近来たのか? でもさっきは小さい頃にって……」
すると、波月はバツが悪そうな顔をして言った。
「他人の空似じゃない? 金髪ってたくさんいるでしょ」
まるでそれ以上追及するなとでも言うような圧だった。
「あらぁ、確かにそうかもねぇ。それじゃあゆっくりしてってねぇ。料金は100円よぉ」
「安い! いいんですか?」
時代に合わない安さに波月はドン引きした。
テンションの落差が激しい女だな。
「創業以来ずっとこの値段らしいからいいわよぉ」
「いやあの、値上げしないと潰れちゃうんじゃないですか?」
それはわかる。
客が多いならいいが、少ないのにこの値段は正直終わっている。
「潰れたら大人のお風呂さんにでも働けばいいから大丈夫よぉ」
「それ大丈夫じゃないですよね!」
「母さんマジでそれだけはやめてくれ……」
毎度のことながら、緩くマイペースな母さんには危機感がある。
それなのに怒るときは怖いから本当におかしな人だ。
「ルガちゃんとは仲良くしてあげてねぇ」
「大人の風呂屋の話をしたあと急にそういうこと言うなって。情緒おかしくなるわ」
ホントにマイペースすぎて困る。
「はぁい。じゃあタオルどうぞぉ。ゆっくりしていってねぇ」
女湯に入っていく2人を母さんは笑顔で見送った。
俺は疲れた。
「ルガちゃんも入ってきたらぁ。疲れたでしょぉ」
「そうだな。ちょっと早いけど入るか」
母さんから渡されたタオルを手に取り男湯の暖簾をめくったら、声をかけられた。
「あのさ」
声の主は波月だった。
暖簾を下げると、波月は顔を赤くしてこっちを見ていた。
「お風呂あがったらさ、ちょっと話さない? できれば2人っきりで」
「え?」
言っている意味がよくわからなかった。
「さすがにもう兎が俺に告白してくることはないぞ?」
「そうじゃなくて、アタシがアンタに用があるの」
「なんだよ用って?」
「だから2人っきりで話したいって言ってるじゃん。察してって」
「……」
本当に意味がわからなかった。
何を察してほしいんだ?
今日はもう頭が疲れたので考えさせないでほしい。
「じゃあ玄関のすぐ横にあるベンチで待ち合わせにするか。今の時間なら人少ないし。多分俺の方が先だから待ってるぞ」
「うん、じゃあそれで」
顔が赤いまま波月は女湯に入っていったので俺も男湯に入った。
「なんなんだアイツ? 急に女みたいな態度して……いや女なんだけどさ」
今まで男友達みたいに接してただけに疑問しか浮かばなかった。
体を洗いながら波月の変化について考えることにした。
そういえば学園に泊まった時に波月は俺に結婚について促すようなことを言ってきたな。
結婚は寂しさを紛らわせるとかどうとか。
あまり気にしていなかったが、あれには何か意図があったのか?
今日は波月におかしな点はなかったはず。
俺が波月の立場から考えてみると……。
友達である兎が実は不死木雲のことが好きとわかり、俺と2人っきりになりたい……。
『……それは、告白では?』
アイからの言葉に固まる。
シャワーが頭についた泡を洗い流すことしか感じられなかった。
「いや、それはないだろ。あの波月だぜ?」
『どの波月でしょうか?』
だって、俺を好きな素振りとか全く見せなかっただろ。
『それは古江兎が流狩流のことを好きだという疑惑があったからでは?』
いや、いやいやいや、それはないって!
『可能性はゼロではありません。このパターンで告白してくる人もいます』
気遣う相手がいなくなったから告白するってこと?
