協力者
向かいから来る『天律聖教』の紋章を付けた馬車を見て、自然と手綱を握る手に力が入る。
白地に金糸で描かれた天秤と後光。見間違えるはずもない。以前出会ったイリス・クロウベルが着ていた修道服にも当然、意匠が入っていた。
お互い馬車。しかもあっちは完全に個室の立派な作りだ。御者の格好もきっちりしていて、馬車の中を窺い知ることは出来ない以上、中にいるのがただの司祭や宣教師の類なのか、異端審問庁に関連するやつなのかはわからない。
ま、元から異端審問庁のヤツかどうかを初見で見破る方法なんて無いけどな。普段の連中は至って普通の神父や修道女の格好をしていると言われている。イリス・クロウベルがそうだったように。
――どうする?
と頭の中でちらちらと色々な考えが頭に過るが、結論は単純で分かり切っている。
どうもしない。道の端に寄って、普通にすれ違う。これが絶対の正解だ。こちらから何かすると言うことは『天律聖教』にケンカを売るということ。
わざわざそんなことをして、これからの旅程を滅茶苦茶にする必要は何処にもない。
焦らず、過度に恐れてパニックになるなんてそれこそ論外。
さらに逃げたり、急に進路を変えたりすれば、それだけで怪しい。こっちは顔を変装道具で誤魔化しているし、カイは荷台の奥。俺達が余計なことをしなければ、ただの旅人で終わる可能性が一番高い。
問題は、向こうがただの旅人として扱ってくれるかどうかだ。
近付いて来た馬車は俺達の物より一回り大きい。御者台にはビシッと清潔な格好をした年老いた御者と若い修道士。
立派な個室の馬車の後ろにはさらに荷馬車が続き、幾つもの木箱が積まれている。
ここから見る分にはただただ、あの村に物資を提供しているどこかの神父だろう。
武装した人間の姿は無い。少なくとも、見える範囲にはな。
俺は軽く会釈し、何事も無かったように横を通り過ぎようとする。
「旅のお方。失礼します」
最悪なことに、若い修道士から声を掛けられた。バクンっと心臓が跳ね上がって口から飛び出そうな勢いになるのを必死に抑え込んで、馬車を止め、返事をした。
「何か?」
「この先の村からお出でですか?」
「えぇ。待ち合わせ場所にしていまして。この先にはあの村しか無いでしょう? 変にすれ違うリスクが無いと思いまして」
「なるほど。確かにこの街道の先にはあの村しかありませんからね」
嘘は言ってない。嘘ってのは後から綻びが出る。誤魔化すなら、本当のことだけを必要最低限話すのが一番だ。
若い修道士はいくつか会話をした後、本題を切り出す雰囲気を出す。それに俺は少し緊張する。
ここで何を言い出すかで、大体結果が出てくるってところかな。
「では、村の様子はどうでしたか。我々、辺境の村々を回って物資を提供しておりまして」
視線を荷台へ向ける。積まれている木箱には薬草や乾燥食料を示す印が刻まれている。
どうやら、この馬車は村へ物資を運ぶためのものらしい。
いわゆる、慈善事業ってヤツだな。貴族様や『天律聖教』のお偉いさんの中には生活に苦しむ人達に施しを行う人達もいる。
それの良し悪しや、その裏にあるアレコレについては今はどうでも良い。
この人達はそういうことをする。少なくとも善人に部類されるだろう人達だってのは分かった。
だからと言って、俺達の敵じゃないって決まったわけでも無いけどな。
「子供が一人行方不明になりましたが、昨日見つかりました。怪我人はいません。食料も当面は問題ないと思います」
「それは何よりです!! アルヴェリオスの導きがあられたのですね」
修道士は胸元で祈りの形を作る。
その瞬間、神父の胸元に下がっていた透明な石が、ほんの一瞬だけ朝焼けみたいな橙色に光った。
修道士もそれに気付いたらしい。
「……おや? これは……?」
俺の腰が僅かに浮く。戦うなら先手を取る。だが、ここで攻撃の姿勢を見せようものなら、再三言うように自分から教会に喧嘩を売るようなものだ。
俺はこれをぐっと抑え込んで、観察に徹する。冷静に、落ち着け、浮足立つな。
若い修道士が石を覗き込み、不思議そうに首を傾げる。
「どうかなさいましたか?」
「……いえ、気のせいだったようです。失礼しました。これは周辺の魔物や精霊などに反応する物でして、私達が旅をする中で『天律聖教』の本部から支給されるものなんです」
「そうでしたか。気のせいだと言うのでしたら、良かった」
若い修道士はそう言うと石から手を離し、何事も無かったように笑った。
その表情には偽りの色は感じられない。俺達を捕まえるつもりなら、その魔物や精霊に反応するという石で何らかのいちゃもんを付けてくるなり、時間を稼ごうとするだろう。
彼の言動はむしろ俺達を早く行かせようと、あまり俺達の時間を取らせないようにしようとしているように見える。
「旅を止めてしまい、申し訳ありませんでした。ワインヒルまでの街道では、荷を狙う野盗が出るそうです。お気を付けて」
「そちらもお気を付けて。小規模ですが灰爪狼の群れが近くに出ましたから」
「貴重な情報をありがとうございます。では、私どもは失礼いたします。
そう会話を締めくくって馬車を進める。次第に互いの距離が離れていくのを流し見て、ようやく俺は大きく息を吐くのだった。




