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幸せにしたいのは主人公じゃない!  作者: いたちのしっぽ
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朝垣春、25歳。農業コンサルタント。

経営や生産、加工、販売などのアドバイスを行い支援する職業だ。

立場的には見習いのようなものであるが、厳しくも優しい先輩から教育を受け、同年代よりは飛び抜けていた。

シュンの居た世界では魔法こそないものの、代わりに科学文明が発達し、生活を豊かにしており、携帯電話やパソコン、洗濯機、テレビ、冷蔵庫など人々が暮らしていくには必要な物が溢れかえっている。

車や電車、船、飛行機と言った鉄の塊を自在に操る技術もあり、移動手段として活躍している。

娯楽も豊富だ。

本やテレビゲーム、ボードゲーム、音楽、映画、アニメなどこの世界に無いものが多く存在する。

「私はその車という鉄の塊に跳ねられて、同時期に瀕死になったこの体の本当の持ち主であるリュカちゃんと魂が入れ替わったんだ」

リュカとの夢の話なども掻い摘んでその経緯を話すと、一様に納得顔が並んでいた。

「シュンの料理や魔法はその世界にあった物がヒントになっているわけですね」

「どうりで変な事を次々に思いつくと思ったんだよ」

「なんか凄く腑に落ちた」

うんうんと頷く一同に苦笑いを返すしか無い。

「…やっぱり反応が思ってたのと違う」

エミリアの時は“ちょっとこの子頭大丈夫?”といった反応だったし、それが普通だ。

しかし、シンたちは当たり前のように納得し、受け入れた。

寧ろ何で信じられるのかと言う疑問にしかならない。

「嘘はつかないって言ったの、お前だろ。俺たちはそれを信じてる」

「他の誰でも無いシュンちゃんの言う事だからね」

それが当たり前だと言うように向けられた眼差しが、とてもくすぐったくて、少し涙ぐんでしまった。

「万が一嘘だとしても、俺とエクシャを救ったのは紛れもない事実だ」

「命をかけて下さったシュンの嘘なら喜んで騙されます」

「…みんな、ありがとう」

なんていい子達なのだと感動に包まれていると、シンからある一つ疑問が持ち上がった。

それはエミリアの言っていた“ゲーム”の事だ。

シュンに前世の記憶があると言う事は、エミリアの言っていたことも本当なのかもしれない。

となると、そのゲームにシン達はどう関係してくるのか。

「シュンはあの女の言っていたゲームは知らないんだろ?」

「うん。それは本当に知らないね。見たことない」

ゲームの存在自体は“みたことないけど有ったのかも”と言う認識だし、エターナルローズガーデンと言うタイトルは初めて聞いたのだ。

嘘ではない。

「…エミリアが言っていた事が本当なら今頃シンはエミリアの恋人…」

「やめろっ!死んでも嫌だ!!」

ポツリと冗談気味に呟いたグレンの一言にシンは心底気持ち悪いと、両腕で自分を守るように抱きしめた。

「俺たちの事に詳しかったのって、そのゲームのせいって事かな?」

ニノは初対面でいきなり罵られたし、グレンもニノと離れるなと再三言われていた。

エクシャは、あの方に相応しくないとエクシャ自身には訳のわからないことを言われていたが。

「…しかし、その前世のゲームとやらに何で俺たちが関係しているんだ?」

黒の一団が揃って異世界のゲームに関係しているのはどう言う事だと、チラリとレイルはシュンを見た。

何かを考えるように目を伏せるシュンに、今回のことに関して他にまだ言ってないことがあるのではと目を細めた。

「シュンは何も分からないのか?」

視線が一斉にシュンに向いた。

伏せていた瞼を静かに開き、声を掛けてきたレイルを見る。

「…正直、何て話していいのか分からない」

