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「お帰り」
廃城に戻るとそこには昼間とは打って変わって機嫌のいいシンが待っていた。
その隣にはルークもおり、仲が良さげだ。
「…ただいま…どうしたの?」
「何がだ?」
レイルもエクシャもその怪訝な表情から、奇妙に思っているに違いない。
いつも通りだとは言い張るが、明らかに違った。
今もほら、シンはルークと共に部屋へと戻って行った。
「…どうしたの?あの二人?」
「あぁ、それが…」
原因を知っているらしいグレンとニノは苦笑いで、シュンたちがルーズランス国へ向かった後の事を話し始めた。
シュン達三人が移動魔法で消えた直後、ルークは深刻な表情でグレンとニノに向き直った。
「もしかして僕、シンに嫌われてるかな?」
避けられてる気がすると俯くルーク。
折角“あの”シンに出会えたのだ。
漫画のままのシンならば近付きにくかったが、今のシンならば少しくらい仲良くなれそうだと思うのだが、そのシンは何故が自分を嫌っている。
「…あぁ…いや、嫌われてるって言うか…」
「シンはシュンちゃんの事が大好きだから、今日会ったばかりのルークと仲良くしてるのが気に入らないんだよ」
「ニノ…もう少し濁せよ」
言い淀んだグレンとは対照的にあっさりと理由を暴露するニノに、ルークは目を丸くした。
「そう言うことか。なら話して誤解を解いてくるよ!」
言うや否や、直ぐに二階へと上がろうとするが直ぐにその足を止めた。
「…シンの部屋ってどこ?」
「…あぁ、案内する…」
二人きりは少し気まずいのではないかと、グレンとニノも同行することにした。
シュンの部屋の隣のシンの部屋からは物音一つしない。
グレンがノックをして声を掛けると、遠慮気味に扉が開いた。
「…寝てたのか?」
「……あぁ」
ボサボサの頭に寝ぼけ眼、明らかに寝起きだ。
「シュンちゃん達もう行っちゃったよ?」
一応シュンが声をかけたが返事が無かったと言っていた。
寝ていたのなら仕方がない。
「こ、こんばんは」
「…何の用だ」
グレンとニノの間の隙間から顔を覗かせたルークに、あからさまに不機嫌面になるのを隠そうともしない。
「えっと…少し話をしたくて…いいかな?」
「俺には無い」
「ちょっとちょっと!シンくん!ちょっとでいいから、ルークの話を聞いてあげて!」
「ルークはお前とも仲良くしたいんだよ」
グレンとニノはグイグイとシンの部屋へ無理矢理押し入り、無理矢理ソファに着席させた。
その漫画の中では考えられない光景に、ルークは目を丸くして見ていた。
「ほらほら!ルークも座って!」
シンを立たせないようにグレンはシンの横に待機し、ニノはルークの背を押してシンの対面に着席させる。
正面からじっくりとシンを見ればあからさまな不快な表情をされたため、それは当然だろうと、視線を逸らした。
「えっと…シュンに前世の記憶があるって?」
「!?」
突然のルークの発言にシンだけでなくグレンとニノも顔色が変わった。
「…それ、シュンちゃんから聞いたの?」
初対面の相手にそんな事を話すはずがない。
ならなぜ?と考える間もなくルークは口を開いた。
「僕も同じだから」
「え?」
「僕にもあるんだ」
「な、なにが?」
「前世の記憶…」
「………」
「「な、なにぃぃーーーーー!!!?」」
流石に叫ばなかったが、シンも驚きだ。
「前世の記憶があり、この世界を知っている人なら黒の一団に記憶持ちがいてもおかしくないって考えるよ。そしてそれが誰かも直ぐに分かる」
「…シュンが本来のメンバーじゃないからか」
「その通り。…ずっと誰かに助けて欲しかった。未来がどうなるか分かってるのに、自分の力じゃ変えられないこの苦しみを誰かに打ち明けたくて…。それで“今の”黒の一団なら最適だろうと思って」
最初にグレンとニノを魔法で廃城に誘導したのはある意味賭けであった。
まだ黒の一団と名乗る前であったが、その動きがおかしいと感じていた。
