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さまよう鎧は今日も帰れない!──毎夜姿を変える星屑の迷宮を歩く、夜になると消えてしまう少女と漆黒の生ける鎧。  作者: nanananaca
第一幕:星屑の道は今日も遠くて

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Episode 4:夢の中で、君はまだ笑っていた

そこは、白く乾いた病室ではなかった。


カーテンの隙間から滑り込んできたのは、眩いばかりの柔らかな朝陽だ。


「──っ、おじいちゃん! 朝だよ! ノワールもちゃんと起きてる!?」


ベッドの上で勢いよく上半身を起こしたのは、十五歳のティアだった。その髪には、小さな『星綴ほしつづり』の髪飾りがそっと留められており、金の蔓模様のフレームには、祖父が刻んだ詩句が優しく輝いていた。


──『ティア いつも笑っててね』


カチャ、と扉が開き、長くて白い髭を揺らしながら老魔導師が木製のトレイを持って入ってくる。部屋の中に、一瞬にして香ばしく甘い香りが広がった。


「ははは、ティア。今日はお前も夜露集めを手伝ってくれた、特製の『星蜜パン』だぞ」


「えへへ! 星型ランタンの下で、冷たい夜露だけを壊さないように集めたんだもんね!」


病がまだ深刻になる前、ベッドの上でティアは、焼きたてのパンを両手で持って大きく一口かじった。サクッという小気味いい音が響き、ティアの大きな瞳が輝く。


「んん──っ! 美味しいっ! 口に入れた瞬間に中の星蜜がプチッて弾けて、甘い光がぶわって広がるの! まるで口の中で小さな星たちがダンスを踊ってるみたい!」


「そうだろう。星葉樹の粉を丁寧にしごき、夜露を少しずつ加えながら、星蜜を潰さないようにふんわり練るのがコツだからな。仕上げに魔導の欠片の粉を隠し味に振って、魔法オーブンで焼き上げる」


「里に着いたら、村の道沿いにもたくさん星葉樹を植えようね」


その様子を部屋の隅で見守っていた漆黒の鎧ノワールは、低く温かみのある声で呟いた。


「……了解。ティアの笑顔、記録完了」


午後には、三人で近くの『星屑の道』を散歩した。


当時はまだ野生だったピンクのミニドラゴン(のちのミルフィ)が茂みから警戒しながらこちらを覗き、木陰からはピクシーの三姉妹が物珍しそうに顔を出していた。


夕暮れが近づくと、ティアは散歩の足を止め、ノワールの大きな鉄の兜に、自分の額をこつんと寄り添わせた。


「ねえ、ノワール……私、自分の身体がもう長くないって知ってるよ。でもね、不思議と怖くないの。強くて優しいノワールとおじいちゃんが、ずっと一緒にいてくれるから」


「だから……約束だよ? 私がどこに行っても、絶対に離れないでね?」


「……約束、する」


「えへへ! やったー! じゃあ、明日も一緒に遠くまで行こうね!」


ティアの満面の笑み──その眩しさに、ノワールの視界が白く染まっていく。


──その瞬間。世界がふっと揺らいだ。


「──ッ!?」ノワールは、

はっと意識を取り戻した。


そこは病室ではない。夕陽が完全に地平線へと没しようとしている、現実の『星屑の道』だった。


自分の鉄の手を見る。身体の奥で、昼間に手に入れた『紫の魔導の欠片』がドクドクと明滅していた。結晶の魔力がノワールの記録媒体を刺激し、生前の記憶を『夢』として呼び起こしていたのだ。


「……ノワール? どうしたの? 急に立ち止まって、ぼーっとしちゃって」


兜の隙間から金色の粒子が溢れ出し、ティアの魂が姿を現した。


同時に、周囲の石畳が紫色に変色を始める。零時の『星屑シフト』だ。地鳴りと共に空間が歪み、村への道がまたしても遠ざかる。ティアの身体が浮き上がり、パラパラと光の粒となって崩れ始めていく。


「えへへ……やっぱり、今日もダメだったね……」


透き通っていく顔で、けれどティアは、夢の中と全く同じ向日葵のような笑顔をノワールに向けた。


「でもね、なんだか不思議。私、夢の中でおじいちゃんの作ったあの星蜜パンを食べた気がして、すっごく嬉しかったの。だから寂しくないよ。明日こそ……絶対に村に着こうね?」


「……ああ。おやすみ、ティア」


ティアの魂は夜空の星々へと溶けるように消え去り、兜の面甲が重々しく閉じた。


夜闇のなか、ノワールは胸の星槽を強く押さえた。夢の温もりが、今のノワールの鉄の身体を熱く焦がしている。


おじいちゃんが命と引き換えにノワールに託した願い、そしてティアと交わした約束。


「……あの笑顔を、もう一度。明日こそ、必ず果たす」


遠くの茂みから、ミルフィの小さな寝息が聞こえてくる。夢の温もりを明日への動力に変え、さまよう鎧は、まだ見ぬ明日の朝陽を待つために、力強くその場に足を踏み下ろした。

【星蜜パンの詳細レシピ】


材料(4人分)

• 星葉樹の乾燥粉……200g(新鮮な星葉を夜露で洗い、影干ししたもの)

• 宵露(星屑の道の夜露)……120ml

• 宵花の星蜜……大さじ3(花弁を圧搾して採取)

• 魔導の欠片粉末……小さじ1/2(青または白の欠片を砕く)

• 塩……少々

• ティアの笑顔……たくさん


工程


1. 星葉樹の粉をふるい、宵露を少しずつ加えながら生地を練る(10分程度、ふんわりした状態にする)。

2. 魔導の欠片粉末と塩を加えてさらに練る。

3. 生地を8等分し、それぞれを薄く伸ばして中心に星蜜を小さじ1ずつ閉じ込める。

4. 丸く成形し、星屑の道の銀光を直接浴びながら魔法オーブン(または通常のオーブン220℃)で12〜15分焼く。

5. 焼き上がりに宵花の花びらを軽く散らすと完成。


口に入れると星蜜が弾け、

淡い光の粒が舌の上で広がる優しい甘さ。


ティア曰く「食べると元気が出る魔法のパン」。

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