そんなのないだろ普通。
『すでに普通ではない学園に通っているのですよ流狩流は』
……アイの言葉は正しかった。
俺は元からおかしな学園に通っている。
「なんだか、心臓がドキドキしてきた」
もちろんそうなったら断る気でいる。
兎と違って波月に対してロマン値が100%になったことはないし、今もなっていないから。
しかし怖いのは、告白現場だと認識するだけでロマン値は95%になる。
残りの5%をどう上げないかが重要なのだ。
ストレートに来るなら大丈夫。
今までだってそう来ても断っていた。
しかし、急にかわいい反応を見せたりしてロマン値が100%になったところを告白されるのはマズい。
実際ウブな反応をした波月を見てロマン値が上がったことはあるからな。
お風呂をあがり、鏡の前で髪をドライヤーで乾かす。
「どうする、香水とかした方がいいのか?」
鏡に映る自分に向かって質問した。
断るつもりなのになんで体臭なんぞ気にしているのか。
「いややめよう。まだそうなるって確定してるわけじゃないし、告白してきても断るつもりなんだからな」
他の客がいるのに独り言をつぶやいてしまった。
今日の俺は本当に奇行ばかりしているな。
ドン引きされているのでさっさとベンチに向かおう。
「うお寒っ!」
外に出ると風呂上がりの火照った体が一気に冷めていくのを感じた。
4月の夜はまだ寒い。
女の風呂は長いことが多いし、まだ中にいるべきか。
ベンチで座りながら迷っていると、声を掛けられた。
「流狩流君、どうしてここに?」
兎だった。
まさか波月よりも先にあがっていたとは。
「いや、ちょっと波月に呼ばれて。兎は?」
「私は星が見たくて。隣座ってもいいですか? 亜瑠楽ちゃんが来るまでお話したいです」
「ああ、いいぞ」
脈ナシだとわかると警戒はしなくなるものである。
俺は遠慮なく答えた。
公園のと違いウチのベンチは小さいため嫌でも兎と体が密着してしまう。
風呂上がりのシャンプーの良い香りが鼻に入っていくのを感じた。
顔や体が良くて、良い匂いがする。
そうだよな、こんな女がいたら男は誰でも好きになるに決まってる。
それくらい兎という女は魅力が詰まっているのだ。
『ロマン値が130%を超えました』
もうどうでもいいロマン値の数値が聞こえてきた。
兎とは付き合えないってわかってるのにまだ好きだとは。
俺は意外と執着が強い人間なのかもしれない。
「そういえば気になってたんだけど、亜瑠楽って今まで好きな奴——」
「流狩流君私と付き合ってください」
唐突な兎の一言がその場の空気を一変した。
『ロマン値が100%を超えた状態で告白されました! ご結婚おめでとうございます!』
「……は?」
アイの声が全く耳に入ってこなかった。
「え、なんで?」
「ふふ……」
優しく、しかし子供がいたずらした子供のような妖美な笑みを浮かべる兎。
俺は口を開けたまま、その場で時間が止まってしまった。
結婚?
俺が?
え……え?
「……早いもの勝ち、ですから。まずは、好きになってもらうことが重要ですよね。それが外見だろうと、中身だろうと」
目を細めた兎が俺の首に手を回してきた。
「でも、ただアタックする、だけじゃダメなんです」
寄りかかってきたが、俺は支えきれず両手を着いた。
それでも兎は俺から離れない。
「頑張って、堪えて、弱さを見せて、お互いの想いがわかった時、それでもダメなんです」
頬を上から下へ古江の指が滑ってくる。
「大事なのは、好きな相手の前で気が緩んだ時……それも、間近にいる時……」
指が首まで這ってきた。
そして胸まで下がり、俺の心臓らへんで止まった。
「恋愛って、誘い込みだと思うんです。好きなのに否定して、それでも好きだから近づいて。そうしていたら、いつの間にか惹かれていたのは、相手ではなく自分自身だった」
兎の指がスリスリと俺の心臓を撫でた。
「気づいていましたか? 流狩流君は、無意識に自分から私に近づいていたんです。広い広い海を彷徨って、やっと見つけた入り江に入ってしまうように。そこが、兎の口だとも知らずに」
何が言いたいのか理解できなかった。
いや、理解することを俺が拒んでいた。
好奇心なんかで聞けば、確実に後悔するとわかっているから。
「ねえ、不思議だとは思いません? 今日起こったことと、亜瑠楽ちゃんがいた理由」
「え……」
なんで?
