33
「おぉー!!」
観衆から一斉に驚き混じりの歓声が起きた。
手入れをする者が居なくなり、荒れ果てた田畑はシュンの魔法で一瞬で潤いを戻した。
用意された種を蒔き、今期収穫できるまでに成長をした麦達は、時期外れにも拘わらず黄金色に輝いていた。
「素晴らしいな!」
シュンの隣で嬉々としているのは、最近知り合ったミラルダ・キーカスという女性だ。
世界最大の国家、リュキッド国の女将軍と呼ばれ、その国を守護する四強の一人だが、赤い鎧を纏い一見男の様ではあるがそれを脱げば美女へと変貌を遂げる。
シュンの魔法を目の当たりにし、ミラルダは興奮気味にその目を輝かせた。
自国にだってこの様な魔法使いは居ないと。
純粋に喜ぶ姿はまるで子供の様で、戦士とは思えない姿に民衆からのウケはすこぶる良い。
次から次へと魔法を繰り出し、あっという間に見渡す限りの黄金畑が出来上がる。
「ふっー…流石にこの規模に魔法を使うと少し疲れたよー」
かれこれ一週間は町や村を回り、畑や田んぼの修復をして回っている。
シンは東から、レイルは西から、シュンは南からと、全員が北へ向かって修復進行中だ。
マール、エクシャ、ニノ、グレンは城のある中央からそれぞれ四方向に向かってインフラ整備に取り掛かっており、今のペースなら今日にもグレンと鉢合わせる計算となる。
「シュン、少し休憩しよう」
ミラルダは自国の兵士達と共に、討伐されなくなり蔓延した魔物達を狩りに周辺を回っていた。
そしてたまたまシュンと鉢合わせたのだ。
シュンもまた、辺境伯と言う爵位を持ちながら細かいことを気にしないミラルダの豪傑っぷりに好感を抱いていた。
平民と同じ食器を使い、平民と同じ物を食し、平民達と交じって食事をとる姿は爵位持ちとは思えない。
その気さくさから、自国でも大変人気があると言う。
「ミラルダ、そんなんで他の貴族達に何も言われないの?」
女のくせに品がないだの野蛮だのと勿論言われている。
女を捨て男として生きているのではないかとさえ噂されていると言う。
しかし、それらをミラルダは鼻で笑った。
「私は私として好きに生きていることを誇りに思っている。周りが何と言おうと関係ない」
「おぉ!かっこいいね!そう言うの好き!」
身分だなんだと囚われて、周りを気にして何もできないなんぞまっぴらである。
「はははっ!解ってくれて嬉しいよ。この考えは私の家族以外は理解してくれないからな!」
「それに、細身の体にしっかりついた筋肉、しかし出る所は出ると言うナイスバディ…」
「…へ?シュン?」
ジッとシュンの見つめる先には、自分には無い二つの山。
「うおー!理想の体型!!私もこうなりたい!」
つるぺたストンなのは仕方がない。
だって子供だもの。
そんなシュンを豪快に笑い飛ばしたミラルダは、まだまだこれからだろとわしわしと頭を撫でくりまわす。
「なるかな?」
「なるさ!多少の努力は必要だろうがな」
走り込み二十キロ、腕立て伏せ、スクワット、腹筋、背筋、を各千回一日二セットをやると良いなどと言われ、シュンは早々に理想のボディを諦めたという…。
昼食も済み、次の村へ向かおうと準備をしていた時だ。
これから向かう方角から早馬がやって来た。
恰好からリュキッド国の兵士だということが分かる。
「ミラルダ様!大変です!」
「何事だ!?」
兵士の只事ではない慌てぶりに先程までの親しみやすいお姉さんとは打って変わって、一気に騎士の顔へとなった。
それはそれで凛々しくてかっこいいなぁなどと緊張感が漂うその場には似つかわしくない思考で、兵士の報告を聞いた。
兵士は馬から下り、片膝を突くと信じられない報告を行ったのだった。
「デッドクラブが出現しました!」
「なに!?」
「!?」
名前は魔物図鑑で知っていた。
デッドクラブは蟹である。
しかしその体躯は城の様に巨大で、鋏は船すら真っ二つに切りさくと言われている。
蟹だからと言って生息地は海とは限らない。
川や湖など、近くに大きな水辺があれば彼らは何処にでも住むのだ。
実際、次に向かう村の近くには川が流れており、その水路の復旧の手伝いをしているグレンが居るはずだ。
「直ぐに向かう!行くぞ!シュン!!」
「ふえ!?」
何故かミラルダの操る馬に共に乗せられ、馬は主人以外を乗せているにも拘わらず、猛スピードで走り出した。
(飛んだ方が速いって言った方が良いのかな?)
