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「…返事はまだ来ないのね…」
侍女服を身に纏った女は、王族宛ての手紙を細かくチェックし、溜息を吐いた。
数日前にある仕立て屋にドレスの依頼をしたが、返事はない。
仮令ドレスを仕立てた事がなく、どの貴族からの依頼を断っていても、王族のシーリングを使ったのだ、拒否はできないはずである。
「前にお父様のお名前で依頼して断られたのよね…。でも王族なら…ふふ」
楽しみだと言わんばかりの笑みで、手紙を宛名毎に分けるとそれを受け取り主達へと届ける。
国王ヴァレルの執務室へとやってくると、扉の前には護衛が居り、手紙の配達であると不審物がないか護衛にチェックをさせてノックの後の返事を待って入室した。
「アラルか」
「お届けものです、陛下」
伯爵令嬢でありながら人当たりも良く頭の回転も速いアラルは、ステラからも一目置かれている。
アラルは手紙を届けると、一礼をし部屋を後にした。
(…今夜のお呼ばれが無かったわね…)
この後は二人の王妃と側室達に手紙を配り、その日の業務は終了となった。
「あ、アラルさん」
「あら、シュターナ!随分上手くやってるのね!ステラ侍女長が褒めまくってたわよ!」
「え!?本当ですか!?」
先王と王太后の畑仕事を手伝ったシュターナは泥だらけになり、侍女服から私服へと着替えていた。
本日の試験は既に終了を言い渡され、普段一般人が入る事ができない王城を記念に探検しているのだと言えば、アラルからは
「どうせ近々嫌でも毎日走り回ることになるわよ」
とシュターナの合格を確信している言葉が出た。
今や城内はシュターナの噂で持ちきりだ。
子供でありながら優秀で博識、二人の王妃の覚えもめでたく、厳しいステラ侍女長が褒めちぎっていると。
「それはきっと、大公閣下のお屋敷の侍女長様のお陰です。閣下の侍女長様に教わったので」
正確には魔法によるコピーだが。
「そう言う鼻にかけない所も良いんだと思うわよ」
「恐れ入ります」
どうせ合格だろうし、前もって勉強のつもりで城の中を案内すると言い出したアラルにシュターナは遠慮なく頼むことにした。
広間や訓練場、厩に裏庭。
裏庭から先王の屋敷がある庭までの近道なども教えてくれた。
根っからの姉御肌なのだろう。
面倒見もよく、シュターナがあれこれ聞いても嫌な顔一つせずに教えてくれた。
夕方、まだ業務が残っている侍女達が忙しなく働いている時間帯。
すれ違う侍女達に聞こえるように、そして何でもないように、シュターナは爆弾を投下した。
「そう言えば、夜に陛下のお部屋に呼ばれているのですが…」
「…え?!」
シュターナの発言に反応したのはアラルだけではない。
行き交う侍女達もチラチラと二人を見ていた。
「私はまだ正式な侍女ではありませんが、侍女服でいいのでしょうか?」
明らかな動揺を見ないふりをし、アラルに問う。
これは前もってヴァレルに協力を願い出ていた為、確認されても問題ない。
「部屋、って言うのは…寝室ってこと?」
「執務室の側のお部屋です。あの部屋が寝室かどうかは…」
入った事がないのでわからないと装ったが、寝室である事は知っている。
アラルの表情がどんどん強張っていく。
(こんな子供にまでっ!!?)
それもそうだろう。
自国の王が自分の息子より幼い少女に手を出そうとしているのだから。
しかも、シュターナはそんな事とは気づいていない。
焦るアラルはシュターナの手を引き、足早に自室へと向かった。
急いで自分の部屋にシュターナを押し込めると、扉を閉め、机の引き出しを漁りだした。
「あった!いい?シュターナ!!」
「え?!は、はい?」
ただ事ではないそのアラルの表情にシュターナは背筋を伸ばした。
「もし、陛下が無理矢理貴方の嫌がる事をしようとしたら、これをひと舐めしなさい」
「え?」
それは小さな小瓶に入った、毒であった。
シュンの魔力感知の魔法でそれは一目で分かった。
王妃のケーキに混ぜられた毒だと。
「…アラルさん、これは?」
「これは側室であられる、リーニャ様に私が貴方と同じ状況になった時に頂いたものよ。私の時は必要にならなかったけど、万が一があるわ。いい?ひと舐めよ?それだけなら体調を崩す程度らしいから。沢山飲むと死んでしまうから気をつけて」
それは真剣に、そして心配の色を滲ませ…
(リーニャ様か…)
アラルはそうとは知らずに無意識に毒殺未遂事件の犯人を吐いた。
容疑者は側室の三人と、お手付きになっている側室候補の侍女の合計四人だった。
側室等は自らに毒を盛れば容疑者から外れる。
そう考えたのだろうと、シュンは真っ先に思った。