本やその内容まで話すべきなのか、判断がつかない。

そのシュンの反応から何かしらを知っている事は分かったし、それが話しづらい内容なのも察した。

それでも何とか話そうと口をもごもごと開閉させるシュンの言葉を待った。

「…私のいた世界では様々な世界の物語があって、その一つとこの世界はとてもよく似ている」

「似ていると言う事は同じではないのですか?」

エクシャの問いに頷くと、更に続けた。

「登場人物は同じだけど流れは殆ど違う」

「登場人物?」

「…本のタイトルは“アスベルの冒険譚”…シンの弟が主人公なんだよ」

「!?」

驚きに身を固めるシンを一瞥し、シュンは自分の手元へと視線を向けた。

それから本の内容に触れていく。

シンが両親を殺したところから物語は始まり、その仇をとるためにアスベルはシンを探して旅に出る。

その途中で同じ志の仲間と出会い、時折シンの仲間達からの妨害を跳ね返してシンの元へとたどり着く。

最愛の弟であるアスベルを討つことができずに、シンはわざとアスベルの剣によって倒されるのだ。

シンの仲間はここにいるレイル、マール、エクシャ、ニノの四人。

レイルは自分の復讐の為にシンを利用した為、その後ろめたさと見守りたいと言う理由で。

マールとエクシャは奴隷だったのを救われた。

ニノは自分の国を滅ぼされたがシンの美しさに一目惚れした。

そんな理由から仲間となったのだ。

「…待て、俺は?」

話の途中で挙手をしたのは当然名前が挙がらなかったグレンだ。

「それは流れが違うポイントの一つ。グレンはシンではなくてアスベルの仲間として現れるんだよ」

国を滅ぼしたシンに付いたニノの目を覚まさせる為、グレンは親友のニノを追いかけて、その道中アスベルと出会うのだ。

「なのに今はこうしてここにいる。私の読んだ“アスベルの冒険譚”とこの世界は似て異なる世界ってわけ。他にも違うところは沢山あるよ」

例えばレイルの手配が取り下げられて、普通に暮らせている事。

兄弟とは名乗っていないがシンとアスベルが親しい事。

マールとエクシャを救ったのがシュンである事。

その際に死ぬはずだったローコイド夫妻と子息が生きている事。

世界中に広がった黒の一団の名前。

「そして何より、今現在、シンから復讐の話を全く聞かなくなった事が一番大きい」

それがなければ物語は始まらないのだ。

「…このままなら、きっと誰も不幸にならない…。私は…シンに、みんなに幸せになってほしいと思って行動してきたんだよ…」

快適な暮らしも美味しい食べ物も立ち塞がる敵を退けるのも、全て原作改変の為。

物語の始まりを防ぐ為だ。

「…シュンは?」

静まり返る室内に、シンの声が響いた。

“シュンは?”とはどう言う意味なのか、顔を上げてシンを見ると、これまでに見たことの無い程の真剣な眼差しで、ジッとシュンを見ていた。

「私?」

「シュンの事は誰が幸せにするんだ?」

(あぁ、そう言う意味か)

自然と笑みが溢れた。

「みんなが笑ってくれてたら私は幸せだよ」

ご飯を美味しいって食べてくれたり、一緒に魔法の研究したり、剣の修行をしたり、ギルドの任務をこなしたり、一緒に何かをして何かを感じてそれを話し合って笑い合って、時には言い合って、その何気ない日々がとてつもなく幸せなんだ。

「…うん、まぁそんなわけです」

照れ臭そうにもじもじと指を絡ませるという見たこともない反応をするシュンに、ポワワンと癒されるもの数名。

しかし、根本的な事が解決していない。 

エミリアの言っていたゲームとどう繋がるのかだ。

「…多分コラボ企画なんだと思う」

「コラボ?」

「例えばゲームのキャラクターデザインをした人が“アスベルの冒険譚”を描いた人らしいから、その作品の中の登場人物をゲスト出演させた、とか。アスベルは主人公だから人気あったし、シンもその妖艶さから女の人の人気が凄かった」

