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試験最終日
「…っ!!」
ヴァレルの執務室へと呼ばれたリーニャは顔面蒼白でシュターナを見た。
それもそうだろう。
昨夜は刺客が捕まり、今朝は毒入りの朝食を仕込んでおいたのに本人は何事もなかったかの様にピンピンしているのだから。
しかも、毒の保管場所をアンがしっかり見ていた事を、リーニャは知らない。
頭を下げてシュターナは素知らぬ顔で側室様をヴァレルの前へと促した。
(早計だったな…。それ程までに焦っていた?)
理由は何となく想像がついている。
執務室にはヴァレルとフレイザー、リーニャとシュターナの四人のみであった。
今回の騒ぎは、この四人に加えてクーとアン、トロントしか知らない為、騒ぎというにも語弊があるが。
「さて、リーニャよ。呼ばれた理由に心当たりはあるな?」
優しさのかけらもないヴァレルの視線にシュターナは内心ため息を吐き、リーニャはびくりと肩を震わせた。
「な、何のことか…」
この状況でとぼけるとは中々肝が据わっているとお門違いな事を考えているシュターナ。
少女とは裏腹にヴァレルは息を吐いた。
そのため息に更にリーニャの肩が震えた。
「昨夜シュターナが襲われた。運良く犯人は捕らえる事ができ、依頼人の名も吐かせることができた」
リーニャの顔色はグッと悪くなった。
雇った刺客が自分の名を言ったという事は、全てバレているという事なのだ。
「わ、私は…その…」
震える声にヴァレルは同情などしない。
何せ自分の妻達も殺されそうになったのだから。
「それから、これが何か知っているか?」
コトリと机に置かれたのはハニーと書かれたガラスの小瓶であった。
一見ただの蜂蜜入れだが、中身は蜂蜜にあるまじき紫色をした液体だ。
「わ、分かりません…」
未だとぼけようとするが、それは最早自白であった。
「蜂蜜の小瓶なのだから蜂蜜と言えばよかろうに…」
「!!」
フレイザーの声にリーニャはハッとした。
蜂蜜の小瓶なのだから蜂蜜が入っていて当たり前。
分からないという事は、蜂蜜以外の何かが入っているという事。
しかもそれは使った本人しか知らないのだ。
「リーニャ、蜂蜜ではないナニかが入っている事を知っていたな」
確信を持って告げられた言葉に、リーニャは膝から崩れ落ちた。
自分を犯人から除外する為に、自分を含めた三人の側室に毒を盛り、それが失敗すると次はターゲットをレミーエとラテファリアへと変えた。
「本来ならば成功するはずであったが、残念であったな。シュターナに見破られたぞ」
「!?」
静かに待機する侍女にリーニャは目を見開いた。
「シュターナ」
フレイザーがそう呼べばシュターナは礼をしたのち、
「魔法で作られた毒は魔力感知の魔法で見抜けます。リーニャ様にも魔力があるようですし、ご自分で作られたのではないかと思われます。ケーキに盛られた毒は私の解毒魔法で解毒致しましたので、被害は出ませんでした」
と淡々と報告を告げる。
「…こんな子供が…」
まさか魔力感知などという高度な魔法を使えるとは思わないだろう。
「…リーニャ、お前のやった事は全て分かっている。王宮で王妃の命を狙うなど私や国に対する裏切りである」
さらには父親も加担して刺客を雇っているのだ。
一族揃っての謀反と考えてもおかしくはないだろう。
「よって、そなたの一族に死罪を申し渡す」
「ひっ!お、お待ちください!!何卒!!」
「王族の命を狙ったのだ。それだけの覚悟はあったはずであろう」
冷静に尚且つ怒りを隠さないヴァレルに、リーニャはその場にへたり込み両手で顔を覆い泣き崩れた。
「お言葉ですが、国王陛下」
「む?」
言葉を放ったのはシュターナであった。
シュターナはリーニャとヴァレルの間に立ちジロリとヴァレルを見る。
フレイザーは面白そうに目を細めている為、どちらの味方もしないようだ。
「今回の件に関して陛下にも非があるかと思いますが」
「なんだと?」
まさかの言い分に、ヴァレルはギッとシュターナを睨みつけ、リーニャは藁にもすがる思いでシュターナを見た。
