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「…どうなってる?」
「…蟹の件で何かあったんだろうな…」
シンとレイルの視線の先には、真剣な面持ちで剣を学ぶシュンと、師を買って出たグレンの姿があった。
その横ではつまらなそうにニノが座り込んで様子を見ている。
ふざけている様子もなく、ただ真面目に構えや振り方などの基礎を学びなおしているようだ。
「グレンは“安全”だと言ったのは誰だ?」
「どう見てもそんなんじゃねぇだろうが。どこまで嫉妬深いんだお前は」
勿論、グレンもそんなつもりは微塵もない。
子供相手にそんな気が起きるわけがない。
グレンは学びたいと言う者に、ただ純粋に自分の知識を教えてやっているだけなのだが、それにすら嫉妬するとは今後の苦労が手に取る様に分かる。
当然、苦労するのはシュンであるが…。
蟹の件から数日間、仕事が終わるとシュンはグレンに剣を学ぶ様になった。
夕食までの僅かな時間も有効活用しようと言うのだ。
あれだけ強い魔法を連発しておいて、まだ余力が残っているのか、と若干呆れたグレンであるが、やる気があるうちに育てねば身にならないことも知っているため二つ返事で了承した。
はじめのうちはニノも教えたがっていたが、ふざけ始めた為今は見学だ。
「シンも教わったらどうだ?強くなる上に鍛えられるぞ」
「…」
頭では分かっているが正直、体を動かすのは面倒くさいと言うのがありありと表情に表れており、このままではまたシュンにもやしと言われて落ち込む姿が容易に想像できる。
なのでレイルは、追い討ちをかけた。
「あまりもたもたしてると、そのうちシュンより弱くなっちまうぞ、腕力的に」
「!!!?」
シンの背後で盛大な雷鳴が鳴り響いた気がした。
魔法でこそ若干上回っているが、肉体改造魔法を施した時の強さはシュンの方が上だ。
なんだその動き、という事を平然とやってのける。
それに剣技が加わり、魔法なしでも動ける様になった場合、確実にシンの方が弱くなる。
自分より年下の少女で、更には好意を寄せている相手よりも弱いなど、我慢できない。
男なら自分が守ってやりたいではないか。
「…行ってくる」
「行ってこい」
グレンに教えを請うために、シンは漸くその一歩を踏み出したのだが、体力が無さすぎて一同に唖然とされるのはこれから十数分後のことである。
「これはこれはレクス兄上。わざわざ足をお運びくださるとは…」
「ミラルダ、変わりはないか?」
「はい!この通り!」
はたから見れば仲睦まじい兄弟の再会である。
自分より三つ年上の兄レクスに、ミラルダは自分の無事を示し、それに満足したようにレクスは頷く。
この二人の兄妹は、祖国リュキッド国でも有名で、兄妹揃っての四強騎士となり、二人の向かうところ敵なしと言われている。
王の命により、シグアナ国へと派遣され数日、そろそろ疲れたであろうミラルダを帰国させ、代わりの者を派遣させようとやって来たのがレクスであった。
しかし、ミラルダは帰国に対し難色を示した。
その理由が、シュンである。
「あの者を是非我が国へと思っております。戦いの心得もあり、更には聡明であり柔軟性もある」
「…ふむ、噂の黒の一団か…。団長のシュンと言う者がまさかそのような少女だったとは…。無理に一団をやらされているわけではないのだな?」
そうではない、と自分が見た限りの話をすると、到底団長職を無理強いされているとは思えない。
寧ろ大事にされているようである。
「いや、大事にというより過保護といった方がしっくりきますね」
「…そんなにか」
なぜそのように大事にされながら、危険な団長の座を任されているのか、皆目見当がつかない二人は首をかしげるばかりだ。
グレンから「シュンがミラルダという騎士に狙われている」と聞いた翌日から、誰かしらが護衛と称してシュンの側に居り、ミラルダとしてはやり難い事この上ない状況となってしまった。
シュンに近づけば、護衛が前に出てきてまともに話すらさせてもらえないのだから。
「この間のシンとか言う男の時は殊更酷いものでした…。防御壁魔法に加えて私の声が彼女に届かないようにする為なのか、無音魔法に一定距離に近づけば何かしらの攻撃魔法が発動する…。しかもそれら全てシュンに気付かれずやってのけるものだから、正直彼も是非連れて帰りたいと思いました!」
ターゲットが増えた。