何せ、周囲の側室と王妃が居なくなれば、空いた王妃の座は自分一人のモノになるのだから。
しかし、先に殺すはずだった側室達へ盛った毒がバレてしまい、一時中断するしか無かった。
そんな中、また一人側室候補が現れた。
アラルだ。
国王の寝室へ呼ばれてしまったと悩むアラルに、先ほどの説明をし毒を渡したのだろう。
実際少量なら命に別状はない。
それを身をもって体験している為、危険は無かった。
はたから見れば、「陛下の寵愛を拒む事が出来ず、ギリギリで自殺(未遂)しようとした侍女」となる。
となれば国王も無理強いはするまい。
アラルは側室候補から外れるわけだが、どういうわけか、アラルは受け入れてしまい、失敗してしまった。
今度は二人の王妃へとターゲットを切り替えた。
今度こそ!とホールケーキには致死量の毒が入っていた。
しかし、ケーキを口にした者達が誰も何の異常も示さない。
リーニャ様はさぞかし焦っただろう。
と、考えたところで、シュターナはアラルから毒の小瓶を受け取った。
「ありがとうございます。ですが…フレイザー閣下も同席されるので嫌がる事はされないかと」
「…え?」
「何でも、陛下はフレイザー閣下に私の事をお聞きになりながらお酒を飲むのだとか。と言うか、フレイザー閣下は私におつまみを作らせる気満々みたいでした」
「…おつまみ……そう………そうなのね…びっくりしたわ…良かった…」
心底安心したのか、アラルはヘタリと床に膝をついてしまった。
その反応から、アラルの優しさが伝わった。
「アラルさんは、所謂“お手付き”というものなのですか?」
「へ?!」
アラルは先ほど確かに言った。
シュターナと同じ状況になった、と。
それはつまり寝室に呼ばれたと言う事だ。
「あぁ…それならちゃんと陛下にお断りしたわ。したはずなのだけど、未だに食い下がってくるのよ。“妃達の力になってくれ”って。でも側室になると他の人と結婚できないから」
婚約者がいるのだ、と至極嬉しそうに笑う姿を見て、シュターナは「あのおっさんいっちょ〆とくか」と内心で決意した。
「即位式周年祭で侍女ではなく伯爵令嬢として婚約者と王家のパーティーに出るの!その時に着るドレスを注文したのだけれど…」
そこまで聞いて、シュターナはハッとした。
国王の寝室へ招かれるほど信頼されているアラルならばシーリングくらい使えるのではないか、と。
そこでアルマへドレス作成依頼の手紙を、王家のシーリング入りで出した。
それならば王妃の名前が入っていない事にも納得がいく。
が、それはれっきとした犯罪である。
アラル自身はとても良い娘である。
新入りのシュターナにここまで親身になってくれるものはまずいないであろう。
シュンとしてもアラルが罰せられるのは気分が良くない。
「もしかして、アルマさんへの依頼はアラルさんが?」
「え?どうしてそれを?」
気分が良くないので、アラル救済ルートに行く事にした。
「アルマさんは知り合いなんです。王家から名前のない依頼が来て困ってました」
「…そっか…そうよね…私の名前を書くわけにはいかないから名前は書いてないのよ…」
「あの、アラルさん…王家のシーリングを勝手に使うのは偽装罪になるのでは?」
「!!そうか!私ったらなんて事を…!!」
軽い気持ちであったのだろう。
しかし、冷静になって考えるととんでもないことである。
顔面蒼白になったアラルの手をそっと握り
「試験が終わったら私がアルマさんにお手紙は焼却するようにお願いしておきます。…ドレスは諦めて頂く事になりますが…」
証拠隠滅である。
「本当!?あぁ…本当にごめんなさい!ハルスカートの方々にもお詫びを申し上げてちょうだい…。私、あのブランドの大ファンで…つい…」
「大丈夫!バレなければ問題ありません!」
「…貴女って意外とキモがすわってるのね…」
意外な展開からアルマの依頼をクリアすることができる、シュターナにとってはありがたいの一言に尽きた。
「犯人はリーニャだったか…」
「証拠は無いけどね」
アラルに言った通り、シュンはフレイザーとヴァレルにつまみを作りながら事の詳細を説明する。
「一応、餌は撒いたから食いついてくれれば良いけど」
「餌?」
夕方、アラルに「陛下の寝室へ御呼ばれ」話をした時に近くに何人かの侍女達がいた。
きっと彼女達は“スクープだ”と言わんばかりにほかの侍女や執事達にも話した事だろう。
おっさんが少女を手篭めにするのだ。
噂はおひれをつけて、リーニャの耳にも入った筈だ。
ともなれば、これ以上側室を増やす訳にはいかない為、何かしら仕掛けてきてもおかしくない。
明日の朝食に毒を盛られてもおかしくないのだ。