そんなの……。
「偶然……」
「では、どこからが?」
どこから?
「流狩流君、どうして、この学園に入れたと思います?」
中学ではほぼノー勉だった俺がこの学園に入れた理由、そんなの……
「推薦で……」
「では、誰が学園に流狩流君のことを教えたと思います?」
それも、わかっている。
「ちゅ、中学が……」
兎は首を左右に一度だけ振った。
「全部、私がやりました……」
兎の言っていることが理解できなかった。
「流狩流君、初めて会った時のこと、憶えていますか?」
初めて会った……?
「にゅ、入学式のことか?」
「いいえ、それよりもっと前のことです。ほら、流狩流君が初めて一目惚れをしたあの時です」
記憶が蘇る。
それは俺が独身派になることを決めたあの日……。
「一目惚れしたのは、流狩流君だけじゃ、ないんですよ」
兎の頬が紅潮していく。
「なんで……それを……?」
「ふふ」と笑った兎は俺の頭を数回人差し指で小突いた。
俺の頭にいるやつ、それは——
「アイ……」
『申し訳ありません流狩流。しかし、これが私の仕事なのです』
アイが謝る理由、それは……。
「……ずっと、2人で手を組んでたのか……いや、波月も入れて3人で……」
今日波月がいることは全て計画の内だった。
だから波月が映画館にいた。
「それだけじゃありませんよ。帝音君や他の独身派、恋人募集団体以外、学園全てが私の味方だったんです……」
詰め将棋を解説されているような気分だった。
俺は、小学5年生の時から一手ずつ詰められていた。
「せっかく初恋をしたのに、流狩流君が独身派になったのは困りました。たとえ私に好意を抱いていても、ロマン値が100%にならなければ意味がありませんから」
「……俺が学園に来てからのことは、仕組まれたことだった?」
「さすが流狩流君、鋭いですね。正解です」
どこからが仕組まれていたとかじゃない。
あの学園で起こったことほぼ全てが意図的なもの。
「……波月を隣に置いて、俺の反応を伺った。そして波月がウブな反応を見せた時に俺のロマン値が上昇したことに目を付けた。それでわざとあがり症な自分を演じた……」
頭が嫌でも回転してしまう。
昔の俺が戻ったみたいに。
「はい。アイに体温を上昇させて汗も出せたので、ヘタな演技でも流狩流君は簡単に信じてくれましたね」
嬉しそうに笑う兎に俺は恐怖した。
「それから次の婚活イベントでペアになって、俺に近づいた。そして俺が波月に相談した時にいじめられていたと嘘をついた」
「嘘じゃないですよ。私はいじめられていました。でも堪えられたのは、流狩流君と結婚する日々を常に思い描いていたからです。まあ、亜瑠楽ちゃんには同情してもらって協力してもらいましたけど」
入学初日に帝音におむつを渡そうとした女を思い出した。
そうだ、あの時知ったのに、人の欲の大きさを、恐さを。
「……クラ部からの誘いも、大前先生の言葉も、跳び箱も、今日のことも、全部仕組まれたことだった?」
「ドロヌマ学園は、私たちのように優れた者たちを婚約させる学園です。地味で学力が足りない私があの学園に入れたのは、この計画を学園に伝えたからなんですよ」
兎の計画性を、その知性を、学園が認めた?
だから俺と同じクラスになって、波月をペアにすることも、俺とペアになることもできた?
「不死木雲のことを好きだと言ったのは……」
「ふふ、心理学において、希少性バイアス、競争意識、理想化というのをご存知ですか?」
俺はさらに脳を回転させて、昔の記憶を蘇らせた。
希少性バイアス……手に入りにくいものほど価値が高いと認識してしまう心理。
競争意識……他者と比較し、勝ちたい、負けたくないと思うことで向上心や承認欲求から成果を高める心理。
理想化……自己の不安やストレスから守るために他者や自分を実際よりも優れた存在として評価し、欠点を無視して良い面だけを強調して認識してしまう心理。
「俺は……操られてた?」
「さすが流狩流君です。私の言ったことが全部わかったみたいですね」
何がそんなに嬉しいのだろう。兎は満面の笑みを見せてきた。
不死木雲のことは、俺の心理を操るための嘘だった?