「一度に三つの魔法を使うのか…。それは凄いな」
そういった理由から、自分は彼女たちを口説き落とすまでは帰るつもりはないとミラルダは頑なに帰国を拒否した。
「そうか、そういう事ならば仕方がないな。ならばこうしよう。お前は帰国後、暫く休暇となる。休暇をこの国で自由に過ごせばいい。その旨を書にし、私から陛下にお知らせしておく」
兵士だけを帰国させ、ミラルダは残ればいいのだ。
更に休みという事で、行動は自由。
つまり、四六時中シュンについて回れるという事だ。
「宜しいのですか?」
「将来の国のためだ。陛下も納得して下さる」
「感謝いたします!」
ミラルダは騎士の礼を取り、レクスに満面の笑みを返した。
その後は、魔物討伐の終了範囲やどこにどのような魔物がいるか調べた結果を引き継ぎ、それらが終了した後文字通りミラルダは休暇へと突入した。
宿は取っておらず、移動しながらテントで寝起きをしている為、自身の専用テントへと戻るとその赤い鎧を脱いだ。
「ふぅー…流石は我が兄上。…ふ、相変わらず私には甘いな…」
先程レクスに見せた笑顔が一変し、その目には憎しみさえ窺える。
「当然だな。女である事を捨てざるを得なかったのは兄上のせいなのだから。精々罪悪感を募らせてくれよ。ふふ…」
青々と生い茂る大量の葉物野菜を嬉々として収穫する農民の姿を横目に、シュンはエクシャと共に休憩を取っていた。
「護衛なんて大袈裟だなぁ」
「シュンは確かにお強いですが、情に脆かったりしますからね。うっかりお涙頂戴の作り話で絆されて取り込まれてしまう可能性もありますから」
「えぇーそんな事ないよー」
「そうですか?」
いつだったか、小説を読みながら「そんな男私がしばいてやるのに!」と叫びながら怒りに打ちひしがれていたり、また別の小説を読みながら「私がそこに居れば幸せにしてあげるのに!」と涙を流していた。
「説得力とは?」
「…見られていたのか」
「いいえ。私もマールも“耳が良い”ので」
つまり声がダダ漏れだったのだ。
「恥ずかしい…」
取り敢えず、今後は感情的になりすぎないように気をつけようとできもしない誓いを胸に立てた。
「お!居た居た!シュン!」
「ちっ!またいらしたのですか」
馬で駆けてくる鎧を纏わぬミラルダを見るや、隠すこともしない舌打ちを盛大に漏らしたのは、普段からは想像もつかないエクシャだ。
エクシャとミラルダはこれで二回目の接触である。
シュンはその舌打ちをなんとか気にしないようにし、ミラルダに手を振り返す。
「おや、今日の護衛はエクシャ殿か!宜しく頼む」
「何度いらしてもシュンはお渡ししません」
「いやいや、私としては一団丸ごと欲しいんだ!だから団長であるシュンを納得させられればみんな付いてくるだろう?」
「私たちをおまけのように扱うなど、私たちを思って下さるシュンは納得致しません。シュンが欲しければ私たち全員を口説いてご覧なさい」
「ははは、それは骨が折れるな」
シュンの目の前で大きなお山が四つ、ボインボインと揺れ、その持ち主たる美女二人は見えない火花を散らしている。
「…自慢か!この野郎!!」
「きゃっ!?」
「わっ!?何を!?」
自分には無いお山を目の前でボインボインと揺らされ、少しだけムッとしたシュンは二人のお山を片方ずつ鷲掴み思いっきり揉みしだいた。
「はわわわ!シュン!このような所でいけません!!」
「ちょっ!待て待て!私も一応女だ!恥じらいだってあるぞ!!」
羞恥で赤面し、倒れこむ美女二人に満足したのかフン!と鼻を鳴らし漸くお山から手を離した。
「ちっ!良い柔らかさと弾力だね!!」
どうせ絶壁だよ!前世も絶壁だったよ!と内心不貞腐れながら次の畑へと移動する準備に取り掛かった。
「シュン!待ってください!今からですよ!シュンは今からです!!」
「そうだとも!成長期が止まるのはまだまだ何年も先だろう?これから育つさ!」
シュンの両脇に並び歩けばその目線の高さにお山が来るわけで…。
「成長しなかったら責任とってもらおう」
「え?」
「責任?」
一体何をどう取るのか気になる所であるが、次の畑へと到着し、畑の再生が開始された為二人はシュンの邪魔をしないように口をつぐむのであった。
農民の案内で次から次へと田畑を再生する姿は、小さな女の子とは思えないほどの力で、圧倒的と言わざるを得ない。
その度にミラルダは称賛の声をかけた。
