小麦がピンチ!
「魔王様少し困ったことが…」
ある時、大臣が相談にやってきた。
「どうした?」
「実は今年の小麦の出来が悪く、地域によっては深刻なレベルの減産になる可能性が出てきました」
元の世界で見た小麦とほぼ同じような見た目でほぼ同じ使い方をしている穀物があり、こちらでも「小麦」と呼んでいた。
「そんなに?」
「はい、そこまで減ってない地域もあるのですが…」
「その辺わかりやすくまとめた書類ある?」
「本年度の予想生産量と、去年の生産量と、平均をまとめて並べた表を用意いたしました」
そう言うと大臣はかなり見やすい表を持ってきてくれた。
ありがたい話だ。
「うわー、確かに一部の地域がかなり減ってるな…」
「麦の病気があったとかそういうわけでもないようです」
「病気ではない、と…あ、ついでで悪いが、大陸の地図ちょっと持ってきてもらえるかな」
「かしこまりました」
未だに地名を完全には覚えきれていない俺は、地図が無いとどこがどこだかわからないのだ。
大臣に地図を持ってきてもらい、表を見ながら各生産地に物を置いて目印にした。
「あれ?こことここは離れてるのにどっちもそこまで減ってないな?」
「はい。この2つの地域は大陸でも小麦がよく取れる産地ですね。他が減った年でも大して減ってはいません」
色々確認してみたが、片方は魔族が、もう片方は人間が住んでいる地域で、特に交流も無いようだ。
気候が似てるわけでもなく、水源が同じでもないらしい。
表と地図を見ながらうなっていたが、ふと思いついて聞いてみた。
「今皆忙しいか?」
「いえ、全員ではないですが、大急ぎの仕事を抱えていない者もおります」
「だったら、他の作物でも同じような表作ってもらっていいかな」
「他の作物ですか?」
大臣は不思議そうに聞いてきた。
おそらく今回の案件とは直接関係ない指示だからだろう。
「ああ、野菜と果物とで3種類ずつぐらいで、10年ぐらいの生産量の表をお願いしたい」
「かしこまりました」
「大急ぎではないから手開いてる時にでも頼むね」
「かしこまりました」
そして数日後、作物の数年分の生産量の表が届いた。
小麦の報告が来た時に頼んでおいたやつだ。
元々集計を取っている作物がいくつかあり、その記録を見つけて表にまとめるだけだったので、表を作る事自体は割と楽だったらしい。
むしろその記録がどこに保管されているのかを探すのが大変だったそうだ。
「…あれ?結構収穫量の変動激しいね」
「左様でございます」
他の作物でも収穫量が安定していないようだ。
もっとも記録を見る限りは今回の小麦ほどは大幅に変動していないが。
「小麦が減りづらいところでもこっちの野菜は割と激しく変動してるし」
「はい」
「近いからと言って同じような減り方してるわけでもないようだ」
「単体でのチェックはしておりましたが、複数の作物での比較はしておりませんでしたので、気が付きませんでした…申し訳ありません」
大臣は申し訳なさそうにしていたが、こういうきっかけでもないとわざわざ比較する事はなさそうだ。
「原因はわかる?」
「先ほども申し上げた通り、先々代の魔王様の発案で個別に記録は残しておりますが、作物別の比較はあまりしておりませんでしたので…」
「ふむふむ…」
納税や流通の管理のためにと2代前の銀髪の魔王が言いだして、それ以前よりかなり細かく記録するようになったそうだ。
だが、先々代の魔王のおかげで作られたわかりやすい資料を見ながら作物の生産量の差の原因を色々考えてみても、農業のド素人の俺には全くわからなかった。
「魔王様いかがいたしましょう」
「うーん、俺は農業に関しては無知もいいところだからなぁ…」
頭をひねっていると、いいアイデアが浮かんできた。
「ならプロに聞いてみよう」
「プロですか?」
「そうだ。各地の農業のまとめ役みたいな立場の人や魔族を集めて聞いてみよう」
大臣は意表を突かれたような顔をしていたが、その手配をしてくれると言ってくれた。
そして、10日後に農業の専門家を集めて会議をすることになった。
「…とりあえず問題は先送りにしたが…」
なんとなく原因は思い浮かびそうなのだが、素人ゆえに全く考えがまとまらなかった。
そしてその後、会議で何を言うか、何を聞くかを色々考えながら日々を過ごし、その日になった。
魔族側の代表3名と、人間側の代表10名が城のそばにある小さな建物に集まった。
会議のできるホールと、宿泊施設が揃っている建物だ。
「いやー、都合のいい建物が城の近くにあってよかった…」
そうつぶやきながら、ホールに集まっているメンバーの前に、堂々とした態度で入った。
もちろん内心はかなり焦っている。
メンバーの様子を見ると、人間側の代表は皆ちょっと怯えているような様子だった。
「皆忙しい中集まってくれてありがとう」
とりあえず挨拶をした。
「今回集まってもらったのは、今年は小麦の生産量が落ちそうだということで、農業のプロに色々話を聞こうと思った次第だ。税の取り立てとかそういう話ではないので安心してほしい」
そう言うと人間側の代表は顔を見合わせて少しほっとしたようだ。
「とはいえすぐにこう名案が出てくるわけもないから、色々話を聞かせてほしい」
そうは言ったものの、皆何を話していいかわからない様子だった。
当然俺もわからない。
「とりあえず挨拶も兼ねて、各地の特産物とそれを育てる際のエピソードなどを発表してもらおうか」
