15
「貴殿がコルンドリア国の元王宮魔法使いだという事には驚いた」
「…だから何だ?」
「それはないだろう?貴殿は指名手配の身だ。私の采配でどうにでもなる」
「…」
はてさて、この男をどうするべきか、前日より考えているが中々良い案が思いつかなかった。
一番手っ取り早いのは殺してしまうことなのだが、それでは元も子もない。
記憶を消してしまうか?とも思ったがギルド長を務める男がそう易々と魔法にかかってくれるとも思えない。
ギルドの長とは頭の回転と物理的な強さを必要とする。
下は少年少女の雑用の働き手から、上は百戦錬磨のハンターまで全てを纏めあげる職であり、働き手よりも弱い長は直ぐに取って代わられてしまう。
つまり、只者ではないということである。
たとえ元王宮勤めの魔法使いといえど、無傷では済まないだろう。
「それで、何を要求するつもりだ?」
あくまでも下手には出ないという意思表示で、踏ん反り返るレイルの申し出に、バジーは待っていましたと言わんばかりにニンマリと笑みを深くした。
「あのお嬢さんの、身代わり人形を今後このギルドへ全て卸して頂きたいのです。簡単でしょ?人形が出回ったはじめの頃には一つのギルドで卸していたようですし」
「…あんた、頭良いんだろう?何で最近はあちこちのギルドで卸してると思ってんだ?理由があるからに決まってるだろ。それを急にこのギルドだけなんてやってみろ。意味がない」
「おやおや、そんな事こちらには関係ありません。貴方が要求を呑むか呑まないか、ただそれだけですよ」
ギルドを転々としていたのは確かにこちらの都合であり、バジーには何ら関係のない事である。
自分だけならば、通報されたとてまた逃げれば良いだけなのだが、手配書の似顔絵が以前のものから今の自分に描き変えられるのだけは避けたい。
シュン達に知られるのを避けたいのだ…。
(…あいつらの側が、居心地よすぎたせいだ…)
幸い、何度か身代わりくん作成を手伝って魔法陣は既に記憶している為、シュンには黙って自分で作って渡すという方法がある。
瞼を閉じ、少し考えた後仕方なし、と了承した。
「そうですか!話が分かる方で良かった!まぁ、長い目で見れば貴方をコルンドリア国へ突き出すよりも、あの人形を長々と売りさばいたほうが儲かりますからね」
「その代わり、あの名を(レイリアス)二度と呼ぶな」
「もちろんです、レイルさん」
「と、言うわけだ。概ね昨日の話と合っていた」
こっそりとレイルとバジーの話を盗み聞いていたマールは、早速シュンとシンへと報告していた。
マールもまた、移動魔法は使えないがシュンの移動魔法陣により行き来は自由なのだ。
「身代わりくんの数が多いから、言ってくるなら早めに言ってくると思うんだけど、何て言い訳するのかな?」
「…なにわくわくした顔してるんだ…」
「え、だってレイル嘘下手だし。どうするのかなって思って」
「…こんなガキに嘘下手とか言われるレイル…可哀想すぎる…」
お人好しだし仕方がない。
「言ってこない可能性は無いのか?」
「言ってこない可能性?」
その選択は無かったな、と天を仰ぎその可能性を考えてみれば一つ思い当たった。
「そう言えば、レイルって身代わりくん、自分で作れるじゃん」
「…」
「…」
自分の手伝いを時々していたな、と思い出したのだ。
シンは兎も角、珍しくマールまでもが呆れた視線を送ってきた。
「ま、まぁまぁ、特に支障はないよ!ね?だからそんな目で見ないで!?」
「はぁー、シュンがどこか抜けているのは今に始まった事では無いしな」
「ぐぬぬぬ…」
シンの呆れた様な物言いに、自覚があるだけに言い返せずギリィと悔しさに奥歯を噛み締めたのだった。
「そうだ!マール、ギルド長って凄い強い人ばかりらしいから、もしもの時は直ぐに逃げてね。マールは竜だし遅れをとる事はないと思うけど万が一があるからね。怪我だけはしないように」
「分かっている。そんなヘマはしない」
冷静な瞳とはっきりとした返事に、シュンは安心したように一つ頷いた。
「うーん、こんなんかな?」
「よくそんな物思いつくな」
マールを引き続きバジーの弱点探しへと向かわせた後、シュンとシンはシュンの魔法研究室へとこもった。
こんな事はしょっちゅうあるので、レイルも気にしないだろう。
「声だけだと信憑性が低いから、姿も記録できればより信じてもらえるでしょう?」
シュンが今やろうとしている事、いや、シンにやらせようとしている事は、超高価な魔法道具である通信できる水晶に、ビデオカメラの様に録画機能を付けてしまおうと言う事だ。
「うーん…なんか違うね…」
いつもは見せない真剣な表情で魔法陣を何度も描き直すシュンに、シンは感心していた。
それと同時に、今自分たちが快適に暮らしていけているのはこうして日々この少女が頑張っているからなのだとも痛感した。
「…あとは俺がやる。お前は戻れ」
シュンには野菜の栽培や身代わりくんの作成、チョコレート作りやチョコレート作りやチョコレート作りがあるので、普段通りに過ごしてもらう方がシンには断然有難い。
主にチョコレートの部分で。
「…そのうち糖尿病になっても知らないからね」
「そんな事にはならない。させないだろ?お前が」
「………………はいはい」(なにを根拠に…まぁ、しっかり管理してますけどね!)