行ったことのない村や町へは移動魔法が使えないため、自力で向かわなければならない。
その移動手段は飛行であったのだが、嬉々として馬を走らせるミラルダに下ろせとは言いづらかった。
村は思いの外近く、30分程で直ぐに見えた。
そして、土煙と共に巨大なシルエットも。
「!!!え!?蟹でっかい!!」
城ほどの大きさ、などと本には記載されていても、何かの比喩かと思っていたが、しかし、実物は高さ三十メートルはありそうな、巨大な蟹であった。
「昔はよく、あれを二十人がかりで倒していたものだよ!」
嬉々として話すミラルダは実に楽しそうで、その目は爛々と輝いていた。
「あれは、茹でてよし!焼いてよし!蒸してよし!の魔物中でも珍味な奴だから、現れたらみんな喜んだものだ!」
「え!?食べるの!?なんか毒を含んでそうなドス黒い色してるよ!?」
「勿論!殻が硬いから倒すのが大変だが、身は極上だぞ!!」
まじかー!と内心叫びながらどでかい蟹、デッドクラブを注視していると、その蟹の周りでちょこまかと動く黒い影がぼんやりと見えた。
まさかと思い、魔法で視力をあげ見直すとまさかと思った人物が一人で蟹を倒そうとその剣を向けていた。
「グレン!?一人じゃ無理だよ!」
周囲にはミラルダの仲間達が遠巻きに見ているが、グレンの動きについて行けず傍観している。
「!?シュン、見えるのか?」
「うん、魔法でね」
「ほほう。便利な魔法だな。しかし、あの蟹に魔法は使うなよ?」
「なんで?」
「魔法攻撃を反射する技を持っている。攻撃したら、その攻撃がそのまま返ってくるからな」
「うわっ…面倒くさい」
「はははっ、だから私や部下たちに任せておけ」
「うっわっ!!」
馬は更に加速し、蟹へと突進した。
蟹まであと数メートルというところでミラルダは手綱をシュンに渡すと、馬の上に立ち上がり、剣を抜き凄まじい脚力で宙に飛んだ。
「え!?待って!私馬の扱い分からないんだけど!!どうやって止めるのぉー!!!?」
「!?シュン!?」
シュンの叫びに気づいたのはグレンだった。
ドカドカと蹄の音を響かせ、馬の首にしがみついたシュンはあたふたと冷静さを失いどうする事も出来ずにいた。
「はぁーーー!!!」
そんな事は御構い無しと、ミラルダは待機していた部下に指示を出し、自身も蟹へと突進していった。
主人が戦う蟹を目前にした馬は、急ブレーキをかけ、その足を止めたが、勢い余ってシュンはその背中から投げ出された。
「ちょっとぉぉぉーーーー!!!」
衝撃に備えていたシュンであるがドサッと思いの外硬くない地面を確認すると、激突するその直前、地面とシュンの間にグレンが体を滑り込ませてくれていた。
「グレン!?ごめん!!大丈夫!?」
ちょうど腹の上に乗ってしまい、グレンは痛みに僅かに顔を歪めるが
「シュンは軽いから大丈夫」
と笑ってみせた。
「そんなわけないでしょ!?痛いのお腹だけ!?背中とか頭とか打ってない!?」
腹に跨った状態で、背中や後頭部を確認する姿に、
(こんなの見たらシンの奴、怒るだろうな)
と苦笑いしながら再度「大丈夫だよ」と自分の上からシュンを退かした。
「念の為回復魔法かけるね」
「お前、過保護だな」
パチンと指を鳴らせばダメージは直ぐになくなった。
「もうどこも痛くない」
「なら良かった!あの蟹どうしよう?」
漸く安堵するシュンに、グレンはふんわりと心地よさを感じた。
「…心配されるって、悪くないな…」
「え?」
蟹に釘付けとなったシュンの背中にポツリと呟いた言葉は、蟹退治の喧騒でかき消されはっきりとは届かなかったようだ。
「あの蟹は美味いんだ」
これ幸いとグレンは違う話題を出すと、シュンは
「え、グレンも食べたことあるの?」
と興味津々に食いついた。
「茹でてよし、焼いてよし、蒸してよしの珍味だ」
ミラルダと全く同じことを言うグレンに、シュンは俄然やる気を出した。
しかし、グレンもまた魔法は効かないからとシュンに見学を言い渡した。
「仕方ない。これならどう?」
「?」
