交易の街 ワインヒル
「しかも今のセイル、女の姿だからね。親子って言うより、母親と息子にしか見えないわ」
「余計に笑えねぇよ」
「いえ。私も以前から思っていました」
「ミリアさんまで乗っかるな」
普段ならこういうしょうもない話には混ざらないミリアさんまで、真顔で頷いている。
ったく、仲が良い2人組相手だから完全に不利だ。何をしてもこっちが後手に回るしかない。
肩を竦めながら、腕の中にいるカイへ視線を落とす。
俺の胸元に頬を押し付けて、完全に安心しきって寝ている。ベルゼルト家にいた頃なら、大人の腕の中でここまで無防備に眠るなんて出来なかっただろう。
そう考えれば、悪い気はしない。それだけカイにとって安心できる環境になったってことだ。それは喜ばしいことだ。悪い気なんて1つもない。
だが母親扱いされるのは別の話だ。
「俺は男だぞ」
重要なのはここだ。あくまで俺は男。一応、ちょっとやそっとで正体を看破されないように所作は叩き込まれている。
というか、叩き込んだ何人かが目の前にいるが、それでも母親ってのはお断り。というか無理だろ。
母親ってのはそんな簡単に演じることが出来るもんじゃない。俺はそう思う。
「見た目は完全に綺麗なお姉さんだけどね」
「それも好きでやってるわけじゃない」
今の俺は女神の姿を元に変装している。カイと似た栗色の髪に変えているせいで、余計に血の繋がった親子のように見えるらしい。
言われてみれば、検問所で怪しまれなかった理由の一つはそれかもな。
母親と、その友人。それに連れられた子供。
少なくとも、貴族の屋敷から逃げ出した養子と、そいつを連れて追手を撒いて逃げた男には見えない。
「その設定、今後も使えるんじゃない?」
「勘弁してくれ」
個人的には親子ってより歳の離れた姉弟って感じでやってたんだ。ここから親子に切り替えるのもカイも大変だろうよ。
「別にまんざらでも無いくせに。好きでしょ、子供」
「……嫌に決まってんだろ」
即答すると、リリアとミリアさんが揃って笑う。
久しぶりに会った親友同士だからって、俺を共通の玩具にするんじゃねぇよ。
だが、そんな穏やかな時間は長く続かなかった。笑っていたミリアさんの表情が、少しずつ仕事の時のものへ戻っていく。
「……そのカイさんのご両親について、報告があります」
俺は自然と口を閉じた。腕の中では、カイが変わらず小さな寝息を立てている。このタイミングで言うってことはミリアさんも言い出すタイミングを測ってたってところだろうな。
「今ここで話して良い内容か?」
「本人の前で話すべきかは、私も迷っています。ただ、セイルさんとリリアには先に伝えておく必要があります」
「良い話じゃ無さそうね」
リリアの言葉に、ミリアさんは小さく頷いた。カイの出身地は、東の港町オリエンス。
以前の名字はロウ。
監査記録課はその二つの情報を元に、カイがベルゼルト家の養子になる前の生活を調べてもらっていた。
その調査結果が出たわけだが、どうにもその内容が良いものでは無さそうだ。
聞くに戸籍の記録そのものは残っていた。カイ・ロウという子供が、両親と三人でオリエンスに暮らしていたことも確認できたらしい。
「で、両親は?」
俺の問いに、ミリアさんは一度だけカイへ視線を向けた。その目には迷いと同情が感じられる。
そして意を決したように口を開き。
「現在、行方が分かっていません」
そう口にした。
行方不明。つまり死亡したという記録は無い。他の街へ転居した記録も無い。船で国外へ出たという記録も、街道の検問を通った記録も見つからない。
ある時を境に、二人とも忽然と姿を消している。
それはもしかすると、死んだと言われるよりもショックな出来事かも知れない。
実の両親が、消えた。そんなことを想像したくもないだろ。
「最後に姿を確認されたのは?」
「カイさんがベルゼルト家の養子になった直後です」
偶然にしては、時期が合い過ぎている。明らかに、何かあった。ベルゼルト卿とその勢力によって、カイの両親に何かがあったと推測するにはあまりにもな。
俺は腕の中で眠るカイを抱き直した。カイは何も知らず、安心した様子で俺に身体を預けている。
その両親が生きているのか、死んでいるのか。今、どこにいるのかすら分からない。
「……起きてから、考えよう」
俺は小声で言う。隠し続けるつもりはない。だが少なくとも今この時じゃない
まだカイが知るには伝えるなら、カイが自分の意思で話を聞ける時だ。叩き起こして聞かせるのがこんな話ってのも酷だろ。
「分かりました」
ミリアさんが頷く。その直後。俺の服を掴んでいたカイの指が、ほんの少しだけ強く握り締められた気がした。