こうして一人ずつ発表させていった。
俺は素人なので「そういう事もあるのかー」程度で聞いていたが、他の連中は同じ農業のプロだけあってかなり真剣に聞いていた。
そんな中、ある人間の農村の代表の話になった。
「で、うちの地域ではこの木の実を肥料に使っています」
その発表に対し、魔族側の代表が驚いた様子で立ち上がって質問をした。
「あの木の実を肥料に使うのか!?」
「はい、硬い皮をむいて中の実を刻んで干した後、肥料に混ぜると何種類かの果物にかなり効果が出ます」
「それは興味深い話だな…」
質問をした魔族の代表だけなく、部屋の誰もが真剣にメモを取り始めた。
その様子を見て、俺はこう言った。
「他にそういう感じの話ある地域はあるか?」
すると今度は魔族の代表が手を挙げた。
「それでしたら魔王様、私どもの地域では、この種のつる草を切って搾って出てきた汁に色々混ぜて煮込んで虫よけに使っております」
そしてその作り方の説明を始めると、人間側の代表の一人が質問をした。
「作物に影響は出ないんですか?」
「汁単体だとダメだが、色々混ぜて煮込むと問題はない」
「なるほど…」
そして皆またメモを取り始めた。
「他にこういうのは無いか?地元では当たり前の事でもいいので…」
俺がそう言うと、次々と色々なネタが出てきて、皆がそれを必死にメモしだした。
やはり皆プロだけあって仕事のネタに関しては興味津々なようだ。
こうして色々な発表があった。
中にはどこでもやっている方法も出てきたが、ちょっとしたひと工夫を加えるといい、みたいに付け加えてくれる者も出た。
(みんな難しい話をしているが、最初より熱気が高まってきたな…)
そんな感じで発表が続いているのを眺めていると、王妃がそうっと部屋に入ってきた。
「あのあなた…」
「何かあったか?」
「いえ、そろそろお昼ですし、皆さん食事などいかがかと…」
「え!?」
部屋にいる皆が驚き時計を見てまた驚いた。
「とりあえず食事にしようか」
俺がそう言って一時中断させ、全員で食堂へと向かい食事をとる事になった。
皆先ほどの事を復習するかのように、メモを見返しながら食事をとっていた。
そして休憩後、また発表会が始まった。
中には作物の保存法や魔法を使った調理法なども飛び出してきて、皆必死でメモを取っていた。
(やはり皆プロだな)
素人の俺は感心しながら聞いていた。
そして夜になるとまた同じように食事の時間にも気づかず発表にのめり込んでいた。
また王妃に注意されて、皆で食事を取りに行くことになった。
一方俺は、夕方頃には報告を聞いてなんとなく頭に浮かんでいた地域による生産量の差の理由がまとまってきていた。
この大陸では、各地で個別に農業の技術は進歩していたようだ。
だが、距離が離れていたり人間や魔族との間の軋轢などであまり交流が無いためそれらのノウハウが広まっていなかったのだ。
その為、地域ごとに発展の仕方がバラバラだったのが問題だったようだ。
例えば大陸の南西の海に面した地域の場合、ある種の海藻を使う事で病気に強くなる肥料を作る方法を見つけているが、一方で虫よけの技術は他の地域よりかなり劣っていたりした。
このような地域差を縮めれば生産量も安定するのではないかと皆の話し合いを見て思ったのだ。
そして話し合いは夜更けまで盛り上がり、さすがに眠いので宿泊施設で眠る事にした。
俺も城まで戻るのが面倒なのでそこで眠った。
「おはようございます魔王様」
施設の管理人が起こしに来た。
そして会議はお開きとなった。
「魔王様のおかげで今回は有意義な話ができました」
「それはよかった。ただ、小麦の不作の件はあまり話せなかったね…」
技術交換で盛り上がり過ぎてしまったのだ。
「それに関しては地元に戻ってから皆とも話し合ってみます」
「頼むよ」
「ただ残念なのは、色々な新しいやり方を学べたのですが、肝心の肥料などの材料がうちの地元では手に入りづらい点です…」
魔族の代表の一人と話していると、人間の代表も集まってきた。
「それでしたらうちの地元でよく取れますので、お送りする事もできますが…」
「そうか!なら売ってもらえるか?」
「はい、行商人に頼んでみます」
このように各地で色々な物を融通するようになれば、新しい流通も生まれそうだ。
こうして小麦に関する問題は先送りになったものの、農業技術の普及は進み各地の格差も少なくなりそうだ。
その後、各地で生産量が増えて効果があったということで、何度か農業技術交流会といったものが開かれた。
さらにそれが進み、この成果をもっと多くの人に広めようということで、技術の研究や教育を行うための農業学校を設立しよう、という話も出てくることになった。
こうして俺は、仮に人違いがバレたとしても、
「国のためにいろいろな事をやってくれたんだから…」
と温情をかけてもらえるようにするため、少しでもいい国になるように、魔王としての公務に励むことにした。
「…ということをしてみたんだが…」
召喚術士との面談でこの農業についての話をしてみた。
「いいですね。人違いが発覚した時にも温情をかけてもらえるようにしよう、という作戦は」
「もちろんバレないようには気を付けるけどね…」
「それはもちろん…では、その温情狙いの作戦で行きましょう。私も処刑はごめんですので、可能な限り協力しますから…」
こうして、召喚士とその方向で進めて行く事を改めて確認した。




