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その日シュンは、ロザリール国の元スラム街へと足を運んだ。
そこは以前シュンがレイルに拾われた場所であり、国一番のチョコレート工場や縫製工場を作った場所でもある。
シュンが施した魔法が緩んでいないか定期的に確認にひっそりこっそりとやってきては、再び魔法で補強してそっと帰る事を繰り返していた。
今日も今日とて人気のない、日が昇り切らない薄暗い時間帯にそっと移動魔法で工場へと忍び込んだ。
ミシンや家屋を魔法で新品同様にすると、満足そうに頷く。
最近では工場の者達も自分たちでのメンテナンスを覚えたのか、随分と綺麗に保たれている事が多い。
「これなら大丈夫だね」
一通りの確認が済み、さて帰ろうかとした刹那、
「今だ!」
と女性の声と共に「うおぉーー!」と老若男女問わず一気に人がシュンに襲いかかった。
「うわっ!?なに!!?」
こんな所で襲われるなど想定外であるし、殺気の類も全くなかった。
完全に油断していたのだ。
「シュンちゃんを捕まえたよ!!」
シュンを真っ先に押し潰したのは、どこにそんな俊敏性があったのかと不思議に思うほど、膨よかな女性であった。
「ちょっ…つぶ…つぶれ…るぅ…」
最早潰れているのだが、渾身の力を振り絞り、シュンは助けてくれと声を絞り出したのだった。
「ごめんなさいね!シュンちゃん」
シュンを潰した女性には見覚えがあった。
この工場で当初から働いてくれている女性だ。
そして、責任者のアルマと作った服を卸している雑貨屋のオネエ店長ロイスの姿もあった。
他にも行商担当のおっさん達や、教会でチョコレートを作っている子供達や神父、シスター達も勢揃いである。
以前スラム街であった町には小さいながらにギルドもでき、ゴロツキ達が率先して警備に当たっている為治安も良くなっており浮浪者達や犯罪者の溜まり場だった面影はすっかり無くなっている。
更には以前半壊したシュン、シン、レイルが住んでいた家も綺麗に修復され、誰も住んでおらずいつ戻ってきても良いように保たれている。
「それで?私を潰したのは町の様子を教える為だけじゃないでしょ?」
シュンが出された紅茶に口をつけ、そう尋ねるとアルマは苦笑いで頷いた。
「実は、王家から王妃様のドレスを仕立てるよう依頼があったの」
「!本当に!?凄いじゃん!!王家御用達なんて本格ブランドだよ!!」
たしかに凄い事だ。
この話が来た時は町中全員が絶望したという。
「…ドレスなんて仕立てた事ない上に、更に高貴な方の物となると…」
怖くて何もできないのだ。
万が一色が気に入らないとか、デザインが気に入らないとか、うっかりまち針が残っていたなんてことがあったら、物理的に首が飛ぶのではと恐れているのだ。
「…成る程…。なら、デザインをいくつか提案して相談しながら作っていけば…」
「それが…全部お任せなのよ」
「えぇ…」
困ったようにロイスは頬を片手で覆う。
ファッションに詳しいロイスですら、会ったことのない人間をコーディネートするのは不可能だ。
王妃様の採寸表まで既に送られてきており、国からの命令ならば従うしかない。
このブランド名“ハルスカート”は今や国内で知らぬ者はいないといっても良い。
しかし、同時にドレスを作らない事でも有名だった。
それにより暗黙のうちにドレスの依頼は避けられていたのだが、国からの依頼を断る事も出来ずに途方に暮れていたのだ。
「ふむ、王妃様に会った事は?」
全員が首を横に振った。
精々祝い事のパレードの際に遠くから横顔をチラリと見た程度だ。
せめて姿を見ることができればシュンが趣味の妄想でドレスをイメージできるのだが。
「しかも…」
「え、まだなにかあるの?」
アルマは顔面蒼白で、僅かに震えながら口を開いた。
「半年後に行われる、国王様の即位式周年祭で使用するみたいなの…」
「oh…ハードル高いな…」
つまり、近隣諸国の王家や貴族も招かれる大事な式典なのだ。
それなら王妃様だけでなく王様の着る物も重要性が増してくる。
国王夫妻の着ている物が違いすぎてアンバランスになっては恰好がつかない。
「これは国王夫妻になんとか話を通さないといけないな…」