パチン、と指を鳴らせばその小さな両手に剣が二本握られていた。
「え?双剣?」
シュンが剣を使うところなど見たことがない。
剣だって初めて見た。
扱えるのか問えば、ニノやグレンの様にはいかないが、何度かクーに教わったのだと話した。
「アスベルに会いに行くとシンがアスベルを構い倒すから、必然的にあぶれた私とクーが一緒に居ることが多くてねー。暇だから剣を少し習ったの」
「…ふーん」
「?」
あまり乗り気ではない返事にシュンは疑問に思い、どうしたのか問おうとした瞬間、どぉーん!と直ぐそばに巨大な何かが落ちてきた。
グレンは咄嗟にシュンを庇うように抱きとめる。
「え?鋏?」
「お!あいつ等やるな!」
どうやらミラルダが蟹の鋏を片方切り落としたようだ。
「うかうかしてられないね!」
「まぁ、シュンには強化魔法もあるし、期待してる」
「やってみる!」
剣技での実戦は初めてだ。
魔法で身体能力を強化し、クーに見繕ってもらった双剣を手の中でクルクルと回せば中々様になった。
(サイズも重さも丁度良さそうだな…。クーの奴、シュンのこと分かってるな…)
グレン自体はクーと関わったのはごく僅かだ。
知っている情報は少ないが、シンとシュンが心を許している相手である為、特に気にしていなかったが、なぜか、胸ががモヤモヤした。
「魔法で蟹の頭まで行くよ!」
やる気満々のシュンの声に
「了解」
といつもの様に振る舞うが、モヤは晴れないままであった。
パチンと指を鳴らした瞬間、そこはもう空中で直ぐ下は蟹の頭で、重力のまま落下していき、蟹の後頭部へと着地した。
硬い殻で覆われているせいで二人の存在に気づかないのか、下にいるミラルダ達にばかり攻撃をする蟹。
ぐるんぐるんとよく動く為、安定しない足場によろめきながら、頭の殻の薄い部分へとたどり着くと、二人は頷きながら、殻の薄い部分に連撃をぶちかました。
「ぎゅおぉぉぉぉ!!!!」
突如痛み出した頭にぐるんぐるんと激しく動き回る蟹に、シュン達が見えていないミラルダ達は何が起こったのか分からず、暴れる蟹から距離を取る。
尚も蟹は暴れまくり、土の中へと逃げ込もうとするがそれを阻むかのように、土が石と化した。
「ナイス!」
「これなら直接蟹に攻撃してないもんねー!」
落ちないようにシュンとグレンの足を蟹に固定し、更に攻撃は増す。
「殻を割れば倒せる!やっちまうぞ!」
「任せて!!」
魔法で更にスピードを強化し、同じ箇所に二人同時攻撃を繰り返す。
初めはキン!キン!と跳ね返すような音を響かせていたが、そこに濁った音が混ざり出し、ついにバキッ!とヒビが入った。
「やった!」
「ぎゅおおおぉぉぉ!!!」
「うをっ!」
二人を振り落とそうと蟹は暴れ回り、ミラルダ等や村の方へと突進し始め、これはまずいとシュンは反射的に結界の壁を張り、進行を妨げる。
壁に衝突した衝撃でシュンは転びそうになるが、グレンに手を引かれことなきを得た。
「ありがとう。今日はグレンに守られてばかりだね」
「居候の身だ。頼りになるってアピールしとかないとな」
ぱちっとスマートにウインクする姿は実に絵になる。
普段ウインクなどしないグレンであるが、彼もまたカッコいいと評される人物だ。
「…天然だなぁ」
「天然?」
「独り言」
こうして無意識に女の子を口説くんだろうな、とまだ見ぬ未来の哀れな女の子達に思いを馳せつつ、体勢を整える。
もう一息だと剣を構えると、側で影が過った。
なんだ?とそちらへ視線をやれば驚いた表情のミラルダと目が合う。
ミラルダはそのまま蟹のもう片方の鋏を切り落とし落下していった。
「すっごいね」
「関節に殻は纏ってないからな。あぁやって一本ずつ切り落としていくのがセオリーだ」
「え!?そうなの?先に言ってよ!」
「あぁ、すまん。あまりにもシュンが楽しそうだったから」
反省なんてしてないだろう笑顔で言ってのけるグレンに、頬を膨らませるが全く怖くない。
やるぞ、と続きを促し再び剣を頭のヒビへと斬りつけた。
バキンッ!と殻が破れた。
