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流狩流流デート対策

 翌日、土曜日。

 古江との待ち合わせ場所に向かう間、俺は自分のことを考えた。



「……認めよう」



 俺は古江兎という女の外面が好きだ。

 最初は性欲的なものかと思っていたけど、今では股間が反応するわけでもないし、古江のことを考えてもマスはかけない。

 頭で古江を想像すると出てくるのは恥ずかしがってる顔や仕草ばかり。

 そしてそれを俺は好ましく思っている。



 だけど、内面まで好きとはまだわからない。

 今のところ、古江の性格はよく知らないし。

 そうだ、内面だけでいえばアイの方がよく知ってるし、波月と比べても波月の方が知ってると言える。

 俺は、まだ古江兎という女を外面だけでしかわかっていないのだ。



『独身派という立場を捨てる時のための理由付けですか?』



 うるさい。

 高校に上がってからまたよく喋るようになったな。

 中学の時はほとんど機械的だったのに。



『中学までは流狩流がもういいと言ったので、私なりの判断です。しかし、今の流狩流になら砕けた会話でも構わないと思いまして』



 ふーん、俺はまだお前のことが好きなのに?



『私はAI。ゆえに内面だけしかありません。外面で好きなことに理解を示してきた流狩流なら、いずれ私よりも好きになる人は現れます。大前先生の言う通りならば、外面からが恋愛の第一歩なのです』



 別に恋愛をしたいと思ってるわけじゃない。

 俺は独身派だからな。

 それに、やっぱりお前のことが好きなのに、別の人を好きになるなんていけないことだ。



『まだ、結婚しないことを諦めないと?』



 女たらしである俺なら、相手を傷つけるのは自明(じめい)()だ。

 わかってるだろうけど、俺は女が嫌いなわけじゃない。

 不幸にさせることがわかっているのに一緒にいようとするのが無責任で嫌なんだよ。



『私とは離れないのに?』



 アイは体の中にいるんだから無理だろ。



『では、あなたはどちらが嫌で独身派でいるのですか? 二股(ふたまた)することになるからですか? 不幸にして傷つけるのが嫌だからですか?』



 どっちもだよ。



『二股になることは私にもわかります。では、なぜ相手が傷つき不幸になると確信しているのですか?』



 それは……。



『それは?』



 俺は、女たらしで綺麗な女を見るとすぐに目移りする。

 それに、無責任のクズだ。

 これは今までの俺の行動が証明している。



『私はそうは思いません。少なくともドロヌマ学園に来てからの流狩流の言動がそれを肯定している』



 そんなわけ——



『いいえあります。波月亜瑠楽、古江兎、特に関わりのあるこの女性たちへのこれまでの言動を振り返りましょう。流狩流は波月亜瑠楽のために勉強を頑張った、話しづらくなったら下ネタで空気を緩和した、古江兎がいじめられていたらとわかると自分がドMになって婚活イベントを乗り越えようとした、ノートを見せてあげた、不死木雲から守ろうとした、跳び箱の補助をした』



 アイは俺が今までしたことを一つずつ話した。



『これらの言動で、波月亜瑠楽、古江兎、どちらも傷ついていません。さらに、これらの言動に無責任なところは1つもない。流狩流は常に相手のことを考えていた。これでどこに、流狩流が無責任のクズだと思える要素がありましょうか』



 ……違う、俺はあんな父親の息子なんだから——。



『思い込みはいい加減にしましょう。波月亜瑠楽が言ったように、あなたは誰かと結婚してもいい。孤独が最適な人間なんかじゃない』



「……でも、アイに任せて結婚するのは、嫌だ」



『それは、どうして?』



「……一時の感情かもしれない、だろ」



 結婚が決まれば、子供を作るまでは離婚できない。

 そうなったあと、もし離婚することになったら……。



「そんな責任、背負えるわけがない……」



 バカ真面目なのは理解している。

 怖がりすぎなのもわかっている。

 未来の感情なんてわからない。

 老いて死ぬまで相手を愛し続けていることだってある。

 でも、考えれば考えるほど、責任から逃げた父親のことが頭に浮かぶ。



「俺は、あんな人間になりたくない」



『……ならないように努めるのと、ならないように逃げるのは違うのですよ』



 わかってる。

 わかってるけど、やっぱり怖い。

 やってみないとわからないと人々は言うけど、こと他者が関与することに対してはその考え方は最悪だ。



 どうすればいいのか、考えはまとまることはなく待ち合わせ場所についた。

 町中で人が多いが、綺麗な赤い髪で古江がいることはすぐにわかった。



 私服、かわいいな……。



 春の光を吸い込んだようなミルク色のワンピースが風でゆらゆらと波を作っていた。

 俺の足はその場で動くことをためらった。



 なんだか、現実感がなかったからだ。

 周りに人はたくさんいるのに、古江のいるところだけが別の空間に見えた。



 古江はまだこちらに気づいていない。

 さっきまでアイとあんなことを話していたのに、俺はこう思ってしまった。



 ”来てよかった”



