41
試験二日目
王妃様方にまたアイスティーを淹れたり、侍女達に紛れて言われた場所の掃除を行ったり、料理の補佐をしてみたり、薪割りをしてみたりと多岐に渡り試験は行われた。
その最中、側室方に「評判のアイスティーを」と請われ、更には「私にも頼む」と薪割り場に顔を見せた国王ヴァレル・エトランゼ様には流石に目を剥いた。
五十代目前とは思えない若々しい風貌に、一瞬国王様と気づかなかったのは内緒である。
「お主は実に優秀であるとステラやトロントから聞いている」
アイスティーの香りを楽しみつつ、ステラの用意した菓子を食しながら機嫌よく口を開いた。
「恐れ入ります」
この国の最高位である国王に頭を下げれば直ぐに「面をあげよ」と告げられた。
「クリスが嫁いで来れば主も付いて来るわけであるか」
「…恐れながら申し上げます」
「良い」
「私はまだ試験の最中。落ちる可能性もあります」
そう言えば控えていたステラは少し驚いた表情をしていた。
与えた課題を完璧にこなし、全てに於いて褒めていたにも拘わらず、まだ落ちる可能性があると思っている事が驚きであったのだ。
通常ならば「最早合格は当たり前」だと思っていてもおかしくない。
最後まで気をぬく事なく最善を尽くすつもりであると、暗に言っているのだと思ったステラのシュターナへの好感度は爆上がりであった。
「コホン、恐れながら陛下」
「ステラ、なんだ?」
「シュターナの言う通り試験はまだ全て終わっていません。今ここで合格を告げては後の試験にて手抜きが起こるやもしれませんので安易な発言はお控え願います」
シュターナがやる気ならばこちらも全力で試験を続行し、そして誰も文句のつけようのない合格を与えるべきだと考えた。
シュターナが仕えるのは、次期王妃となる少女なのだ。
自分が現王妃達を支えている様に、シュターナにもそれを望んでいる。
寧ろ、ステラは「自分の後継者はシュターナしか居ない」とさえ思っていた。
それ程までにシュターナの才能は完璧だったのだ。
「ふむ、それはいかんな。シュターナ、最終試験は厳しいぞ。期待している」
「恐れいります」
最善を尽くしますと一礼するシュターナを満足げに見たあと、ヴァレルはステラへと向き直った。
「そうだ、ステラよ」
「はい。陛下」
「フレイザー殿がご滞在中なのだろう?呼んでくれ」
「承知致しました。シュターナ、陛下のお相手を」
「かしこまりました」
ステラはサロンにヴァレルとシュターナを残し退室した。
さて、とヴァレルは改めてシュンへと向き直り、「で?」と問う。
「?で、とは?」
漠然としすぎて何も分からない。
主語が欲しいと考えているとヴァレルは至極真剣な口調で不足分の言葉を口にした。
「お主はフレイザー殿の子飼いであろう?」
「違います」
真剣に尋ねられた問いに間髪入れず、これまた真顔で返すシュターナにヴァレルは僅かにたじろいだ。
「……」
「違います」
何も言っていないにも拘わらず、念押しとばかりに再び否定の返事をする。
「…違うのか?」
「断じて違います」
しかし、そう問うということはヴァレルも城内で何か起きていることを感じ取っているのだろう。
「なぜそうお考えになられたのか、お聞きしても宜しいですか?」
「ふむ…その優秀ぶりならばフレイザー殿の子飼いでもおかしくないと思ってな。それに最近城の中が騒がしい」
やはり気づいているのか、と感心しているとスッとヴァレルの視線が鋭くなった。
「では、お主は何者だ?」
その視線に怯える事もしない少女に、ヴァレルは自分の感が正しかったと確信した。
「私はフレイザー閣下のご依頼で、その騒がしい城内を調べに来た者です」
「…黒の一団のシュンか」
「!」
そう言い切ったヴァレルにシュターナは漸く表情を崩した。
まさかピンポイントで言い当てられるとは思わなかったのだ。
「良くご存知で」
「フレイザー殿がよく話してくださるものでな。そうか、ではお主はクリスと共にこの城に勤めることはないのか…」
はぁー…と至極残念そうに息を吐くヴァレルにシュターナは首をかしげる。
優秀な侍女なら沢山いるだろうに、何をそんなに残念がる事があるのだろうかと。
「お主が城勤めとなったら側室にと思ったのだが」
「去勢すんぞ」
「…それが素か…。物騒だな…」
王妃が異例の二人居り、更には三人の側室に、四人目に手を付けているにも拘わらず、自身の息子達より年下の少女に言うセリフではない。
白い目でじっとりと見れば、ヴァレルはコホンと一つ咳をし、仕切り直した。
「あの側室達は皆、王妃達の為のものだ」
「?」
突然の告白に当然ながら疑問符が浮かぶ。
