29
「ここが問題の国、シグアナ国かー…荒れてるね」
最初の村に立ち寄ったシュン等は、想像以上に土地が荒廃している事に驚いた。
整備される筈の道や水路は使い物にならず、畑に水をまく事も出来ない状態だ。
あたりを見回せば居るのは年寄りと子供ばかり。
フレイザーの話では男は兵士として無理やり徴兵されるか、反乱軍として戦いに赴いたかのどちらかである。
若い女たちはお姫様の訳の分からないわがままにより、幽閉されているらしい。
「そのわがままってなに?」
「自分の婚約者を誘惑するからだって」
「マジかよ。頭のネジ大丈夫か?」
普段常識人で、ニノ以外には基本的に優しいグレンが思わずディスってしまう程だ。
やはり「このお姫様頭おかしいの?」と思った自分は正常だった。
因みに今は黒い衣装ではない。
黒の一団が有名になってしまったからには、極力普段着で行動する事にしている。
「あの!」
村の様子を見ていると一同の前に緊張の面持ちで一人の少女が立ちはだかった。
身なりは良いが型の古いワンピースを纏い、すぐ側には付き添いの使用人と護衛の兵士が付いている。
七歳くらいだろうか。
少女の手にはくまのぬいぐるみが握られている。
「なーに?」
極力優しく声をかけると、緊張の表情が少しだけ和らいだ。
「商人の方ですか?」
元気よくハキハキと話す少女であるが、あいにく自分たちは旅のもので商人ではないと伝えると、見るからに落ち込んだ。
「商人に何か用事なの?」
「…このくまちゃんを買い取って貰いたいの…」
おずおずと出したくまのぬいぐるみは、少し色あせているがほつれも無く大事にされてきた様に見える。
付き添いの使用人と護衛に目を向け様子を窺うと、二人はオロオロと落ち着きがない。
「お嬢様…それはそんなに高価なものではありません…きっと商人でも買い取ってもらえませんよ…」
「…でも、もうこれしかないの。お父様やお母様に頂いた飾りや服は売ってしまったもの…。せっかくみんながくれたものだけど…他にはもう…」
自分の持ち物で売るものがない、と少女は瞳いっぱいに涙を溜めた。
「それを売ってどうするの?」
「…お金がいるの。お父様とお母様は私に心配させないようにって内緒にしてるけど…今、領は王様に納める事で精一杯でみんな食べることができない…。だから少しでもお金を稼ぎたいけど、私にはどうしたらいいか分からなくて…」
それで自分の持ち物を売っていたのだ。
くまのぬいぐるみが最後と言っていた。
“みんなに貰った”と。
付き添いや護衛の反応から、使用人や護衛等みんなでお金を出し合って買ったものだろう。
特別なプレゼントであった為、最後まで売れなかったのだ。
「ちょっと見てもいい?」
「?ええ」
シュンは少女からぬいぐるみを受け取ると、鑑定魔法を発動した。
使用人から贈られたぬいぐるみだとしても、“みんな”と言うくらいだ。
出し合って集まった金額は決して少なくない筈だ。
そう考えて、シュンはくまをじっくりと観察した。
「……なるほど……」
「なにが?」
「…これ、私が買い取ってもいい?」
「え?本当!!?」
その声に、付き添いの使用人と護衛は焦った。
どうしても売らせたくないのがありありと出ている。
「お嬢様!それは!」
「せめてもう一度お屋敷に戻って別なものを!」
なんなら自分たちの私物でも、と言い出す二人に少女は耳を貸さない。
「あの、いくらになりますか!?」
「私の鑑定だと……ざっとこのくらいかな」
「!!?え!?そんなに!!?」
それは古びたぬいぐるみには決して釣り合わない金額だ。
下手をすれば平民の三ヶ月分の給料にもなる。
なぜそんなにするのか、と少女は疑問に思うが後ろの二人はそうではない。
ぬいぐるみの秘密に気づかれたと更に焦っている。
「でも、さっきも言ったけど私達は旅の途中なの。だからぬいぐるみは持ち歩けないんだよ。だから、あなたが預かっててくれる?」
「預かる?」
「そ!私が取りに来るまで、あなたがこの子のお世話をするのよ。そうだなぁ、お世話代としてあとこれくらい出してもいいよ」
「ええぇぇぇ!!!?」
「汚れたらあなたが綺麗にして、ほつれたらあなたが直すの。できないなら他の人に預かってもらうよ」
「!?で、できる!お洗濯もお裁縫も少しはできるわ!」
「そう、良かった。書面に起こすから少し待ってね。お金は即金でいい?」
あれよあれよと言う間にくまのぬいぐるみの売買が成立し、お世話契約が交わされ、少女は何も手放す事なく大金を手に入れた。