「以前申し上げた通り陛下が“側室”ではなく別の役職を与えていれば起こらなかった事です。側室になれば彼女達はこう思うはず。“第三の王妃になれる。もしくは二人の王妃が死ねば側室の誰かが正室に”と。野心溢れる貴族令嬢なら尚のこと。その事に思い至らず浅慮な事をしたのは他の誰でもない貴方ですよ?そのせいで要らぬ“犠牲がでた”。その責任はどう取られるおつもりか?」
「…」
苦虫を噛み潰したように、ヴァレルの表情は見る見る変わっていく。
正論なのだ、弁解の余地はない。
寧ろ言い訳しようものなら、更に追い討ちをかけるように責め立てられる光景しか思い浮かばない。
それほどにヴァレルはシュターナに苦手意識が芽生えていた。
「確かにリーニャ様のやった事は許される事ではないです。しかし、そのきっかけを作った貴方も同罪だと言わせていただきます」
彼女を罰するなら自分も同じ罰を受けろと、シュターナの目は語っていた。
「うぬぅ…」
何か良い抜け道はないかと思考を巡らせ唸っていると「そもそも」とシュターナの言葉が続いた。
まだ何かあるのかと身構えてしまうのは仕方がない。
「側室にして王妃様方の補佐をさせるというのは、つまりの事、側室になった彼女達から女の幸せの一つである“結婚”を奪い、“未来の旦那様と子供達”を奪ったも同然。個人の人生を踏みにじったのです。それも三人も。勿論彼女達を同様に愛し、子を成しその子供も同様に愛情を注ぐという事ならば問題ありませんが、貴方の言い方ですと“ただの王妃様方のサポート要員”としか聞こえませんでしたが?貴方はこの国の王でしょう?貴族も貴方の民。なぜ民の幸せを考えもせず自分本位な行動に出たのでしょうか?そもそも民ではなく物として考えていたという方がしっくりきますねー。あぁ、“俺は王様だから俺のいう事は絶対だからな”とかそんな風に思っていたとか無いですよねー?身分に重きを置く貴族ならば嫌でも従わないといけませんもんねー。ましてや国王陛下の命令であったならば逆らうなど」
「シュターナや、その辺にしておやり。ヴァレル王のHPはもうゼロだ」
「え?」
フレイザーのストップでふとヴァレルを見れば、虚ろな目で宙を見ていた。
全て事実な為反論の余地がなかったのだ。
最早、真犯人は国王様と言っている風でもある。
シュターナの後ろではリーニャが口を半開きでポカンとしていた。
「…シュターナ…私にどうしろと?」
「事の真相をレミーエ様とラテファリア様、そして側室様方にお話しになって下さい。あの方々が一番の被害者です。皆様にヴァレル様とリーニャ様の処遇をお任せしたいと思います。側室を持たれた事でレミーエ様とラテファリア様は傷ついていますので、心のケアもお忘れなく。その後の事はお任せします。一国の王として最良の判断を期待してますね」
“間違った判断したら容赦しねぇぞ”
副音声でそう聞こえたと、後にヴァレルはフレイザーに語ったという…。
ヴァレルは一国の王でありながらこのような少女に口で言い負かされ、内心腹立たしい思いであったが、シュターナの正体がシュンであると分かってしまっているため下手な事は言えないし、できない。
黒の一団の噂を知らぬ者はいない。
少数メンバーであるが、不興を買えば国が潰されるやもしれない戦力を持つと言われている。
実際に力尽くで潰された国はないが、大量の魔物を涼しい顔で消し去っただとか、某国の力ある貴族を没落させたとか、大地震で崖が崩れ土砂の下敷きになった村を救ったとか、人外の仕業の様な噂はまことしやかに囁かれている。
まぁ、どれも事実であるが。
本気になれば国だって潰せるんじゃね?くらいは思われているという事だ。
シュンとしては国を潰してもその後の処理が面倒なのでそんな事はしないが、精々そうならないように頑張ってね!とエールを送るくらいだ。
それもどの国にも当てはまるわけではなく、今回は他でもないフレイザーが中枢を担う国であり、町には友人達も住んでいる。
彼らがより良い暮らしが出来るようにと、“アドバイス”をしたのだ。