「「「「「…………………………」」」」」

「なんだよ…」

スンと無表情になったレイル、マール、エクシャ、ニノ、グレンから視線を集めたシンは不服そうに表情を歪めた。

チョコレート大好きでシュン以外の女性と手すら繋いだことも無い純粋培養青年が…

「妖艶……?」

「ようえんてなんだっけ?」

「…あぁ、似て異なるポイントか」

「なるほど」

「お前らちょっと表に出ろ」

「仕方ないよ。そこはもう天と地ほどかけ離れてるから」

物語ではしょっちゅう女の人を取っ替え引っ替えしてたからと付け加えると、それはそれで複雑だと頭を抱えるシン。

「…まぁ、とにかくそのコラボというやつでゲームというものになり、あのエミリアがゲームと現実の区別がつかずに暴走した、という訳か」

無理矢理話の流れを修正したレイルに、シュンは頷いた。

この世界は物語の世界ではなく現実だ。

エミリアは最後までそれが理解できていなかったのだ。


話が終わり、各々自室へと帰ってシュンとレイルだけがその場に残った。

酒の入ったグラスを傾けるレイルの前には、シュンの作った肴が置かれている。

「…正直さ、ここが本の世界なんて言ったら今度こそみんなの見る目が変わると思った」

「んなわけないだろ。お前は俺やあいつらの知られたくない事を知っても普通にしていただろ。それにお前なら誤魔化して話さないという選択肢もあった筈だ。でも、話した。俺たちに誠実であろうとしたのに、態度を変えるわけがない。そもそも俺たちには本の世界なんていう実感が全く無いんだから気にするな」