きちんとした書面付きで、不正は一切ない。
「あなたが二十歳になっても取りに来ない時は、あなたにあげる」
「!…えっと…じゃぁその時は…」
シュンは少女の頭を撫でると
「もう少しの辛抱だからね」
と伝えるが、少女に意味は通じない。
このお金を一刻も早く両親に届けるのだと、急いで帰路に就くが、何度も何度も振り返り少女はシュンに手を振った。
そして、王族以外に禁止されている頭を下げる行為を付き添いと護衛も繰り返した。
少女らの姿が見えなくなり、さて行こうかと歩き出すと、疑問が晴れない二名が「ちょっとまって!」と制止する。
「みんな普通に受け入れてるけど、あのくまのぬいぐるみ何なの!?」
「この感じ、分かってないの俺とニノだけだよな!?」
シュンは勿論、シン、レイル、マール、エクシャは分かっている。
シュンが鑑定魔法を使った時、一緒に自分達も魔法で様子を見ていたのだから。
「あのぬいぐるみには魔法がかかってたんだよ」
「魔法?」
「そう。あの子の二十歳の誕生日にぬいぐるみの中に仕込んであるあの子の瞳と同じ色の、アメジストの首飾りと耳飾りが出てくる仕様だよ」
「だから買取金額があんなに高かったのか…」
「れっきとした等価交換」
お世話代も渡したので、これであの子は二十歳までちゃんとお世話を続けてくれるだろう。
そして、二十歳の誕生日に全てを理解するのだ。
「あのままいい子に育って欲しいねー」
「お前もあれくらい素直に育って欲しかった」
「シン、何か言った?」
「何も」
さて、そろそろ解散しようと村の出入口までやってきた。
ここから先、シンとグレン、マールとエクシャ、レイルとニノの三組は各地へ情報収集に向かう。
シュンはというと、今王城ではお姫様が女の使用人を解雇しすぎて深刻な人出不足となっている為、シュンがその使用人となり潜入する事になっている。
エクシャは美人なので雇ってもらえないし、他は男なので論外だ。
ならば女で子供のシュンならば、雑用係としてくらいならば雇ってもらえるのではないかという事になり、内情を探る事になった。
「暫く廃城には帰れないけど、作り置きしてるから、ちゃんとご飯食べるんだよ?とくにシン」
「何で俺だけ」
「ほっとくとチョコレートしか食べないからだよ」
じろりと睨めばスッとそらされる視線。
仕方ないな、と息を吐きモタモタしててもしょうがない、とシュンは真っ先に「じゃぁよろしく」となんともあっさり飛んで行ってしまった。
「さて、俺たちも行くぞ」
レイルとニノ、マールとエクシャもそれぞれ魔法で移動を開始し、それを見送ったシンとグレンも行動を開始するが…。
「シュンが心配か?」
「…いや…、あぁ、そうだな…」
どちらとも取れる返事に苦笑いをするグレン。
下手をしたら一番危険な場所へと向かわせたのではないかと思う。
何かあってもシュンならば臨機応変に対応するだろうし、対応できなくともすぐに魔法で離脱することも可能だ。
「…大丈夫だ。あいつなら」
自分にそう言い聞かせ、シンは漸くその場から離れた。
収集する情報とは、どの貴族が国王に与していて、どの貴族が正常に動いているか。
兵士の動き、自ら進んで今でも国王に忠誠を誓っているものはどれくらいいるのか、民兵はどうなのか。
国王の周囲の人間はどうか。
大臣や役職についている者達は協力的か非協力的かなども調べる必要がある。
それは国落としが終わった後、どの人間を切ってどの人間を残すかの選定の目安にもなる。
城に上手く入り込んだシュンが見たものは、実に酷いものであった。
周辺の領地はその日食う物にも困っているというのに、城では毎日毎食食べきれないほどの料理がテーブルに並び、一口食べては下げさせ、或いはその気分ではないからと手も付けずに別の料理を出させる。
夜は王家に都合のいいおべっかを使い擦り寄る貴族を集め、毎晩のように晩餐会を開いている。
参加する貴族も決して少ないとは言えない。
そして、一晩宿泊し朝昼と豪華な食事を取った後貴族達は帰路に就く。
なんとも贅沢三昧な生活であった。
残った料理は捨てるなどと言うことはせず、そのまま使用人達の食事となる。
年配の者からは、前国王の時代では考えられないと何度も聞いた。
質素倹約、徴収した税は国民のためにが口癖であった前国王は例に漏れず使用人達にも質素倹約を務めさせていたが、自分たちの残り物を下げ渡すことなど無かった。