漫画では既に各地で小規模だが騒ぎを起こしていたはずなのに、そのような話を全く聞かなかった。
不審に思って少しだけ探った事があった。
シンとレイルが過ごしたスラムへ行くと、そこはスラムでは無くなっていた。
そして二人の家は綺麗に保たれていて、町の人に話を聞けば“この家”に住んでいた少女に救われたのだ言う。
「それで確信したんだ。君達を違う未来へ導こうとしてる人がいるって」
未来を変えられるならとルーク自身も奮闘してみるも、原作の力が働いているのか中々上手くいかず歯痒い思いをしていた。
もうどうにもならないと思った時、黒の一団と懇意にしている貴族、フレイザー・アーリッシュが自分を探している事をしり、その身を晒した。
予想通り現れたのは自分の知らない黒の一団を名乗る少女だった。
「黒の一団は今ではすっかり有名だし、僕の知る一団とはまるで違う。シュンがみんなの未来を変えたんだって知って、僕の未来も変えて欲しくて…縋ったんだ。僕は誰も殺したくない…」
「…殺す?」
「…物語の中で、僕はレイナード団長とウォルト副団長を殺すんだ」
「そんな…」
「それを止めて欲しくて…」
最後の手段でシュンを頼った。
重い沈黙が広がる中、ルークは空気を変えるように一つ手を打った。
パンっと鳴り響いた室内は、魔法が解けたように三人をハッとさせた。
「話したい事はこれじゃなくて、皆はシュンがどんな世界で過ごしてたか気にならない?」
前世のシュンを知っているわけではないが、同じ日本人なら大体の生活環境は同じだ。
四季やイベント、歴史などの一般的な事は日本全国変わらないはずだ。
この季節にはこんなイベントがあり、それがどう言うものなのかと言う話だ。
年始に正月、2月にバレンタイン、3月に雛祭り、4月に花見、5月に端午の節句そう言った事だ。
母の日や父の日、クリスマスなどの話をしたが、シンが最も食いついたのはバレンタインだった。
「チョコが貰えるって…天国かっ!」
先ほどまでの不機嫌な様子とは打って変わってチョコレートが関わる話には前のめりだ。
「日本ならシンは沢山貰えるね」
文字通り段ボールに何箱分と貰えるだろうが、この世界ではまだチョコレートが高価だからそれも難しい。
「外国のある国では男性が意中の女性や恋人に花や宝石なんかをプレゼントしたり、別の国では夫婦や恋人同士が日頃の感謝を伝えあったり、また別の国では友情を確かめ合ったりする所もあるんだ。日本ではそれらが合わさって、女性が好きな男性にチョコを渡す風習だったのが、お世話になった人に渡す義理チョコや友達に渡す友チョコなんてものがあるんだ」
「どっちにしろチョコは貰えるのか」
羨ましいと歯噛みするシンの貴重な一面だ。
微笑ましく見ていたルークは一つ提案をした。
「シンも好きな子の欲しそうな物をプレゼントしてみたらどうかな?」
と。
「…すきなこ?」
ピタリと動きを止め怪訝そうに復唱するシン。
グレンとニノは苦笑いだ。
「シュンに」
「……なんでお前が知ってんだよ」
じっとりとグレンやニノを見るとグレンは言ってないと高速で首を横に振るが、ニノはサッと視線を逸らした。
「二〜ノ〜!」
「…あはは、ごめんね…」
「俺は…ロリコンじゃないぞ」
「ははは…うん、分かってるよ」(漫画じゃ綺麗目で妖艶なタイプの女性と遊んでたから…とは言えないな…)
この世界にカレンダーや月という概念はないが、1年は350日と定められ、ギルドに専門の職員が居て数えており年始めというのは存在する。
一ヶ月を29日(12ヶ月中2ヶ月は30日)として年始めから数えて43日目がバレンタインとなる。
「愛の言葉を伝えるまではしなくても、プレゼントするのはいいんじゃないかな?」
という提案に三人の表情は曇る。
「…それは不味いんじゃないか?」
「なぜ?」
グレンの一言に疑問符が浮かぶ。
「シュンちゃん鋭いからね。多分気付かれるよ?」
バレンタインに当たる日に贈り物。
告白してるも同然だ。
「あいつは絶対気付く…そういう奴だ」
