36
「グレン、ニノ、帰国です」
それは突然であった。
貴族殺しの疑いをかけられていた二人であるが、今をときめく黒の一団として活動していたことが功を奏した。
自国の兵士が黒の一団の協力者として弱き者を救っている、貴族が殺された時も野盗の一団と戦っていた為無実であった、と手のひらを返した様に新聞社はこぞって報じているという。
「それはそれで帰ったら騒ぎじゃないか?」
「俺たちほとんど何もしてないけどね…」
「でも、漸くお家に帰れるんだから、よかったじゃん」
「…え?」
「え?」
グレンとニノには違和感があった。
“家に帰れる”確かにそうなのだ。
家はルーズランス国にある兵士寮なわけで、この廃城ではないのだ。
「あ、あぁ、そう、だな」
たった二ヶ月程度で、この廃城が自分の家の様に感じてしまうほど、居心地が良すぎたのだ。
グレンに至っては線引きすらしていたのに、だ。
「まぁ、いつでも遊びにおいでよ」
「…シュンちゃん…」
「なに?」
“なんでそんなにいつも通りなの?”とは聞けなかった。
シン達でさえ、戸惑いを見せているというのに、シュンは顔色ひとつ変えない。
初めから世話になるのは少しの間だけという約束であったし、居候である自覚もあったはずなのに。
(なのに離れ難いと思ってしまった…)
時間も遅く、僅かではあるが荷物も増えてしまった為、荷造りに時間がかかるからと、帰還は翌日へと持ち越された。
翌日再び迎えに来ると伝え、レイナードは相変わらずシュン頼みでルーズランス国へと帰った。
その後もシュンは変わらずいつも通りで、そんなシュンに、シン達は戸惑っていた。
まさか二人がいなくなる事を何とも思わないのか、と。
そして、誰も何も言わずいつもの様に夜は更けていった…。
「シュン」
「…シン、移動魔法で入ってくるってどうなの?着替えてる途中だったら鉄拳制裁だよ?」
「…それは悪かった。…お前良いのか?」
“何が”とは言わなくても分かる。
グレンとニノをこのまま帰しても良いのか、という意味だ。
しかし、二年後の戦争を考えると帰って貰わなければ困るのだ。
二人が居なければルーズランス国は敗れる。
未だどこの国が戦争を仕掛けようとしているか分からない今、引き止めてはならない。
相手国が分かれば乗り込んで止める方法もあるが、フレイザーが調べてくれてはいるものの、いつ判明するか分からないのだ。
しかし、シン達はそれを知らないし、説明のしようもない。
だから、今のシュンにできるのは二人を帰す事だけ。
戦争が起きた時、黒の一団が介入する方法もあるが、一国に加担するのは避けたいという、気持ちもある。
本格的に戦争に介入すればそう言った依頼も多くなる。
戦争を助長する様な事になるかもしれない事は避けたいのだ。
「…シン、寂しくないわけじゃないんだよ?でも二人は目的があって騎士になったわけだし、安易に引き止めて良いわけじゃないんだよ」
「それは…分かってる」
何だかんだ言いつつも、シンも二人に心を許しているのだと思うと、シュンは嬉しかった。
憎しみの心が大分薄れているのを感じるからだ。
「それでも、行って欲しくないと思うのは悪いことか?」
「!」
その言葉にはシュンも驚いた。
寂しいと思う事はあれど、引き止めたいと思っているなど思わなかったのだ。
いつもの様にドライに、仕方がないと言うと思っていたから余計にだ。
「…」(シンの望みは叶えてあげたいと思うあたり、私もシンに対して甘いなぁ…)
二人を黒の一団に迎え入れ、尚且つ戦争介入できる尤もなこじつけとも言える免罪符が一つだけ、無いわけではない。
しかし、引き止めたとしてグレンとニノが首を縦に振らなければどうにもならないのだ。
グレンは最近まで一線引いていたし、ニノに至ってはレイナードが本命だ。
「…シン、グレンとニノの意思に任せよう。残りたいと言えば勿論歓迎するよ。でも引き止める事はしない。騎士団に戻って、向こうとこちらを比べて貰って改めてどちらに属したいか考えてもらおう。無理矢理引き止めて二人の心にシコリが残る様な事にはしたくないから。…それで良い?」
