53
ニノから借りた地図を頼りにシュターナとシンがやってきたのは、学校どころか町を出て程なく行った森の中であった。
森の中でポツンと建てられた古びた家の窓ガラスは割れており、板が打ちつけられその隙間から僅かに明かりが漏れている。
防音魔法で二人から発せられる音は、声から草を踏む音まで全て消されているため、普通の声量で会話をしていても敵には聞こえない。
しかし姿を消している訳ではないので、隠れることは忘れない。
「別に本当にシンまで来なくて良かったのに」
「どうせ暇だ。それにこんな夜中にお前を一人で出歩かせるわけにはいかないだろう。仮令悪漢を一撃で屠れるとしても」
「……心配性は変わらないねー」
出かけて少しでも暗くなってから帰れば、必ずシンかレイルからのお小言が待っている。
それが仮令他のメンバーと一緒だとしてもだ。
心配性なお兄ちゃんだと、内心ボヤキながら小型の水晶を数個、家へと飛ばした。
割れた窓の隙間から覗き込む様にして室内の様子を別の水晶へ映した。
それを覗き込むと姿が見当たらない者もいるが、昨日と今日、学校を襲撃したもの達が何かを話し合っている所であった。
少し距離があるため話し声までは聞こえないが、確証としては十分である。
目的は果たしたのでさて帰ろうとした時だ。
水晶はとんでもないものを映した。
「ぎやあぁぁぁぁ!!!」
「「!!?」」
敵の一人が仲間の手により斬りつけられたのだ。
「な、なんだ!?仲間割れか!?」
「あれは…!」
仲間を斬りつけたそれはシュターナもシンも見覚えがあった。
「…そうだ、確か…あいつら“自分達には魔物の血が流れている”って言ってた…」
「じゃぁ、あいつもまさか…」
「…魔物の血が流れてる」
斬られた男は絶命し、そのまま他の仲間二人に引きずられながら何処かへと連れて行かれようとしていた。
遺体を捨てるのだろうかと思ったがそうでもなく、あろう事か地下室へと入って行ったのだ。
水晶にひっそりと後をつけさせると、そこには家よりも遥かに広い空間が広がっており、床には複雑な魔法陣が描かれていた。
そして、その魔法陣の中心に遺体を置くと、魔法陣から無数のちいさな手の様な触手が現れ遺体を分解しだした。
手の様な触手が触れた部分から無くなってしまっている。
「シン、あの魔法陣、見覚えない?」
「あぁ、あれは闇の魔法の復活の陣に似ている。封印された凶暴な何かを、生贄を使って復活させようとしてやがる」
それが一体なんなのか。
魔物なのか悪魔なのか見当がつかない。
殺された男を地下へと運んだ者のポケットに密かに水晶を潜り込ませると、先ほどまで聞こえてなかった声が鮮明に聞こえた。
「あいつは二回も学校襲撃に失敗した。ガリオンとナダーシャは魔物を召喚できる貴重な魔法が使えるから生かされているが、他のやつはそろそろやばいかもな」
「…くそっ!あの女子生徒さえ拐えていれば!魔力の高い処女は魔人復活の最高の生贄だと言うのにっ!」
ポケットの中のため、映像は暗いが声は鮮明だ。
やたらと魔力の高い女子生徒を襲撃したのはそんな理由があったのかと、シンとシュターナは顔を見合わせる。
それよりもシュターナには気になる事が一つあった。
「…ねぇ、シン?」
「なんだ?」
「…まじん、て何?」
文字にすれば“魔人”か“魔神”だろうと言うことは想像できた。
しかし、シュターナはこの世界において“まじん”と言うものを聞いたことが無かった。
物語やレイルの蔵書にも出てきたことがない。
答えを求めてシンを見るがシンは眉間にシワを寄せた。
「…お前が知らないことを俺が知るわけないだろう」
「……」
どう言う理屈だとシュターナの眉間にもシワがよる。
シンからすればシュターナは、自分の知ら無いことばかりを知っている、と言う印象なのだ。