そもそも残らない。残さず全て食していた。
そのような国王夫妻から産まれたはずの息子、現国王はなぜこうなってしまったのか。
昔は違ったと皆は言う。
王妃を娶ってから可笑しくなったのだと。
とある国の貴族から輿入れした王妃は、国一番の美女で、十七歳の娘がいるとはとても思えない。
一見物腰柔らかく優しげな印象を受ける王妃だが、その実、我儘の限りを尽くしている。
そして、その王妃の娘である姫も当然そうなる。
初めのうちは窘めていた国王も、その度に「私がお嫌いですか…シクシク」「私とはもう愛しあえませんか…メソメソ」と泣かれてしまい、しまいには「それならば離縁いたしましょう…オロロ」と言われ王妃にメロメロの国王は全ての願いを叶えてしまうようになったのだ。
容姿が王妃と瓜二つの姫の願いも二つ返事で叶えてしまっていた為、現状取り返しがつかなくなってしまった事に未だ気づかない愚王と化した。
勿論まともな配下は何度となく諌め、王の目を覚まさせようとしたのだがそれも叶わず。
同盟国に助けを求め、各国の王達に助言を願ったが「人の国に口を出すな」と一蹴してしまい、見放された。
(典型的な愚王だね。確かこれと似たような話があったよね。美女となった狐に化かされて愚王となった王様の話)
ここまでダメだといっそ清々しいとさえ思う。
「おう、シュン」
「今日は洗濯か?」
井戸でわしゃわしゃ洗うフリをしながら今後のことを考えていると、兵士である青年達がやってきた。
(洗うフリとは、既に魔法で綺麗にしているが、魔法が使えない設定なので一通り洗ったフリをしてから干しているのだ。魔法使いは警戒されるらしい。)
見て取るに鍛錬が終わり井戸水で汗を流しにきたのだろう。
井戸から水を汲み、いくつかの桶に移した後自身の着ていたシャツを脱ぎそれを水に浸して汗を拭いている。
「乙女の目の前で脱がないでって言ってるのに」
「少しでも恥じらってみせろよ」
「恥じらうどころか、その筋肉ガン見してやんよ」
「きゃぁーエッチ!」
「あっはっはっはっ!」
彼らはみんなシンと同じくらいの年齢だ。
十五から十七、八の青年たち。まだ少年と言ってもいい。
地方の村や町から無理矢理徴兵されたのだ。
今はふざけて笑っているが、戦争が始まれば先日捕らえられた反乱軍と共に肉壁として真っ先に戦場に送り込まれる。
「ほらほら!洗っとくからその汚れもの出して!」
「パンツも?」
「全裸で帰れるものなら置いていけ」
「グハッ!流石にそれは無理だ!」
軽口を叩きながら桶に積まれていく鍛錬後の泥塗れの衣類に、嫌な顔一つせずに手を伸ばすシュンに何人かはこう思う。
もう少し大人なら嫁に、と。
姫により片っ端から辞めさせられた以前の若い女の使用人たちは、それはそれは嫌な顔をしていた。
更にシュンは食事のリメイクも上手い。
王族たちが食べ残した食事に、安価な芋などを混ぜただけの食事であったが、シュンが来てからはそれを“そう”とは感じさせないメニューへと変貌させる。しかも美味い。
まだ子供であるが、気遣いや明るさなどの性格や仕事の速さなど、好感が持てるのだ。
後三年、後四年、それまでこの少女がこの城にいてくれたならと思う者は少なくない。
そんなある日、城ではこんな噂が流れ始めた。
“ついに同盟国がシグアナ国を落としに来る”
と。
勿論シュンが流した噂である。
まぁ、実際噂ではなく事実であるが。
そして同時に“投降する者は決して攻撃しないらしい”という事も。
相手はあのフレイザー・アーリッシュ大公である。
国の情勢を鑑みて戦いたくない兵士も居るであろう、と考慮してくれているのではないか、と付け加えることも忘れない。
それは瞬く間に広がり勿論国王の耳にも入った。
慌てふためく国王に、王妃は囁いた。
「私たちだけでも逃げましょう」
と。
国を捨て、持てる財宝全てを持ち他国へ逃げる。
そして財宝を売り、今の生活を続けるのだと。
その情報は、すぐさまシュンの耳に入る。
というか城のありとあらゆる所に水晶録画をセットしてあるので、いつ、どのタイミングで逃げるのかまで全て筒抜けであった。
「…どうせ財宝も無くなったら他国にある実家に帰るんだろ」
とその後の王妃の行動まで簡単に予測できる。
「そうはさせないけどね」
さて、情報は揃った。
あとはその日に餌を撒くだけだ。
シュンはその日の夜、こっそりと城を抜け出し廃城へと戻った。
「シュン、昨夜どこ行ってたんだ?」