「…分かった」
納得したくともできないと言う様な表情で、シンは俯いた。
シュンはシンの前に立つと、背伸びしてポンポンと軽く頭を撫でた。
「…何の真似だ…」
「いやぁ、落ち込んでるなって」
「…」
シンは少しムッと口を尖らせた後、勢いよくシュンを抱き寄せた。
「わっ!?」
シュンの体をがっちりホールドし、肩口に顔を埋め、ぐりぐりと頬を寄せた。
「…友達って…」
「ん?」
「あんな感じだと思ったんだ」
「…うん、そうだね。側から見てそう見える」
シンに友達は居ない。
年が近く、何の気兼ねもなく接する事の出来る相手。
対等で冗談が言い合える、そんな関係は初めてだったのだ。
シュンはシンが落ち着くまで、暫く背中を撫でてやった…。
暫くしたのち、落ち着いたシンは顔を真っ赤にさせて無言で移動魔法で帰っていった。
「何が恥ずかしかったのか」
とシンの気持ちも知らずにのほほんと呟くシュンの部屋にノックが響いた。
「夜中にレディの部屋を訪ねるなんて、非常識な人が多いなぁ」
とドアを開けると、そこに居たのはグレンとニノだった。
「一応挨拶?に」
「明日でも良かったのに」
「レイナード団長がいつ来るか分からないからな。バタバタしない様に今のうちにと思って」
確かに、あの人はいつも突然やってくる。
一報くらい入れて欲しいが、そんな手段は今の所ない。
(今度何か、携帯電話みたいなやつを考えるか)
ソファを勧め、魔法で紅茶と菓子を出すと、すかさずニノはそれに手を伸ばした。
それを横目に、グレンが口を開く。
「シュン、世話になった」
「シュンちゃんのご飯がもう食べられないと思うと…」
「それな」
「そんなに?」
シュンの作る料理は外れた事がない。
満場一致で「美味い」と言わしめるのだ。
「さっきも言ったけど、いつでも遊びに来て良いんだよ。いない日もあるけど」
「いない日の方が多いよね」
間髪容れないツッコミに苦笑いだ。
「俺たち、迷惑じゃなかった?」
「?…全然。寧ろこれから忙しくなるかもしれないのに居なくなられるの困っちゃうくらいだよ」
「はは、今をトキメク黒の一団だもんな」
「この短期間で有名になったもんだよ」
フレイザーに聞いた話では、シグアナ国で復興に励んでいる間に、ギルドには黒の一団へ名指しでの依頼が殺到しているらしい。
「組織拡大しなきゃかな」
「…俺たちの後釜、気になるな」
「少なくとも俺たちより強くないのを入れたらダメだからね?」
「あぁ、それなら大丈夫。二人の席は空けておくから」
「!?」
「それって」
「気が向いたら、おいで」
それは紛れも無い、勧誘であり、引き止めであった。
“気が向いたら”と付けたのはシュンなりの譲歩で、正面からの引き抜きではなく、騎士団よりウチを選ぶなら歓迎するよ、という事を伝えたかったのだ。
黒の一団とはもう関わるなと言う線引きはせず、選択肢としての提案でもある。
あとは自分達で選べば良い、と。
「…シュンちゃんは、結局いつも優しいよね」
「いや、こいつのは甘いと言うんだ」
「そんな事はないよ」
先程のシンの話を聞くまで、二人にはもう関わらない方向へと考えていた。
(そう考えると、シンにはやっぱり甘いのかなぁ…)
ボリボリと茶菓子のクッキーを食べていたニノの手が止まった。
先程から珍しいとは思っていた。
真面目な話をする時、そんなに菓子をボリボリ食べる様な人ではないからだ。
何か、緊張している様にも見える。
「…ニノ、何か他の話があるんじゃない?」
挨拶以外の話が。
「……流石、シュンちゃん」
「ニノ、無理に話す必要も無いと思うぞ」
その口ぶりから、グレンは内容を知っている様だ。
「聞いて良い話なら…聞くよ?」
ニノは、少し顔色を青くさせた後、ゆっくりと口を開いた。
「…俺ね、シュンちゃんくらいの歳の時、スラム街で男娼をしていたんだ」
「…」(!?)