それ以外は他愛のない話をし、親睦を深め更に自分や国に興味を持ってもらおうと努めるが、エクシャのガードもさる事ながら、自分の知る少女達とは全く違う反応を返され内心では戸惑っていた。
まるで大人の様な返しに、時々子供である事を忘れそうになると、自分でも可笑しなことを、と笑ってしまう程である。
「シュンは好きな物はあるか?」
「好きな物?…うーん…植物かな?」
「植物?あぁ、花か!今度贈らせてほしい!」
案外可愛いところがあるではないかとほそく笑むミラルダを見て、更に内心鼻で笑うエクシャ。
シュンの言うところの植物とは、薬や食べ物になるモノの事で、花ではないとエクシャはしっかりと理解していた。
そうとは知らず、ミラルダはシュンに花の中でも好きなモノや好きな色などを聞き出している。
シュン自身もわざわざ指摘する事でもないかと黙ってミラルダの話に合わせている。
「ミラルダは真っ赤なバラが似合いそうだね」
「…は?」
虚を突かれたとはこの事だ。
バラとは高貴で気高く美しい女性にこそ似合う代物だ。
男として育てられた自分に似合うはずがないのだ。
「バラの花言葉は、愛と美。赤いバラは熱烈や愛情、情熱…どれもミラルダにぴったりだよ」
「!?…はっ!そんなわけ…」
おちょくっているのか?とシュンとの会話で初めてミラルダの表情が不快に染まった。
しかし、シュンはそんなつもりなど微塵もない。
正直な気持ちであった。
「誰にも負けない国への熱烈な情熱に、国民を思う愛情、そしてミラルダ自身を表す美…。ミラルダのことを言ってるみたいだ」
「っ!!」
嘘のないその微笑みに、ミラルダの頬は一気に朱に染まり、耳は真っ赤になっていた。
鯉のように口をパクパクと何度も開閉させるが、返す言葉が出てこない。
生まれてこの方、そのような事を言われた事などないし、男の様に育ったミラルダは花に例えられた事など勿論ない。
「…はっ!?」
もじもじと、何と返そうか迷っているミラルダの視界にはジロリと自分を睨み付けるエクシャ。
シュンの背後から「調子にのるな」と言わんばかりに無表情で見てくる。
「…ゴホン、シュンそう言ってくれてとても嬉しいよ。しかし、私にバラは大袈裟だ」
「髪の色も赤いし、似合うと思うよ。ワインレッドのタイトなドレスにバラの飾りなんか着けたら…はっ!やばい超似合う!」
「え」
シュンはミラルダの周りをグルグルと回りながら、この辺りにレースを着けて、長さはこのくらいかな?ワンポイトで黒のレースのコサージュを…派手すぎず地味すぎず、生地はシフォン?いやサテンか?と一人で妄想を繰り広げた後、満足して頷いた。
「うん、ワインレッドのマーメイドドレスだね!」
なぜいきなりそういった話になったのか。
パーティーではいつも兄と共に正装軍服で出席し、令嬢とダンスする事の方が多く、その様なドレスを着た自分を想像できないミラルダは曖昧に笑うだけであった。
次の復興地へと向かう途中、ペースを落とせないシュンとエクシャは飛行移動で向かい、飛行魔法が使えないミラルダは馬でその後を追った。
ミラルダに会話が聞こえない為、エクシャは先程から気になっていた事をシュンに問う。
「…シュン、私を花に例えるなら、何かありますか?」
シュンの少し後ろを飛んでいたエクシャの表情はシュンからは見えない。
「エクシャは…そうだなー。桜かな」
「さくら…ですか?」
聞きなれない花の名だ。
どの様な花なのか疑問に思い聞き返すと、事細かに説明してくれた。
種類にもよるが、淡いピンクや明るいピンクの花を咲かせる木である。
東の最果てにある島国にしかない、珍しい木だ。
春になると、満開の花を咲かせその桜の木の下で、酒や料理を持ち寄り“花見”と言う宴を催す。
誰もを魅了し、誰もを癒し、誰もを受け入れる。
「私が一番好きな花だよ」
「一番、好き…」
「花言葉は精神の美と優美な女性…優しくて美人のエクシャに似合うと思う」
ふふ、と僅かに聞こえたシュンの笑みは、エクシャの鼓動を速めるには十分で、見られていないと分かっているが赤くなっているであろう顔を思わず両手で隠した。
しかし、エクシャはシュンの話を聞き、その桜は自分よりシュンの方がずっと似合っていると思った。
(誰もを魅了し、誰もを癒し、誰もを受け入れる…正にシュンの事じゃないですか…。そんな花が私に似合うだなんて…そんな………そんな………はあぁぁぁぁ!幸せ過ぎて死にそう!!)