「アンとトロントにも伝えてリーニャ様を四六時中見張ってもらってるから、毒のありかも分かると思うよ」
「自分を餌にしたのか」
「解毒魔法使えるから問題ないし、刺客が来ても返り討ちにできる」
刺客が現れた場合、取っ捕まえて自白させればいい。
どちらにせよ「捕まえてやんよ!どっちでもかかって来いやぁ!」状態である。
ふと、何かに気付いたシュターナはフレイザーのグラスの酒を一気に煽った。
「!!?シュターナ!?」
子供の体にアルコールがいい訳なく、一気飲みなど死の危険すらある。
シュターナはふらりとよろけ、フレイザーは咄嗟に支えた。
刹那。
バンっ!と勢いよく扉が開かれた。
開かれたと言うより、蹴破られたと言った方が正しいだろう。
「!?なんだ!?レミーエ!?ラテファリア!?」
犯人は凄まじい剣幕の二人の王妃であった。
王妃二人はフレイザーにしがみつく少女を目に、キッと目端を吊り上げた。
「ヴァレル様!見損ないました!」
「はぁ!?」
「こんな幼い少女になんて事をっ!」
「いや、ちょっと待て!一体なんの事だ!?」
レミーエはシュターナに足早に寄ると、その顔を覗き見た。
「シュターナ!大丈夫ですか?!」
「…かっか、が、いらひてくだはったのれ…」
呂律の回らない舌で何とか話そうとするシュターナの健気さにレミーエは、グッと拳を握った。
「フレイザー閣下、申し訳ございません。クリスの大事な侍女を…」
「いや、大事ない…あとは任せても?」
「勿論です」
「!!???フレイザー閣下!!?」
一体何の話をしているのか皆目見当もつかないヴァレルにラテファリアは、
「ヴァレル様、あの様な子供に無体を働くなど!恥を知りなさい!」
「はぁ!!?」
「さぁ、ヴァレル様、長い夜はこれからですわよ?」
「え?ちょっと!?」
助けを求めてフレイザーを見るが、彼は今正に扉を潜り退出していきその後にシュターナが続いた。
そして彼女はグッ!と親指を立てていい笑顔で扉を閉めたのだった。
そしてその後にはヴァレルの断末魔の叫びが響いたとか響いていないとか…。
アラルとの会話の最中「あのおっさんいっちょ〆る」とは思ったが、実際にシュンが手を出すと大事件なので「陛下がシュターナに手を出すんだってよ!」と言う噂を広めたのだ。
それを聞いた二人の王妃はきっと助けようとやってくるだろうと予測していた。
気配が近づいてきたタイミングで酒を煽り、酔わせていかがわしい事されかけましたというありもしないシチュエーションを作ったのだ。
因みにフレイザーには事前に話してあった為、面白そうだから一肌脱ごうとノリノリで協力してくれたのだ。
因みに部屋を出てすぐ、解毒魔法でアルコールを除去した為、全く酔っていない。
「シュターナ!」
「!?アラルさん」
「はっ!フレイザー閣下、大変失礼致しました」
「いやいや。気にせんよ」
シュターナが部屋を出てすぐ、柱の陰から心配げなアラルが飛び出してきた。
直ぐにフレイザーにも気づいて、謝罪を口にする。
「やっぱり少し心配で…」
「ありがとうございます。ですが見ての通り何も御座いませんよ?」
「でも、さっきレミーエ様とラテファリア様が恐ろしい剣幕で入っていかれたから…」
「ああ、それは多分勘違いをされているのだと思います」
「勘違い?」
夕方二人で話していた会話に尾ひれがついて勘違いしたのだと話せば、哀れむ様な眼差しでアラルは国王の寝室へと視線を向けたのだった。
その日の深夜、結果から言えば刺客はきた。
そして返り討ちにしてやった。
ヴァレルの許可のもと、刺客は見張り付きで牢屋へと入れられ、フレイザーにより訊問が行われたが、一言も口を割らなかったので、シュンは一言だけ口を挟んだ。
「今すぐ処刑でいいんじゃない?」
と。
当然相手は焦る。
きっと雇われる時に、もし捕まっても処刑前に助け出すとでも言われたのだろう。
そんな事普通に考えて無理なのに。
そもそもなぜこんな簡単に王城へ侵入できたと思うのか。
それは、賊を捕まえるためにわざと警備を緩くしていたからに決まっている。
「お前さんの様な使い捨ては成功すればラッキーくらいにしか考えておらんよ。賊を捕まえたという我らの油断を誘い、本命の策を打つ。その為の捨て駒なんだよ。お前さんは」
「っ!」
顔面蒼白の男にフレイザーはフッと表情を和らげる。
「雇い主を証言すれば処刑は免れる様私から国王様に掛けあおう。どうだ?」
誰だって命は惜しいのだ。
しかも使い捨て呼ばわりまでされ、一矢報いたい気持ちもあったのだろう。
男は漸く口を開いた。
「ナダリュシカ男爵」
と。
娘リーニャの“お願い”で父親が動いたと言う証拠であった。