側室が王妃の為とはどう言うことか、意味が分からない。
「二人の王妃達は実に優秀でな。次から次へと新しい政策を提案しては、実行後に起こるであろう国への影響も事細かに説明してくる。初めは本当に可能か、試しにいくつかの政策を任せてみたのだが…」
「完璧にこなした、と」
「うむ…」
そう言う経緯もあり、他国では絶対にない王妃の政への参加が大々的に行われている。
しかし、その仕事の数が増え過ぎた為、サポート役として優秀な側近や侍女達を側室として迎え入れたのだ。
王妃代理の権限を持つもの、それが側室だった。
王妃達の判断が必要な時に、時間が取れなかったり不在であった場合は、側室達がその代理として判断が許されている。
ゆえに国王はおろか、王妃達からも信頼されている者達を側室に据えている。
「しかし、第三の王妃の座を巡って争いが起きていると噂がありますが?」
「…あぁ、それは餌だ」
「…つまり、実績を残した者には第三の王妃の座を褒美として、という事ですか?」
「うむ」
「うむ、じゃねぇよ。実績を残そうとして不正に走ったら元も子もないじゃないですか。そこは側室じゃなくて、王妃様方用宰相を付けるとか、王妃様方がスムーズに仕事ができるようにスケジュール管理ができるサポートをつければ良かったんですよ。側室なんてつくるからこんなめんどくさい事になってんじゃん。大元の元凶が国王様かよ」
「……シュターナよ…口調が」
「たった今貴方は私の敬う対象から外れました」
「…」
「不敬罪ですか?罰せられるものならどうぞ。事件解決一歩手前ですが、それをまた初めからご自分でお調べください。その間に王妃様方や側室方がお亡くなりになるかもしれませんがね」
「!?事態はそこまでなのか?」
「側室方が揃って体調を崩されたでしょう」
暫く前にそう言った報告があったが、ある日を境に元気を取り戻した為、三人はよく共に行動していたので感染症か何かだったのではと言われている。
しかし、シュターナの口調ではそうではないようだ。
「…」
話せと、睨みつけるヴァレルにシュターナは怯むことなく侍女の表情を作り一歩後ろに下がった。
「?」
それが何を示すか分からず疑問に思っていると、コンコン、とサロンのドアがノックされた。
シュターナがそっとドアに近づき扉を開けるとそこにはフレイザーとフレイザーを呼びに行ったステラが居た。
扉を大きく開けつつ、フレイザーに道を譲るようにシュターナは後ろへと下がった。
(二人の気配を察したのか!?)
シュターナの一連の動きはそうでなければ説明できない。
ヴァレル自身は全く気づかなかったのだ。
昔はそうではなかった。
戦時中は命を狙われることも多く、誰よりも気配に敏感であったはずなのに…。
(城内の異変にも気付くのが遅かった…歳をとったという事か…)
フレイザーの飲み物を用意すると、ステラは再び退室しサロンにはヴァレルとフレイザー、シュターナのみとなった。
「フレイザー殿、ご挨拶が遅くなり申し訳無い」
「いやいや、本来ならば私の方が出向かなければならないのです」
「いいえ!私にとって貴方はもう一人の父なのです!敬意を払うべき相手!」
「…」
じっとりとまたあの白い目でシュターナはヴァレルをみた。
「これ、シュターナ…陛下をそのような目で見るで無い」
「…確かに国民にとってはとても良い王でしょうが、周囲には迷惑この上ない」
「…ほぅ、今の私の発言のどこにフレイザー殿にご迷惑がかかると?」
「敬意をはらっているとはどこを指しているのでしょうか?貴方がご自身のご子息にフレイザー閣下の愛孫を嫁にと希望したばかりに、閣下は後継を失ったことは勿論ご理解頂いてますよね?閣下の家は一代で潰れることを指しています。敬意など微塵もないではないですか」
「!?」
「おやおや、その表情はまさか分かっていなかったと?この国の英雄に対し随分配慮の無い事で。戦時は勿論、小国を吸収するとは大小なりとも反発が起きるもの。それを長きに渡り抑えて周囲が納得いくように心砕いた大公閣下に対する対応とは思えない。寧ろ平民上がりが調子にのるな、と地位を奪ったように見えますね」
「よさぬか」(…シュンのやつめ…)
フレイザーは苦笑いしつつシュターナを諌めた。
元々平民のフレイザーは一応納得していたが、シュンはそうではなかった。
国内だけでなく国外でのフレイザー・アーリッシュの影響は大きい。
それを踏まえれば英雄を蔑ろにし、家を潰し政治から離したとあったら、国王に対して不信感が出る。
国内では納得がいかないと大小なりとも騒ぎになる。
それに乗じて他国から攻められる可能性もある。