「そうなんだけどね、私たち平民では謁見なんて無理でしょ?だから今をトキメク黒の一団のボスにお願いしようと思って!」
「…それで待ち伏せされて潰されたわけか…」
定期的に元スラム街へ来るからといっても、いつ来るかなんて決まっていない。
つまり、彼らはドレスの発注を受けたその日から交代で毎日朝昼晩工場を見張っていたのだ。
そこまでされて断る事も出来ず、シュンは苦笑いで了承した。
「本当!?できるの!?」
「シュンちゃん、無理しようとしてるなら断っても…」
「大丈夫。今をトキメク黒の一団には“ツテ”があるから」
そう、ここはロザリール国。
あの大公閣下の国なのだから。
「任せて!」
「と言うわけで、どれだけ時間かかるかわからないから」
「お前、また一人で勝手にそんな事」
「今度は危なくないよ。王妃様に会って、キャンセルするか、アルマに直接会ってデザインを決めてほしいってお願いするだけだから」
「それをするのにフレイザーの力を借りるんだろ?どっちかっていうとその後のフレイザーから要求される見返りの方が危険だ」
「それなら大丈夫。もう話つけてきたから。東の島国の調味料を使った料理(和食)が食べたいんだって。それ作って持っていくだけだから問題無いよ」
「フットワーク軽いなおい」
廃城に戻ったシュンは、シンと二人で昼食を取りながら今朝あったことから、その後のことまで全てを報告した。
(他のメンバーは仕事へと向かった)
移動魔法で玄関ホールに着いた直後は、仁王立ちで待ち受けるシンに
「遅い」
と怒られた。
心配してくれているのはわかるが、最近やたらと過保護すぎである。
「魔法で髪の色と目の色を変えて、あと名前も変えてクリスの所に来た新米侍女の試験って事で王城には入れるから、あとはタイミングを見計らって王妃様にお願いするだけ」
クリスの侍女になぜ試験が必要なのか、その理由をフレイザーから初めて聞いたシュンも驚きを隠せなかった。
「クリスは王太子の婚約者なんだって。だからクリスが王太子と結婚した後、アーリッシュ家から数名の侍女を連れて行くんだけど、その候補の一人って事で」
中々婚約者が決められない王太子に、今年の初めに国王から指名されたのがクリスであった。
そのクリスの侍女とは言え、得体の知れないモノを王城に住まわせるわけにはいかない。
よって前もって候補者たちは、王妃を筆頭に王城の侍女長や執事長、果ては既に引退された前国王王太后により面接という名の試験が与えられるのだ。
その際に王妃に会うチャンスがあるので、その時に直談判する予定だ。
「フレイザー閣下の紹介といえど、平民が普通に会えるわけないからね。面倒臭いけどこれが確実な方法なんだよ」
「移動魔法で侵入すればいいだろう」
「話す前に捕まるわ」
その試験とやらがどれだけ続くか、どのタイミングで王妃と接触できるかは不明だが、三日とかからないという事なので最長三日間は王城滞在となる。
「試験申し入れの返事は早くても明後日みたいだから、明日はアーリッシュ家の侍女長さんにくっついて侍女の仕草をコピーさせてもらってくるよ」
「令嬢に続き今度は侍女か…人としてある意味チートになりつつあるな」
「なんでもこなせるスーパー人間!いいね!今度は執事とかいいかも!」
「面白がるな」
ちっともじっとしていないこの少女は、歳を重ねるごとに落ち着くどころか、アクティブさが増していく。
時折獣人の村にホイホイ遊びに行ったり、東に魔物が出れば率先して退治し、西で干ばつが起きれば雨を三日三晩降らせて見せたり、南に悪徳貴族が居れば没落させ、北に海賊が出れば船を沈めと…黒の一団の武勇伝は日々更新されていく。
「大丈夫だよ、シン。もしもの事があってもこの前クーから漸くだけど一本取れたくらい魔法が無くても強くなってるし!」
「…それも問題だっ!」
仮令百戦一勝九十九敗だとしても、仮令クーが新しい彼女に振られてヤケ酒し二日酔いであったとしても、仮令持ってきたはずの訓練用の木剣がハタキであったとしても、あの身体能力チートから一勝したのだ。
それがシンには大問題だった。
(俺はまだ、掠ってもいない!!)
シンが肉体改造を始めて一年、シュンとシンの魔法なしの実力は、差が開いたままだった。
シュンがクーに勝った瞬間の絶望を、シンは一生忘れないだろう…。