聞けばなんでも答えてくれると言う、根拠の無い信頼を置いている。
「…ちょっとレイルにも聞いてみるよ」
インカムに向かって声をかければ直ぐにレイルの返事が返ってきた。
他のメンバーもシュターナの部屋で待機中らしい。
『まじんて知ってる?』
『まじん?……いや、聞いたことないな…』
敵のアジトでの出来事を説明し、魔人について問うが良い返事は無かった。
他のメンバーにも聞いてみたが知る者はいない。
(と言うことは、まじんは漫画には出てこなくて、ゲーム内のみのキャラクター…。つまりヒロイン(エミリア)は攻略対象と共にまじんを倒してハッピーエンドってわけか)
漫画にはないが、この世界では常識的な知識かと思ったがそうでもないらしい事から、ゲームに繋がった。
(なる程ね…だからエミリアは“あの魔法”だけはまともに使えたのか)
ふむ、と思案顔で考え込むシュターナにシンが声をかけた。
「おい、あいつだ!」
「え?………!」
敵のポケットに入れた水晶とは別の水晶に、あのヒュバート・ベルゲンが映っていた。
先ほどまで確かに居なかった。
それはつまり、移動魔法でやってきたのだろう。
良くない事にヒュバートは魔力探知の魔法が使える。
もしその魔法を使われてしまったら魔力を帯びた水晶もシュターナ達も存在がバレてしまう。
今ここで見つかるわけにはいかないため、退散しようとした時だ。
ポケットに仕込んだ水晶から、とんでもない台詞が飛び込んできた。
「エミリア・アスニアを拉致しましたよ」
「!!?」
他の水晶を確認すれば眠らされたエミリアが床に転がされていた。
エミリアの魔力は高い。
ヒロインだけあって学校でもトップクラスだ。
もし今、彼女を生贄にでもされては、よく分からない“よくないもの”が復活してしまう。
“どうする?”とシンとシュターナの視線がぶつかる。
水晶で室内は視認した。
移動魔法で瞬時にエミリアを救出することはできるだろう。
しかし、あのヒュバートは侮れない。
敵の反応から、彼がボス的な立場で間違いないだろう。
「……シン、エミリアが復活の魔法陣に連れて行かれて、敵が離れた瞬間に移動魔法で救出する。一瞬でいいからヒュバートの気を逸らして」
そう提案すればぐぐぐっとシンの眉間のシンが増えた。
「…え?……何?」
今の作戦ダメだろうか?と首を傾げると、シンとインカムで話を聞いていた他の仲間から「はぁーーーーー」と呆れたようにため息を吐かれた。
「え?え?なんで?」
割といい案だと思ったのだがと焦っていると、シンに手を握られた。
「へ?シン?」
「お前が一番危険な役をやる必要はない。なぜ俺を頼らない?」
「???」
シュターナにとってシンは精神的に“歳下”だ。
つまりは庇護対象なのだ。
シンだけではない。
全員がシュターナにとっては守るべき“歳下”。
だから自分が危険を冒すのは当たり前。
そしてみんなもシュターナを“ボス”のように扱う。
だから常に一番危険な場所に居る。
なんら不思議なことではないのだが、シンやみんなにとっては違う。
どんなに賢く強くても見た目は子供だ。
その判断力や先を見る力、知識の豊富さ、そして純粋な強さから自分たちの上に立つに相応しいと思っているが、しかし、子供なのだ。
危険と分かっているところに態々行かせたくない。
止めなければ率先して突撃してしまうため、今回はシンがそれを止めた。
「それに奴らの前に出れば姿を見られる事になる。そうなると直ぐにでもここから撤退するかもしれない。だからお前は強力な防御壁を張って奴らを閉じ込めろ。防御壁の魔法は俺よりお前の方が得意だろう?」
「!」
確かにそうだ。そこまで思い至らなかったのは、拐われてきたエミリアを見て少なからず動揺していたのだ。
『俺たちももうすぐそちらに着く』
「!?」