王妃様方のサポートをするのはいいが、今度はやり方を間違えるなよ?と。
それからの城内と言えば、王妃や側室達に毒を盛ったリーニャは、当たり前であるが側室としての婚姻は解消となりこのまま城に置いておくわけにはいかないと、実家へ返された。
一族共々王都外への追放となった。
王都には住めないが国内での生活が許されたのは、シュターナの「お前(国王)が余計な事しなければあこんなことにならなかった」という“口利き”を王妃達が聞き入れた事が大きい。
他の側室達とは、もし結婚したい者がいるならば“下げ渡し”という事になるがそれでもいいのなら許すという事になった。
残った二人の元側室達は引き続き王妃達の仕事を手伝う事になる為、僅かであるが王家との繋がりも出来るので結婚に対して嫌な顔をする貴族はいないだろう。
ヴァレルが側室達に手を出したのは一回きりで、懐妊していないのは不幸中の幸いである。
「!!!!?!!!!!!!????」
「ステラ、気をしっかり持って」
「そ、そんな……私は…私は…っ」
一番の問題は、「シュターナはフレイザーの指示で城内を調べていただけなので侍女にはならない」と聞いた時の侍女長ステラであった。
彼女はすっかりシュターナを自分の後継者として見ていたのだ。
それが、晴天の霹靂、寝耳に水。
ステラは膝から崩れ落ちた。
「なんて事…」
数十年侍女として誠心誠意王家に仕えているステラが、初めて王族の前で不敬にも膝から崩れ落ちた瞬間であった。
事が事なだけに誰も咎める事はない。
「ステラ侍女長、心よりお詫び申し上げる。それもこれも全てヴァレル国王の浅慮によるもの…恨むなら遠慮なくヴァレル国王を」
「おい」
シュターナではなく、黒いコートに身を包んだシュンの姿で目の前の国王に毒を吐く。
口調も振る舞いも全てシュターナのものではなくなったシュンにステラは肩を落とした。
「…そうですか…」
「ス、ステラ?」
振り乱した髪をそのままに、ゆっくりと立ち上がるステラに若干怯えるヴァレルに、その両脇に控える二人の王妃は、心ゆくまで呪えばいいと頷いている。
しかし、ステラはシュンと向き直りその手を握った。
「レミーエ様とラテファリア様のお命をお守りくださり、感謝いたします」
試験初日にシュンが居なければ、レミーエとラテファリアは既にこの世に居なかったのだ。
そう考えれば奇跡とも言えるタイミングであった。
一日ズレていただけで、今頃国中が喪に服していた事だろう。
流石は王城侍女の長。
瞬時に個人の感情を押し殺し、敬愛する王妃方の命を救った事に心より感謝の意を表した。
「私達からも感謝を申し上げます。シュターナ、いいえ、黒の一団シュン」
「命を救っていただき感謝する、シュン」
「この国を更に豊かにする為には、お二人は欠かせないでしょうからね」
この国王の手綱をしっかり持っていて下さいねと付け加えれば、ヴァレルはウンザリとした表情を見せたが、二人の王妃は力強く頷いた。
こうして城内で起きた一部の人間のみが知る騒ぎは他者に知られる事なく幕を閉じた。
しかし、それが“もう一つ”の物語を大きく変えることになるとはこの場の誰も知らない…。
半年後。
王位即位周年祭。
王都の広間に設置された舞台より、国王が国民へ言葉を向け、その両脇には色違いのドレスを身にまとった王妃二人が控えている。
国の繁栄、戦のない平和の継続、吸収してきた小国への配慮などを真剣な面持ちで語るヴァレルの言葉を国民は黙って聞いている。
その広場の端では一人の少女が首を傾げていた。
「あれー?何で王妃が二人とも生きてるの?ゲームじゃ半年前に死んだはずなのに…?」
小綺麗な装いから貴族の娘という事が分かる。
しかし、その思考は普通ではない。
「ま、いっかー」(王妃が生きていても私の逆ハールートは変わらないものね!下準備は万端だし、何せ私はこの世界のヒロインに生まれ変わったんだから!“アスベルの冒険譚”の作者とキャラデザが同じ乙女ゲームの世界!そして隠しキャラはアスベルとシン!)
国王の話もそこそこに、少女は楽しくてしょうがないという表情で広場を後にした…。