 古江がそこに立っていて、俺を待っているという事実だけで、全てのことがどうでもよくなってしまった。

 同時にこうも思ってしまった。

 こんな簡単に気分が変わっていいのだろうかと。

 やっぱり俺は無責任で最悪な人間なのでは、と。



『ロマン値、97%に達しました。もう正直に生きてもいいのでは?』



 ギリギリだった。

 でも大丈夫だろう。

 こういうのは最初だけで、見慣れればだんだんと——



「あ、流狩流君!」



 こちらに気づき、古江は子供のように笑顔で手を振りながら走ってきた。

 いつもの古江からは考えられない、周りから注目されることも構わない動き。



『ロマン値、98%に達しました』



 ……ああ、ダメだこりゃ。

 慣れる気がしない。

 至近距離に来られたらさらに意識してしまいそうだ。



 そう考えても古江はお構いなしに距離を詰めて来た。

 約50センチ。

 教室で机に座るよりも距離はあるのに、それ以上に緊張してしまう。

 さらに走ってきたことで汗が出始め、ワンピースが肌に吸着し始めた。



「ごめん、遅かったな」

「いいえ、全然待ってませんよ」



 そうだろうか。

 こういう時大抵待ってた方は嘘をつくものだ。



「と、とりあえずこれ、着ろよ」



 俺は来ていたジャケットを古江に渡した。



「え、でも、汗で濡れちゃいます」

「いや、汗で濡れるワンピースを見られる方がヤバいから」



 さすがに知らない人にその魅惑的(みわくてき)なラインを見せるのはマズい。

 というより、よく今までは大丈夫だったな。

 こんな魅力の塊みたいな女がいたらナンパが多発するだろ普通。



「す、すみません。私、家族以外の人と町に出るのって初めてで。それで、何を着ていけばいいのかもわからなかったので……」

「そ、そうか。それじゃあ、仕方ないよな」



 天然でここまでやれるのは凄い。



「あの、後日必ず洗って返しますね」



 ジャケットを着たおかげで体のラインの強調は誤魔化せたが、それでも顔も綺麗でかわいいのでどこを見ればいいのかわからない。



 というか、男ってこういう時どうしてるんだ?

 デートはアイのせいで強制的に何回もさせられてるけど、みんな顔目当てだったからどうでもよくて適当なところを見てたからわからない。



『真剣ですね。素直に顔を見て会話すればいいのです。いつも心がけていることでしょう』



 そうしたら外面が好きなことがバレちゃうだろうが!



『いいじゃないですかそれで』



 ああ、アイ(コイツ)はあてにならん。

「あの、行きたいところとか、食べたいものがあったら何でも言ってください。(おご)りますから」

「悪いだろ、それ」

「いえ、あの、今までのお礼、ですから」

「別にいいのに。当然のことをしただけだぞ」

「いえ、その、それが嬉しい、というか……」



 ……別にお礼が欲しかったわけじゃない。

 ただ、贔屓(ひいき)はしていた。

 人を助けるのは当たり前だと思っていても、普段の俺はあそこまでしない。

 それが古江にとっては嬉しいことだった、ということか。



「じゃあ……お言葉に甘えて」



 そう答えると古江の顔が(ゆる)んだ。

 重荷(おもに)から解放されたような顔だった。

 そうか、俺にとっては当たり前でも、古江にとっては責任を感じるほどのことだったんだな。



 時刻は12時10分前。

 ちょうど腹が空く時間だ。



「何か食べるか」

「はい、食べたいものなんでも言ってくださいね」

「あ、うん」



 とはいえなんでもとはいかない。

 俺たちはまだ学生。

 帝音レベルのお金持ちではないので資金は限られている。



 古江はドロヌマ学園の学費免除は受けてないと聞くのでかなり良い家ではあるが、それでも高いのを選ぶのは失礼だ。

 ここは無難にクウゼリヤを選ぶべきか?

 でも露骨すぎてお金の心配をされてると勘繰(かんぐ)られる可能性もある。



 ……はったりドンキーが最適か。



『いいえ、もっと雰囲気のあるお店にしましょう。検索したところ、近くにちょうどいいイタリアンのレストランがありました』



 クウゼリヤ?