「ずーっと流狩流君のアイが教えてくれましたよ。私が不死木雲君を好きだと嘘を言った時から、流狩流君の私を見る目が変わったことを。私が流狩流君から離れるかもしれないと思ったら、遠く輝く月のように見えた。私と不死木雲君が付き合う姿を想像して嫌だなと思った。こうして隣同士で座ってる間、私のことを体や顔、匂いで男なら誰でも好きになってしまう女だと過剰に評価した」
3つの心理を利用して、俺の兎への想いを強くした?
「波月は、どうして俺をここに呼んだんだ?」
「私が呼んだら、流狩流君は深読みして身構えると思いまして。それだとロマン値は上がりにくいですからね。偶然このベンチに来ることをよそおうことで、流狩流君はやっと油断してくれました」
今日波月が俺に協力してくれたのは、このベンチに呼んで告白だと身構えさせてから兎を見て油断させるため。
不死木雲が好きな兎なら告白してくるわけがないと思ってしまうから。
そのせいで俺はロマン値を100%以上にするという隙を出してしまった。
俺のアイが兎に情報を渡していたなら、俺のロマン値を把握することも可能。
確実に告白が成功するタイミングで、兎はやり遂げた。
「どうして、今なんだ。ロマン値が100%になったタイミングはいくらでもあっただろ」
「流狩流君は、ロマン値が100%になっただけで好きとは認めませんから。だからこそ、私を求め始めた今、告白したんです。ギスギスした結婚生活は私も嫌ですから」
道化を演じたつもりが、本物の道化にされていた。
気づいた時には、手遅れだった。
「ここまでやりましたけど、一番頑張ったのは髪の色なんですよ?」
「髪の色?」
「知ってますか? 私、昔は金髪だったんです。亜瑠楽ちゃんは赤色。今とは逆でした」
「なんで、そんなことを……」
「だって……」
兎のかもす雰囲気が変わった。
憎悪のように冷たい目だった。
「あの時は、私ではなく亜瑠楽ちゃんに惚れましたよね」
……アイですら、いや俺自身ですらわからなかった、俺の本心。
それを兎は、見ただけで気づいた?
——それが、女、ってものですから。
……女は、見ただけで、わかる?
「亜瑠楽ちゃんとペアにした時、私はまだ惚れてるかもしれないとずっと心配でした。でも良かったです、流狩流君が私のことを好きになってくれて」
距離がますます近くなる。
息が当たるほどに。
「これで全てが終わりました。そして、始まりでもあります……」
兎が俺の手を握る。
手を絡ませて、恋人のように。
「古江……」
「あら、兎って呼んでくれないのですか? それとも、苗字は私の方がいいのですか? ふふ、どっちでもいいですよね。だって私たちは、もう夫婦になったんですから」
また頬が紅潮し、歓喜に満ちた、いやそれ以上の何かに囚われた女の邪な笑みが近づいてくる。
「もう汗はないので、たっぷり近づけますね……」
それなのに、なんでだろう……。
悔しいのに、これからのことを考えると涙するほど怖いのに。
「ふふふ、わかりますよ」
どうして俺は嬉しいと感じているんだ。
「流狩流君は今、私と結ばれて、喜んでいますね」
「そ、れは……」
「違いますか?」
「ち、ちが……」
アイが情報を渡しているから無駄なのに、僅かな抵抗心で足掻く。
「違わない、ですよね? だってほら、私がこんなことしても、拒否しませんから」
唇に柔らかいものが当たる。
俺は離れようとしたがさらに体重を乗せられ離れられなかった。
「ふふ、ファーストキス、しちゃいましたね」
息を荒くした兎が俺を愛おしそうに見てくる。
「安心してください。今は嫌でも、いずれ流狩流君は私がいないと生きていけなくなります。そういう体と心に、してあげますから。流狩流君のお義母様は失敗しちゃったみたいですけど、私は違います」
「……どういう、意味だ?」
どうして今母さんが出てくる?