それを素面で言ってのけるシンの身内に対する信頼度の高さが、漫画では人気の一つであった。
シュンもそのブレない信頼は大変好ましいと思っていたし、それを現に自分が向けられると悪い気はしない。
むしろ嬉しい。
(くっ!まさかこんなところで闇の魔法使いシンの片鱗を垣間見る事になろうとは…漫画より大分丸く成長してもシンはシンという事か…)
ポーカーフェイスを保ち研究室を後にし、庭と言う名の畑へと向かう途中、件のレイルを見かけ一気に頭は冷静さを取り戻した。
その手には身代わりくんの材料が抱えられていたせいで余計に冷静になった。
(やっぱり自分で作るのか…)
シュンは心のどこかで自分を頼ってきてくれるのではと、期待していた。
事情を説明して、相談してくれるのでは、と。
それは今現在コソコソとしているレイルの姿を見て、打ち砕かれた。
自分の見た目は子供である。
頭では理解しているが、精神的にはレイルより歳上なのだ。
そのせいか、少しばかり残念であった。
「仕方ないか…」
「なんか倉庫から身代わりくんの材料がゴッソリなくなってたんだよねー。誰か知らない?」
「ぶふぉー!!!」
食事中だったため、レイル、シン、マール、エクシャが一気に口の中のものを吹き出した。
目が泳ぐレイルと、「なに言ってんだ!?」とシュンをガン見するシン、マール、エクシャ。
三人の視線なんか知らない、と言わんばかりにニコニコと話を続けた。
「て言うか、汚いよみんな」
などといいながら、汚れたテーブルを魔法で片付けるシュンに、誰のせいだ、と今にも怒鳴りそうなシンであるがなんとか堪えた。
「ねぇ誰か身代わりくんの材料、知らない?」
一向に誰も返事をしない。
正確にはできないのだが。
「また明日調達に行かなきゃならないのかー」
口では面倒だと言っているが、その表情は慌てふためくレイルを見て面白がっている様にしか見えない。
(タチの悪い…)
その意図に気付いたシンだけが、冷静に食事を再開させた。
結局シュンの揺さぶりにレイルは乗っかってくることは無かった。
思惑が外れたからと言って悲観することはなく、寧ろ反応が面白かったとシュンは顔をにやけさせた。
「趣味が悪いぞ」
「自覚はある」
シンのお小言もなんのその。
夜はエクシャの報告を聞くために集まっていた。
「運良く、件の魔法使いがお忍びで通う酒場に雇ってもらえました。二日に一度はやってくるそうです」
「酒場かぁ…」
何か問題があるのか?とシュンの呟きに三人の視線が集まる。
エクシャは美人でスタイルも良い。
それに伴い、酒場であると一つの不安がよぎるのだ。
「セクハラされたら嫌じゃん?手を握り足を撫でられ、終いにはたわわな果実を揉みでもされたら、私はブチ切れる」
「たわわな果実って…」
「エクシャ、やらなくて良いんだからね。別に方法考えるし。っていうか、私がやらせたくない」
これでもかと言うほど眉間に皺を寄せ、当人のエクシャよりも不快感を露わにするシュンにエクシャはほんのりと頬を赤らめた。
「いいえ!大丈夫です!セクハラ行為を流すのは得意なので、お任せください!」
昔取った杵柄とはこの事だろう。
以前仕えていた貴族の命令で、客として来た他の貴族と閨を共にした事もあった。
もちろん使役する魔物の睡眠魔法や催眠魔法で事なきを得たが。
いざとなれば自分にはこれがあると、エクシャは自信たっぷりに胸を張った。
「………………………………………………………………エクシャが言うなら……。でも、本当に嫌ならそう言ってね。嫌がる事はさせたくないから」
本当に渋々と言った風にシュンが了承すれば、エクシャは嬉々として頷いた。
(なんか寧ろ嬉しそう……?)
