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さまよう鎧は今日も帰れない!──毎夜姿を変える星屑の迷宮を歩く、夜になると消えてしまう少女と漆黒の生ける鎧。  作者: nanananaca
第一幕:星屑の道は今日も遠くて

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Episode 8:星蜜の里、灯りの向こう側

午後遅く、星屑の道はいつになく穏やかな静寂に包まれていた。


ノワールが重厚な鉄の兜をわずかに上げ、前方を見つめる。その視線の先、きらめく星屑の向こうに、ぬくもりのある金色の灯りが肉眼ではっきりと確認できる距離まで近づいていた。


──『星蜜の里』の入り口だ。


今日は珍しく、空間を乱す『星屑シフト』の影響が極めて弱い。里まではあと一息、本当に目と鼻の先というところまで来ていた。


その距離に呼応するように、ティアの魂は朝から本当に元気いっぱいだった。


ここ数日の透け具合が嘘のように輪郭がはっきりとしており、声もいつもの鈴を転がすような明るさを完全に取り戻している。


「ノワール! 見て見て! 里の門が、もうあんなに近いよ! 金色の屋根が見える……あそこにおじいちゃんの家があるんだよね。私、昔よくおじいちゃんと『里に帰ったら何しよう』って話してたの。星蜜パン屋さんを一緒に開こうって、二人で夢見て……」


「……ああ。お前が、よく愛おしそうに話していたな」


ノワールが答えたその時、道の向こうから「ティアちゃん!」と息を切らした声が響いた。


金髪をなびかせながら駆け寄ってきたのは、星蜜の里の少女・ルリアだった。手を大きく振り、その瞳を歓喜に輝かせている。


「ティアちゃん! ノワールさん! 本当に来てくれたのね! 里のみんなが、ずっと道沿いの灯りを見て待っていたよ!」


「ルリアちゃん! 会いたかった!」


ルリアは少し緊張しながらも、ティアの半透明の手へとそっと自分の手を差し伸べた。最初は触れていいものか指先が微かに震えていたが、ティアが満面の笑顔でそれに応じると、ルリアの表情もすぐに柔らかい安心の笑みへと変わった。


「里に入る前に……少しだけ、みんなに紹介してもいい? 村のみんな、まだティアちゃんのことを幽霊みたいに怖がっている人もいるけれど……私は、ティアちゃんは全然怖くないって知ってる。すごく温かいよ」


ルリアに案内されて里の入り口近くにある広場まで来ると、家々の陰から村人たちが恐る恐る、しかし興味津々といった様子で顔を出した。


最初に近づいてきたのは、パン職人のミロとセラの夫婦だった。妻のセラは、焼きたての星蜜パンを大きな籠にいっぱいに入れて抱えている。


「ティアちゃん……よかったら、これを受け取って。うちの星蜜パン、今日は特別に蜜を多めに焼いたのよ」


セラが優しく微笑みながら、パンの籠を差し出す。


「おじいちゃんのレシピを少しアレンジしたの。口の中で星がプチッと弾けるやつ……昔、おじいちゃんがこの里に来た時に教えてくれた大切な味だよ」


「わあっ! いい匂い……!」


ティアは目をキラキラと輝かせ、魂の身体でありながらも、愛おしそうにパンの香りを胸いっぱいに吸い込んだ。


「おじいちゃんがよく作ってくれたやつにそっくり。私ね、病気になる前は毎朝これを食べて、おじいちゃんと『里に帰ったらお店を出そう』って話してたの。ルリアちゃんも、いつか一緒に焼こうね!」


夫のミロが白い髭を愛おしそうに撫でながら、目を細めた。


「ほんとに……魂だけとは思えん明るさだな。お前さんの笑顔を見ていると、なんだか冷えた胸がじんわりと温かくなる。昔、ティアちゃんのおじいちゃんと、よく星蜜パンの製法について夜通し語り合ったもんだよ」


おじいちゃんの思い出話に花が咲くと、その温かい空気に誘われるように、子どもたちが次々と集まってきた。


五、六歳くらいの小さな女の子が、ティアのスカートの裾を握るようにして、恥ずかしそうに呟く。


「ティアお姉ちゃん……怖くないよ。一緒に遊ぼう! 星言ほしことば教えてあげる! 『照らせ!』って言うと、光が浮かぶんだよ!」


「僕、宵花よいばなの冠作れるよ! ティアお姉ちゃんにかけてあげる!」


「わあ、ありがとう! もっと近くに来て! みんなで輪になって遊ぼう!」


ティアは大喜びで子どもたちの輪の中に飛び込んだ。一緒に星言の練習をして小さな光を浮かべたり、ルリアが編んでくれた紫色の宵花の冠を頭に載せてもらったりして、広場には絶え間なく笑い声が響き渡る。