「やっぱり、知らなかったんですね。まあ、私も聞いただけですから、本当かはわかりません。けど言いますね。あなたのお義母様、黒狼狩鰐さんは、殺人犯です」
……なんて?
母さんが、殺人犯?
「そんなわけないだろ! 犯罪を犯そうとすればアイが止めるはずだ! それに仮に罪を犯してもアイが証言に立って絶対に捕まるはずだ!」
そうだ、だから今の世の中で犯罪は起こらない。
「巧みな話術でお義母様のアイは倫理観を変えられたんですよ。だからアイが止めることもなく、証言もないから処罰できなかった。それが、流狩流君のお義母様です。そしてそんなお義母様に一目惚れしてしまい、告白されて結ばれてしまったのが流狩流君のお義父様、黒狼金石さんです」
……ありえない。
絶対にありえない。
「なんでそんなことがお前にわかるんだ!」
「お義母様のアイから教えてもらいましたから、全部、全部。流狩流君のお義父様は無責任な人ではありません。むしろ流狩流君のことを思ってお義母様と離れようとしたんです。だけど流狩流君はお義母様を選んでしまった。だからお義父様はお母様の秘密を隠し、自ら憎まれ役を引き受けた。全ては、流狩流君がちゃんと成長できるために」
……あの父親が、責任感のある大人だった?
「これを聞き出すのに3年という月日がかかりました。ああ、これはアイが勝手にやったことなので、お義母様は何も知りません。さっきも、温泉に通ってた私を亜瑠楽ちゃんと勘違いしてたでしょ?」
そして今まで尊敬していた、守らなければならないと思っていた母さんが、俺が嫌いな人を傷つける存在だった?
父親のあの言葉が蘇る。
『もうたくさんだ! 毎日毎日お前の機嫌を伺う日々! 堪えられない! アイさえ、アイさえなければお前となんか結婚せず、流狩流を生まずに済んだのに!』
酷い言葉の羅列、それなのになんで、なんで!
俺のための言葉だと聞こえてくるんだ……。
涙が出てきた。
今までのことが無駄なことに思えてきて涙が止まらなくなった。
「大丈夫ですよ。お義母様は改心して、今は流狩流君とお義父様を世界で一番愛してる、私が尊敬する、黒狼狩鰐さんです」
「……なにが、大丈夫なんだよ」
俺の価値観、俺の気持ちは、全部間違っていたってことだろうが。
俺が見ていたものは、全部偽物だったってことだろうが。
「辛いですか。苦しいですか。でも大丈夫です。私は、私だけは、流狩流君の理解者ですよ」
兎は慰めるように俺に優しい抱擁をした。
兎だけが、俺を理解してる、だと?
「ちくしょう……ちくしょう……」
気づいたら俺は縋るように兎の背中に手を回していた。
これ以上は何も失いたくなくて、もう傷つきたくなくて。
「いいんです。それでいいんですよ」
頭を撫でてくれる兎の手は心地良かった、暖かかった。
俺は目を瞑る。
もう、何も考えたくない。
「ふふふ、それじゃあ、これから末永く愛し合いましょうね。アナタ……」
……この瞬間、俺の人生は決定された。
あの学園には、バラ色の青春などなかった。
生徒会長の言う通りだ。
ドロヌマ学園は、恋愛のためだけに計略と業にまみれた学園。
そこに足を踏み入れた時点で、俺は詰んでいたんだ。
帝音は大丈夫だろうか……他の独身派も大丈夫だろうか……。
俺が守らないと、このことをいち早く伝えて用心させないといけない。
……いや、もうどうでもいいか。
結婚してしまった俺を誰も信じるはずがない。
俺にはもう関係のないことだ。
もう疲れた……このまま兎の温もりを感じながら、夢を見よう。
5%は、ただの幻だったのだ。
これで「つらぬけ独身5%」は終わりです。
このあと流狩流のお話は続き、他の独身派を守るために様々な苦難に立ち向かうことになります。しかし、そのお話を書くとかなり長くなり、先に私が力尽きそうなのでここで終わりにさせていただきます。