インカムから聞こえたのはグレンの声。
ヒュバートがアジトに現れた事を知り、直様アジトの位置を覚えているニノとグレン、マールが向かっていたのだ。
万が一魔力を奪われても三人なら対処できる。
マールが竜へと姿を変え二人を背に乗せて飛べば、あっという間に森だ。
魔力探知ですぐそばまで三人が来ているのを確認しつつ水晶を見れば、エミリアは二人の男に両脇を支えられて、地下へと連れて行かれようとしていた。
その一人のポケットには水晶が仕込まれており、実に嬉しそうに「これで復活間違い無しだ」と声を弾ませているのが聞こえる。
「シン、お願いできる?」
先ほどとは違う、自分を頼る少女に、シンは握った手を一度ギュッと力を込めたあとそっと離した。
「任せろ」
地下の魔法陣に横たえられたエミリア。
自分たちに被害が及ばないように陣から二人は離れていく。
「行くぞ」
「うん」
シンが移動魔法で姿を消した瞬間、三重の防御壁を辺りに張ったと同時に、家の一部を爆破した。
「なんだ今の爆発は!?」
作戦通り一瞬怯んだ敵の前にシンが現れる。
「なんだ貴様!!」
「どこから!?」
水晶の中では突如現れたシンに慌てる声が響いてくる。
ヒュバートは咄嗟に魔法で攻撃するが、それに構う事なくシンはエミリアを横抱きにして移動魔法で消えた。
その瞬く間、
「よもやこんなところまで来るとは」
シュターナの背後でヒュバートの声が響いた。
「!?」
すかさず身体能力を上げ距離を取る。
ヒュバートが片手を上げ魔法陣の彫られた指輪をシュターナに向け、魔法を数発発動させるが二人の間に三人の男が立ち塞がりそれを全て弾き飛ばして阻止した。
「うわっ!今の登場のタイミングかっこ良くない!?」
「そうだな、ニノの発言で台無しだな」
「シュターナ、無事か?」
コントを始めそうなグレンとニノを放置して、シュターナへと駆け寄るマール。
当然無傷であると返事を返す。
「シンは?」
「多分エミリアを安全な場所へ移動させたと思う。私の防御壁は許された者しか通れないから」
そう言いつつヒュバートを見れば、面白そうにシュターナを見ていた。
「成る程。あの男が消えてすぐに移動魔法で退散しようとしたができなかったのは君のせいか…。シュターナ君」
「防御壁の中なら自由に移動できるよ?」
好きなところに逃げればいい、と挑発的な笑みを向けるが効いていないようで、肩を竦めるだけであった。
「ヒュバート様!」
古びた家からはヒュバートの仲間が慌てた様子で出てきた。
地下に何者かが現れ、生贄を連れ去ったのだ。慌てるのも当然だろう。
「さてヒュバート・ベルゲン、女子生徒誘拐の現行犯で捕獲させてもらうぞ」
警備員の仕事の時間だと、グレンが剣を抜くがそれをヒュバートに向ける前に、突如現れた横槍を防ぐ事になった。
「させるか!」
変異した腕と鋭く長い爪は人間ではないことを指している。
「チッ!」
マールと同じ竜の腕を持つ者だ。
「お前の相手は俺がしてやる!」
同じ竜種という事でグレンと男の間にマールが割って入った。
ヒュバートの周りは次々と敵が出揃い、シュターナ等を囲み、中には見たことのない者まで居り、総力戦と言った感じだ。
それもそのはずだろう。
グレンとニノはともかく、魔力の高いシュターナとマールは生贄にもってこいだ。
特にシュターナは生贄の条件に当て嵌まっているせいか、どうにかして捕らえようと言う気迫が見て取れた。
結果からすればシュターナがエミリアを助けた方が危険は少なかった事になるが、そんな事は結果論だ。
昼間、敵から奪った有り余る魔力を持つシュターナは、寧ろ発散できて好都合とさえ思っている。
「さて、お縄についてもらおうか?」
子供らしからぬ笑みに、シュターナと対峙した事のある者は表情を強張らせた。
「はぁーなぁーせぇーー!!!