なぜにそんなに嬉しそうなのか?と首を傾げるが、それをシュンが知る事はない。
「必ずやあの魔法使いと懇意になってみせます!」
自室に戻り決意を新たに拳を握るエクシャを見つめるマール。
その瞳は嫉妬と心配の色が混ざっていた。
「本当に無理はするなよ。シュンの望まない事はしたくない」
「分かっています。でも、会えるチャンスは三回。初めから本気で行かなければそれこそシュンの望みを叶えられませんから」
“シュンの望みのままに”
二人は決してそれを口にしない。
自分たちの首輪を、足枷をちぎり取り、自由を与え新しい暮らしを与えてくれたシュンは二人にとっては新たな主人である。
しかし、シュンがそれを望まない限り、決して口にしない。
普段全てを与えられている二人にとっては、シュンの僅かな願いは、絶対に叶えなければならない重要事項となっていた。
荷物持ちや畑の手伝いなど微微たる事もであるが、自分たちにしかできないこの仕事を成功させる事は、まだまだ役に立つのだとアピールできるチャンスでもある。
「それにしても、私を心配して下さっているシュンのお顔がとても可愛らしかった…」
「ちっ」
「ふふふ、羨ましいでしょ?」
「ふん!俺には俺の仕事がある。それに俺だって心配された」
張り合うかのように昼間の会話を思い出し話すマールに、今度はエクシャがムッと唇を尖らせた。
暫くバチバチと火花を散らすが、途端にフッと笑いがこみ上げて来た。
これまで二人が言い合う事など無かった。
そんな余裕も無かった。
生まれて初めての兄妹喧嘩であった。
“あの日”を境に二人の中心はシュンになった。
シュンは嫌だと言い、自由になれと言う。
だから自由にシュンを思う事にした。
決して二人の心は変わらない。
「主人の望む結果を出そう」
「えぇ。私たちの主人の為に…」
二人は相変わらず、共にベッドへと横になる。
幼い頃からずっとそうして来た故に。
(シュンは気付いてる…)
自分が身代わりくんの材料を持ち出したことを。
翌日、身代わりくんの材料を調達に行くと言うシュンに付き添ったのはレイルであった。
マールとエクシャには予定があり、シンは朝から研究室にこもって出てこない為、必然的にレイルにこの役目が回って来たのだ。
シュンは一人で大丈夫だと言うが、何かとトラブルに巻き込まれやすいシュンを一人にはしたくないと言う満場一致の見解の為、誰かしらが付いていく事になっている。
「レイル、帰りにあの店に寄って良い?シンがさぁ、最近また研究室にこもってるでしょ?紙がガンガン無くなるんだよねー。そのうち紙の生成でもしようかなー。木によって質が変わるらしいけど、研究に使うならそんなに良い紙じゃなくても良いと思うし。どう思う?」
シュンは至っていつも通りに振る舞うが、レイルはシュンの話は殆ど頭に入ってこない。
シュンが自分のやっている事に気付いているかいないかの唯それだけが気になっていた。
「レイル?聞いてる?」
「え?すまない、聞いていなかった」
「……」(レイル素が出てる…珍しいものを見たな)
普段の粗暴な言葉遣いは「レイリアス・カードリッシュ」を隠す為の演技である事は原作知識万歳の為、初めから知っていた。
元々お城に勤めていたのだ。
あの言葉遣いはあり得ないのだ。
速攻でクビになる。
普段徹底しているだけに、今、かなり動揺しているのだろうと言うことが窺い知れる。
「紙、作ろうかなって話」
「…紙か…アレは国によって法律で生成法が決められている。勝手に作ると罰せられるぞ」
「え?何で?」
「庶民が簡単に紙を手に入れ、学び、知識を持つ事を恐れている。自分たちのやってる事に疑問を持つ事を、な」
「何だそれ。それって同時に国の発展の妨げになってるって分かってやってるのかな?」
「まぁ、分かってないんだろうな。偉い人間てのは、基本的に自分たちが良ければ良いって考えの連中が多い。勿論そうじゃない奴も中にはいるが僅かだ」
「ふーん…。国によってはってことはさ、そうじゃない国もあるって事だよね?」
「そうだな。前にお前とマールが行った南の国ルーワイヤ国は割と自由に紙を作り、輸出までしているな。国民一人一人の学力も高い」
