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新婚皇帝夫妻のとある日常 〜 黒猫は見た 〜

戴冠式と婚姻式から3ヶ月。

皇帝となったご主人さまは最愛のルナを奥さんに迎え、新たな生活に少しずつ慣れてきたところだ。


皇城の修復が進み、ご主人さまとルナと皆で一緒に皇城に住んでいる。

僕としては慣れ親しんだご主人さまの屋敷の方が好きなのだけど、仕事をするには屋敷は手狭で何かと不便なのだそう。


相変わらず、ご主人さまは忙しくて朝から晩まで執務室と会議室を行ったり来たりの毎日だ。

それでも、最愛の奥さんとの時間を頑張って作ろうとするご主人さまは健気だと思う。

一緒の時間を大事にしたいと言うルナの希望で、朝食は必ず夫婦一緒に摂っている。

ルナを怒らせると最強なのはご主人さまも分かっているから、機嫌を損ねないよう希望を叶えてあげているのだ。




朝食の後、侍従の迎えが来るまではふたりの時間だ。

この時間、ご主人さまはルナを捕まえて甘えるのが日課になっている。


「どうしていつもデザートをいただく時に、この体勢にならないといけないんですか?」

「この方が味わいに深みが増すからだ」

「意味不明です」


今日も今日とてご主人さまは、ルナを膝に乗せてデザートのチョコレートムースを食べさせている。

普段の眉間に皺を寄せた鋭い視線の仕事顔からは凡そ想像出来ない、黄金の瞳を優しげに細めた甘い顔で奥さんが食べるところを眺めている。

僕のご主人さまがこんな人だったとは知らなかったよ。


ご主人さまはムースをひと匙掬うとルナの口まで持っていった。

赤い顔でへの字に口を閉じるルナを見ながら口の端を上げてニヤつくご主人さま。

所詮、ご主人さまと美味しいデザートに勝てないルナは、差し出されたスプーンの上のご馳走を平らげてしまうと知っているのだ。


「ジークさんも食べて下さい」


そう言ってルナがスプーンを取り上げようとするが、ご主人さまはもう一度ムースを掬ったスプーンをルナの口元に向けた。


「俺も味わうから心配するな」


何かを企む様な視線を向けながら、ご主人さまはルナの口にムースを半ば無理矢理突っ込んだ。

ジト目で見るルナの口からスプーンを引き抜くと、次の瞬間、ご主人さまはルナの顎に手を当てがい唇を奪った。


「っんんー!!」


ルナがご主人さまの腕の中で藻搔いているけれど、ご主人さまは全く気にせずルナとの口付けを味わっている。

侍従の迎えが来たとの声でようやく唇を離したご主人さまに、ルナは涙目になって抗議した。


「これじゃあ美味しいムースが堪能出来ません!」

「ルナの食べかけのムースは美味かったぞ」

「フツーに食べて下さい!フツーに!」


ルナを膝からソファーに降ろして立ち上がったご主人さまはご満悦だ。


「では妻よ、続きは夜にな」

「ちょっ!ジークさんっっ!!」


茹ダコのように真っ赤になったルナの頭を撫でると、ご主人さまは笑いながら部屋を後にした。


「もううーーっつ!続きって何っ?!」


そう叫ぶと、ルナはソファーに突っ伏した。

ルナと出会う前のご主人さまは、いつも眉間に皺を寄せて厳しい顔をしていた。

近付く者には威嚇し誰も信用していない、そんな顔だった。

皇帝となって忙しさは以前の比ではないのだが、ルナが側に居てくれるお蔭で表情がとても明るくなった。

まあ、仕事中は雷を落とすこともあるから皆に怖がられているんだけどね。


「最近、ますますスキンシップが酷いのだけれど?!ジークさんってこんな人だったの?」

『仕事が大変だから毎日ルナに癒してもらいたいんだよ』

『まあ、少し行き過ぎの感は否めないが、ルナのお蔭で今日も国は安泰だ』

『もとはひとりぼっちの寂しがり屋なのよ。やっと家族が出来たんだから甘やかしてやんなさいよ』

「ううっ、腹黒さんは、実はこんなに甘えん坊さんだったなんて・・・」


ご主人さまが出て行った後は、決まって僕とニクスと銀狼でルナを宥めるのも日課のうちだ。

ルナだってご主人さまを独占したがっていたのだから、望んだ通りの夫婦生活だよね?