「いーーやーー!!一人にしないでぇーー!」
一方その頃シンはというと…。
エミリアを助け出したあと、警備員の詰所へと預けに行き、事情を話している間に目を覚ましたエミリアがシンに抱きつき離れないでいた。
一人にするなとは言うが、ここは警備員の詰所。
数名の警備員が居り、シュターナとシンの偵察結果報告を待っていたのだ。
「エミリアお嬢様、我々が居りますから…」
「どうぞご安心を」
「いやよ!知らない人と一緒なんて!!シンが一緒じゃなきゃいやぁーーー!」
どこからそんな力が出てくるのかと言うほどの握力で衣服を掴むエミリアに、シンはゲンナリとしながら眠りの魔法を施した。
ふらりと倒れた体を受け止め、警備員に受け渡すと一言「頼んだ」とだけ残してシンは移動魔法でシュターナの元へと戻った。
空では竜の血を引く二人が激しくぶつかり合っていた。
竜の姿になると、足元が木々でよく見えないため仲間を踏み潰してしまう恐れがあるせいで二人とも部分的に変身し、闘っていた。
「お前も魔物の血が流れているなら俺たちの受けた差別が分かるだろう!?」
敵からかけられる言葉に微塵も反応する事も無く、マールはスピードを上げた。
鋭い爪で切り裂こうとするが、相手も竜だ。
マールのスピードについてきている。
「人間の味方をするなど、正気じゃ無い!!」
遥か上空から、ボワッと一瞬にして出した大きな火の玉をマール目掛けて飛ばすが、その向こうの地上にはシュターナたちが戦っているのが見えた。
マールが避ければ彼らに被害がいく。
それを明らかに狙った攻撃に、マールはギロリと相手を睨みつけた。
それに構わず敵は火の玉を放つが、マールはその火の玉よりもさらに大きな火の玉を作り出し、遥か上空へと弾き飛ばした。
「!?」
雲を突き抜け、その先で爆発した火の玉は数秒間闇夜を照らした。
地上からは「たーまやー」とよく分からない呑気なシュターナの声が響き、先程の苛立ちが少し和らぐ。
「…一つ、言っておく」
「!?」
これまでだんまりだったマールが漸く口を開いた。
「俺は人間の味方じゃない。俺と妹のために命をかけた主人の味方だ」
「主人…?はっ!やはり人間に良いように使われているだけじゃないか!!」
「…いや、自由に生きろと言われたから、俺たちの意思で自由にしているだけだ。使われた事など一度もない。俺は俺の意思でここにいる。だから…」
「!?どこだ!?」
今、目の前で話していたマールが姿を消した。
同じ竜であるにも関わらず動きが見えなかった。
それもそのはず。
マールは移動魔法で敵の背後に回っていたのだから。
「俺の主人に害をなそうとする者は誰であろうと許さない!」
「!?」
背後からの攻撃でも、同種である相手を貫く事は出来ず、地面に叩き落とすだけになってしまった。
目にも止まらぬ速さで空から降って来た仲間により、運悪く下敷きになった者に同情の眼差しを向けるニノ。
ふっと空を見れば少しご立腹のマールと目が合い、マールはニノに「邪魔してスマン」と軽く手を振った。
「ちょーびっくりしたわ〜」
「敵が一人減ってラッキーと思え」
驚きにより、バクバクと鳴る心臓を押さえながら、今まさに敵を一人倒したグレンを振り返るニノ。
相対していた敵がいきなり潰れれば誰でも驚く。
二人が相手をしているのは一人や二人ではない。
一番強力な魔力を持つ竜の者と、厄介な魔物召喚の魔法を使う者はそれぞれマールとシュターナが無力化してくれているが、それ以外の敵はニノとグレンが相手をしている。
手の空いたマールが参戦し始めているが中々に地味で面倒な戦いだ。
エミリアを避難させたあとやってきたシンはと言うと、ボスと見ているヒュバートとやり合っていた。
初めはシュターナがやる気満々で突っ込もうとしたが、それを素早く止め相手を交代したのだ。
シンもヒュバートもお互いに魔法をぶつけ合い相殺し合っているが、魔法陣がいらない分どんな魔法も使えるためシンの方が優勢だ。
ただ、それに対応しうる魔法を手持ちの魔法陣から瞬間的に選択できるヒュバートは、天才的とも言える。
魔力を奪いたいヒュバートとさっさと片付けたいシンだが、二人とも付かず離れずで中々苦戦しており、苛立ちが募っていく。
あまり威力があり過ぎると周りを巻き込むかもという心配もあり、威力の強い魔法は控えているシンは内心舌打ちしたのだった。
魔物召喚の魔法陣が浮かび出るたびにシュターナはパチンと指を鳴らし、陣を無効化していった。
昼間に魔力を殆ど使い果たしていたにもかかわらず、元気な事だと敵に対し感心していると、また魔法陣が現れる。
マールの方が終わったのを見計らい、そろそろ自分も終わらせてグレンとニノを手伝うか、とパチン!パチン!パチン!と立て続けに指を鳴らしていった。
「うわっ!?」
一つ目のパチンで土が盛り上がり、二つ目のパチンで土は硬い岩となり格子状の牢屋へと姿を変え、敵を閉じ込めた。
そして三つ目のパチンで魔力封じの魔法をかけた。
これで相手は魔法を使えない。
硬い石の牢屋を魔力も無しに破壊する事は出来ないだろう。
「さて」
と見回せば、圧倒的に不利な状況にも関わらずグレンとニノは着実に敵を倒していっていた。
相手は魔力も高く使う魔法の一つ一つは強力だ。
それを剣一本でいなし、切り倒す。
無駄のない戦い方だった。
マールも参戦していたので、不利な状況は打開されたようだ。
「よそ見かな?」
「!?」
シンと戦っているはずのヒュバートが突如シュターナの背後に現れた。
咄嗟に移動魔法で逃げようとするが、紙一重で捕まってしまった。
指を鳴らし魔法を使えないようになのか、ヒュバートは片手でシュターナの両腕を背後で束ね、もう片方の腕で首を締め付けるように自分の胸元に押さえ込んだ。
「うぐっ!」(苦しい!)