男娼、それが何か知らないシュンではない。つまり身体を売っていたのだ。
(なにそれ原作にも無い話なんだケドォォォ!!!)
叫びたいのをぐっと堪え、次の言葉を待っていると、青かった表情を今度は少しだけ赤くし、
「えっと…分かるかな?男娼って言うのは…」
どうやらシュンがあまりに無表情であった為、男娼が何なのか分かっていないと判断された様だ。
「あ、ごめん、ごめん。分かるよ。うん。もしかして…ニノが綺麗な人が好きなのは、その時に汚い大人を見てきた所為なのかなって、思って」
「…シュンちゃんに話したっけ?」
「正真正銘、初耳だけど」
どうやら当たってしまったようだ。
「…俺が罵られるのを好きなのは、そこでそう言う事を強要されて、トラウマになるどころか…」
「目覚めちゃったか」
「…うん。目覚めちゃった」
顔を両手で覆い、恥ずかしいのか辛いのか分からない声色で返事を返すニノ。
真面目な話をしている筈なのに、何故こうもシリアスにならないのか甚だ疑問である。
内容としては十分に重いにも拘わらず、だ。
親は無く、子供を雇ってくれる所もなく仕方なくそうして生計を立てていたのだという。
教会の孤児院にいたが、神父から強要されて沢山の子供達が客を取らされていたのだ。
今ではレイナード団長の助力もあり、そういった事は無いとの事。
「暴力を振るう奴とかもいて、その日は偶々そんな奴が相手だったんだ。顔とかボコボコにされて、肋骨も折れて死ぬかと思ったけど、孤児院の噂を聞いたレイナード団長が丁度調べにきて、俺の悲鳴を聞いて助けに来てくれたんだ。あんな綺麗な人がさ、ボロボロの雑巾みたいな俺を抱き上げて医者まで走ってくれたんだ。もう、この人なら何されても良いって思ったよ!!」
「え?レイナード団長との馴れ初めの話なの?」
「ニノ…」
「あ、いや。そうじゃなくて…コホン…」
一つ咳払いをして、仕切り直そうとするニノであるが、未だにシュンはこの話の思惑が読み取れない。
ニノの過去の話をすることにより、一体何がどうなるのか、甚だ疑問であった。
「シュンちゃんは今の話を聞いて、どう思った?」
「え?…団長との馴れ初め?」
「だから、違うから!」
即座に否定されたが、それしか思いつかなかったのだから仕方がない。
「他にもあるでしょ!?」
「他にも?……大変だったね?」
「…え〜」
どうやらこれも違うらしい。
一体何が答えなのか分からぬまま、ニノは「もういいよ…」と諦めたように項垂れた。
それではシュンの方が気になってしまうでは無いかと詰め寄るが、二人は席を立った。
ずっと黙ってやり取りを見ていたグレンは何処と無く嬉しそうであった。
「ちょっと、まてこら!答えはなんなの!?」
引き止めようと、ニノの服を掴むが魔法なしでの力の差は歴然で、ズルズルと引きずられる形となってしまった。
「くくく、」
「グレン何笑ってるの!?て言うか答え知ってるんでしょ!?」
今度はグレンに突っかかってみるが、「教えない」の一言しか返されなかった。
その後も扉の前で立ちふさがり答えを得ようとするが、グレンにひょいっと抱きかかえられ退かされてしまった。
「じゃぁ、お休み。シュン」
「お休みシュンちゃん」
扉を潜り最後まで答えを言わなかったニノの表情は、とても嬉しそうであり、それがどうしてなのかシュンには想像つかなかった。
「なんなの!?」
答えが無いなぞなぞのようで、もやもやとしたまま夜は更けるのであった。
「ニヤニヤするな」
「だって、普通あんな話聞いた後気持ち悪いって思うでしょ?なのにシュンちゃん、普通に俺に触れてきたよ。グレン以外で初めてだよ」
「俺の場合は、お前の過去に興味なかったからな」
「え、何それひどい」
部屋に戻ったグレンとニノはそれぞれのベッドへと腰掛け、先ほどまで一緒であった少女を思った。