“あの英雄が居なくなれば落とすは容易い”と考える者も少なくないはずだ。
しかも悪く言えば小国の寄せ集め。
その小国をまとめ上げていたフレイザーが居なくなれば、烏合の衆といっても過言ではないのだ。
「平民になったフレイザー・アーリッシュに動かせる駒は無いってわかってますよね?勿論、その先の対策までちゃんと考えてるよね?」
「…」
初対面の少女に、ヴァレルはぐうの音も出なかった。
ヴァレルとしてはフレイザーの孫娘を息子の嫁にすることにより、王家と大公家は親密である事を周囲に知らしめたかったのだ。
ただその一点に尽きた。
「…私はフレイザー殿の家を潰そうとしたのか…」
「家のことは気になさらず。元々平民の出。私は構わんのです…が、今のシュターナの話を聞いてしまってはそうもいきますまいな…」
フレイザー自身も、今のシュンの話を考えなかったわけではない。
その時はまた自分が出張ればいいと思っていたが、シュンの言う通り、その時には配下は居ないのだ。
昔のように若いわけでも無く、自分で動くことは殆ど無理だろう。
「…フレイザー殿、すまなんだ…」
「どうやら私も簡単に考え過ぎていたようです…」
さて、どうしたものか、と顔を合わせたあと二人はシュンへと向き直った。
「こっち見んな」
「お主ならばどうする?」
「意見を聞きたい」
この国のツートップがまさか平民の少女に意見を求めているとは誰も思うまい。
「はぁー…。まず、第一王子との婚約解消。王家と大公家の繋がりを明確にしておきたいのならば、第二王子をクリスお嬢さんの婚約者にして、アーリッシュ家の婿にすればいいんじゃない?これなら繋がりもできて、アーリッシュ家は守られる。第二王子が次期国王に、第一王子がアーリッシュ家の婿になりたいなら話は別だけど?あとは、王妃様方か側室方にもう一人息子を産んでもらってアーリッシュ家に養子に出す。私が思いつくのはそれくらい。あとは知らん」
自分たちのことだろう、あとは自分たちで考えろと息を吐いた。
唯一の救いは国民に対して婚約発表がまだな事である。
半年後の即位式周年祭で発表するつもりだったらしい。
その事は王妃方や子息達を交えて話し合いをする事になった。
「で、話を戻すけど、私はこのまま調査を続けていいの?それとも不敬罪で罰する?」
あまりにも話が脱線してしまい(脱線させたのはシュンだが)シュターナがいつものシュンに戻っていることにフレイザーも漸く気づいた。
「バレたのか?」
「頭の回転が速いのか遅いのか分からない国王様だね。直ぐにバレた」
あれだけ否定すれば、バラしたとも言う。
「いや、引き続き頼む。それで、側室達の事は?」
何が原因だったのか、と問うヴァレルにフレイザーが口を開いた。
「毒でした」
「なんと!?」
気分が悪くなる程度の少量の毒を毎日食事に混ぜられていた。
ほんの少ししか口にしない毒味役もそれでは気づかないし、少量過ぎて異変も起きなかった。
ある一定の量を摂取しなければ症状は出ないのだ。
それをフレイザーの配下が発見し、今では解毒を施しそれを防いでいるため側室達は回復し何事もなかったように過ごしている。
それからしばらくの間は、犯人もバレてしまったことに警戒して動かなかったが昨日、王妃方が狙われた。
「成る程、既にお主は王妃達の命の恩人というわけか…」
「そのせいで犯人はまた動きを止めるだろうな…」
「問題ないよ。犯人の目星はついてるから」
ニヤリと笑みを浮かべるシュンに視線が集まり、その先を促すがそれはステラが戻ってきた事で打ち切られた。
瞬時に侍女に戻ったシュターナに、フレイザーとヴァレルは感心した。
それと同時にヴァレルはこの優秀な人材が我が国のものとならないのが、実に口惜しく思ったのだった。
「ステラ侍女長様、お聞きしても宜しいですか?」
次の試験を行う場所へと向かう最中、侍女の顔をしたシュターナが興味津々とばかりに瞳を輝かせステラを見た。
「何でしょう?」
完璧に仕事をこなす優秀さを持ちながら子供のような無邪気な瞳を見せるシュターナに、少しばかり微笑ましく思う。
「半年後の即位式周年祭で王妃様方はどのようなドレスを身に着けられるのでしょうか?」
女の子ならば華やかな物に興味を示すのは当然であろうと、ステラは特に疑問も無く、国一番の王家御用達の仕立て屋“マダムローザ”へとそれはそれは美しいドレスを発注したのだと答えた。
仲の良い二人の王妃は形は同じだが色違いのドレスを、側室達もそれぞれ自分の好みのドレスを“マダムローザ”へと注文していたという。
(おや?アルマさんに頼んだんじゃないのか?)