「確かにリゾート地なんて珍しいもんね。そっか…ふーん、成る程…」
「おい」
「なに?」
「今度は何を企んでる?」
「やだなぁ、人聞きの悪い。ちょっと珍しい紙とか作って貴族たちからお金を毟り取ろうとか思ってないから」
「……危なくない物だろうな?」
「寧ろ危ない紙って何だよ。側面がカミソリ並みに鋭いとか?そんなん作んないし」
いつの間にか会話がシュンのペースになっており、一瞬だが不安が払拭されていた事に驚くレイル。
子供とは思えないシュンとの会話は実に面白いし、楽しいとさえ思える。
魔法の話から他愛のない話まで多岐に渡り、こちらを真っ直ぐと見据え飽きる事なく話していられる。
その真っ直ぐな視線が、不安と疑いで逸らされると思ったら何も言えなくなってしまった。
「…レイル?」
返事の無いレイルを不審に思い呼びかければ、か細い声で「何でもない」と短く返され、話は終わってしまった。
(やれやれ、自分から話す気はなし、か)
二人きりになり、なんとか緊張をほぐして、レイルが自分から話してくれるように仕向けたつもりであるが、その思惑は失敗であった。
仕方ないか、とこのまま作戦を進める事にした。
人形の材料と紙を調達し、さて帰るかと町の外へと向かっている途中、
「やっと見つけた!」
慌てたようにサリアとアルハルトが、貴族の振る舞いを無視して駆け寄ってきた。
「サリアさんにアルハルトさん、どうしたの?」
息を切らしやってきた二人にただ事ではない事を感じ取った。
「あなたいったい何をしたの!?」
「へ?な、なにって?何のこと?」
全く思い当たる事がないと言えば嘘になるが、最近は割と大人しかった。筈である。
「ロザリール国の大公閣下、フレイザー・アーリッシュ様が貴女を探しているのだと使者がやってきたのです。身代わり人形を卸したギルドのある町を片っ端から探しているようでしたよ?」
フレイザー・アーリッシュ、シュン達の住んでいたスラムの家をボロボロにしたあの老紳士であった。
性懲りも無くまだ探していたのか、とその執念に脱帽だ。
「何もしてないよ。ほら、私魔法が使えるからちゃんとした教育をして国にお仕えさせたいんだって前に言ってたんだ。ちゃんとお断りした筈なんだけどなぁ」
何もしてないとはどの口が言うか、とレイルは思ったがそれを態々口に出すことはない。
「そうなんだ!シュンちゃんて確かに凄い魔法使いになりそうだものね!」
「えへへ、ありがとう」
「父上もこの町に人形を卸したのは一回きりだし、住んでいないから居場所は分からないと言っていたし、もうこの町には来ないとは思う」
「そっか、分かった。ありがとう」
つまり、頻繁にこの町で買い物をしている事は話していない、と言う事である。
そのうちこの借りを返さなければいけないな、面倒くさい、と内心で思いながら二人と別れたが、その表情はイタズラを思いついた子供の顔であった。
「まぁ、貴方様がお城で一番偉い魔法使いなのですか?確かにオーラも纏う雰囲気も違いますね」
「はっはっはっ、いやいやそれ程でもないさ。暫く来ないうちにこんなに綺麗な娘さんが入っていたとは」
「いやですね。一昨日もいらしたじゃ無いですか」
男が別の女性と話している間に、ガラスでできた酒瓶から、同じくガラスでできたグラスに酒を注ぎエクシャは男に手渡した。
「どうぞ、オンリオ様」
「おや、ありがとう」
表向きは小金持ちの通う大衆酒場であるが、奥に入れば、部屋は勿論個室の完全なる金持ち向けの酒場。
庶民が通うことのできない高級なその場所は、国の偉い方々の接待の場としてや、本来飲酒を禁止されている聖職者がこっそりと出入りしている高級なクラブのような場所であった。
働き始めて初日ということもあり、沢山の人が飲み食いする広間で客に酒を注ぎ回っていたエクシャであったが、その美しさに標的である城勤めの上級魔法使いがすぐ様食いつき、自分がいつも使う個室へエクシャと、いつも呼ぶお気に入りの女性二人を呼び寄せたのだ。
エクシャは出しゃばらず、もう一人の女性とオンリオが話している間は静かに相槌をうち、時には酒を注ぎ、ツマミが切れたら補充に向かい裏方に徹した。