エクシャの心の叫びなど全く知る由も無いシュンは、次の復興地に到着した事を告げたのだった。
「……っっぁぁぁああああ!!もう!!」
ダン!と勢い良く殴りつけたテーブル代わりの木箱は一撃で木っ端微塵となった。
夜遅く、まだ深夜とまではいかない時間帯であるが、昼間に魔物討伐に奮闘した兵士たちのほとんどは、見張りを残して就寝していた。
そんな中響いた女の叫びと木箱の破壊音に、兵士たちは肩をビクつかせた。
「どうした?」
そんな兵士達を気の毒に思い、上官が女の様子を見にやってきた。
「兄上!はっ!?申し訳ございません!少々気分が高ぶってしまいまして…」
「ミラルダ、私で良ければ相談に乗るぞ?」
木箱を木っ端微塵にした女、ミラルダとその兄、レクスはミラルダのテントのマットへと腰を下ろした。
話すかどうか迷っているミラルダの表情をまじまじと観察するレクスは、これまでに無い、まるで少女の様な仕草に「おや」と目を見開いた。
ミラルダは今日あった事をレクスに話した。
自分が“バラの様だ”と言われ、どう返していいか分からない、と頬を染める姿は恋する乙女の様ではあるが、その相手は女だ。
まだ、少女なのだ。しかもミラルダも女である。
話を聞くとは言ったものの、とんでもない内容に頭痛がする思いである。
まさか男の様に育てられたせいで、心まで男になってしまったのではないかと内心焦るが、その元凶となってしまった兄としては、それを表情に出すことはない。
「褒め言葉なのだろう?ならば素直に礼を言えば良いだけだ」
「う、そう、なのですが………何というか…」
世辞や嘘ならこれまでの経験上、相手の口調や仕草を見れば大体分かるので、それ相応の返しは心得ているのだが、今までシュンに接して分かったのは、冗談は言うが嘘はつかないという事。
そして、その冗談も相手が傷つく様な事は言わない。
つまり本心からの言葉なのだと分かってしまったのだ。
シュンの他意がない純粋な言葉だからこそ、どうして良いのか分からないのだ。
「ここで素直に礼を言ってしまえば、私は自意識過剰だと思われないでしょうか!?」
「…いや、そういう少女なら思わないんじゃないか?寧ろきちんと礼を言ってやった方が相手も喜ぶと思うが…」
「本当に!?」
「う、そう念を押されると自信は…」
兄妹はポンコツであった。
教養は勿論、国で一位二位を争う強者であるが、それらばかりに気をとられすぎており、恋愛に関しては殊更ポンコツなのだ。
よって、この世界の結婚適齢期の十代後半を過ぎて二十代半ばになっても未だに恋人が居ないため、現キーカス家の当主は政略結婚も視野に入れている事を兄妹は知らない。
余談だが、キーカス家は貴族には珍しく、自由恋愛結婚を推奨しており、現当主の妻は元農民である。
平民と結婚することにより、より平民の声を近くに聞ける様にと数代前から推奨している。
結局恋愛ポンコツ兄妹は何の結論も出すことなく、夜は明けるのであった。