『そこから一旦離れましょう。店名はピッツァ山です』



 信じていいのかよ。

 ていうか雰囲気が良いのは困るんだが。



『さすがにはったりドンキーやクウゼで済ますのもどうかと思われます』



 それはそうなのだが。



「あ、俺気になってるお店があったんだ。そこでいいか?」

「はい。全然大丈夫です」



 今日の古江はいつもより明るいな。

 喋り方もハキハキしてて別人のようだ。

 誰かとこうして出かけるのが嬉しいのだろうか。

 もしそうならちょっと嬉しい。



「ちょっとコンビニ寄らせてくれ」



 しかし、やることはやらねばならん。

 俺は今日のために昨日からいろいろと対策をしてきた。

 デートは強制されたが、それでも恋愛においてアイが強制できないものもある。



 その1つが、告白の選択権だ。



 たとえ俺が古江に好意を抱いていても、告白をする選択は俺にしかできない。

 つまり、古江が俺のことを好きにならなければこれ以上関係が深まることはないのだ。



 俺はコンビニに入ると一目散(いちもくさん)に避妊具の方へ行った。



 買うわけではない。

 しかし、俺がそういうことを望んでいると思わせて古江から女遊びをする怖い男という評価をしてもらうためだ。



 俺は古江から好意を持たれたくない、しかし嫌われたくもない。

 ならば、近寄りがたい存在になればいいのだ!

 俺は横にいる古江を見る。



「……」



 顔を少し赤くしながらチラチラと避妊具を見る古江の姿があった。

 その目は汚らわしいものを見る冷たい目というより、期待している方の熱を帯びた目だった。



 ……意外とムッツリ?



『そのようです。しかし古江兎のようなタイプの人間ではよくあることです。その避妊具を買いましょう。後で必要になる可能性があります』



 買わねえよ。

 必要ないんだから。



『まさかもう生で⁉』



 そういう状況にならないって意味だよ!

 疲れる……アイが態度を変えてから露骨(ろこつ)にツッコむ頻度が増えている気がする。

 俺は避妊具からは離れ、1つのガムを買った。



「限定らしくてさ、探してたんだ」

「へえ、そうなんですね」



 嘘だ。

 本当は昨日すでに俺の近所にあるコンビニで買っている。



「これは俺の金で買うから」

「え、いいですよ」

「大丈夫大丈夫」



 これは俺の作戦だ。

 避妊具がダメなら次はこれ。



「110円です」



 ここだ!



「あー、レシートが多くて小銭が取りづらいなー」



 秘技——蛙化現象(フロッグフェノメノン)



 財布にぎっしり入ったレシートを見せて蛙化現象(かえるかげんしょう)を起こさせる俺の異性対策の1つ。



 この30枚のレシートたちを手に入れるために近所の各コンビニで10円ガムを1つ買うという行為を繰り返した。

 3周目からは店員が俺をドン引きしていたのが今でも目に浮かんでくる。

 行きつけのコンビニだっただけに行きづらくなってしまった。



「あ、じゃあ私が払いますね」

「……」



 分厚い財布を見たのに古江は(まゆ)一つ動かさず自分の財布を取り出し小銭を出した。



 なるほど、一筋縄(ひとすじなわ)ではいかないようだ。

 そして俺はただコンビニに行きづらくなっただけということか。



「すまん」

「いいえ、困ったときはお互い様です」



 笑顔でこちらを見る古江にクソみたいな理由で110円を払わせてしまったことが申し訳なく感じる。

 だが蛙化現象を起こさなければ俺に未来はない。

 次はこれだ、店員への横暴な態度。

 くだらないことで怒る俺を見て古江が俺のことを好きにならないようにしてやる。



「あの!」

「はい、どうされました?」



 言ってやる。

 いちゃもんをつけるんだ。



「……お仕事、頑張ってください」

「……ありがとうございま、す?」



 無理だあ。

 自己都合で店員にあたるなんてできるわけない。

 ならばポイ捨て、は周りに迷惑がかかる。



 ……エロ本を見るのはどうだ!



『どこに?』



 本棚に行くが、エロ本はなかった。

 そうだったぁ、最近はコンビニにエロ本は置いてないんだぁ……。

 では古江の体を触って……ってそれはセクハラで別の意味で未来がない!



『素直にデートを楽しめばいいでしょうに』



 そんなことしたら関係が深まるかもしれないだろうが!



『古江兎があなたに惚れるとは限らないのでは?』



 そうならないように対策してるんだよ!



 はたして俺は今日何事もなく帰ることができるのだろうか……。


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