その瞬間、蟹から一際大きな悲鳴が響く。
続いて破れた箇所から、バキバキと音をたてながら殻が砕け散った。
全身の殻が散った直後、蟹は素っ裸となりそのまま絶命してしまい、巨体はシュンの結界にもたれかかるようにして倒れ、周囲からは歓声が起きた。
「やった!」
「記録更新だな」
「記録?」
「この蟹を倒した最短記録」
「おぉ!!」
リュキッド国の兵士達との共闘ではあるが、最短討伐である事には変わらない。
帰ったらニノに自慢してやろう、と悪戯っ子のような表情で笑う姿は初めて見るかもしれない。
移動魔法で地上に降りれば、ミラルダが待ち構えていた。
ミラルダはこれまでに無い真剣な表情で、つかつかと大股でシュンへと歩み寄ってきた。
「シュン!」
「!」
その覇気から叱られるのか?と一瞬身構えたが、ミラルダは片膝を突くとシュンの両手を取り
「シュン!是非我がリュキッド国へと仕官しないか!?」
と瞳を輝かせていた。
「えぇ!?」
なぜそうなった!?とシュンとグレンは驚きに身を固めた。
「あの田畑を潤す魔法もさることながら、広大な砂地を石に変えデッドクラブの逃走を妨げたり、村に被害が及ばぬ様瞬時に結界を張るという素晴らしい判断力!更には剣も使えるなどこれはもう遊ばせておくには勿体ない力だ!是非私と共に祖国を」
「悪いがそれは無理だ」
「…なに?」
熱く語るミラルダの横から、冷めた視線で止めたのはグレンである。
見知らぬ男の登場にミラルダの眉間にシワがよる。
「貴殿は?」
シュンの何なのだ?とギロリと睨みつけるミラルダに対し、冷めた視線は変わらない。
「俺は、シュンの…黒の一団の人間だ。勝手にウチのボスを勧誘するのはやめて貰おう」
見たことのないグレンの冷ややかな表情に、そういう表情もできるのかと、思わずシュンも息をのむ。
ミラルダは手を離すと立ち上がり、然程変わらない背丈のグレンへと応対する。
「それは失礼した。しかし、勧誘するなというふれは出ていなかった様に思うが?そもそもボスであるシュンが応じれば問題なかろう?」
「無駄だ。ウチのボスは国に属さない」
心配そうに視線だけでグレンとミラルダを行ったり来たりするシュンの前で、ミラルダの問いに間髪入れずグレンは返す。
「なんなら配下も纏めて面倒を」
“配下”そう言われた瞬間、オロオロとしていたシュンの目はハッと見開き
「違うよ」
と気付けば言葉を発していた。
「?」
何がだ?とミラルダの視線が問う。
「配下はいない。みんなは家族だよ」
シュンはそっとグレンの手を握った。
「!」(シュン…)
「グレンも家族で、そして仲間。うちに配下は一人もいない。だからごめんね。ミラルダの事は好きだけど、みんなとは離れられないんだ」
「!?」
「家族で仲間で対等だから、私だけの意見は通らないし、私もリュキッド国に行くつもりはないよ。あ、勿論ギルド経由で仕事の依頼があれば是非!」
だから、ごめんね、と二度目の謝罪に、なぜフレイザーがシュンを勧誘出来ないのか、なんとなくミラルダは察した。
その“家族”とやらが彼女を離したがらないのだろうと。
そしてまた、彼女も離れたがらない。
理由は勿論“家族”だからだ。
「…私とて家族と離されるのは嫌だ。成る程理解した。…じっくり時間をかけて口説き落とすことにしよう!」
「なんでそうなるか」
リュキッド国の方が何倍も良いと思わせれば良いのだ!そして家族も一緒に来ればいい!と、拳を握り決意するミラルダを止められる者は果たしているのか。
個人的には好きな部類だが、こうも面倒くさいとなると考えも改まるというものだが、なかなか憎めないのも事実。
のらりくらりと躱すしかないなと、シュンは苦笑いを漏らした。
話がいち段落ついた時だ。
蟹の方から一人のリュキッドの兵士がミラルダを呼びに来た。
蟹をどうするか、という事のようだ。
大半は村人達や復旧作業に取り組むもの達へと配られるようで、それで構わないか?とシュンにも許可が求められたが、二つ返事で返した。
勿論自分達の分は貰う!