これまでシュンがやってきた事を今度は自分達がやり返しただけだと、なんでもない事のように言ってのける。

「……そんな事言われると、恥ずかしいね」

「俺たちの気持ちが分かったか?」

くく、と面白いものを見たとレイルは口角を上げた。

いつもそうやって自分たちの心を救い上げてきたのは他ならぬシュンなのだ。

ここにシュンを疑う奴なんていないのだ。

「…話せて良かった。これからは我慢とかしなくて良いし」

「我慢?」

「そうそう、私の前の世界の物を参考にいくつか新しい魔法案があるんだけど?」

「……頼むから危ない物を作るのはやめてくれよ?」

「大丈夫だよー!先ずは闇魔法の応用でね」

「待て待て待て!初っ端から闇魔法!?」

「平気平気。動く呪いの人形で背中をフミフミしてもらってマッサージしてもらうんだけどね」

「技術と才能の無駄遣い!」

「あとは録画水晶を改造して、遠くにいる人といつでも通信できるやつとか」

「お前、それ密偵なんかに渡った日にはとんでもない事になるぞ!」

「じゃぁブラックホールを搭載した自立型ちりとり。勝手に走り回ってゴミを吸引してくれるルン○みたいなやつ!」

「うっかりゴミじゃないものまで吸引したら、二度と戻ってこねぇだろうが!それから別の意味で危ない発言はよせ!!」

「えぇー…あれもダメこれもダメってわがままだなぁ」

「お前な…」

二人の親子のような師弟の魔法談義は暫く続くのだった。



時は少しだけ遡り、自室に向かうグレン、ニノは同じく自室へと向かっていたマールとエクシャに声をかけた。

二人は少しだけ気になっている事がある。

先程の話でも言っていた「命をかけてマールとエクシャをシュンが救った」と言う話だ。

「聞いて良いのか迷ったんだ。話したくないなら話さなくて良い」

「いや、別に聞かれて困る話じゃない」

マールとエクシャの部屋へと招かれ、四人でソファに納まると、マールとエクシャはポツリポツリと話し始めた。

それはまだマールとエクシャがこの廃城にやってきて間もない頃の話だ。


その頃はまだ“自由な生活”と言うものがわからずシュン、シン、レイルの顔色を窺って過ごしていた。

基本的にシンとレイルからは放置されて、シュンからは事あるごとに「やりたい事」「気になる事」などを聞かれていた。

マールとエクシャはそんなシュンに首を振るばかりであったが、一つだけ心残りがあり話したことがあった。

それはまだホルガー・サイルスに奴隷として扱われていた頃の事である。

ホルガーの命令で彼に手向かう領民に対し、抑圧したことがある。

それも暴力でだ。

ホルガーは爵位も低く領地も狭いにも関わらず、自身の私腹を肥やす事ばかり考えていたため、領地は貧しく民は飢えていた。

その領民が反抗するのも無理はない。

そんな彼らをマールとエクシャの力を使い、押さえつけていた。

その頃の二人は感情もなく、ただ言われるがままに行動していた。

そうでなければ自分達に被害が及ぶからだ。

その日は多数の民がホルガーの館へと、税を少しでいいから下げてくれと嘆願にやってきた。

男衆ばかりで女子供はいない。

いつものように圧倒的な力で数発殴れば鎮まると考えていたがそうはならなかった。

一人の中年の男が衣服の中に刃物を隠し持っていた。

嘆願に来た同志がマールに殴られるや否や、男はマールの横をすり抜け、刃物を片手にホルガーへと迫った。

領民たちは理解していた。

マールとエクシャは首に爆弾を仕掛けられ仕方なく従っていることも。

だから二人も被害者なのだと。

受けた暴力は許せないが、ホルガーさえ居なくなれば、こんな事をせずに、させずに済むと。

男がホルガーまであと一歩と言うところで、男の背から腕が生えた。

「がはっ!?」

男は何が起きたか分からず衝撃を受けた自分の腹部を見る。

「はは…良くやった、マール」

竜の腕へと形を変えたマールの腕が男を貫いていた。

マールの異質な腕と、同志が殺されたというその事実に慄き、領民たちは我先に逃げ出した。

翌日、マールによって殺された男の死体は、首と胴体が切り離され見せしめとして村の真ん中へと放置された。

男の妻と息子は嘆き悲しみ、そして怒った。

危険だと分かっていても、自分達の生活のためだとホルガーを殺す事を提案し実行した勇敢な男であったと、同志たちは母子を慰めた。


それから月日は流れ、ホルガーが失脚し新しい領主に隣領のローコイド子爵が自領との兼任で着任した。

同時にマールとエクシャは解放され、ローコイド子爵の提案のもと二人を抑制できるであろう者の元へと移ったと領中に話は巡った。

圧政は終わったのだ。

誰もがほっと胸を撫で下ろした矢先、村にマールとエクシャが現れた。

騒然とする中、二人は殺したあの男の家へと真っ直ぐ向かった。

「何しに来たっ!」

父親の仇であるマールを前に、十代後半程の息子は隠す事なく怒りをぶつけた。

それは仕方がないとマールは両膝を地面につけた。

「俺のした事は謝って済む事だとは思わない。好きなだけ殴ってくれ」

抵抗はしないと言うように、両手を後ろへと回す。

マールのすぐ後ろではエクシャと見たことのない少女が見守っていた。



「殺した男の家族に謝罪?許して貰えるとは思えないよ」

前日、マールとエクシャはシュンに話した。

マールが殺した男の話を。