出しゃばって先輩であるホステスに目をつけられすぐ様クビになる事を避けたかったのだ。
そしてチャンスはやってくる。
化粧直し、と先輩ホステスが席を立った瞬間である。
「悪かったね。君を放置してしまって」
「いいえ。お二人の会話はとても勉強になります。私ではあの方のようにオンリオ様を楽しませる事は出来ませんから」
そっと酒瓶を手に酌をすれば、オンリオは嬉しそうにそれを飲み干した。
(4杯目。酒には強いみたいですね)
酔った様子がないオンリオに内心舌打ちをするエクシャ。
「君も遠慮せず飲みなさい」
「では、」
オンリオ自ら酌をし、グラスを手渡される。
香りが鼻孔を掠めた瞬間、エクシャはオンリオの思惑を理解した。
自分がオンリオに注いでいた酒と明らかに香りが違い、遥かに度数の高いものである事が分かった。
女性を酔わせこの場でか、はたまた持ち帰りかは分からないが良いように蹂躙するのであろう。
が、相手が悪かった。
「ふぅー美味しい!」
「…そ、そうかい?それは良かった」
ヒクリとオンリオの口角が上がったのを見逃さなかったエクシャは、内心ザマァ見ろと深く笑みを作った。
透明の酒瓶に入った酒はどちらも透明で、同じようにしか見えないが香りだけは全く別物であった。
それを指摘し、せっかくなのでオリオン様もこちらを飲んでみてください、とても素晴らしいお味ですよ、高級感あふれまさにオンリオ様に相応しいものですとぐいぐい勧め、有無を言わさずその手に度数の高い酒の入ったグラスを握らせた。
「…」
どれだけ度数が高いか知っているのだろう、オンリオはグラスを持ったまま硬直してしまった。
「さぁ、どうぞ」
腕に胸を押し当てると、オンリオの喉がゴクリとなった。
そして、男は度胸、と言わんばかりに酒を飲み干し次の瞬間にはばたり、と机に突っ伏した。
「…え、弱い…」
まさかの一撃に唖然としたのはエクシャの方であった。
まぁいっか、とエクシャの仕掛けは翌朝まで続いた。
「幻覚魔法で一晩中いい夢が見れたと思いますよ」
翌日のエクシャの報告にシュンの眉間にはこれまでに無いようなシワが寄せられていた。
マールはバジーの監視、シンは魔法道具の研究によりこの場には居ない。
「そのおっさんの夢とは言え、一晩中エクシャを蹂躙していたかと思うと虫唾が走る。記憶を抹消したい」
「ご心配ありがとうございます。でも指一本触れられてませんよ」
まぁ、自分から多少触れたが、とは言わなかった。
短期決戦を言い渡したのは自分であるが、エクシャにここまでさせる事になるとは考えもしなかったシュンは自分の浅はかさを悔やんだ。
これが最初で最後にするから、と不機嫌に言い放てばその気遣いが嬉しかったのか、恥ずかしそうに俯いた。
「あ、あの、シュンにお願いが、あ、あるのですが…」
もじもじと恥じらう姿も美人だな、と思いながら自分にできる事なら何でも、と快諾すると顔を更に赤くしたエクシャはおずおずと立ち上がり両手を広げ
「っは、ハグをしても良いですか!?」
と声を裏返しながら叫んだ。
「え?良いけど?どうしたの?大丈夫?やっぱり辛いんじゃない?」
「いいえ!そんな事ありません!ただちょっとだけ、その、ご褒美貰えたらと」
ご褒美…自分とのハグがご褒美になるのか?と疑問を持ちながらシュンはそっとエクシャに抱きついた。
「!!!?」
シュンの短い両手がエクシャの背中に回されると、一瞬だけビクリとエクシャは震えた。
そして自分もゆっくりとシュンの背中に両手を回した。
身長差のせいもありシュンの顔はエクシャのたわわな果実に挟み込まれる事となり、あれ?これ私に対するご褒美かな?と思わずにいられない。
エクシャは自分でやった事とはいえ、オンリオの腕に胸を押し当てた事がやはり気持ち悪かったのだ。
それをシュンをハグする事で感触を上書きさせたかったのだった。
(シュン小さい。良い香り…。お菓子食べていたのでしょうか。あとこれは墨の香り。また魔法のお勉強ですか。朝食の香りもまだ残ってる。髪からは石鹸の香りがします。魔法があるから入らなくてもいいのに、時々お湯に浸かってますものね。お願いしたらご一緒させてもらえるのかしら?)