カコーンと小気味の良い音を立てながら城の裏手で薪割りをしていると、少年兵の一人、ダンテが顔を出した。
「昨夜?寝てたよ」
「訪ねに行ったら居なかったじゃん」
来たのか、と表情一つ変えない。
「何時くらい?一回トイレに起きたけど、その時かな?」
多分その時かもしれないと納得し、同室の年配の女性はぐーすかと寝ていたが、シュンのベッドはもぬけの殻だったとダンテは話した。
「…取り敢えず他の人に見つからなかったことは褒めてあげるよ。それで何の用だったの?」
「え!?」
「え?」
なぜ驚くのか、シュンが首を傾げているとダンテはほんのりと頬を染め暫く視線を彷徨わせたあと、
「やっぱいいや」
と何も言わずに帰っていった。
何だアレ…とダンテを見送ったあと近くの木を見上げ
「もういいよー」
と声をかけた。
魔法でふわりと降りて来たのは、一応変装としてこの国の兵士の姿をしたシンであった。
「…なんだあいつ?」
ダンテの去った方を睨むように見たシンに、シュンは苦笑いで返す。
「年の近い女の子が私しか居ないからね。気になるんだよ。お年頃だから」
それはつまり、好意を寄せているという事だ。
シュンは決して鈍感では無い。
精神的な年の功とも言える。
(精神的に)年下の男の子の表現する感情は特に分かりやすく、自分に好意的かどうかなどすぐに分かる。
しかし、その気持ちには決して応える事はできない。
ここにずっといるわけにもいかないし、かと言って廃城に連れて行くわけにもいかない。
気づかないふりをし、のらりくらりと躱し、自分が去ったあと、新たな出会いをして、あの時は気の迷いだったのだと思ってもらうしか無いのだ。
「それで、閣下は何て?」
「あぁ、数日なら予定を繰り上げる事は可能だそうだ」
「それは何より」
フレイザーにはシュンの作戦は話していない。
伝えたのは「王族や貴族が国民を置いて逃げ出すかもしれない」という事だけだ。
それならば、そうならないように早く攻め込もうと判断してくれたのだ。
本来攻めてくるまでにあと二週間はあったはずの期間が一週間と縮まった事に、この国の重鎮たちは如何様に対応するか見ものである。
気づいたら敵は目と鼻の先。
逃げる暇など与えない。
「で?必要な事は揃ったんだからいつまでここで薪を割ってるつもりだ?」
「んー?このタイミングでいきなり辞めますなんて怪しすぎるでしょう?だからギリギリまで居るよ。どうせ避難勧告なんて出ないだろうから」
「…」
「めっちゃ不服そうな目。なに?寂しいの?ハグしてあげようか?」
茶化すようにニヤニヤと言えば、ムッと口を尖らせる。
からかいすぎたか、と謝罪を口にしようとすればその腕を勢い良く引かれた。
「わっ!?」
「…」
自分より遥かに高い身長にすっぽりと包まれるように両腕を回され、ぎゅうぎゅうと顔を胸板に押し付けられた。
思わぬ事に一瞬戸惑ったシュンであるが、大きな子供だなと、ポンポンと背中を優しく叩いてやった。
「…シン…あのね」
「…なんだ?」
「…すごく言いづらいんだけど…」
「だからなんだ?」
シンの腕の中でモゴモゴとシュンは遠慮がちに話していたが、ばっとシンから体を勢いよく離した。
「もっとご飯食べな!なにこのウエスト!?もやし!?肉どこいった!?私がご飯あげてないみたいじゃん!!」
シンの腕から抜け出しほっそりとしたウエストを両手でがっしりと掴む。
訓練帰りのここの少年達とは雲泥の差だ。
「おかしい…おかしいよ!?ここの子達の方が余程貧しい食生活なのに!?帰ったらシンだけ特別メニューにするから!肉肉肉の特別メニューにするから!!」
「……ここで言うことがそれなのか…」
「あと、グレンとニノに頼んで筋トレメニューも組んで貰うから!」
「……」
「ハグして骨がゴツゴツ当たるなんて最悪だよ!抱き心地最悪だよ!!」
「……」(…最悪…)
「もやしめ!」
「もういい、帰る…」(…もやし…)
酷くショックを受けたのだろう、これ以上何か言われる前にと、シンはそそくさと退散した。
だからその後のシュンの声は届く事はなかった。
「…私だって寂しいよ…」
見知らぬ土地で、見知らぬ人達と生活するのだ。
心細いし寂しいに決まっている。
それを口にしないのは、強がりとみんなに気遣いや心配をさせない為であった。
「おっといけない。薪割り途中だった」
気持ちを切り替え、斧を手にまた小気味の良い音を響かせるのであった。