どうしようもなかったとは言え、人一人をその手にかけたのだ。

気にならないとは言えない。

「分かっている。しかし、残酷な事をしたのは分かっているし許してもらおうとは思わない。ただ一言謝罪したい」

「…むしろ相手の怒りを買うだけだと思うけど…。それでもいいなら付き合うよ」

「…すまない…」

「良いんだよ。家族になったんだから」



こうしてシュンの付き添いのもとやってきたが、男はマールを殴る気配がない。

「そんな事で許すものか!父親を失っただけじゃなくて、その遺体を晒しものにしやがって!!」

「…すまない…」

罵倒は続くが殴る事も蹴る事も無い。

男はマールの背後に居るエクシャに視線をやり、ニヤリと笑みを浮かべた。

「あぁ、そうだ…妹を殺せ!」

「!!?」

エクシャを指して、残虐な笑みでマールに命令する。

「そうすれば俺や母さんの気持ちが分かるはずだ!」

「!!それは!」

そんな要求飲めるわけがない。

自分が死ぬならまだしも妹を殺せなど、到底実行できなかった。

出来ないと、自分を殺せと言うが、それでは意味がないと更に憤慨する男に、埒が明かないと、二人の間にシュンが進み出た。

「何だお前は!?子供は引っ込んでいろ!!」

「それはできない」

「っ!?」

ビリリと肌を刺す緊張感が一瞬だけ男を襲い、体を硬直させた。

それが殺気だとは男に分かる訳もなく、押し黙った。

「ローコイド子爵より二人を預かった者として…新たな家族として死なせるわけには行かない。私の左腕と右脚をもって手打ちとしていただきたい」

「は?」

「!??」

男だけでなく、マールもエクシャも周囲に集まっていた民衆も、幼いシュンの言う事を直ぐに理解する事はできなかった。

一同が呆けている間にシュンは魔法で左腕を切り落とした。

「きゃぁぁぁ!!!」

「何てことを!!」

民衆から次々と悲鳴が上がった。

突然の事にマールとエクシャは動くことすらできず、体を硬直させたままシュンを見た。

魔法で痛みを遮断しているのか、少し顔色が悪いだけで平然としているが、その腕から血はバタバタと流れ出ている。

「ひっ!あ…な、何なんだ、おま、お前!!?」

目の前で少女が自分の腕を切り落とせば怖いのは当然だろう。

男は恐怖に腰を抜かし、滴り自分に寄ってくる少女の血に後退りした。

「次は右脚です」

地面に座り、足を切り落とそうとしたが、ガチャリと男の家の扉が開き年配の女性が顔を出した。

女は惨状を見てシュンに駆け寄った。

「いったい何事だい!?」

見るからに体が弱っている女の動きは鈍いが、自身の衣服を破き血の滴るシュンの腕に巻き付けた。

「…お騒がせしてすみません」

徐々に血の気が無くなっていくシュンを心配そうに覗き込む女に対して、他のものは微動だにできないでいた。

「どうか、あの兄妹を引き裂くのはお許しいただけないでしょうか」

そこで女はようやくマールとエクシャの存在に気がついた。

自分の夫を殺してさらしものにした存在だ。

「ーー!こいつらとあんたと何の関係があるって言うんだいっ!」

男に話したように、二人の新たな家族になった事や、二人のしてきた事が許される訳がないことも話した。

家族となった今、殺し合いをさせるわけにはいかない。

「…だからってあんたみたいな子供がこんな事…」

「二人はこれまで散々苦しみました。やりたくない事をやらされて、お互いを人質に取られ、自害することも許されなかった。皆さんや二人の苦しみなど私には想像するしかできない。実際の苦しみなんて分からない。口出しするのもおこがましい。それでも私は、家族を…マールと…エクシャを失いたくない」

白くなった小さな手が女の手を握った。

「…どうか…二人を……」

「…?」

ぐらりとシュンの体が傾き、女は慌ててそれを支えた。

なんでもないように話していたが、傷からは血がどんどん流れている。

「ちょっと!あんた!!しっかりしな!!!」

「シュン!!」

「シュンっ!」

マールとエクシャが駆け寄ろうとしたが、その間にシンとレイルが移動魔法で割って入ってきた。

「時間切れだ」

「こいつは連れて行く」

レイルは女からシュンと切られた腕を回収すると、治療のために移動魔法で消えた。

「お前たちも行くぞ」

シンが帰宅を促すと、マールとエクシャは頷いた。

それに待ったをかけたのは女だった。

「待っておくれ」

「…何だ?」

ピリリとした気配を放つシンを無視し、マールとエクシャへと視線を向けるとその目をつり上げた。

「あんた達を許す事はできない」

「…勿論だ」

「だけどあの子に免じて謝罪は受ける」

「!」

「ここには二度と来ないでおくれ」

「…分かった…」

シンがマールとエクシャを連れて姿を消すと、ようやく息子が正気に戻り、母親に詰め寄った。

「なんで行かせたんだ!あいつは父さんを!!」

「分かっているよ。でもその父さんが何をしようとしていたか知っているだろう?」

「っ!それはっ」

「あの二人を解放しようとしていた父さんは正しかった。でなければ非難されると分かっていて私たちのところになんて来ない。本当はいい子たちなんだよ。あんたの言う通り、心の底から許せるわけない。でも謝罪を受ける事で父さんは報われる。だからあんたも父さんのためにも割り切りな」

