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クラ部(2)

 着いたのは家庭科室だった。



「さ、どうぞ」



 夜顔先輩がドアを開けてくれたので礼をしながら入ると、そこは別世界のように妖美(ようび)な明るさで包まれていた。

 カーテンは閉められ、教室を照らしているのはろうそくや紫色のライトのみ。

 家庭科室特有の大きな長テーブルがカウンターの役割をしており、たくさんの知らない飲み物が各テーブルごとに置かれている。

 夜顔先輩の言う通り、クラブと言ってもバーの役割もあり、バーテンダーの恰好をした男が女の接客をしているテーブルもあった。



「いらっしゃいませ」



 バーテンダーの恰好をした1人の女、おそらく上級生がこちらに近づき真顔で挨拶をしてきた。



「ど、どうも」



 俺はどう答えればいいかわからずとりあえずそう言った。

 すると、夜顔先輩がクスクスと笑った。



「そんなに緊張しなくてもいいのよ。あなたたちは今あくまでお客としての対応をされただけなんだから」



 そう言われても、こういうところに来たのは初めてなので緊張しないのは無理な話である。

 唯一帝音だけは経験があるようで部屋全体を品定めするように見回した。



「部長、おかえりなさい」

「ええ。ミミちゃん、私がいない間に変わったことはなかった?」

「いいえ。今日はお客様が少ないので平和そのものです」

「そう。じゃあちょっとお願いがあるんだけど、この子たちの体験入部を手伝ってくれないかしら?」



 そう言われると、ミミという女は俺たちを見た。



「多いですね。しかも全員レベルが高いです」

「でしょ? 今年は豊作かもね」



 なんだか農場の野菜のような言われ方だな。



「とりあえず着替えと、接客の心得を教えてくれればそれでいいわ」

「わかりました。ではみなさん、私についてきてください」



 言われた通りについて行き家庭科室の横にある更衣室へ入ると、そこで渡されたスーツに着替えるよう言われたので着替えることにした。

 今の婚活イベントで着ている執事服とは違い真っ白なスーツだった。



「2人ともよくお似合いです」



 更衣室から出ると、ミミ先輩に褒められた。



「女性の方がまだなので、少しお待ちください」

「古江たちもスーツなんですか?」

「いいえ、あちらはドレスです。私はお客様をエスコートするスタッフなので着てませんが」



 こちらが質問しようとしたことを先読みしてきた。

 さっきから思ったが、このミミという先輩は表情が全く変わっていない。

 仏頂面(ぶっちょうづら)のようにずっと真顔だ。



「申し訳ありません。私は常にこの顔なので」



 心が読めるのか?



「そうやって見られては嫌でもわかります」



 心と会話しないでほしいです。



「わかりました」



 ……。



「あの、ミミ先輩……」

「ほお、初対面からいきなりミミ呼びですか?」

「え? あ、いや、すみません。名前聞いてなかったので」



 そういえばこっちも自己紹介がまだだった。

 いきなり着替えになって男女バラバラになったし仕方のないことかもしれないけど。



「私は獅子(しし)見栄実(みえみ)と申します。気軽にミミとお呼びください。みなさんそう呼んでいるので」

「こ、黒狼流狩流です」

「帝音駿です。よろしくお願いします」



 なんだか、甘草に似ている気がする。

 というか夜顔先輩とのやり取りを見るに甘草より主人に従順そう。



「わたくしは甘草白です。よろしくお願いします」

「うわっ! ビックリした!」



 いつの間にか俺と帝音の間にいた甘草に俺は心臓が止まりそうになった。

 噂をすれば影がさすというが、心の中で思っただけだぞ。



「白、どうしてここに!」

「なにやらわたくしと同じ波長を持つお方が駿様の前に現れた気がしたので。お二人もそう思いませんか?」

「え、いやぁどうかな……」



 似てると思ってたけど、言うのはアウトだよな。



「確かに似てるね」



 帝音、そこは自分のメイドに気を遣えって。



「ふむ……」



 甘草はミミ先輩に近づくとジッと見つめた。

 ミミ先輩はそんな状況でも眉一つ動かない。



「いいえ、勘違いでしたね。あなたは主人に従順なのでわたくしとは違います」

「普通は白の方が従順であるべきなんだけどね!」

「ではみなさん、失礼します」



 帝音はツッコミを入れるが甘草はそれを無視してどこかへ去っていった。

 本当にミミ先輩を調べに来ただけなんだな……。



「お待たー」

「お、お待たせしました……」



 タイミングいいのか、白黄泉と古江が着替えを終えて出てきた。



「おお……」



 2人のドレス姿を見て思わず感嘆(かんたん)の声を上げてしまった。



「どおどお? 似合ってるっしょ?」



 白黄泉はそう言って回転して全体を見せてきた。

 いや、本当に似合っている。

 白黄泉のドレスはイエローで肩を出すぐらいの露出だが、それが白黄泉の性格と相まってエネルギッシュに見える。

 対して古江はブラックで落ち着いた色だが、肩から胸の谷間までレースで覆われていて大人っぽく見える。



『ロマン値が98%に達しました』



 おっといかんいかん。

 平常心平常心。



「お二人ともよく似合っていますよ」

「ホントホント、綺麗だね」



 3人で拍手を送る。



 白黄泉は「えへへ」とにやけて、古江は顔を赤くして(うつむ)いた。



「あの、でも、これ、私が着ると汗で濡れてしまうんじゃ……」



 そう言っている間にも古江のドレスは汗で濡れレースも吸着し光沢を帯びてきた。

 やばい、これ以上見ると(よこしま)な考えが出てくる。



「そうですね……しかしこれはこれで需要がありますね。ねえ流狩流君?」

「なんで俺に聞くんですか?」



 エロい人間だと思われるのでやめてほしい。

 エロ好きだけど。



「ウサギっち汗っかきだもんね! でもエロくていいと思うよ!」



 言うな白黄泉!