「でも、まぁほら、シンくん!一回くらいなら分からないと思うよ?毎年ってなったら完全に気付くと思うけど。2年目あたりに」
「…そんなに鋭いんだ…」
決断力も現状把握も早い。
普段贈り物なんてしないシンがそんな事すれば、すぐに考えが及ぶだろう。
「そもそもシュンの欲しいものって珍しい植物の苗とか種だろ?そんなもんどうやって探すんだ?あいつの知らない植物が俺に分かるとは思えない」
「「それな」」
ガーデニングなんて可愛いななどと単純に考えるルークであったが、その後に続いた言葉に吹き出した。
「しかも食べられたり薬草になったり実用性の高いものなんて殆どあいつの畑にあるだろう」
「ぶっ!花とかじゃなくてそっちなんだ!?」
「花もあるが手荒れや毒消なんかの効果付きだ」
「その畑や花壇て見れる?」
そんなに詳しくはないが、銃を集める為に様々な国へ行った為、もしかしたら力になれるかもと申し出ると直ぐに案内された。
家庭菜園やガーデニングなどと言う規模では無かった。
「…え?農家?」
魔法によりそれぞれの植物に合った気候で栽培されており、時期や環境を丸ごと無視した畑であった。
特に目を引くのはカカオの木だ。
シンの為に日々拡大していっている。
(…シン、ちゃんと愛されてるじゃん…)
チョコをまさかのカカオから作ってると言うことは、シン好みの味にしているはずだ。
そこに愛が無ければできない。
(友愛や親愛や家族愛かもしれないけど…)
一通り見て回った後、ルークは一つ頷いた。
「ルーワイヤ国の北の方で栽培が盛んなキダチアロエとかどうかな?」
多肉植物で日本でも珍しくない植物だ。
医者いらずと呼ばれるほどに外用、内服、そして美容にも良いとされ、ルーワイヤ国の一部の地域では重宝されている。
しかも、水のやり過ぎにさえ気をつければ放っといても勝手に育つ。
「なにそれすげぇな」
「寧ろシュンちゃんがなんでそれを持ってないのかが不思議だよ」
「手に入れるのは難しいからね。今はルーワイヤ国から輸出も持ち出しも禁止されてるんだ」
「そんなのどうやって手に入れるんだ?」
「あまり知られて無い裏技だけど、合法的に手に入れる方法は一つ。ある意味黒の一団なら有利かも」
それはルーワイヤ国のギルドから発行されている依頼を受け、現金の代わりにキダチアロエを手に入れる事だ。
それがどんな依頼かは分からない。
ある時は商人が盗賊の出る森を通過する際の護衛だったり、ある時は魔物の討伐だったりする。
内容はなんだって良い。
「キダチアロエ自体はルーワイヤ国では珍しくないから、寧ろそれで済むならと簡単にくれる事が多いんだ」
「簡単に譲ってくれるならなんで輸出禁止なんだ?」
「アロエって沢山種類があって、見た事が無い人は区別がつかないんだよ。だから悪徳業者が別のアロエをキダチアロエと偽って販売する事が多かったんだって。ギルドで報酬として渡される時はギルドの職員が間に入るから誤魔化しは効かないから安全に本物が手に入るんだ」
「詳しいな」
「ルーワイヤ国に居た時に何度か依頼を受けてそれで報酬で貰ったんだ。ウチは貧しいから医者にも掛かれないし、あれば簡単な治療はできるから。あと実は蜂蜜と混ぜて食べると美味しい」
今では祖母が作る定番のおやつだと目を細めるルーク。
蜂蜜は当然ルークが蜂の巣から分けてもらってくる訳だが。
「…それにしよう。今回の件が片付いたらルーワイヤ国に行ってみる」
先程とは打って変わってルンルンとした機嫌の良さを隠そうともせず頷くシンに、ルークは少しは仲良くして貰えそうだとほっと胸を撫で下ろした。
その後はまた日本の行事やイベントなんかを話しているうちに、あっという間に時間は過ぎシュン達の帰宅となった。
「と、まぁそんな感じで仲良くなったんだよ」
ニノがバレンタインやアロエの話は省き大まかに説明すると「そっか」と安堵したように息を吐いた。
漫画では敵対する者同士だと分かった為、険悪になるよりだいぶ良い。
「仲良くなれそうで良かったよ」
嫌な未来が一つまた一つと無くなっていく。
それがシュンにはとても嬉しかった。