「……父さんの、ため…」

息子は項垂れ、迷わず自身の腕を切り捨てた少女を思い出した。

二人の処遇をローコイド子爵に任されたと言っていた。

ローコイド子爵は信用できるし、子供とは言えそのお方が任せたのならばマールとエクシャに危ない事はさせないだろう。

頭では理解できても心が追いつかない。

その葛藤の中でもがき苦しみながら、頭の中ではいつまでもあの少女と鮮血が浮かんでいた…。



シュンを連れて廃城に戻ったレイルは、先程とは打って変わって慌ててシュンの治療に取りかかっていた。

回復魔法で腕を元に戻したが流した血の量が良くなかった。

「…バカタレがっ」

一応呼吸は安定しているが、顔色が良くない。

血のあとや汚れを魔法で綺麗にしてからベッドへと横たえると、マールとエクシャを連れたシンが戻ってきた。

「容態は?」

「傷は治したが顔色が良くない。血を流しすぎた」

「…シュンは…大丈夫…なのか?」

シュン同様顔色の悪いマールとエクシャに、シンはジロリと殺気混じりの視線を送ると、二人はぶるりと身を震わせた。

「こいつに万が一があればお前たちは俺が始末する」

ヒュッと喉が鳴る。

シンの機嫌が悪くなるのは決まってシュンの事に関してだ。

妹として可愛がっているのだから仕方がないと言える。

「……異論は無い…。だが、俺のせいでこうなった。エクシャは見逃してほしい」

「マール!!」

「二人ともだ」

悪いのは自分だけだと言うマールに、シンは冷たく言い放つ。

始末するなら二人ともだと。

しかしそれをか細い声が遮る。

「……ダメ、だよ」

と。

「!?シュン!気がついたか!?」

ベッド脇にいたレイルが顔を覗き込むと薄らと目が開いた。

「…シン、私が死んだ後の話なんて酷いなー…」

「…そう言うわけじゃ…」

もごもご口を開閉させるが、良い言い訳も思いつかずついには口を閉じた。

目を覚ましても顔色が戻ったわけでは無いし、辛そうなシュンを、少し離れたところからマールとエクシャが、おずおずと様子を窺っていた。

「取り敢えず飯を食おう。沢山食べて血を作れ」

額に手を当てるレイルに静かに頷いた。

黙りこくったシンを連れて部屋を後にすると、残されたマールとエクシャはその場で膝を突いた。

「?どうしたの?」

突然の行動に目を丸くする。

「この度は我らのせいで申し訳ない事をした!」

「私たちの過去の過ちのために貴方様の腕を…命を危険に晒してしまいました!!」

「家族と言い受け入れてくれたにも関わらずこのような不義理は許されない!」

「どんな罰でも受け入れます!」

「……」

律儀だなぁと思う反面、シュン自身の突飛な行動のせいで二人にとんでもない重責を背負わせてしまったのだとすぐに理解した。

ショック療法というわけでは無いが、あの村の男にはこの手の意趣返しの方が、事が簡単に収まると思ったのだ。

結果目論見通りであったし、勿論腕も足も失うつもりはなかった。

「いや、なんか逆にごめんね。相談すればよかったね。元々死ぬつもりなんてなかったからね。ちょっとした脅しだったんだよ」

「それでも傷を負わせてしまったのは我らの落ち度です」

「どんな罰でも償いでもする」

家族と呼んで迎え入れてくれた。

美味しい食事に、清潔な寝床や衣服、それぞれに広々とした部屋まで用意してくれた。

優しく声をかけ、手を引き、新たな人生を用意してもらったのにこのザマだ。

これからきっとまた迷惑をかける。

今回は助かったが次はそうとは限らない。

きっと自分達は生きていてはいけないと思った。

だから言って欲しかった。

“いらないから、死ね”と。

だが、シュンはそうは言わないだろう事くらいはこの短期間で学んだ。

だからといって、“それ”は思いもよらなかった。

「…そんなに償いたいなら…んー…じゃぁ二人にしか出来ない事をやってもらおう」