王妃のドレスの事を機嫌よく話すステラに相槌を打ちながら、内心では違う事を考えていた。
ではいったい誰がアルマに依頼したのか。
手紙に付いていた王家のシーリングから王族以外考えられない。
「アラル、手伝ってくれる?」
「はい、侍女長」
気がつくと場所は中庭であった。
庭で草むしりをしていたアラルを伴い、侍女長は次の試験に使う道具を取りに向かった。
一人残されたシュターナは、二人が戻る前に花壇の一角の草をむしって置くようにと言い渡された。
(草むしりの試験てなんだ?)
そんな試験があるのか、と慣れた手つきでポイポイと草を抜いていった。
普段これよりも広い家庭菜園と言う名の畑の草をむしっているシュターナにとっては朝飯前だ。
あっという間に終わった仕事に一息ついて、ふっと正面を向けば庭の角には大きな屋敷が建てられている。
(その周囲には畑って…)
遠目から見ても花壇では無く畑であった。
その畑には二人の人影が居り、手入れをしているようだ。
幾ら何でも王家専用の畑でも庭には作るまいと、しげしげ見ていると、片方の人影が急に倒れたのが分かった。
それに気づいたもう一人が駆け寄っていく。
「ベル!ベル!しっかりしろ!!」
シュターナも何事かと急いで向かえば、年配の男性が男性と同年くらいの気を失った女性に声を掛けていた。
「失礼します!」
「!?」
(顔色が悪いし唇が乾燥してる…脇は…汗をかいていない?)
突然やってきた侍女姿の少女に男は「早く医者を!」と怒鳴るがそんな事御構い無しに、畑にまいていたであろう水の入った木製のバケツを手にした。
手早く地面に魔法陣を描き、水入りバケツを置くとすかさず魔法を発動させた。
すると水は瞬時に浄化され、女性の体内へと吸収されていった。
「これは…。魔法が使えるのか?」
「はい。僅かですが」
全ての水が吸収されると、女性の意識が戻った。
「…あなた?」
「!?おぉ!ベル!!意識が戻ったのか!?」
先程と打って変わって顔に色が戻り唇も潤っている。
「涼しいところで休ませて差し上げてください」
「あぁ、そうだな!」
そう言うと男は見た目が老人であるにも拘わらず女性を軽々と横抱きにし、木の下に組み立てられたベンチへと座らせた。
(すげぇじいちゃん…)
それを横目に、シュターナは側の屋敷へと向かい執事に事情を話し水を持ってくるように頼むと、執事は慌てたように水を取りに屋敷の奥へと走っていった。
「礼を言う」
「いいえ、たまたま近くにいたので…」
謙遜ではなく事実だ。
男はなぜ医者を呼ばず水を使ったのだと問うてきた。
原因が分からなければ確かにそう疑問に思うのもおかしくない。
「脱水症状を起こしていたので、お医者様を呼ぶにもまず応急処置をしてからだと思いまして。でも意識が戻って良かったです」
汗をかいていなかった事や唇が乾いていたことからそう推察したのだといえば、感心したように男は頷いた。
「お水をお持ちしました!」
先程の執事が水が入ったウォーターポットとグラスを持って戻ってきた。
女性は礼を言うと、グラスに注がれた水を一気に飲み干した。
「嫌だわ、自分で思っていたより喉が渇いていたのね」
一気飲みなどはしたない、と少し恥じながらグラスを置いた。
「お年を重ねると喉の渇きに鈍くなると言われています。なので本日のように天気が良い日や汗をよくかいた時は定期的に水分を取ってください。その際にはひとつまみの塩も一緒に」
「塩?」
「はい、汗はしょっぱいです。それは体内の塩分が汗と共に流れてしまっているからです。水だけ飲むと体内の塩分が薄くなり過ぎてしまい、これ以上薄くならないように喉の渇きを制限してしまうのです。そうすると脱水症状に気づかず手遅れになってしまう場合もあるので、適度な水分補給と塩分補給をされて下さい」