そしてその後は、困惑気味のルナをニクスと銀狼に任せて僕はご主人さまの元に飛ぶ。

ご主人さまの近くには危険がつきものだ。

一緒に居られない時は、ご主人さまの側について居て欲しいとルナにお願いされているからね。


ご主人さまの影から静かに空間に出ると、既に会議室には人が集まっていて、室内はやや険悪な雰囲気だった。

僕の定位置であるご主人さまの膝の上にそっと座る。


「陛下、お考え直し下さい!小神殿と謂えど、古来より我が帝国教エルーダを奉ってきた由緒ある神殿でございますぞ!」


白いローブ姿の老人が立ち上がって口から飛沫を上げながら捲し立てている。

一方、上座に座るご主人さまは涼しい顔で老人を眺めている。


「その由緒ある神殿が招いた不祥事だと言う事を忘れたか?前皇帝、第一皇子、それに連座する者は報いを受けている。当然、ナバルも責めを負わねばなるまい?」

「ですが、解体・廃墟とは余りにも苛酷な処罰です!」

「俺としては、ナバルが国教から逸脱した愚行を犯していた事を、以前より黙認していた其方を含む聖職者全てに相応の報いが必要だと考えているのだがな。それを一部の者に抑える代わりの譲歩案だ。嫌なら小神殿に携わる全ての者に処罰を与える」 

「そ、そんな・・・」


この国の聖職者という連中はいつ見ても図々しい。

ご主人さまが幼い頃、大神官長と帝国内を回った時によく思った事だ。

自分の身の保身ばかりで人々を守ろうともしない。

そもそも、この国に宗教なんて必要なの?

つい、威嚇の声を上げてしまう。

そんな僕をご主人さまは頭を撫でて宥めてくれる。


「小神殿長、貴方は誤解している様なのでもう一度お伝えします。これは協議事項ではなく勅命です。それを手続きも取らずにこの場に乗り込み異議を唱えるとは、皇帝陛下、我が帝国議会を侮っておられるのか?身を持って知らしめるべきですか?」