シュターナとヒュバートの目の前には、ヒュバートを追ってきたシンが焦りの表情で二人を見ていた。
「さて、諸君茶番は終わりだ」
生贄のシュターナを捕らえた。
ヒュバートを含め、敵等は揃って勝ちを確信したように声を上げた。
「さぁ、武器を捨てろ」
とグレンやニノに詰め寄るが、マールを含め三人の表情は「あぁーあ、やっちまったな…」と言う哀れみのものであった。
触らぬ神に祟りなし
当たらぬ蜂には刺されぬ
藪を突いて蛇を出す
そんな言葉が三人の脳裏を過ったと言う。
グレンとニノは剣を鞘に戻すと、そっと両手を合わせた。
「成仏しろよ」
と。
刹那
カッ!と眩い光が辺りを包んだ。
突然の目眩しに対処できる者はおらず、黒の一団以外の者は一瞬で視界を奪われた。
それはヒュバートも例外ではなく…と言うか一番近くで光を直視したヒュバートが一番の被害者だ。
シュターナを捕らえていた手を思わず離してしまい、自分の両手で顔を覆った。
「もう!あんな力任せに掴んだら痛いでしょ!?」
と憤慨する少女の声の後、
「殺すっ」
と低く野太い殺気に満ちた声がヒュバートの耳に届いた。
「ぐっ!?」
両手で覆っていた顔面に強い衝撃が走った。
「レイルが気にしてる風だったから手加減してやっていたが、そっちがその気なら死ね!」
シュターナに害が及ぼうとし、それにシンが腹を立てたのだ。
いや、腹を立てたという可愛いものではない。
最早町一つを消し飛ばさんほどのご立腹具合だ。
「こいつは俺が殺す」とその目にありありと映され、殴り殺そうかという勢いだった。
魔法で身体を強化し、更にもう一発、もう一発、もう一発、もう二発、三発と手数は増えヒュバートの顔面は見るに耐えない事となっていたのだった…。
シンが光を放った直後、シュターナは足を止めた敵達の足に瞬時に蔦を絡ませると言う魔法をかけ動きを止めた。
同時に再び剣を抜いたグレンとニノ、手を竜へと変身させたマールも敵が視界をやられているうちにと手早く倒していった。
抵抗のできない敵の制圧はなんとも簡単で、目が慣れる頃には気を失っている敵がゴロゴロと転がされていた。
「はいはい!シン!やり過ぎだよ!顔の原型ないじゃん」
「いいぞもっとやれ」
とマール。
「なんなら俺が代わってあげるよー」
とニノ。
「止めはしない」
とグレン。
「いや、止めて!?グレンはこっち側にいてくれなきゃ困るんだけど!?」
止める者も突っ込む者も居らず、仕方なくシュターナは一人でシンを押さえ込むのであった。
「だってあいつ、お前を傷つけた」
「だってじゃないの。まだ聞かなきゃいけないこととかあるんだから、殺しちゃダメ。それに何より殴りすぎてシンの手が酷いことになってるでしょうが!なんで魔法で攻撃しないで素手で殴っちゃったの!?ほらほら貸して。治すから」
痛々しいほどに皮が剥がれ、血が滲んでいる鍛えているわけのない拳に眉をひそめ、その傷を癒した。
「…反省はしてる、後悔はしていない」
「どこの犯罪者だ」
癒した手をペシッと軽く叩き、前世で聞いたことのあるような犯罪者の文句に息を吐いた。
こうして予定外ではあるが、学校の生徒から魔力を奪っていた主犯は捕まえることができ、一つ肩の荷が下りたのだった。