「おい、何やってるんだ?」
「あ、マール。お帰り」
「…マール?お帰りなさい……」
バジーに何かしら動きがあったのだろう。
急ぎ戻ってきたマールの視界にはとんでもないモノが映っていた。
シュンの抱き心地と香りにうっとりと表情を緩める妹を目にし、マールの眼光はカッとかっぴらいた。
「…エクシャ、節度を持て」(主人に対する態度じゃないぞ)
「勿論シュンの許可は得ています」(羨ましいならそう仰ったらいかが?)
「そういう問題じゃない」(主従の立場をわすれたか?)
「シュンが問題無いと仰っているのだからいいではないですか」(男性ではそう易々とできない行為ですものね)
「……」(気のせいかな?副音声が聞こえる気がする)
仲の良い兄妹からは想像もできない火花が散っているような幻覚を見てしまい、慌ててたわわな果実から体を離すと、マールの報告を聞く姿勢をとった。
それを合図に、マールとエクシャも普段と変わらない空気に戻った。
「バジー・ドリスだが、確かにギルド長としては申し分ない男だ。だが、裏では悪どいこともやっているようだ」
下級の貴族や商人に対しわざと違法行為を取らせ、それを弱味として脅し高額な税を搾取したり、珍しい商品を仕入れさせ、仕入れ値の半分の値段で買取、売りさばく時は倍の値段。
帳簿上では、勿論正規の金額しか記入されていない為、監査が入ってもバレることはない。
記入されていない浮いたお金は勿論バジーの懐へと入る。
「…今回のレイルの件も、手配者は直ぐに捕まえなきゃいけないのに、それを怠りあまつさえ、脅してるんだから碌な奴じゃないとは思ったけど、本当にそうなんだねー」
「どうやら裏帳簿の様なものがあるらしいのだが、それがどこにあるのかまでは…」
「いいよいいよ。無理しないで。それだけ分かっただけでもお手柄だよー」
うんうんと頷くシュンにどこか納得いかないマールは
「時間もまだあるし、引き続き一応調べてみよう」
と提案する。
あくまで提案だ。
シュンが要らないと言えば要らないのだ。
「んー…まぁ、叩けばホコリがまだまだ出てきそうだからなぁ。じゃぁお願いしようかな?前も言ったけど怪我はない様にね」
「!分かった」
嬉々として頷くマールに、シュンは
(やっぱり潜入とか好きなのかな?漫画でもよくやってたし)
とお門違いな方向へと思考を飛ばしていた。
「それから」
「?」
まだ何かあるのか、とマールを見れば俯き加減にチラチラとシュンを見ており心なしか緊張気味である。
何かトラブルか、と思いどうしたのか尋ねれば全くもって予想外な答えが返ってきた。
「…お、俺もハグ、していいか?」
「ダメです」
「……」
拒否の声をあげたのはエクシャだった。
「……いや、別にいいけど…エクシャ?」
なぜに即答で拒否した挙句、許可した自分を信じられないと言った目で見るのか、とシュンは驚いた。
「男性と抱き合うなど破廉恥です」
「いや、マールだよ?エクシャのお兄ちゃんだよ?見知らぬ男じゃあるまいし。別にハグくらい…」
「エクシャ、自分はしといて俺はダメと言うには理由があるのか?」
「私が嫌です」
「えぇ…」
なんかもう面倒臭いなぁ、とさっさと終わらせようとマールに歩み寄ると
「ん」
と両手を広げた。
「!!」
男と慣れたようにハグをするシュンに衝撃を受けるエクシャに対し、小動物を撫でるように扱うマールはエクシャ同様に香りまで堪能してそっと離した。
「小さい頃からレイルやシンに抱っこされてたからね。割と抵抗はないんだよねー」
「!!?」
小さいシュンは人混みに入れば直ぐに迷子になるからと、しょっちゅうレイルに抱っこされていたし、シンでさえもたまにではあるが、大人に蹴飛ばされるのではとハラハラするよりもと思い、抱きかかえていた。
なので、マールとハグするよりもエクシャとハグした時の方が新鮮さは高かったのだ。
(おのれ、レイルにシンめ…)
(そんな前からハグを許されてたなんて…)
((羨まし過ぎる…!!!))
流石仲の良い兄妹。
思考が見事に一致した。