宰相のクロノスが冷たい眼で老人を睨みつける。

ご主人さまより少し年上だが、ご主人さまが抜擢しただけあって若くとも仕事に隙が無い。


「牢獄に囚われたくなければ、ご自身の意志で退出なさい」


ぐうの音も出ない老人は、顔色を青くして会議室から出て行った。


「老害は早めに一掃したいところです」


銀髪の宰相は灰白色の瞳を凍らせて、小神殿長の出て行った扉に向かい得意の毒舌を吐いた。


「其方の手腕に期待している」


ご主人さまが溜息を吐く中、会議が再開された。

力で解決出来る軍部と違い、政治は腹の探り合い、舌戦だ。

ご主人さまはこうして毎日神経を擦り減らしているのだ。

是非ともルナで充電してもらいたい。




昼までかかる御前会議が終わると、執務室で軽食をつまみながら書類の山を片付けていくご主人さま。

この時間は、執務室の窓から見下ろせる訓練場で皇室親衛隊の鍛錬がある。

月に一度、皇妃の御前鍛錬としてルナが顔を見せにやって来る。

そして今日はその日だと、ご主人さまはちゃんと記憶しているのだ。

時間になると仕事の手を止めて、愛しい奥さんの様子を窓から眺めるご主人さま。

ルナの事だから、当然ただ顔を見せるのでは無い。

自分も参加して大の男を楽しそうに蹴散らすのだ。

それを夫のご主人さまは、ハラハラしながら見ているのもいつもの事。


「おい、あの男は誰だ?」

「あー、どいつですか?」


側に居た副官のラドニアンがまたかと言う顔で答える。


「ルナが相手をしている奴だ」

「ああ、最近、皇室親衛隊に推薦されてきたミュラー男爵家の次男坊ですよ。なかなか根性のある奴です」

「ルナの胸を狙ってきたぞ。皇妃に向かって無礼な奴だ」

「そもそも、相手をすると仰ったのは妃殿下ですよ?」

「ならば止めて来る」

「あー、また職務放棄ですか?!まだ未決裁のものがこんなにあるんですよ?ちょっと聞いてます?あ、こらっ、陛下っ!」


肩に乗っている僕の頭を撫でると、ラドニアンを無視してご主人さまは僕と一体化し魔法陣を展開した。

ラドニアンには申し訳ないけど、こうなったらルナを捕獲しないと気が済まないのがご主人さまなのだ。


「・・・はぁ、もうこの時間、訓練場の使用は禁止にしなければ」


ラドニアンの疲れた声を聞きながら、ご主人さまと一緒に訓練場まで転移する。

ルナの直ぐ背後に転移すると、勘の良いルナは振り向くより早くご主人さまに回し蹴りを放ってきた。

顔色を変えずにご主人さまは片手でルナの脚を受け止める。


「あ、れ、?」


間の抜けたルナの声にご主人さまは口の端を上げて笑った。


「ジークさ、へ、陛下っ?!」


ふたりでいる時と違い、公の場では敬称で呼ぶルナ。

突然現れたご主人さまを見て、皆一斉に跪く。


「な、何でここに来たん、いらしたのですか?」


慌てているのか、ルナは上手く敬語が使えていない。

その様子を可笑しそうに眺めた後、ご主人さまは最愛の奥さんを抱きしめた。


「ちょっ、ジークさんっ!皆さん、見てます!」


動揺すると敬称も敬語も吹っ飛ぶ奥さんが可愛いくて仕方が無いのか、ご主人さまはルナを腕に閉じ込めたままクスクス笑っている。

ルナの左手を持ち上げて口付けると、ご主人さまは奥さんに甘い視線を向けた。


「怪我をしている。ちゃんと手当てをするんだ」

「こんなの擦り傷です。怪我のうちに入りません」

「これ以上は駄目だ」


赤い顔をしながら口を尖らせるルナに、ご主人さまはまたもや口角を上げ意地悪そうに笑って顔を近付けた。


「言う事を聞かなければ、今夜は仕置きだ」


耳元で囁かれたルナは、弾かれた様に背筋を真っ直ぐにした。


「わっ、かりましたっ!」


ホント、ルナのこの反応が嬉しくて、ご主人さまは意地悪が止められないのだ。


「またですか、陛下?」


そう言って元副官のゼインが苦笑いでこちらに歩いて来た。

彼は今、それまでご主人さまが就いていた軍部の元帥として働いている。

皇帝夫婦の前まで来ると跪き、人懐っこい顔をあげてニッと笑った。


「皇帝陛下にはご機嫌麗しく存じます。部下の訓練視察にご足労頂き恐悦至極にございます」

「相変わらず堅苦しい挨拶の似合わない奴だ」