「なんなりと…」

「この命ある限り」

「じゃぁ、約束ね」

シュンはのそりと体を起こすとニンマリと笑んでこう言ったのだ。

「二人が幸せだなって思う姿を見せて」

「…え?」

「何日でも何ヶ月でも何年でもかかって良い。二人がそうなるために私の腕と足を賭けたんだから、ちゃんと幸せだなぁって思える人生にしてね」

もう苦しむのは無しだ、そう言って二人に手を伸ばした。

ベッドから出る事もままならないシュンの元へ、二人はすかさず寄りその手を取った。

「約束だからね」

自分たちより遥かに小さくて血の気が足りていない手なのに、不思議と温かくて落ち着いた。

「返事は?」

「それが望みならっ」

「誰よりもきっと!」

「よし!」



「と言うわけで、その日から私たちはシュンを主人と定め、シュンのために幸せになると誓いました」

「シュンの幸せが俺たちの幸せだ」

「…突然宗教くさい…」

「成る程、こうしてシュン過激派ができたのか」

一通りの話を聞いた感想がこれだ。

途中色々と突っ込みたいのを我慢していたが、これだけは言いたい。

「シュンちゃんなら口八丁で相手の村人を黙らせることができたんじゃない?」

「それな」

わざわざ腕を切る意味があったのだろうか。

そもそもレイルとシンが何処かからか見ていたなら切った瞬間出てきそうなものだ。

それをギリギリまで待ったのはなぜか。

「二人とも、シュンがその約束をさせるために村人を利用して一芝居うった可能性はないのか?」

「そんなわけあるか」

「そのような事をする意味が分かりません」

仮令元奴隷で命令が無ければ何もできないとしても、仮令普通が分からず戸惑いが多かったとしても、仮令今後の人生の目標が分からなかったとしても、仮令何のために生きて行けば良いのか分からなかったのだとしてもだ。

「それだと思うよ」

「抽象的すぎるけど、シュンは二人に何か目標みたいなのを持って欲しかったんじゃないか?」

それがまたぼんやりとした“幸せを感じる”と言う事だったのだ。

幸せというものを殆ど感じたことがない二人にとっては、普通の人より難しい事なのかもしれない。

だから人生の目標などという壮大なものより、手始めに身近なところで幸せを感じて欲しかったのだろう。

「さっきのさ、シュンちゃんの前世の話や俺たちの未来?の話を聞いたあとだから余計そう思うよ。俺たちはみんな死ぬ。そうならないようにシュンちゃんは手を尽くしてるけど、その未来をシュンちゃんは知ってるから余計二人に幸せを感じて欲しかったんだよ」

多少…いやかなり強引ではあるが、シュンが二人のために自分の命を賭けることによって、二人の命はそんなに軽いものではないと伝えたかったのかもしれないと、ニノとグレンは思った。

「…もしシュンの芝居だったとしても、俺たちのために命を賭けたのは事実だ。一歩間違えれば死んでいた。だからシュンが望まないにしても、俺たちはずっとそばに居ると誓った。仲間として家族として」

主従と名乗ることは許されていないのでそれは心に留めた。

自分たちの笑う姿がシュンの幸せだと言うなら、その幸せを崩す事はないし、シュンの元を去る時は、追い出される時か死ぬ時だ。

だからそれまではシュンの幸せの一部に少しでもなれるように沢山笑おうと、今日新たにマールとエクシャは心に誓うのであった。



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[一言] (´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)目がぼやけるし鼻が痛い      シュンに拾われて良かったねぇ
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