ルリアはティアの隣に腰掛け、どこか懐かしそうに里の奥を見つめた。


「ティアちゃん、里の少し奥におじいちゃんの家があるの。今は主を失って、少し埃っぽいけれど……いつか、ティアちゃんが本当に帰ってきたら、みんなで綺麗に掃除してあげたいな。花壇にも、宵花をいっぱいに植えて……」


「うん……」


ティアは少しだけ目を細め、遠い空を見つめるような目をした。


「いつか、絶対に帰るよ。その時は、みんなで星蜜パンをいっぱいいっぱい焼いて、里のみんなに振る舞おうね。おじいちゃんが遺してくれたレシピ、みんなに教えてあげるから……」


やがて夕暮れが近づいた頃、いつもなら無情に吹き荒れる『星屑シフト』の地鳴りが、今日は驚くほど穏やかに訪れた。


時空の歪みは小さく、里の灯りは遠ざかることなく、ただほんの少しだけ位置をずらしたにとどまった。


けれど、やはり世界のルールからは逃れられない。


夜の帳が下りると同時に、ティアの魂がふわりと重力を失って浮き上がり始めた。


「えへへ……今日も、門の前でダメだったね」


透き通っていく身体で、けれどティアは、これまでで一番幸せそうな満面の笑顔をノワールに向けた。


「でもね、ルリアちゃんやミロさん、セラさん、それに子どもたちとたくさんお話できて……本当に楽しかった。明日も、絶対に……」


ノワールの答えを待つように、魂は夜空の星々へと溶けるように消えていった。消える直前のその瞬間まで、彼女の顔には眩いばかりの笑みが咲き誇っていた。


カチャン……と面甲が閉じる。


ノワールは一人、静かに目の前で佇む里の金色の灯りを見つめていた。


今日一日、この場所でティアが見せてくれた数え切れないほどの笑顔。そのひとつひとつを、ノワールは冷たい鉄の胸の奥にある星槽へ、消えない光の記憶として、深く、深く刻み込んでいくのだった。

【星蜜の里 簡易ガイドマップ(上空から見たイメージ)】


星月亭(夜の宿屋) ← 広場・星蜜の泉 → 子どもたちの遊び場

ミロ&セラのパン工房 中央道 ルリアの家

里の入り口(蜜の門) ← 星屑の道(終点) → ティアのおじいちゃんの家(里の奥)



【各スポットの詳細】


1. 蜜の門(入り口)


金色に輝く浮遊石のアーチ。

村のシンボルである「蜜の雫の紋章」が刻まれています。


初めて訪れる旅人を優しく迎え入れる門で、

夜になるとランタンが灯り、甘い星蜜の香りが漂います。


2. 広場・星蜜の泉(村の中心)


村で一番賑やかな場所。


中央に宵露が溜まる「星蜜の泉」があり、

村人たちが集まって星蜜パンを焼いたり、

おしゃべりをしたりします。


泉の水面には星屑が浮かび、夜は美しく光ります。


3. 星月亭(ルミ&ルナの宿屋)


広場の少し西側にある白と淡い紫の小さな建物。

屋根に浮かぶ星型のランタンが特徴で、夜だけ営業。


星蜜の月夜スープや

ルミナ・ムーンゼリーなどの名物で旅人を癒します。


4. ミロ&セラのパン工房


広場の東側。

焼きたての星蜜パンの良い匂いがいつも漂っています。


ティアのおじいちゃんの古いレシピを大切に守りながら、

独自のアレンジを加えています。


5. ティアのおじいちゃんの家(里の奥)


村の最も奥まった場所にある古い白い家。


現在は少し埃っぽいですが、庭には宵花が植えられ、

ティアが帰ってきたら掃除して一緒に暮らす夢の象徴です。


6. 子どもたちの遊び場


広場の北側。星葉樹の木陰にあり、

子どもたちが星言の練習をしたり、

ピクシー四姉妹と遊んだりする場所です。


7. ルリアの家


広場の近くの小さな家。


ティアに一番心を開いた少女・ルリアが住んでいます。

宵花の世話が上手で、よくティアに冠を編んであげます。

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