皮肉を言いつつ、ご主人さまは眉間に皺を寄せていつもの仏頂面をした。


「皇妃を迎えに来ただけだ。皆、励むが良い」


ルナの腰を抱いて踵を返したご主人さまに、ゼインは溜息混じりに声を掛けた。


「お待ち下さい、陛下。まだ皇妃さまの視察は終わっておりません」


立ち上がり皇帝夫婦を追いかけて来るゼインは弱り顔だ。


「先月も稽古の途中で陛下に皇妃殿下を連れ去られてしまい、今日こそはお相手して頂こうと望む者もおります。こうも続いては部下の士気が下がってしまいますよ」

「もう充分相手をしたであろう?」

「いえいえ、まだ始まったばかりですよ?」


ご主人さまの言葉に、連れ出されては堪らないとルナが反論する。


「皇妃の大事な身体だ。怪我でもされたらかなわん」

「大丈夫です!竜の力を頂いているので、そう簡単に怪我したりしません!」


そう言って直ぐ、ルナはしまったという顔をした。


「ならば、もう少し竜の力を補充しておこう」

「あ、いや、あの、」


引き攣った笑いで腕から逃れようとするルナを力づくで抱き込むと、ご主人さまは顔を近付けた。


「陛下、独り身の部下には目に毒です。どうか堪えて下さい」


ゼインが苦笑しながら訴えると、ご主人さまはルナを抱き上げて歩き出した。


「皆の幸を願っている」


羨まし気な顔で皇帝夫婦を見つめる親衛隊を一瞥すると、ご主人さまはルナを腕に抱きながら訓練場を後にした。


「またしても陛下に攫われてしまった。この時間、この場所では訓練にならんな。今後は陛下の目に入らぬ場所に移さねば」


ゼインが溜息を吐くと、跪く親衛隊全員が頷くのが見えた。

その後、皇室親衛隊は空前の結婚ラッシュになったとか。




「ジークさん、皇妃の公務執行妨害ですよ?」

「ルナ不足で皇帝の公務が停滞しているのだ。夜まで待てない」

「っジークさんっっ!!」


ルナを膝に乗せたままふたりの私室で寛ぐご主人さま。

こうやって、度々仕事の合間にルナを充電している。


「さあ、そろそろラドニアンさまが青筋を立ててやって来ますよ」

「嫌だ。行かない」

「ジークさん、日に日に子供がえりしてません?」


額をルナの首元でぐりぐりしている様子は、とても臣下に見せられたものではない。

噂をしていれば、目を三角にしたラドニアンがやって来て、嫌がるご主人さまを強引に回収して行った。


こんな調子だから夕時に仕事が終わる筈もなく、日が変わるまでかかってご主人さまは部屋に戻るのだ。

ルナも頑張って待ってはいるけれど、深夜のこの時間はいつもベッドでウトウトしている。


「お帰りなさいジークさん。今日も一日お疲れ様でした」


眠そうな眼で両手を広げて夫を労うルナ。

その時のご主人さまの顔は、いつ見ても穏やかで嬉しそうだ。


「起こして済まない」


半ば寝ぼけながらもベッドから這い出てニコニコ顔でご主人さまに抱き着くルナを見ていると、僕も心がポカポカしてくる。


「今からジークさんを独占します」


そう言ってご主人さまを抱きしめたまま、腕の中で小さくいびきを掻き始めてしまった。

立ったまま眠ってしまう奥さんを抱き上げ、金眼を細めて微笑むご主人さま。


「朝起きたらまた、俺にもルナを独占させてくれ」


そう囁きながらベッドの中で妻を抱きしめ返して、ルナの額に口付けるご主人さまは本当に幸せそうだ。



竜の魔力に目覚めてからずっとご主人さまと一緒に居た。

冷たい視線で、冷めた物言いで、誰とも関わろうとしなかったご主人さま。

泣く事も笑う事もせず淡々としていて、心の中は何ひとつ感情が留まることは無かった。

それが、ルナと出会ってから、ご主人さまの空っぽだった心に光が差して世界が色付く様に変わっていった。


竜と闇の力を受け継ぐふたりがつくる未来から目が離せない。

皮肉屋のご主人さまと突拍子もないルナから、一体どんな子供が生まれて来るのかな?

きっと、慌ただしくも楽しい生活が待っているのだろう。

そして、それは多分、そう遠くない未来にやって来る気がするんだ。


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