ニノは恋仲に発展しそうな相手には必ずこの話をしたのだ。
その度に不潔だの気持ち悪いだのと振られてきた。
まぁ、ニノにとってはその振られ文句もご褒美の一つの様な所もあるのだが、やはり好いた相手に捨てられるのは傷が残るものである。
この事を知りながら普通に接してくれるのは、ニノを助けたレイナードと騎士寮が同室でうっかり話してしまったグレンだけであった。
シュンに至ってはその負の感情すら思い浮かばなかったようで、普通に触れられ少しだけ心臓が跳ねた。
「…シュンが、少しでも俺たちを引き止めるような事を言ったら話し、それで引かれたらもう迷わないで騎士団に戻るって言ってたけど…どうするんだ?」
「本当…どうしよう」
一見困ったように両手で顔を覆い隠すニノであったが、丸見えの耳は真っ赤で、声色は何処と無く嬉しそうだ。
残りたい気持ちと、恩人であるレイナードの為に強くなりたいと思う気持ちがぶつかり合いニノの心境はごちゃ混ぜ状態だった。
「…グレンは、どうするの?」
「…俺は…強くなって昇進して自分の隊を持ちたいとか、困ってる人を助けたいとかあるが、隊にいればそんな事自由にはできない。でも、ここにいれば依頼があれば直ぐに駆けつけられる…。シュンやレイルには依頼の重要性を判断する力もあるし、決して弱いものを傷つけない。思い描いた理想の英雄のようで…側で二人のやり方を見て自分もそうなりたいと思うが、残るかと聞かれたら、やはり長年世話になったレイナード団長や国を捨てる判断はできない…」
ニノ同様に迷いがあったグレン。
二人の間にそれ以上の会話はなく、答えは出ぬまま、翌日、レイナードはやってきたのだった。
「いい加減、移動魔法使える魔法使いを連れて来なよ」
「いやはや、ついうっかり」
「嘘つけ。楽しんでるの分かってるからね。今度一人で来たら歩いて帰らせるからね」
「おや、では今日までは送ってくれるんですね」
「グレンとニノの為にね」
じっとりと視線を送ると、楽しそうに笑うレイナードに、シュンは諦めの溜め息を吐いた。
そんなやりとりを応接室でやっていると、荷造りを済ませたグレンとニノが入室して来た。
増えた荷物は主に着替えだ。
着の身着のままやってきた二人に、全てシュンの魔法で作ったものが贈られた。
晴れない表情の二人であるが、レイナードの前という事もあり背筋はピンと伸びている。
「団長お待たせしました!」
綺麗に敬礼をして見せる二人に、レイナードは頷く。
「部下が世話になりました」
「こっちも仕事をいろいろ手伝ってもらったから、助かったよ」
シュンとレイナードが握手を交わす光景を、ただ見つめるだけの一同。
昨夜のうちに済ませたのか、別れの挨拶は無い。
最後にグレンとニノが
「またな」
「シュンちゃん、またね」
とだけシュンに伝えたあと、呆気なく三人はシュンの移動魔法で帰っていった。
「…ふふふ」
しんと静まった部屋にシュンの僅かな笑い声が響き、二人が居なくなったのに寂しくないのかと、シンの眉間にシワが寄る。
「…お前、また何かしたのか?」
同じように眉間にシワを寄せているレイルだが、シンとは理由が違ったようだ。
呆れたような、怪しむようなその視線にシュンは笑みを深くする。
「失礼な。何もしてないよー」
グレンとニノがどうして心変わりしたのかは分からないが、確かに二人ともこう言った。
“またね”と…。
「シュン」
「!」
突如廃城の玄関ホールに現れたのはフレイザーの配下であり、グレンとニノの元同僚であるランスロットであった。
その表情は焦りを見せており、緊急事態なのは火を見るよりも明らかである。
「どうしたの?ランスロット」
ブクマ、そしていつも誤字脱字報告ありがとうございます_|\○_
助かっております(*∩ω∩)