 男の前でそういうことを言うな!



「ね? ルガルガとシュンっちもそう思うよね?」



 お前もこっちに振るな!

 あとルガルガって俺のことか!



「え、エロ……はう‼」



 ほら、古江の頭が湯気を上げてオーバーヒートを起こしたぞ。

 俺は倒れそうになった古江を支えてあげた。



「大丈夫か?」

「は、はい……ありがとうございます……」

「おお、童話の王子様とお姫様みたい」

「変なこと言うなって」



 白黄泉には俺たちがどう見えたのか知らんが、廊下で男が女を支えてるこの状況は俺的にはナンパや誘拐の方が近い。



「お、お姫様……!」



 さらに顔が赤くなった古江はポンと意識が無くなった。



「ほら、白黄泉が変なこと言うから古江が気絶しちまったじゃねえか」

「えー、ただの()め言葉じゃん」



 仕方ないので古江を抱っこして家庭科室に戻ることにする。



「おお、お姫様抱っこ。そのままキスしたら目が覚めるかも?」

「白雪姫じゃないんだから」



 家庭科室に入り、待っていた夜顔先輩のもとへ。



「おかえりなさい。兎ちゃんはどうして気を失ってるの?」

「すみません、いろいろありまして」



 どう説明しようか考えていたら、古江の意識が戻った。



「んん……あれ、私……っきゃあ!」



 悲鳴を上げながら暴れ始めたので、俺はゆっくりと古江をおろした。

 すぐに俺と距離を取り、白黄泉の後ろに隠れてしまった。



「す、すみません! また私黒狼君に迷惑かけて! 汗までつけてしまって!」

「大げさだなあウサギっちは。ルガルガは別に気にしてないよ?」

「私は気にします!」



 なんだか姉と妹を見てる気分だ。

 2人って意外と相性が良いのかもしれない。



「ふふ、若い子は元気いっぱいね」



 夜顔先輩はそう言って優しく笑みを浮かべた。

 あなたも俺たちと同じ高校生ですよ?

 見た目は大人ですけど。



「じゃあ簡単な接客から練習してみましょうか。私が隣で見てあげるから、ミミをお客様だと思ってやってみて」



 空いているテーブルに集まり1人ずつ練習することになった。



「大事なのはお客様を楽しませることよ。まずは駿君からやってみて」

「お客様、女性を楽しませる……つまりこういうことですね?」



 そう言って帝音がポケットから出したのはローションだった。



「僕、ここ特殊な風呂屋じゃないのよ。あと、なんでそんなもの持ってるの?」

追手(おって)が来た時のための足止めのためです。前に女性の大群に追われた時はこれで滑らせて助かりました」



 どういう状況に(おちい)ってたんだよお前。



「えっと……じゃあ次は花実ちゃんお願い」

「すいませーん! このメニューにある女体盛(にょたいも)りってなんですかー?」

「あのウチそういうこともしてないんだけど? 何のメニューを見てるの?」



 初っ端(しょっぱな)からハチャメチャだな。



「あの……じゃあ次は流狩流君、やってみて」



 帝音と白黄泉の次は俺だった。

 心なしか、夜顔先輩の顔が少し()せていた。

 仕方ない。

 これ以上ボケると夜顔先輩が倒れるから真面目にやろう。



「ご注文は?」

「シンデレラで」



 ミミ先輩の注文通り、シェイカーにオレンジやバナナなどのジュースを入れて混ぜる。



「どうぞ」

「ん……味も完璧ですね」



 シンデレラを飲んだミミ先輩の顔は満足げだった。



「流れるような動きね。素晴らしいわ」

「俺の家は温泉をやっているので接客は慣れていますから。あと、前の2人がおかしすぎただけです」

「それどういう意味だブーブー!」

「そのままだよ、マドモアゼル」



 不満げな白黄泉は無視して次に行く。

 最後は古江の番で、ミミ先輩の横に座って接客をすることに。



「最近、彼女が冷たくて」

「え、彼女? ミミ先輩は女性なんじゃ……」

「設定です」

「あ、すみません……」

「いいえ、では続けます。オレ、このまま捨てられるんですかね?」

「そ、そんなことないですよ。ミミ先輩には良いところはたくさんあります。きっと仲良くできますよ」

「ほう、良いところですか? 具体的にはどこが良いのでしょうか?」

「え?」



 あ、多分ミミ先輩遊び始めたな。



「えっと……かっこいいところ、とか?」

「かっこいい? どうかっこいいのでしょうか?」

「ええっと、クールなところ?」

「なるほどなるほど。つまり私には女の魅力がないということですか?」

「ええ⁉ そ、そんなことはないですよぉ!」



「ミミちゃん、遊ばないの」

「いいえ部長、遊んでいるのではなく、これはちゃんとした接客の練習です」



 いや絶対遊んでただろ。



「みんなのことは大体わかったわ。流狩流君は経験からできる方だし、帝音君と花実ちゃんはふざけず真面目にやれば誰の(ふところ)にも入れるコミュ力がある。兎ちゃんは固くなっちゃうところがあるけど、言われたことはちゃんとやれるからそこ以外は問題なさそうね」



 妥当な評価だな。



「あうう……すみません」

「謝らなくてもいいのよ。最初からできる人なんていないわ」

「あの、僕別にふざけてないのですが?」

「私も私も!」

「素でやってたならそれこそ大問題よ」



 ホントその通りだな。



「じゃあ接客、やってみましょうか」


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