一リットルの水にティースプーン半分の塩を溶かし、角砂糖をいくつか入れておけばなんちゃって経口補水液の出来上がりである。
とここまで説明した所で、三人がポカンとした表情でシュターナ見ていることに気がついた。
コホン、と一つ咳払いをし、
「それでは失礼致します」
と踵を返したところでステラとアラルが背後からやってきた事に気付いた。
「シュターナ!何をしているの!?」
珍しく焦ったステラ侍女長とアラル。
はて?と首を傾げていると、ステラとアラルは手に持っていたものを地面に下ろして深々と頭を下げた。
そして気付いた。
頭を下げたということは、王族なのだと。
「先王様、シュターナが何か粗相を致しましたでしょうか?」
ステラに頭をグイグイと下げさせられ、意外な展開に目を瞬かせた。
(いや待て!先王が農作業やってるとか誰が思うか!?)
いや、誰も思うまい。
首にタオルをかけて手袋を身につけて、軽装で泥だらけ、ただのおっさんだ。
先王様と呼ばれた男性はステラの行動を止めると、そうではないと首を振った。
「ベルを助けてくれたのだ。粗相などあるものか!」
と嬉々としてシュターナの頭を撫でた。
見た目は子供なのだ。
自然とそうしてしまったのだろうが、シュターナは内心複雑だ。
「そうでしたか!」
ステラもアラルもホッとして表情を緩める。
「しかし、博識な娘だ。いつから城に勤めているのだ?」
その問いに答えたのはステラであった。
嬉々としてそれは嬉しそうにクリスの侍女候補だと話した。
侍女試験に受かることはないので、ステラの期待の表情から心苦しくもあるが、それを隠し先王と王太后へと淑女の礼をしてみせる。
「シュターナと申します。先程は先王様及び王太后様とは知らず多大なるご無礼を」
「何を申す!我が妻の命を救ったことが無礼などであるはずがなかろう!」
「あ、いえ、そうではなく、偉そうに水分補給の話をしてしまった事の方です」
「いや!それも違う!私たちへの気遣いであろう?ならば無礼ではないぞ!」
少し後ろではベンチに腰掛けた王太后がうんうんと頷いている。
この歳になってあのようにためになる話はなかなか無いと、寧ろ嬉しそうである。
先王はルーヴァス、王太后はベルシュカと名乗った。
それから試験中にも拘わらず、王太后の代わりに畑の手入れを手伝う事となり、ここで自前の畑知識が活かされる事になるとは思わなかった。
現在畑ではトマトやキュウリ、ナスやピーマンさやいんげんが植えられている。
先王と王太后は毎日様子を見て虫にたかられていないか確認するらしい。
雑草をむしったり、水をまいたりとなかなかに楽しく世話をしていると言う。
「しかし、トマトの実りがイマイチだな…」
他の野菜と比べて実りの少ないトマトを前にルーヴァスの表情は暗い。
シュターナからすれば原因は明らかである。
「お水の与えすぎかと思われます」
「なに?植物とは水が食料なのではないのか?」
「それもそうなのですが、トマトは本来乾燥地の植物ですので、そんなに水を与えなくても大丈夫なのです。土が乾燥した時に、根元に水をたっぷりとあげてください。あと、虫除けにはラベンダーの精油を水で薄めて植物にかけると良いですよ。植物に影響は無いですし、人間が食べる時にちゃんと洗えば問題ないです」
ふむふむと感心するルーヴァス。
本来の庭に出てきた目的は試験であり、花壇から花を選んで、いくつかの花瓶に生けるというものであった。
試験三日目の最終日に先王と王太后の側で王族の侍女体験をするはずであったが、シュターナをすっかり気に入った様子の先王と王太后を見たステラは、最終日の試験は必要なしと判断した。
万が一花瓶に生ける花のセンスが悪くとも、それに有り余る才能を見せつけたシュターナに、ステラは合格の判断をしたのであった。




