交易の街 ワインヒル
ミリアさんから両親の話を聞いた後も、カイは目を開けることなく、俺の腕の中で静かにしている。
傍目から見れば疲れて寝てしまったごく普通の子供だろう。だが、俺はカイの両親が行方不明だという話をした時にほんの少しだけ服を掴む力が強くなったことに気が付いてはいた。
それでも俺はそれを敢えて無視した。カイがたまたま起きてしまっていたのだとしても、いずれは耳に入れさせる話ではあったからな。
何より、起きないと言う選択肢をしたカイの選択を尊重したかったというのもある。
他にも幾つか話をした後、今日泊まるための部屋に向かうために抱き直した時。服を握っている手にはやっぱり力が入っていた。
俺達が泊まることになったのは、ギルド支部が監査記録課のために確保している職員用の部屋だ。
人目に付きにくく、一般の宿泊客もいない。カイをベッドに寝かせ、毛布を掛ける。
このまま寝たふりをしても良い。1人でよく考える時間も必要だ。何でもかんで手を貸してたら自分でやらなきゃいけないことが出来なくなる。
いずれは知る話なんだ。どう飲み込むのかはカイが決めるべきだ。
「俺達は隣にいる。ゆっくり寝ろよ」
そう声を掛け、立ち上がろうとしたところで袖を掴まれた。
「セイルさん」
「……起きてたのか」
俺は俺でしらばっくれる。カイを立てるってヤツさ。起きてることを悟られたくないから寝たふりをしていたんだから、それを突いてやる理由も無い。
ゆっくりと目を開けたカイが、俺を見上げる。一応、寝起きだからなのか、それとも話を聞いていたからなのか。目は少ししょぼくれているようにも見える。
「お父さんと、お母さんの話をしてましたよね」
誤魔化すことは出来る。聞き間違いだと言って、もう一度寝かしつけることも出来る。
だが、それをしたところでカイの不安を増やすだけだ。
だから俺は正直に答える。求められているのは正直な返事なハズだから。
「……あぁ」
「行方不明なんですか?」
「そうらしい」
ベッド脇の椅子に腰を下ろす。ぎしりと軋む音がしてから無音の時間が続いた。自分の聞いたことが聞き間違いじゃないかを、もしかしたら寝ぼけていただけなのかもしれないという希望を、無慈悲に壊す。
ここで嘘をついてもカイのためにならないし、何より俺はカイに正直であることを求められている。そう俺は思っている。だから全部をバカ正直に話す。それでカイが傷ついても。
カイはしばらく毛布を握り締めていた。ぷるぷると指先は震えているようにも見える。
「死んだんですか?」
「分からない。死んだ記録は無い。けど、生きてると確認出来たわけでもない。今は本当に、どこにいるのか分からない状態。それが行方不明ってヤツだ」
「……僕がベルゼルト様の家に行った後に、いなくなったんですか?」
「あぁ、そうだ」
カイが俯く。何を考えているのかは、想像するのが難しくない。自分がベルゼルト家に養子として連れて行かれたその後、何かがあったことはあまりにも簡単に想像できる。
同じ年頃の子供と比べて頭の回るカイだ。そんなことは簡単に思いつくだろうさ。
そして、こうも思っているハズだ。
「僕のせいですか?」
「違う」
予想通りの言葉に考えるより先に言葉が出た。自分でも驚くくらいの早さだ。でも絶対に間違っていない答えだと断言する。
それだけは、絶対に違う。カイに原因はない。絶対にだ。
「でも、僕が――」
「違う。仮にお前がベルゼルト家へ行ったことと両親が消えたことに関係があったとしても、それを決めたのは大人だ。七歳かそこらの子供に責任があるわけねぇだろ」
カイは何も答えない。こういう時、綺麗な言葉をいくら並べても簡単には届かない。カイの心に刺さったあまりにも巨大な棘はちょっとやそっとじゃ抜けやしない。でも俺は言葉にするのを止めない。
どんだけ思い詰めても、どんだけ自分のせいだと思い込んでも、それだけは絶対に違う。そう伝えるために。
「お父さんとお母さんは、僕を置いて、どこに行っちゃったんですか……?」
今度の問いには、すぐに答えられなかった。何か否定してやりたい。絶対にお前を捨ててどこかに消えたわけじゃないと言ってやりたい。
だが、俺はカイの両親を知らない。何も知らない俺が、都合の良い答えを与えるのは無責任だ。
「分からない」
だから、正直に答える。俺が出来ることはカイが求めている俺はそういうモノだと信じて言葉を紡ぐ。
「お前をベルゼルト家へ渡したのかも知れない。脅されたのかも知れない。お前を守るためだったのかも知れない。何も分からない」
カイの顔が歪む。そりゃそうだ。俺らもまだ詳細は把握していないが、カイの両親がベルゼルト卿に実の息子を売った可能性を否定することはまだ出来ない。
莫大な金をチラつかされて、心が揺らぐ親も世の中にはいるだろう。
「でもな。分からないから調べることは出来る」
「……出来るんですか?」
「お前が知りたいならな」
監査記録課では、オリエンスで引き続き調査を行っているという。カイの両親が住んでいた家や、当時の知人、目撃者などなど調べることは山ほどある。
そしてそれこそがカイが自由になる手立てになるかも知れないからな。
貴族による一般人の強制的な養子縁組は法律で禁止されている。何故なら、それが出来たら貴族は絶対に優秀な子供を各地から探し、攫って自分達の血族に無理矢理押し込むからだ。
そんな血塗られた歴史がアストレア王国にはあったりもする。
「僕も、知って良いんですか?」
「お前の家族の話だ。お前が知るかどうかを決めて良い」
以前なら、カイは大人に答えを求めただろう。
どうすれば怒られないかを考え、正しいとされる答えを選ぼうとしたはずだ。
だが、今のカイは目を閉じ、自分で考えていた。
「……知りたいです」
しばらくして、カイは答えた。
「怖いです。でも、お父さんとお母さんがどうなったのか、知りたいです」
「分かった」
俺はカイの頭を撫でる。
「なら、俺達も一緒に調べる」
カイは泣きながら、ほんの少しだけ笑った。