「今日の晩ごはんにしよう!」
「それは楽しみだな」
シュンの料理は美味いからと今から期待が膨らむ。
兵士たちの指揮に戻ったミラルダを見送った後、自分達も作業に戻ろうと村へと向かう途中、シュンはある疑問をグレンに尋ねた。
「さっき、何であんな事を言ったの?」
「…」
“あんな事”とはシュンは自分のボスだと言った事なのだと、グレンは直ぐに理解した。
なぜそれが疑問に思うのかと言うと、それもそのはずだ。
これまでは付かず離れずで、仕事の協力はするが必要以上に馴れ合わないというスタンスであったはずが、いきなりあのような事を言えばシュンだって驚くと言うもの。
今までであれば、今回のような状況になれば傍観し成り行きを見ているだけであったのに、なぜ口を出したのか、それはグレンにもよく分かっていなかった。
「…何となく、あの女から嫌な感じがしたからかもな」
「ミラルダから?」
シュンはミラルダに対して、その様な感じは受けず、寧ろ好感を持っていたのだが、グレンはそうではなかった。
「腹に何か一物抱えていそうな感じがする」
先ほどの様に冷ややかな視線でミラルダが去った方を睨みつけるグレン。
ミラルダとのやり取りを思い返して見ても、やはりシュンには何も感じ取れなかった。
「…そっか…グレンがそう言うなら気をつけておくよ」
「え?」
「え?」
何故そんなに驚くのかと、シュンはグレンを見た。
グレンも驚いた表情のままでシュンを見ている。
「なに?」
「いや、そんなにあっさり信用して良いのか?思い違いかもしれないだろ?」
「そうかもしれないけど、滅多に口出ししないグレンがそう言うなら用心していても損はないと思ったから」
それだけで?と更に驚いた。
「グレンは誠実な人だから、信用できると思ってるよ」
「!?」
“誠実な人”など言われた事など、無い。
なにを思ってそう言うのか全く見当も付かず、歩く足を止めてただシュンを凝視してしまった。
「グレン?」
数歩進み、グレンが来ていないことに気づき、振り返るとグレンは神妙な面持ちで口を開いた。
「…シュンは俺の何を知っている?」
付き合いも浅く、出来るだけ関わらない様にしてきた自分の何を信用していると言うのだ、と僅かな苛立ちと共に吐き出した。
「さぁ、よく知らないね」
そして、シュンはそうあっさりと言い捨てた。
「でもね…」
と続けながら、シュンは漫画でのグレンを思い出した。
戦争で団長と副団長が死んだ後、団長の座を引き継ぎ副団長になったニノと共に国を守り、立て直そうと頑張った。
国民一人ひとりと向き合い、勇気付け、シンに攻められるまでひた向きに、誠実に、一生懸命に国を守ろうとし、ニノに裏切られた後も、対峙するその日までずっと「何か訳がある」とニノの行動を信じていた…。
「…私達と別れた後の寂しさを感じないように自分を守る、素直で真っ直ぐな人なのは分かるよ」
「!?」
真面目だとか頭が堅いと言うことは幾度となく言われてきたが、自分の事をそのように言う者は居なかった為、グレンは驚きを隠せない。
そして、一線を引いていた理由まで言い当てられ、恥ずかしさも込み上げてくる。
「ふはっ!顔少し赤いよ!」
「!!気のせいだ!お前の言っていることの方が恥ずかしい!」
「えぇー?そう?私素直だから、思った事しか言わないよ」
つまり、素直で真っ直ぐで、信用に値する人間だと言われているのだ。
過大評価しすぎだ、と悪態つくグレンはこれ以上表情を見られないようにヅカヅカと大股で歩き、シュンを追い越して行った。
「ふふっ」(耳が赤い)
恥ずかしいのか照れているのか、少なくとも怒ってはいないのは確かだ。
これ以上ゆでダコにしないよう、シュンは口を閉じ、グレンに並んで村へと向かった。
「…シュン」
「なに?」
「あー…あれだ?」
グレンにしては歯切れが悪く、見上げた表情はまだ僅かに赤い。
「剣に興味があるなら俺が教えてやる。どうせしばらくクーには習えないんだろ?」
クーはアスベルの護衛として、アスベルの通う学校へと共に通っている為今は会えない。
その為、基礎の基礎から訓練らしい訓練は殆ど進んでいないのだ。
「いいの?」
「…あぁ。今度クーに会うまでに多少強くなって驚かせてやれ」
今度は悪戯っ子のような笑みを見せ提案するグレンに、シュンもそれは面白そうだと二つ返事でお願いすることにした。
「宜しくお願いします、グレン師匠」
「師匠か…悪くない」
うむ、と少し偉ぶって胸を張り言うという普段見ないグレンの一面に、少しだけ近づけた気がしたシュンであった。




